【ネトゲの相棒】小さくなっちゃった
人は大人になるにつれ、人生を認識する時間が加速度的に早くなっていくという。
一説によれば20歳ほどで人生の半分を体感し終えてしまうとも。
確かに毎日御高説賜るテレビの奥にいる大人たちの話を聞いていれば学生時代に経験した部活のことだのどこで優勝しただのどこで記録を樹立しただの学生時代のことしか言っていない。
それは大人になれば毎日同じことの繰り返し。記憶するほどのこともなく心動かされることがどんどん無くなっていってしまうのだろう。
つまりそれほどまでに子供時代……学生時代とは大切なものだ。
人生に一度しかない青春。勉学に打ち込むもよし、スポーツにのめり込むもよし、ゲームだって楽しめればよしだと、結局常識の範囲内で楽しんだ者勝ちだと俺は思う。
そんな青春の真っ只中にいる俺は、稀に……極稀にではあるが子供に戻りたいと思う時がある。
そもそも今自分が青春を経験しているという自覚すらない。生まれてから早々に学生になり今はその延長線上にいるという感覚だ。でも、だからこそ1つ学年を重ねるごとに昔はよかったと回顧せざるを得ないときもある。
それは勉強が簡単だったという点もある。宿題なんて楽すぎたと。しかしそれ以上に大人に近づくに連れて大人の世界のイヤな部分、自分の才能の限界を感じてしまい現実逃避したくなるのだ。
もちろんそんな事なんてできないのなんて百も承知。しかし考えるくらいはいいだろう。
そんな無意味なことを考えつつ、昨晩は夢の世界へと足を踏み入れた―――――
――――踏み入れた、はずだった。
「なにこの…………なんで!?」
それはまだ太陽も寝ぼけながらのんびり天高く登り始める週末の朝。
部屋まで届く朝焼けが室内を明るく照らしながら部屋の隅にある等身大の鏡をチラ見したときだった。
そこに移るは髪もボサボサになりながらベッドの上で半目になっている何者か。
見覚えのある……だがあり得ない姿。その者は俺が右手を上げれば同じように右手を上げ、左手を上げれば左手をと、寸分違わず同じ動きを繰り返していた。
ここまで見てしまえば寝起きのボケボケでロクに動かない俺の脳でもある程度認識することができる。同時に背中にダラダラと嫌な汗が吹き出すことも認識する。
恐る恐るベッドから飛び降りると、やけに視線が低い。まるで立っているはずなのにしゃがんでいるかのよう。
しかしそんな視線の低さでも歩くことはできる。普段より何歩も多くをかけて鏡の前までたどり着くと、嫌な予感が当たったためかサッと鏡に映る顔が青くなった。
「小さく………なってる!?」
―――――そう。
俺は何故か小さくなってしまっていた。
その身長は普段腰辺りに位置していたドアノブが胸元になってしまうほど。
手も足も短く声も高い。しかし容姿は明らかに写真に残っている"俺"だった。
しかし何故かが全く理解できない。
昨日変なクスリ飲んだわけもなし、遊園地へ行った帰りに謎の男に飲まされたわけでもない。そもそも遊園地行ってない。
夜寝る前にお星さまに願ってもないし、ランプを擦ったこともない。
全く心当たりなんてなかった。むしろこんなファンタジックなイベント、ゲームでも見たことない!!
