【ネトゲの相棒】待ち焦がれる夜


 赤や黄色、電飾やオーナメントともみの木の組み合わせがすっかり似合うようになった12月。

 街ですれ違う人々が男女ペアばかりとなった12月のとある日。


 俺は楽しげに笑い合う二人組を何組も見届けながら天を見上げる。

 空はすっかり暗くなり、普段なら光り輝いて見守ってくれている星々も雲に隠れて見えなくなってしまっていた。

 冬の風が不条理にもこちらへ向かって吹き付けていて、寒さで震えている身体を更に冷やしていく。


 ふと周りを見れば、楽しげに笑う男女が続々と街の奥へ消え去っていく。

 きっとみんな夜の街を楽しく遊んで街というキャンバスに彩りを加えているのだろう。

 その様子は冬の寒さをものともしていないようだった。まさに愛の力。愛の前に寒さなど何の意味もなさないと暗に言っているようで、思わずそこから目を逸らす。

 周りを見れば誰も彼も2人揃って楽しそう。対して俺は一人きり。今日特有のその現象に、心の底まで冷え切ってしまうような気さえした。



 本日は24日。一年に一度の聖なる夜だ。

 この日ばかりは様々な人々が行き交う街もその大半は男女ペアとなっている。

 厳密には友人同士や家族と思しき人々も見受けられるが、少なくとも一人きりというケースは限りなく少ない。


 ここは街中でも有名な待ち合わせスポット。

 もちろんここには俺だけではなく多くの人が待っているが一人、また一人と組み合わせができてきてどんどん人が循環されていく。

 少なくとも俺がここに来た時点残っている人はいなくなっただろう。なんだか立っているのも辛くなり、数歩後ずさってベンチに腰を下ろす。


 冬の金属製のベンチ。

 木に比べて熱伝導率の高いそれはもちろん冬の寒さに晒されて冷たくなっており、腰を下ろした途端蓄えられた冷たさが一気に襲いかかってくる。

 しかし冷たさに負けて立ち上がることはせず、黙ってそれに耐えていると段々と慣れてきたのか平気になっていた。

 もしかしたら俺の身体も心もこのベンチのように冷たくなってしまったのかもしれない。

 そう思ってハァ……と息を吐くと白い息が飛び出してきてホッとした。よかった。まだこの身体は熱を持っている。


 今日は聖なる夜。

 俺は今日という日を心待ちにしていた。

 それも人生で最も勇気を出したであろうあの瞬間、告白が報われてから初めてのクリスマスだからだ。




 長いことやっているゲーム、『Adrift on Earth』でアフリマンという強大なボスを長いことかけて倒した翌日。

 俺はようやく倒せた喜びと勢いそのままに、入学して以来心寄せていた彼女へ告白をした。

 その結果はまさかの了承。あの日は人生で最高の日だと今でも強く覚えている。


 そうしていくつか時を重ねてようやくやってきたクリスマス。

 今日はもちろん恋人となった彼女と夜の街へ繰り出そうと約束を取り付けた。

 手元を見れば今日のために用意したプレゼントの箱が見える。どれもこれも全ては今日のため。彼女に楽しんでもらうため。そう思って、意気揚々と待ち合わせ場所へとたどり着いた。




 ――――それから3時間。

 幾度待てども彼女の姿は現れない。まだ近くのビルにかかるかどうかの位置にあった太陽もすっかり沈んで辺りはすっかり暗くなった冬の夜。

 俺は寒さを我慢して待つも彼女の姿は見えなかった。


 スマホで連絡もとった。しかし返信はない。電話も圏外。待ち合わせ場所と日時を確認しても間違いはない。

 もしかして……騙された?そんな考えが頭の隅をよぎるが、それは無いと首を振って否定する。

 そんなこと優しい彼女がするはずない。むしろ交通事故などに遭ったのかもしれない。そう自分を否定するもやはり嫌な考えは頭の片隅にとどまり、つきまとう。



 でも……それなら、もし事故に遭ってしまったのなら俺がここに居る意味は……。

 たとえ事故にしても騙されたにしても、3時間待って現れないならもう今日は会えないと考えるのが自然だろう。

 彼女の家の場所も連絡先も知らないから事故に遭って無いことを祈るしかできないが、きっともう待つだけ無駄だろうからこんな寒いところより、家の暖かな部屋に戻ったほうが俺としても都合が―――――


