【短編集】エンディングのその先へ――――
春野 安芸
【不審者の姉】大切な恋人たちとのクリスマス
ガシャッと、何かが軽い物がぶつかり合うような音で目を覚ました――――
ゆっくりと目を開ければ、そこは何度も寝起きした俺の部屋。
視線を壁掛け時計にずらして見えた時刻は、普段起きる時刻より30分ほど遅い。
まさかスマホに設定したアラームが起動しなかったのかと、遅刻をするかと思って一瞬だけギョッとしたが、すぐに思い出される『冬休み』という言葉。
そうだった……今日は冬休み。この年になって初めての冬休みの朝だ。
本日は12月24日。平日ではあるものの、昨日終業式を終え合法的に学校へ行かなくてもいい最高の日。
冬休みという、その至福の言葉を噛み締めながら俺は焦りかけた心を鎮めていき、ベッドに寝転びながら肩の力を抜いていく。
さて、今日はその名の通り休みだ。つまりわざわざルーティンに従って眠い目をこすりながら起きなくてもよい。お昼過ぎに起きたって誰にも文句は言われないのだ。
そう自分の中で小躍りしながら二度寝に洒落込もうとうんと伸びをして意識を沈めようとした瞬間、ガシャっと頭上で鳴る不思議な音。
なんだ……?そういえばさっきもこの音が聞こえて目が覚めたんだよな。
今まで気にしていなかったが、なんだか腕が動かないような…………
「…………またか」
なんだか不思議なことが続いたのが気になって眠い意識を覚醒させながら視線を頭上に向けると、そこには何やら見覚えのある鎖と輪っかが手首に取り付けられていた。
鎖といってもそれはプラスチック製。腕を動かす度カシャカシャと音が鳴るものの、外れる気配を見せない。
俺は『それ』を…………『手錠』を眺めながらハァ――と息を吐く。
きっと、これが初めてのことなら今頃慌てふためいて大声を上げていただろう。
けれどもう何度か経験したこと。俺は平常心を保ちながら閉じられた扉に向かって声を上げる。
「エレナー! リオー! ……アイさーん!」
「はーいっ!」
扉の外に呼びかけるよう、心当たりのある3人の名を呼んでみる。
もう一度見上げれば見える、プラスチック製の手錠と側面にある取り外し用のスイッチ。スイッチに手が届かないからほぼほぼ本物の手錠と変わりないのだが、別に彼女らなら危害を加えられる心配はない。
ほら、案の定呼びかけに誰かが応えてくれた。
「おはよ~慎也クン。今日もカッコいいねぇ」
「……今回はリオか」
扉を開けて姿を現すのは、茶色の髪を肩甲骨まで伸ばした小さな少女、リオだった。
彼女は俺の言葉をスルーしながらベッドの側面に腰掛け、頬に手を触れてくる。
「ジッとしててね慎也クン」
「…………」
「んっ…………」
頬に触れながら更に近づいてくる彼女にされるがままでいると、チュッと唇に触れる柔らかな感触。
触れるだけの、一瞬だけのもの。その感触がスッと離れていくのに合わせて目を開けると、彼女がはにかみながら俺の胸上に倒れ込む。
「おはよっ。お兄ちゃん!」
「おはよう。璃穏」
そう年相応の可愛い笑顔を向けるのは、俺の大切な恋人である璃穏。
胸上で笑う彼女はもう一度俺に近づいて優しいキスを落とす。
「えへへ……。お兄ちゃん大好きぃ……」
「俺も好きだよ。 ……ところで、この腕のは璃穏が?」
そんな彼女と朝からイチャイチャするのも悪くないが、今はそれより手錠が気になる。
璃穏はチラリと腕の方に視線をやったが、すぐに首を横に振る。
「じゃあ、エレナ?」
「ううん」
「……アイさん?」
「ううん」
まじか。
彼女ら3人じゃないとなると、残る候補は…………
「あっ!慎也君起きてたんだっ!!」
そう、俺の姿を見て驚きの声を上げるのは、これまた恋人である美代さんだった。
彼女は慌てたようにこちらに近づくやいなや手錠が外れていないことを確認する。
「ほっ……。外れてないね」
「もしかして、これは美代さんが?」
「うんっ。ごめんね慎也君。 もう大丈夫だから外すね」
もう大丈夫?何のことだろう。
伸びた手が慣れた様子で手錠を外した瞬間、俺の腕は自由になる。
「ようやく開放された……。ありがと、美代さん」
「ん~んっ! それじゃあ……はいっ!」
「ん……」
身体を起こすのと同時にベッドから降りてくれるリオ。
そしてバッと俺に両手を突き出す形で手を広げる姿を見た俺は、それに応じるよう彼女を引き寄せてギュッとその体躯を抱きしめる。
「おはよ。美代さん」
「むふふ~。おはよぉ!慎也君っ!」
耳元で満足そうに笑う声が鼓膜を震わせる。
これも、俺達のルーティンのようなものだ。彼女が毎朝手を突き出すと俺がギュッと抱きしめる。