「はっ、るっ、きっ、く~ん! あっさだよ~!!!」
「っ…………!!」
鏡の前で自らの頬を触りつつどうしようか、何故こうなったか答えの出ない問いに挑んでいると、まさしくタイムアップかというようにノックすらしない元気な人物が朝ということも忘れた相当な笑顔で飛び込んできた。
金青の髪をなびかせて翠の瞳を持つ彼女こそ、ウチの飛び入りワンコである若葉。ワンコであると同時に休止したトップアイドルだ。
様々な紆余曲折?を経てウチへやってきた彼女は今日も今日とて元気よく俺を起こしに来る。
「今日こそちゃんと起きてもらうんだからね~! ご飯も作ったんだから二度寝なんて…………あれ?」
「ゲッ」
そんな彼女と今、目が会ってしまった。
ヤバい。若葉に俺が子供になったって知られたらどんな目に遭うかさっぱり想像がつかない。
抱きつきでサバ折りになってしまうかもしれないし、悪質タックルが巻き起こってしまうかも。
そんな嫌な予感マックスで彼女と退治していると、若葉はフッと息をついて黙ってこちらに近づき膝を折ってきた。
「どうしたの?ボク。 遊びにきたのかな?でも人の家に入り込むなんてやっちゃダメなんだよ」
「…………あれ?」
そんな恐怖とは裏腹に、彼女が起こした行動は優しく嗜めることだった。
まさに理想の姉とでもいうかのように俺の正面でしゃがみ込んでにこやかな笑顔を浮かべるのはどこぞのワンコとは思えない所作。
俺が驚いたせいで答えあぐねていると、彼女は続けて問いかけてくる。
「身長的に……小学校入る前かな?入ったかな? お名前言える?お家はわかるかな?」
「えっと……その……」
冷静に、そして優しく告げるのは迷子の子供に投げかける言葉。
どうやら彼女は俺を俺だと認識していないようだ。むしろ彼女にこんな一面があったのかと驚いてしまう。
「なんだか陽紀君に似てる……親戚?お母さんは外だし、雪ちゃんならなにか知ってるかな? ねぇ、歩ける?お姉さんと一緒におりよっか」
「あ、あぁ………」
そんなお姉さん然とした彼女に驚きつつも差し出された手を受け取ってともに部屋を出る。
見上げた彼女と目が合って投げかけられる笑顔は、さすがの俺もドキリと心臓が高鳴る一撃だった。
「雪ちゃん、ちょっといいかな?」
2階から1階へ降りてすぐにあるリビング。
その扉を開けて数歩進んだところに目当てとなる人物がいた。
今日当番である我が妹の雪。ヤツは手が離せないのかジュージューいっているフライパンに目を落としたまま「は~い!」と声に出す。
「若葉さんおかえりなさ~い。どうです?今日こそ宿敵おにぃを起こせましたか?」
「宿敵じゃないってばぁ。そのことなんだけどね、ちょっとコッチ見てもらってもいいかな?」
「ちょっと待ってくださいね~! …………よっと!それで、どうしました若葉さ―――――その子は……?」
さすがに料理中に目を離せなかった雪も出来上がったのかフライパンの上に乗っていた目玉焼きを更に移し元気よく若葉へ振り向く……と同時に俺と目が合った。
小さくなったのは全く理解できないが、なんとなく楽しくなってきた。
こんな機会逃したら次はきっとないだろう。だったらとことん楽しんでやる。まずは雪が気付くかどうかだ。
「さっき陽紀君を起こしに行ったんだけど居なくってね。代わりにこの子が……。雪ちゃん、親戚の子かな?」
「いえ、私達にこんな小さな親戚の子はいないハズですが…………もしかして、おにぃ?」
「うそっ!?陽紀君!?」
そこはさすが、十数年もともに暮らしてきた妹といったところだろう。
まさか一目で見抜かれるとは思いもしなかった。若葉も驚きの表情でこちらへ振り向いてくる。
「そうですよ!今のふてぶてしい態度や顔と大違いの純粋無垢そのもの!この顔はまさしくおにぃですよっ!!」
「陽紀君!? 本当に陽紀君なの!?」
「あ、あぁ……」
ちょっと待とうか雪。
今のふてぶてしいってどういうことだ。俺は今も昔も純度100%で純粋無垢な好青年に決まっておろう。
1つ抗議を入れようかと思ったが、突如としてグイッと視線が揺れ動き目の前に若葉が現れる。いや違う。俺の肩を掴まれて彼女の正面まで回転されたんだ。
安堵と信じられないといった複雑な表情が若葉の表情に浮かんでいる。これはもう、認めるしかないだろう。
「本当に陽紀君……? 今の?昔の? いやちょっとまってね……今の陽紀君なら言えるはずだよね?『Adrift on Earth』で私達の名前はなんだった?」
