第二章 籠の外の現実
第27話 挨拶
全力で学外へと飛び出したジン。その行き先は三つ。一つ目の目的地に向けて駆けながら水晶へと声を掛ける。
「師匠。もうこうなったら国外へ逃げるのは仕方ないとして、どうしても寄りたい場所が二か所あるんですが時間大丈夫ですかね!?」
『最速で逃げなきゃいけねぇって訳でもあるめぇし平気じゃね?あの最凶コンビだったら一時間位余裕で稼いでくれんだろ』
『うむ。あの二人はこの50年研鑽を怠ってはいない様だったからな。やろうと思えば時間稼ぎどころか全員制圧も容易であろうよ』
「……噓でしょ?」
『嘘なもんかよ。何ならどっちか一人だけでも残ってた全員相手取れると思うけどな』
「ええええぇえええ!?いやいやいやいやそれは流石に無理なのでは!?」
『小僧。貴様何か勘違いをしているな?先程のあ奴らを同時に相手取ったら我とカイルの二人でも手を焼くぞ』
「は?」
『さっきは売り言葉に買い言葉であぁ言っちまったけどよぉ………いやぁそもそも勝てるかどうかも怪しいわな』
「はぁ!?」
「なんだぁあのガキは?えらくデカい独り言だな」
「うっ…」
間違いなく世界最強である勇者と魔王の二人をもってして『勝てないかも』と言わしめる英雄の二人。
たかが一週間程の付き合いではあるが、この二人がリップサービスなんて言わない事はなんとなく理解している。
この二人にここまで言わせるリアナ様とアスティア様ってどんな強さをしているんだよ……。
そんな事を思いながら余りの衝撃に思わず声が大きくなり過ぎた僕の事を怪訝な目で見ている周囲に気づき、少し顔を赤くしながら最初の目的地に向け速度を上げた。
「到着!」
『な~るほど此処か』
『義理を欠く輩に良き人物は居ない。確かに此処は寄らねばならん場所だな』
ジンが到着した場所はキャニオン王国の児童養護施設。此処では身寄りの無い子供は勿論家庭に問題を抱えている子供や、時には問題を起こしたが更生の余地有りと判断された問題児なんかも集まる子供たちの第二の実家である。
かくいうジンも5歳で祖父母に引き取られるまで此処で過ごし、今でも学園が休みの日には子供たちの面倒を見たり手伝いをしたりと足繫く通っていた。
「ただいまー!ジンでーす!」
ドアをノックしながら声を掛けると、殆ど間を置かずに中から数人のドタドタと走る音が聞こえてきた。
「「「「おかえりなさい!ジンにーちゃん!!」」」」
勢い良くドアが開き、中から四人の子供が笑顔で出迎えてくれる。
「おー!相変わらず皆元気だなぁ」
「子供が元気無くなったら大変だってジンにーちゃんが言ってたから!」
「僕たちが元気じゃなくなったら【エルラ】ママが心配しちゃうもん!」
「エルラママー!!ジンにーちゃんが帰ってきたよー!」
「ジンにーちゃん今日は何して遊ぶ!?」
わちゃわちゃとジンの周りに集まり、嬉しそうにはしゃぐ子供達。今はまだ4、5歳の彼らも6歳になれば人魔教育学園に通い、様々な経験や友を得る事だろう。
現状の自分はもしかしたらその光景を見る事が出来なくなるかもと思うと少し悲しくなるが、それでもそんな表情は見せずジンは笑顔を返す。
「遊んでやりたいのは山々なんだけど今日はちょっと急いでてさ、お出かけするから挨拶に寄ったんだ」
「えー!!ジンにーちゃん何処か行っちゃうのぉ!?」
「アタシ達も連れてけ―!」
「そうだそうだー!」
「一人だけズルいぞジンにーちゃん!」
「あ痛たたた」
毎週の様に顔を出し遊んでくれるジンの事が大好きな子供達は、何処かに出かけると云うジンの言葉に頬を膨らませながらポカポカとジンの太腿を叩く。
『幼子達が思うままに我儘を言い好きな様に振る舞う……。何度見てもこの光景は愛おしい』
『だな。ガキが空腹を我慢する事が普通だったり泣く事すら嫌悪されるあの地獄みてぇな世界からよくもまぁこんな……』
『人族も魔族も関係なく受け入れられる世界か…。改めてなんと尊い物か』
『この光景を守る為にもジンにゃあ頑張ってもらわなくちゃな』
『あぁ。勿論我等もな』
師匠達の会話が聞こえる。この子達を守る為に僕が強くならなくちゃいけないってどういう事だろうか?まぁ勿論この施設に危険が迫れば一も二も無く助けに行くだろうけどその時の為かな?……そんな事は起こらないとは思うけど。