「―――――陽紀くん!!」

「ぇっ…………」


 もうこれ以上待っても意味なんて無い。

 そう結論付けてベンチから立ち上がり帰ろうとしたその時だった。

 待ち合わせスポット全体に聞こえるほど大きな声で周りの目も気にせず叫んだのは俺が待つ彼女だった。


 茶色の髪と赤縁メガネが特徴的な女の子、麻由加さん。

 10月のあの日以降恋人として付き合ってくている彼女がこちらに向かって走ってきていた。

 本当に疲れているのか俺の眼の前までたどり着くと膝に手を付き肩を大きく上下させて白い息を吐き続けている。


「麻由加さん…………」

「すみませんっ……!別宅から電車で向かおうとしたら雪で止まってしまって……!それで迎えの車を待ってたらこんな時間に……スマホの充電も切れてしまって連絡も…………!」


 どうやら彼女は俺を裏切ったとか事故に遭ったとかそういう理由では無かったみたいだ。

 その息切れ具合から急いでここまでやってきたというのも理解する。


 そして同時に、俺の頭に無数の選択肢が並んだ。

 途中のコンビニで充電器を買うとかあるだろうとか、誰かのスマホを借りて一報いれるなど様々な彼女を責め立てる言葉が。

 けれど無意識でも、俺が選んだ選択肢は1つしかなかった。


「――――よかった」

「えっ…………」


 思わず出た言葉に彼女は目を丸くする。

 何を言おうか色々とノイズも走ったが俺にとっての感想は第一にそれしか浮かばなかった。

 事故に遭わなくてよかった。彼女にとって俺はお遊びじゃなくてよかった。その安堵感が何よりも先に来て、それ以外はどうでもいいとさえ思えた。


 ―――――しかしそんな俺の感想を快く思わない人物がここにはいた。


「なんで……なんでなんですか?」

「…………?」


 それは目の前の少女。麻由加さん。

 彼女は下唇を噛みながら俯き気味になって自らの服をギュッと握りしめる。


「連絡もつかない中そんなに寒い思いして、来るかも分からない私を待って……。私、もう居ないと思っていたんですよ。むしろこれだけ待たせたのですからいないほうがって……」

「でも、麻由加さんは来てくれたよ」

「そうですけどっ……! でも、それだと陽紀くんが辛いだけじゃないですか……」


 確かにさっきまで辛かった。

 でもそんなのどうでもいいじゃないか。実際に来てくれたのだから。


「こんなに冷たくなって……風邪引いたらどうするんですか……」

「その時は麻由加さんが看病してくれるよね?」

「…………もうっ」


 手を取ってくる彼女の暖かさを感じながら笑いかけると、伏せた顔が一瞬だけ笑ったのが見えた。

 そのまま俺は持ち上げられた手を取って彼女と同じ方向を向く。それは手をつないで歩く体勢。突然俊敏に動いたことによって目を丸くした彼女に笑いかけると、俺は空いた手で道の先を指差す。


「今日はクリスマスなんだから硬いこと言いっこなしだよ。ほら、行こう?」

「……わかりました。もし風邪引かれたら治るまで何日でもつきっきりで看病しますからね!」

「ははっ、それはいいね。それならむしろ風邪引いてくれたほうがいいかも」

「バカいわないでくださいっ! もうっ、行きますよ!」


 俺たちは手をつなぎ、互いの温もりを感じながら街の奥へと歩いて行く。


「――――そんな優しいあなただから、私は大好きになったんですよ」


 小さくポツリと。

 喧騒にかき消されるほど小さい声が隣から聞こえてきた。

 もしかしたら空耳だったのかもしれない。しかしポスンと手を繋ぎながら身体を預けてくれる彼女の暖かさに、俺は何も言わず繋いだ手を固く握る。


 彼女の迎えの時間まで3時間。

 俺たちはいつの間にか白く染まっていた夜の街に1つの彩りを加えるのであった。

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