幕間 全ては愛しき人の為に
仲良く会話をしては何の脈絡も無く言い合いを始め、今回は物騒な言葉まで叫んだ英雄二人を目の当たりにし息を呑む観衆達。
だがしかし、一触即発かと思われた二人の顔が何かに気づいた様にハッとなり、今迄の勢いは完全に鎮火してしまった。
「う……あ~~…………っだぁ~~っ!!悪いアスティア!言い過ぎた!今のはナシにしてくれ!!」
逡巡した後に勢いよく頭を下げるリアナ。それに対してアスティアもむず痒そうな表情を浮かべた後、リアナの肩に手を置いて口を開く。
「いや、私も悪かった。ついついまたお前とこうして言い合いが出来るのが嬉しくてな。思わず言い過ぎてしまった。」
アスティアがそう言うと、下げていた頭をチラッと上げたリアナが見上げながら恐る恐ると云った声を出す。
「こ……この事おにいには内緒の方向で…」
「確かに煽った私も悪かったが……さてどうするかな?」
「うわぁ~~!!マジで悪かったって!ゴメンって!だからおにいには内緒にしてくださいアスティア様~~~!!!」
ニマニマと薄ら笑いを浮かべているアスティアの足元に縋り付いて懇願するリアナ。とても数十秒前までいがみ合っていた二人だとは思えないこの状況に観客はおろか英雄達までポカンとした表情のまま動くことが出来ないでいた。
「はぁ…、まぁこれ以上今のお前を弄っても意味も無い事だし見逃してやる。た・だ・し!今回だけだからな。肝に銘じておけ」
「うぅ~……わかったってばぁ」
「さて…と。そろそろ一時間位か?もういいだろう」
未だ足元に縋り付いているリアナに視線を落とし、目で合図する。
「んお?もう良いんか?」
「流石にこれ以上此処で無駄な時間を割くのは効率的ではないだろう?お前の身体の事もあるしここらでお
「アタシが本調子になるのはいつになることやら…」
「精々励め。お兄ちゃんと再会した時がっかりされないようにな」
「んがっ!?言ったなぁ!??あっという間に元通りにしてやるっての!」
「フフ…、その調子だ。頑張れよ」
「おうともさ!」
完全に周りの事など頭に無い様に振る舞い、あまつさえここまでの騒ぎを起こした元凶が目の前からいなくなろうとしている事態に漸く思考が追い付いたアランが口を動かす。
「待てっ!このまま逃げられると思っているのか!?」
「いや……どうしたらその状況でそこまで自信満々にそんな事言えんだお前?思ってるに決まってんだろ」
相変わらず自立の出来ないアランは両腕で上半身を支えながら声を荒げるが、リアナに至極真っ当な返しをされて思わず顔が赤くなる。
「クソッ!どうなっているんだこれは!全力で
「当たり前だろう。圧倒的な迄の魔力差があるんだ。魔族である私達はこうして力づくで圧倒される事が結局の所最大の弱点だからな。マディラに従っていたのもそれが大きな理由の一つだろう?当時の彼奴の魔力はどう見ても魔族最強だったからな」
「その言い分ではまるでお前自身が魔王様と同等の魔力を手に入れている様に聞こえるぞアスティア!なんて不敬な事を――」
「同等?」
マディラを引き合いに出され熱くなるアランの言葉を鼻で笑いながら遮るアスティアは言葉を続ける。
「その発言が既に私とお前達の差を現した事を理解できていない様だな」
「何のことだ!?」
「別れの餞別に教えてやろう。今の私の魔力は既に人魔大戦時のマディラを上回っている。リアナも同じくカイルの最大気力をとっくに超越していたぞ?」
「「「「は?(ひゃ?)」」」」
余りに唐突なその言葉に素っ頓狂な表情を浮かべる英雄達。
だがそれを意に介せずアスティアは続ける。
「人魔大戦が終結してから50年。私達は当時の不甲斐無さに涙し、絶望し、今でも尚後悔し続けている」
「あの時のアタシ達にもっと力があればおにいにきちんと別れの挨拶出来たのかとか他の方法があったのかとかなんてそれこそ星の数程思ったもんだ」
「あぁ……。だが過ぎた過去は決して戻りはしない。仮に戻れたとしても既に確定している過去に干渉してしまっては現実にどのような現象が起こるかわからない」
「だからアタシ達は決めたんだ。もうあの時みたいな後悔はしたくないってよ。それにはどうしたら良いか。そりゃあ答えはシンプルだ。後悔しない様鍛えればいい」