「本当に陽紀だよ。 それとセリアとアスル。一緒にアフリマンを倒しただろ?」
「――――!!」
もうちょっとからかおうと思いもしたが、若葉の顔を見て考えを改めた。
心配されているのにからかいを続けるほど俺は薄情でもない。認めるように肩をすくめると若葉は瞳にグッと堪えるようにして一瞬涙を
潤ませる。
「その答え……。本当に陽紀君だ……。 陽紀くぅ~ん!!こんなに立派に可愛くなっちゃって~~!!」
「可愛くなるのは立派じゃ………グェッ!」
感動するようにグイッと俺を引っ張ったのはまだいい。
そこからが問題だった。胸元まで俺を引っ張った彼女はそのまま力いっぱいリミッターなど外れたかのように全力で俺を抱きついてくる。
むしろこれは抱きつくというより締め上げるといったほうが適切だろう。アイドルとして運動も欠かさなかった彼女。その力強さは昨日までの俺をゆうに凌ぎ、ギリギリと音をたてながら俺を苦しめる。
「くる……くるし……!わか……!」
「おにぃ大丈夫!?」
「し……しぬ……。ゆ……き………」
「わ~!! おにぃ!! 若葉さんストップ!おにぃが!おにぃが大変なことに!!」
意識の狭間で見えるはこちらに駆け寄ってくる雪の姿。
その後雪の尽力もあって俺は意識を失う手前で復活し、白雪姫のごとくキスで起こそうとしていた若葉へ一発ハリセンを叩き込むのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「えっ!?それじゃあ起きたらそんなことになってたの!?」
「あぁ……俺にも正直なにがなんだか……」
食事を終えてノンビリ消化を促すリラックスタイム。
休日ということもあってノンビリダラダラと過ごす朝の時間に、俺は小さくなった経緯を話した。
話す……と言っても詳しいことはなんらわからない。ただ目が覚めたら身体が縮んでしまっていた!ただそれだけ。
しかしこれは由々しき自体だ。
原因も期間もわからない。少なくともどちらかが分かれば対処のしようがあるのだが何の前兆が無かったから困ったものだ。
今は休日だから良い。けれど平日になってしまえば学校を休むにしても限度がある。留年しないためにもいずれは行かなければならなくなる時があるだろう。
そしてもう1つ、戻らなければならない大きな理由がある。それは――――
「―――なぁ若葉、そろそろ降ろしてくれないか?」
「え~? やぁ~だっ!陽紀君ちっちゃかわいいんだもん!このままずっとギュッとして抱きしめてあげるからね~!」
それは、俺がずっと若葉の膝の上にいるということだ。
今の俺は120センチ程度、おおよそ小学校入学前後といった身体年齢だ。随分と小さくなったこの身体。ゆえに若葉がソファーに座った後俺を膝の上に乗せて逃がそうとしないのだ。腰に手を回しギュッと抱きしめるものだから脱出することもできない。それに背中には柔らかな感触がヒシヒシと伝わってきてリラックスタイムなのにちっともリラックスできやしない。
俺がこうなっている間中ずっとこうしているつもりなのか若葉よ。
それは一刻も早くもとの姿に戻らなければならない。でないと心臓が持たない。
「うん!そう! あ、そうなの!?ちょうどよかった!じゃあお願いね!は~い!」
いつもニコニコから更に5割増くらいの若葉に抱きかかえられながら虚無の顔をしていると、そんな声とともに雪が部屋に戻ってきた。
なに独り言喋ってるのかと思えば電話か。俺の惨状に耐えかねて現実逃避に壊れたのかと思ったぞ。
「ねぇねぇおにぃ」
「……なんだよ雪。その笑顔、怖いぞ」
「え~!?乙女の顔を怖いだなんてひど~い! いいんだ!そんな事言うおにぃのために助っ人呼んできたのに~!」
明らかにいつもと違う笑顔だったらそりゃ怖いよ。
でも助っ人ってなんだ?さっきの電話に関係することか?
「この身体について知ってる人か?」
「ん~、いやゴメン、そっちについてはサッパリ」
まぁ、そりゃそうか。
こんな訳わからないファンタジーについて雪が人脈持ってるとは思えない。つまりこの身体はお手上げってわけか。
「そっちじゃないんだけどね、やっぱり人では大いに越したことはないかな~って思って…………きたっ!!」
「ん?」
勿体つけてどや顔で告げている雪だったがピクンと何かを察知したかと思えばピンポーンと鳴り響く我が家のインターホン。
これが助っ人?電話して1~2分しか経ってないのに早すぎないか?