もう毎日しているにも関わらず変わらず嬉しそうにするものだから、俺も嬉しくなってしまう。
「さて、美代ちゃん、もういいの?」
「うんっ!見てくれてありがとね、リオちゃん」
「……? なにかあるの?」
見てくれるって何の話だ?呼びかけたらリオが真っ先に来てくれたが、何か意図があったのだろうか。
そう思って問いかけると、2人は笑顔のまま俺の両手を掴んでベッドから立ち上がるよう促してくる。
「ふっふっふ。 慎也クン、丁度いい時間に起きてくれたね」
「…………また何か計画してたとか?」
「慎也君にも悪くない話だよっ! ほら、リビング一緒に行こっ!!」
そう言って2人は繋いだ手を絡ませて俺の両脇に。
まさに恋人繋ぎで寄り添う姿に、俺もその心の内にあるものなどどうでもよく思ってしまう。
リオも色々とドッキリとか仕掛けこそすれ、害になるようなものは一切してこなかった。今回もきっと俺を喜ばそうと画策してくれているのだろう。
「じゃあ、慎也君。開けてくれる?」
「…………開けた瞬間水鉄砲とかかけられないよね?」
「そんな事無いよぉ! ほらほら、はやくぅ!!」
たどり着いたリビングへの扉に、なんとなく戸惑ってしまう。
今日は今冬でもかなりの寒波が襲ってきていると昨日ニュースで言っていた。今水鉄砲喰らったら風邪引くこと間違いない。
「じゃあ……開けるね」
しかし開けないことには話が進まない。俺は覚悟を決めて目の前の扉を開けると、目の前には満面の笑みで待ち構えるアイさんの顔が――――
「めりぃ……くりすま~すっ!!」
「わっ!!」
まさしく一瞬の出来事だった。
アイさんの姿を認識した途端、突如視界が大きく揺れ動き、気づけば視界は天井に向いていた。
え!?なに!?何事!?
突然のことに頭がパニックになるが俺の思考は2人のことでいっぱいだった。
バタリという音と、その後の耳鳴りが聞こえてくるが、それよりも両脇にいた2人に視線を移すと俺から距離を取っていた。
よかった。2人も避けてくれていたようだ。
「慎也さんっ! おはようございますっ!そしてめりぃくりすますですっ!!」
「おはよう……。えと……どういう状況?」
その呼びかけに俺の意識は2人から目の前の彼女へ。
すぐ耳元から聞こえてくるのは楽しげなアイさんの声。
どうも俺は、扉を開けた瞬間彼女に飛びつかれて仰向けに倒れたようだ。
俺に巻き込まれるようにギュッと抱きしめながら倒れているアイさん。力いっぱいギュッとされているものだからその長い髪からいい香りと、胸板に柔らかな感触がダイレクトに伝わってくる。
あとなんか聞き慣れないこと言ってたよな。めり……なんだっけ?
「ほらほら、アイ。突然抱きつかれて困ってるじゃない」
「…………エレナ」
そんな俺達に近づきながら呆れたように声を出すのは、我が義姉、エレナだった。
彼女は肩を竦めながら俺の直ぐ側でしゃがんで頭を撫でてくる。
「おはよう、慎也。 よく眠れたかしら?」
「うん……でもその格好……」
普段なら抱きついている彼女をどかして立ち上がるところだが、それよりも気になったのがエレナの格好。
それは真っ赤な生地を基調とした、赤と白の服装だった。今は冬。それなのに寒そうな肩出しで更に下はミニスカの、いわゆるコスプレの格好だった。
「あら、気づいたかしら? アイも……それにこの2人も同じ格好よ」
「えっ?」
その言葉に顔を上げれば、リオも美代さんも、上着を脱いであらわになる赤と白の格好。よくよく見れば抱きついてクンクンと匂いを嗅いでいるアイさんも同じだ。これってまさか……
「…………クリスマス?サンタ?」
「正解っ! よく気づいたわね。撫でてあげるわ」
彼女らはみんな、同じサンタクロースの格好をしていたのだった。
しかし正式な格好ではなくミニスカサンタ。完全にコスプレ用だ。
ついでに言えば、ミニスカのまましゃがんで撫でられているものだから、エレナの純白をまとった布が太ももの奥地に――――
「――――あいたっ!」
「慎也さん、見過ぎですよっ! そんなに気になるのなら私に触れてくださいっ!!」
ついその先に意識を持ってかれていると、軽くデコピンされてしまった。
犯人は目下にいるアイさん。彼女は俺の視線に気づいていたみたいだ。眉を釣り上げながら強調するように露出した肩の更に下……胸元を強調するように張ってくる。
「そっ……そういうのは今はいいから……! ってか、なんで朝から俺を拘束してたの!?」
図星を突かれたことと朝から思わぬ攻撃に顔を紅くしながら話を変える。
取り繕うように本題に戻すも、エレナはニヤリとした笑みでじっと見ていた。