誰も知りえない50年前の後悔を今に至るまで胸に秘め続けてきた二人。それを話す表情はとても切なそうであり、どれだけの事があったのか他者には知る由も無い。
「ちょっと待てコラァ!!俺ぁ魔法やら魔力の事はてんでわからんが気力については知らねぇ事ぁねぇと自負してんだ!そんな俺を前にしてリアナてめぇ…。よくも勇者の気力を超えたとかぬかせたなぁ!おぉ!?」
オルドラが食ってかかる様に叫ぶ。それに対してリアナは非常に面倒臭そうな表情で言葉を返す。
「いや……お前って本当に馬鹿なんだなオルドラ」
「あぁん!?てめぇが訳わかんねぇ事宣うからだろうが最弱野郎!」
「アタシは野郎じゃねぇよこの筋肉馬鹿が!」
「んだとこの――」
「そもそもそれを言ったのはアスティアだろーが!なんでアタシに当たってんだボケ!」
「んぐっ!―――でもテメェも否定すらしてなかっただろぉが!弱ぇ奴が粋がって人の言葉の上げ足とってヘラヘラしてんじゃねぇ!」
「あーーーーーもうっ!うるっせえぇええぇえええええええ!!!!!」
噛みつきまくるオルドラに青筋を立てていたリアナが突如大きく叫びながら両手を空に向ける。と同時にその右手からは青く光る波動が、左手からは赤く光る波動が同時に放たれ天に向けて伸びていく。
「おぅらぁああああああああああ!!!!」
次いでリアナが叫びながら両手首をクイッと捻ると、二色の波動はお互いを呑み込まんとする勢いで重なり、共に凄まじい回転を誇りながら空気をエグり空へと消えていった。
「出力の調整が上手くできねぇ!!もうちょい抑えるつもりだったのにぃ!」
「当たり前だ。さっきも言った通りお前はまだ若返ったばかりで脳と身体のバランスが取れていないからな。……だがまぁ50年前の肉体で今の技が出せたというのは僥倖だ。やはり効率化の教えは沁みついているか」
リアナが放った螺旋波動はその凄まじい迄の回転量が生み出す強風によって、晴天の空に散見されていた細かな雲を全て吹き飛ばした。
そして会場に居る殆どの人が見たことのないであろう今の技に唖然とした表情を浮かべている中、リアナがその場にどさりと倒れ込んだ。
「ぬあーっ!クソッタレ!使い切っちまって身体が動かねぇ!!」
「気力はまた鍛えなおしだな」
「ぐぬぅ……。なーんかお前に置いて行かれた感じだよなぁ。そっちはしっかり魔力鍛えられてんのによぉ」
「ならばお望み通り気力を戻してやろう。年齢と一緒にな」
「あー!!はいはい!!アタシが悪かったって!また頑張るからフォローよろしく!」
「はいはい。最初からそうやって素直になれば良いのに」
「やかましい!」
倒れ込んだリアナを背負いながらアスティアはまたリアナを弄る。それに対してリアナも反応しながらアスティアの背に自らを預ける。
そんな光景を目の当たりにしながら漸く口を開いたのはミリアリアだった。
「今の……今の技はもしかしなくても………
「あ~そんなだっけこの技。ハハッ。ダッセェ~なぁやっぱり」
「な……なんでテメェがその技を…………」
信じられないものを見たという表情のミリアリアに対してケラケラと笑いながら返すリアナ。
オルドラは最早驚きすぎて先程迄の威勢が吹き飛んでいる。
「さて」
「おわわわわわっ!落ちる落ちる!!」
そう言ってアスティアは地面に落ちている拡声器を拾う。屈んだ拍子に背負っていたリアナが顔面から落ちそうになるが、空いている片方の腕で脚をしっかりと脇に挟み込む。
「今この場に居る諸君。君達が証人だ。しっかりとその目に、耳に焼き付けて欲しい」
口元に持ってきた拡声器を使い、会場中に声を響かせる。
「この私。アスティア・ミーランは現時点を持って五天魔の席から降ろさせてもらう。それと同時に魔王マディラから就けられた慈愛の二つ名も返還し、人魔大戦の褒賞として貰った一代限りのゴールド級貴族席も返還する。よって私は今この時より唯のアスティアだ」
「「「「「「「「「「「「……は?」」」」」」」」」」」」
突然の爆弾発言。英雄と誉めそやされるその名誉を。死ぬまで金に困る事は無い地位をなんの躊躇もなく捨て、唯の一般人に戻ると言い放つアスティアに周囲は今度こそ置いてきぼりにされた。
だが勿論それで終わりな訳がない。満足そうな表情をしたアスティアは拡声器をリアナの口元に持っていく。
「そんじゃまアタシも続きまーす。リアナ・ボディスは現時点を持って勇者パーティ、