「おかえりなさいジン君」
ジンがそんな事を考えていると、子供達の後ろからこの施設の主であり全員の母親代わりでもあるエルラが現れた。
「ただいまエルラ母さん。今日も綺麗ですね」
「フフッ。相変わらずお世辞が上手いですねジン君は」
「何を言っているんですか!もしエルラ母さんに酷い事言う奴が居たら僕がやっつけてやりますから!」
「あら格好良い。でもこんな顔した女の事を綺麗だなんて言ってくれるのはこの施設の子達だけですよ。そんな美的センスじゃ彼女を紹介してくれるのはまだ遠そうね」
「かっ、彼女って……」
手入れの行き届いたセミロングの黒髪に、薄い茶色の両目。平均より出る所はしっかりと出ているのにスラリとしたスタイル。
間違いなくそんな見た目の人が口にする台詞ではない。謙遜にしてもそうでないにしても他の女性を敵に回す発言である事は一目瞭然だ。
だが明確に彼女の見た目は世間一般でいうところの”普通”とはかけ離れていた。
…………エルラ母さんの顔の左半分は無残な火傷の痕があり、爛れた皮膚がそのまま波打つように固まっている。そして鼻は本来二つある筈の穴が一つしかない。
これは人魔大戦時に拷問を受けた後遺症だそうで、治癒行為が遅れてしまったため元の状態に復元する事が出来なかったからだと昔教えてもらった。
エルラ母さんは魔族だ。人族から拷問を受けたということになる。
それでもこの児童養護施設を運営して人種も分け隔てなく面倒を見て幸せな毎日を送らせてくれるエルラ母さんの何処が醜いというのか。
僕はエルラ母さんが大好きだ。それこそまだ分別が余りついていなかった小等部の頃は本気で将来エルラ母さんと結婚したいと考えていた程には大好きだ。
思いを伝えた事もあったが、感謝の言葉と『貴方達は全員私の大切な子供なの。だから私の事が本当に好きなら、将来ジン君が心の底から大切にしたいと思った人と一緒に此処を訪ねて来て。それが私は何よりも楽しみなんだから』と言われてフラれてしまった事は今でも覚えている。
今では母として心の底から尊敬している人でもあるし、もしエルラ母さんに助けを求められたら間違いなく僕は誰よりも早く馳せ参じるだろう。
「今年という事は理解していましたが……そうですか、今日なのですね」
「エルラ母さん?どうしたんで――うぶっ!?」
何処か悲しげな表情をし、意味が分からない事を言うエルラ母さんに声を掛けようとした途端、急にエルラ母さんが近寄り僕を抱きしめた。
意図してはいない事ではあるが、僕は身長が低い。そしてエルラ母さんは長身だ。
結果として僕はエルラ母さんの双丘に顔面を包み込まれる事となった。
『うおー!!いいなぁ坊主!俺も埋まりてぇっ!!』
『黙っとれ煩悩勇者!!性欲無限大か貴様!』
カイル師匠……そこら辺のエロガキみたいな事を…。
吃驚はしたが、優しく抱きしめてくれたおかげで苦しくはない。寧ろ良い匂いがするし心地いい位だ。強いて言えば18歳になろうという男が母に抱きしめられると云う事が少々恥ずかしい位か。
「行くのですねジン君…。私は此処で貴方の帰りを待っています。外の世界は辛い事や悲しい事、苦しい事が多いでしょう。それでもジン君なら必ずやり遂げて戻ってくると……また笑顔で『ただいま』と言ってくれる日が来ると信じています」
「ぷはっ!……え?なんでエルラ母さんがその事を知って…?」
「今は話せませんし、話しても理解できないでしょう……これを」
優しく微笑みかけながらエルラは懐からマスクを取り出す。そのマスクは顔の上半分――鼻の頭から額迄を隠すような形をしている道化師の様な様相をしていた。
「なんですこのマスク?」
「これは18年前にジン君をこの施設に連れてきた人が持っていた物です。ジン君がこの国を離れる時一緒に渡してくれと頼まれました」
衝撃が走る。今まで聞いたことも無かったその話に表情が強張った。
「僕を…此処に連れてきた?」
「ええ。そのマスクはジン君の道程に於いて必ず助けになるそうです。だから大切にして下さい。そして――」
「その人はっ!!………その人は僕の――」
「残念ですが、ジン君の本当のご両親という事はありえません」
「あ―――……そう…ですか」
もう諦めていた筈なのに期待してしまった。僕を産んでくれた両親の事を知る事を。