それでもしゃがんだポーズを崩さないのはあえてなのだろう。俺は極力そちらに視線を行かないようにし、なんとかアイさんを抑えて身体を起こす。
「慎也、今日は何の日かわかってるわよね?」
「えと……クリスマスでしょ?さっき言ったし」
「えぇ。だから今日は……みんなでハーレムの主であるキミをねぎらうことにしたわっ!!」
「………………ん?」
「ほらっ、こっち来てっ!!」
それはまさに、謎の言葉だった。
意味も理解できずにエレナに引っ張られるまま足を進めれば、そこはたった1つの椅子の前。
今日の為なのか豪華に装飾された、ウチの椅子。そこに座らされるやいなや綺麗に飾り付けられた部屋が視界いっぱいに広がる。
クリスマスパーティーか……?ツリーこそないものの、飾り付け的にそんな感じだ。
「慎也クン、パイナップルだよ。あ~ん」
「……あ~」
「慎也君!次はイチゴ!あ~んっ!」
「あ~……」
「慎也さんっ!次は私ですっ! んっ…………!」
あまりの勢いに圧倒されていると、どんどん口の中に入れられるフルーツの数々。
おまけに今日一段とテンションの高いアイさんのキスも。
眼前いっぱいにアイさんの整った顔が広がり、まさしく愛を一直線に伝えるように俺の唇を重ねていく。柔らかく、いつまでも重ねていられるようなその唇。
俺は色々なことが重なって混乱する頭ながらなんとか彼女とのキスを終えると、エレナがゆっくり近づいてくる。
「早速色々され尽くしてるわね」
「エレナ……さっきねぎらいがどうって言ってたけど……」
「えぇ。今日はクリスマス。 だから私達がサンタになって、キミに一日ご奉仕しようってことになってね」
ご奉仕。
豪華な椅子に次々出てくる美味しそうな料理。これはもはや主というより王様のような。
「どうしてもドッキリにしたくてね。美代に頼んで朝からキミを拘束してたのよ」
「なるほど、だからか…………」
ドッキリのために拘束か。やはり俺の予想していた展開通りだった。
しかしドッキリの中身までは予想できなかったが。
「あとは……そうね。 アイが酔っ払っちゃったことかしら」
「酔っ払った!?なんで!?」
「マネージャーが差し入れてくれたチョコ、あれにお酒が入っていてね。 パッケージも無くて味見したアイが朝からずっとこんな感じよ」
「えへへぇ~! 慎也しゃ~ん……!」
あぁ……だから今も甘えモードで頬ずりしてるわけね。
ここまで甘えてくるのは璃穏や美代さんだけかと思っていたけど、アイさんが甘えてくるのもなかなか……。
「もちろん、後でだけどプレゼントだって用意してるわ。それにアイを起こしてからストロベリーリキッドの限定ライブもやるもの」
「限定ライブ!? 復活するんですか!?」
限定ライブ。
その言葉に真っ先に反応したのは美代さんだった。
解散した3人のグループ、ストロベリーリキッド。あれを一番空いてくれてたのは美代さんだもんな。
けれどエレナは柔らかな笑みのまま首を横に振る。
「いいえ、今日だけ。私達はもう、慎也だけのアイドルだもの」
「そっかぁ……」
美代にとってストロベリーリキッドは特別なのだろう。少し残念そうに肩を落とした姿を見て、エレナはそっと彼女の頭を撫でる。
「ごめんね。 でも、美代も見ていってね。あなたも私達にとって大切な人なんだから」
「うん……。ありがとぉ……」
俺も復活すると思ったが、俺だけのって言われると何も言えない。
むしろソッチのほうが嬉しいかも……。
「……さて! 慎也、私からも朝一番のプレゼントしなきゃね」
「プレゼント? 後でって言ってなか――――!!」
朝一番のプレゼント。
それは彼女からの熱い接吻だった。
触れるだけのフレンチキスなものの、力いっぱい押し付けるような、情熱的なキス。
思わず目を見開きながらその輝くような金色の髪を見つめていると、満足したように「ぷはぁ!」と声を上げてゼロ距離だった俺と少しだけ離れる。
「さてっ!今日一日、私達がご奉仕してあげるわっ! 覚悟しなさいっ!!」
「お……お手柔らかに………」
楽しそうに、そして宣戦布告するようにピシッと向き合って告げるのは、まさしく俺の大好きな恋人の姿。
そして両脇で笑みを浮かべるリオと美代さんに、胸元で抱きついているアイさん。
楽しげに笑うそんな彼女たちの頭を撫でてそっと笑顔を返す。
今日はまだ始まったばかり。
俺はこのクリスマスの一日を、大好きな恋人たちと共に過ごすのであった。
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