「「「「「「「「「「「「はあぁぁぁああぁああぁぁあああっっっっっ!!!!!??!??!!!???」」」」」」」」」」」」
寝耳に水どころではない内容に英雄たちは声を上げる事も出来なかったが、代わりに会場中の生徒や教師陣が国中に響き渡る程驚愕の声を上げた。
そして各々が状況を理解できずパニック状態の会場で、ミリアリアがなんとかアスティア達に聞こえる様大声を出す。
「バ……馬鹿言ってんじゃないよアンタ達!!五天魔の座も勇者パーティの席もはい辞めますなんて言って簡単に抜けられるもんじゃないだろう!?貴族席なんて国も関わっているんだ!アンタ達の一存でどうにかなるもんじゃあ――」
「本性が出ているぞミリアリア?……ところでこれなーんだ?」
「はぁ!?」
這いつくばりながら大声を出してリアナとアスティアを否定していたミリアリアだが、遮るようにアスティアが口を挟んで懐から二枚の書類を取り出し英雄達に見せびらかすように広げる。
「それは…権利返還状!?」
「その通り。これを国に治めれば私達は晴れて一般人と云う事だ」
権利返還状とは、国や家格が上位の貴族等から褒賞として下賜された物や権利を自薦他薦問わず持ち主に返す事を記した書状の事であり、有り体に言ってしまえばクビの宣告書や辞表と同じ意味合いの物である。
「だ、だけどねアスティア!忘れたとは言わせないよ!?他薦であれ自薦であれその書状の成立には五天魔と勇者パーティの内二人以上の署名が必要だ!これはアンタが王族と決めた内容なんだから私達が簡単にサインなんてすると思わない事だね!」
「「・・・・・・は?」」
ミリアリアが捲し立てる様に叫び散らすが、当の本人であるリアナとアスティアはまるで意味が分からないといった表情で顔を見合わせる。
「ミリアリアお前……それ本気で言っているのか?」
「当たり前だろ!私だってお前達の口車に乗ってここまで来たんだ!それを約束も果たさず投げ出そうなんて言っている奴に協力なんてするわけがないだろうが!!」
「う…うわぁ……―――いや、アタシも自分の事賢いとか自惚れてなんていなかったけど………ミリアリアってアタシより馬鹿だったんだ……」
「なんだと!!!?」
怒りの形相で叫ぶミリアリアに対して憐れんだ目を向けるアスティアと本気でドンビキしているリアナ。
そんな二人の態度に激高するミリアリア。
「今自分で答えを言っただろうに……ほれ、よく見てみろ」
「あぁ!?・・・あ?」
呆れながらアスティアはミリアリアが良く見える様書類を近づける。
それを見たミリアリアは目を点にして固まってしまう。
権利返還状
私 アスティア・ミーランは 人魔大戦時より所属して参りました
五天魔の地位を返還させていただきます。
尚 返還にあたりまして褒賞として戴きましたゴールド級貴族席も
同時にお返し致します旨も此処に記させて頂きます。
これに伴い 私は名を改めてアスティアに戻し これよりは
一般市民としての人生を謳歌して参る所存です。
お返しいたしました地位と権利を再び切望する事は一切無いと
云う事を 魔王マディラと勇者カイルに誓います。
アスティア・ミーラン
※アスティア・ミーラン ※リアナ・ボディス
権利返還状
私 リアナ・ボディスは 人魔大戦時より所属して参りました
尚 脱退にあたりまして褒賞として戴きましたシルバー級貴族席も
同時にお返しいたします旨も此処に記させて頂きます。
これに伴い 私は名を改めてリアナに戻し これよりは
一般市民としての人生を謳歌して参る所存です。
お返しいたしました地位と権利を再び切望する事は一切無いと
云う事を 勇者カイルと魔王マディラに誓います。
リアナ・ボディス
※リアナ・ボディス ※アスティア・ミーラン
「しっかりと記載されているだろう?勇者パーティと五天魔二人分の署名が」
「な…なん……」
「何処にも本人の署名はダメだなんて書いてねーしな。しっかり筋は通ってるっしょ?」
「こ、こんなの無効に決まっているだろう!なんだこのふざけた署名は!!自身の権利返還状に自身の署名だと!?ふざけるのも大概にしろ!!」
「微塵もふざけて等いないさ。今日この日の為に王族との会議でこの案を通したのだからな」
「なんだと!?」