吹っ切った気でいたのに些細な事でまた気持ちが出てきてしまった。18年も顔を見せた事の無い人の事を。平和になった世界で姿を現さない人の事を。
「ジン君の気持ちは私には到底理解する事は出来ません。でも私なりに寄り添う事は出来ます」
「エルラ母さん……」
「ほら。あんなに素敵なお爺様とお婆様がいるのに、君はまだ私の事を母と呼んでくれますね」
「それはっ――だって……」
「それで良いのですよジン君。どんな事があっても私達は親子です。私が母で貴方が子供。血の繋がりがなかろうと、性が違おうと、同じ場所に住んでいなかろうと……私達がそう思っていれば親子なんですジン君」
「か…あさん」
さっき模擬戦場であんなに流した涙が再び漏れ出てくる。この状況でそんな言い方は本当に狡い。
「それでも辛くなった時、寂しくなった時は空を見上げなさい。その時ジン君が見ている空は、此処で私も見上げています。遠く離れていても、例え暗雲が立ち込めている様な曇天であっても……その雲の上は眩い程の晴天が広がっているのですから」
「うっ…うん……うんっ」
溢れ出る涙を止める術を持たない僕は自分の意志でエルラ母さんの胸に再び顔を
そんな僕の頭を優しく撫でながらエルラ母さんは続ける。
「貧しい人も居るでしょう。裕福な人も居るでしょう。危険な人にも出会うでしょう。それでも掛け替えの無い人とも出会うでしょうし、大切な人にも出会える事でしょう。それら全てが縁となってジン君の経験になるのです。だからジン君。お母さんと二つだけ約束してください」
最早声を殺して泣く僕の頭を変わらず撫でながら、優しく、本当に心の底から優しく僕に告げる。
「一つ目……さっきも言ったけど絶対此処に戻って来る事。お母さんはジン君の『ただいま』って言いながらの笑顔を楽しみにしています」
「う゛ん゛…」
「二つ目……縁を大事にしてください。酷い事を言う人の事を頭ごなしに否定しないで、ちゃんと話を聞いてあげてください。もしかしたら虚勢を張らないと糸が切れてしまうのかもしれません。酷い事をする人の事を最初から悪人と決めつけないでください。ひょっとしたら正当性があるかもしれません………そしてジン君の事をよく知りもしないのに甘い言葉で近づいてくる人を早々に信用しないでください。悪い道に誘おうとしているかもしれません」
「はい゛…」
「それら全てを吟味した上でジン君が大切にしたいと思った人に対しては全力で力になってあげて下さい。それが縁となり、巡り巡ってきっとあなたの力になります」
「わ゛がり゛ま゛じだ……」
「ジンにーちゃん泣いてるの?エルラママ!ジンにーちゃんを虐めたらダメだよ!」
泣くに決まっているだろう。こんなの反則だ。これから危険な思いを多々する事になるかもしれないのにこんな僕の事だけを思って言ってくれる言葉のなんて重い事か。
「ほらジン君。顔を上げてよく見なさい。此処に居る子達は皆貴方の縁に繋がっている子よ。貴方がこの施設を出てからも足繁く通い、信頼を積み重ねた結果のとても尊い縁。勿論施設を出て行った子達もね」
「皆……」
エルラ母さんに促され、周囲にいる子供達を見る。意味は分かっていないだろうに全員半泣き状態のその顔を見て、涙でぐしょぐしょのまま僕はニカっと笑う。
「僕はエルラ母さんに虐められていたんじゃない。とても大切な言葉と勇気を貰ったんだ」
「「「「勇気?」」」」
「うん!今度此処に来るときは一杯遊んでやるし、お土産も沢山持ってくるよ!だから皆もエルラ母さんの事を頼んだぞ!」
「「「わかった!!」」」
「わーい!お土産楽しみー!」
一人だけお調子者がいるよ……全く頼もしい事で!
「それじゃあエルラ母さん…」
涙を拭い、赤く腫れた目をしっかりと母さんに向けて――
「行ってきます!!」
「はい、行ってらっしゃい」
「皆も元気でなー!」
「「「「ジンにーちゃん頑張れー!!」」」」
こうして大好きな母と子供達に別れを告げた僕は、二つ目の目的地に向けて走り出した。
万年二位のオールラウンダー~勇者と魔王の英才教育~卑怯?効率化だ! マスタースバル @masuta1129
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