「待ってておにぃ!すぐ戻ってくるから!!」
「ちょっと雪! 一体誰が来た………行っちゃった」
まぁ雪のことだしロクでもないこと……というわけでもないだろう。
この身体について知ってる人じゃないらしいし期待せずに待つとする。というか、それより前にやることが………
「なぁ若葉、何首元に顔埋めてるんだ?」
「クンクン……クンクン……だって、陽紀君がここまで大人しく抱きしめられるってこれまで無かったんだよ!これで陽紀吸いしないなんてことある!?いいやないね!そんなのありえないよ!」
どういう事だ……陽紀吸いってなんなんだ……。
なんだか今日になって若干壊れ気味……いつも壊れ気味な気もするが今日は随分と重症だ。
後ろで一人盛り上がっている若葉を放っておけば賑やかに談笑しながら入ってくる雪が目に入る。
「さ、入って入って~!」
「お、お邪魔します……」
「―――! 麻由加さん……」
雪が呼んだという謎の助っ人。その人物とは麻由加さんだった。
正確には麻由加さんと那由多さんの姉妹。もしかしたら元々ウチに向かっていたのかもしれない。しかしまさかこの身体で会うとは思ってもおらず、彼女も俺の姿を見てドスンと肩に掛けてたバッグを床に落とす。
「この子誰だと思います!? じゃ~ん!実はおにぃの陽紀でした~!パチパチパチパチー!!」
まさに一人盛り上げ隊長のように俺の姿を見せびらかすように賑やかす。一方リビングに入ってきた麻由加さんは俺の姿を見たまま固まっていた。
バッグを落とし瞳を揺らし、ヨロヨロと近づいてきて俺の手前で膝をつく。
「本当に……本当に陽紀くんなんですか?」
「あぁ、一応ね。 証明のためにもリンネルさんって呼んだ方がいい?」
「その名前……。陽紀くんなのですね……どうしてこんな姿に……」
震える手で俺の手を握った彼女はグッと堪えるように顔を伏せる。
そうだよな。普通人が突如として変わってしまえば悲しんだりするよな………。
「どうしてこんな……こんな姿に……」
「……ん?」
悲しみに打ちひしがれる彼女を見ながら俺も心痛めて手を握り返そうとすると、繰り返し告げる彼女の言葉に思わず手が止まる。
なんだろう……根拠はないけど猛烈に嫌な予感が…………
「どうしてこんな……こんな可愛すぎる姿に!?」
「えっ――――むぐぅ!?」
俺がその彼女の行動に一切反応することができなかった。
悲しみに震えていた麻由加さん。そんな彼女が堰を切ったように顔を上げると気づけば距離が近づいていって俺の視界は真っ暗になってしまった。
顔全体で感じる恐ろしく柔らかな感覚。暖かさもあり幸せな感じもし、ずっとここで埋もれていたいと思うほどの幸せに満ち溢れた柔らかさ。
しかしずっと背中で"それ"を感じていた俺は真っ暗になった正体に気付くのにそれほど時間はかからなかった。
これは麻由加さんだ。麻由加さんが俺に抱きついてきたのだ。後頭部に回される腕の感覚がそれを証明している。そして、この真っ暗な正体といえば………
「あぁ!陽紀くん可愛すぎますっ!どうしてこんなに可愛いんです!?天使ですか!?私を悶え殺したいのですか!?」
「あ~!麻由加ちゃん! おっぱいで篭絡は卑怯だよ!条約違反だよ~!!」
前後から包まれる暖かな感覚に上方でやり取りされる言い争いに俺は加わることができない。
「いいえ、これは才能というものです。陽紀くんは本物の"お姉さん"である私が引き取りますから、あとはおまかせください」
「む~! 陽紀君は最初から私がみてあげるんだもん!私だって陽紀君のお姉ちゃんなんだからぁ!!」
前へ後ろへ柔らかなものがクッションのようになりながらやり取りされるのに俺はただされるがままで目が回っていく。
2人が満足いくまで俺の奪い合いをし、互いに手を話すのはそれから15分は先となるのであった。
【短編集】エンディングのその先へ―――― 春野 安芸 @haruno_aki
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