「さぁて、名残惜しいが私達はそろそろお暇する事にするよ。結界も消えてこれから大変だろうが……まぁ頑張ってくれ」
「待てアスティア!話はまだ終わっていない!」
「こっちの話はもう終わったんだよ。そら」
完全にブチ切れているミリアリアを余所に指をパチンと鳴らすアスティア。
するとゆっくりその体が宙に浮かんでいく。
「最後の情けだ英雄達よ。老いた部位を元に戻してやる。だがリアナを見てわかったと思うがこの魔法は尋常ではない痛みを伴う。覚悟はしておけ」
「っ貴様!!」
「おーい皆!言っとくけど若返って行ってる最中叫んだりしたら駄目だかんな~!声を出せば出すだけ細胞だかホルモンだかが上手く再生出来なくなるとかでメチャクチャ歪になったり最悪治らなかったりとかするらしいから!」
「「「「……は?(ひゃ?)」」」」
「じゃあ元気でな~!」
「全く優しいなお前は……消えろ。さらばだ」
にこやかに別れの挨拶をするリアナを背負いながら続いて指をパチンとならして空へと飛んでいくアスティア。
そして地上に残された英雄達は……。
「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」」」」
覚悟の時間が余りにも足りなかったとはいえ、地獄の大戦を生き抜いた実績があった。大怪我を負った経験もあった。直前にリアナの凄絶な体験も見ていた。
…………だが悲しいかな。50年と云う年月はかつての英雄達の牙を完全に抜いてしまっていた。
平和の毒に知らず知らず蝕まれていた英雄達は、かつての誇りも現在の自信も全て折られ、唯々最弱と侮っていた戦友が一人耐えきった未知の激痛に対して地面をのたうち回る事しかできなかった。
「あ~あ。結構高く迄来たのに悲鳴聞こえたぞ」
「忠告はした。治すという行為自体も行った。後の事なんぞ知るか」
「ほんっとお前って昔から性格変わらないよな。よく慈愛なんて猫を50年も被っていられたもんだ」
「お前こそ戦闘講習ではこの50年ずっと狂戦士で通していたじゃないか。おまけに大人しくなったふりまでして温厚な老婆を演じて……正直寒気がしていたぞ」
「そりゃお互い様だっての。あ、権利返還状はどうすんだ?」
「後で城に魔法で届けるさ。さて、まずはどこで時間を潰そうか」
「あ!じゃあさじゃあさ!久々に彼奴に会いに行ってみねぇ!?」
「確かに今なら確実に被ることはないな」
「だろ!?ジンが逃げたって伝えに行ってやろうぜ!彼奴の役目ももうすぐ終わりだってさ!」
「そうだな。会いに行ってみるか!」
「おう!………ってかさ。『過ぎた時は決して戻りはしない』とか言ってたけどアタシ達戻ってるよな?若返ってるよな?その辺りどうお考えで?」
「世界の時間の事だ阿呆!それくらいわかるだろうが!」
「誰が阿呆だ!自分の言葉が足りない事を指摘されたからって逆ギレすんな!」
「たたき落とすぞ虚無乳!!」
「あるっつってんだろーがおるぁぁぁあああ!!!」
「うるっさい!耳元で叫ぶな!!」
こうして空へと消えていく二人の英雄は一人の為に少年を逃がした。
全ての意識が少年に向かぬ様、全ての敵意が己に向かう様。
世界の人は知らない。彼女達の行動理由を。
世界の人は気付けない。彼女達がそれ程までに会いたい人物を。
……だが世界は知っている。
彼女達の英雄を。
~あとがき~
お久しぶりです。マスタースバルです。まずは明けましておめでとうございますm(__)m
そして半年も投稿が出来なくて大変申し訳ありませんでしたm(__)m
今年はしっかり投稿していきたいです(´;ω;`)
投稿が止まってしまっているにも関わらずフォロー等してくださる方もいましたので、そんな方々を裏切らない様頑張ります。
さて、間隔がだいぶ空いてしまいましたが、これにて第一章は完全完結となります。
次回からは第二章が始まりますのでジン達の活躍にご期待ください。
また、投稿期間が開いている間完全に離れていたわけではなく、アイデアはしっかり溜め込みましたので虚無ではないです。
第二章では馬鹿みたいに濃いキャラが登場いたしますのでそちらもお楽しみください。
それでは今年もどうぞよろしくお願いいたします!!!
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