投棄した生物が(ある意味)独自の進化を遂げていた件

 翌日から調査が始まった。

 結果は驚くべきものだった。


「まさか、ボーデンとリーベン……あの類人猿の子孫が、八十億にまで増えているとはね」

「凄まじい繁殖力っすね。外見も我々とほぼ代わらない。既に道具を使いこなし、文化をもっているっす……あ、衣服も身に着けてますね」

「魔法の力……というか、魔法の存在に気づいているのは、ほんの一握りみたいね」

「それでよくここまで進化したっすね」


 フリードリットとネフューは、探索に出した精霊たちが送信してくる情報に驚嘆した。


「昨日の夜、一番明るかったところの映像が届いたわ」


 フリードリットが、新しく届けられた映像をブリッジのディスプレイに映し出す。そこにあったのはコンクリートで作られた密林だ。


「凄い建築技術ね」

「道路はほぼ炭化水素で舗装されてるっすね……あ、これ見てください。鉄道っすよ! うわー、とんでもない数が列車に詰め込まれてる……」

「戦争にでも駆り出されてるのかしら。それとも労働してる……?」


 フリードリットは情報の投影を終えると、立ち上がった。


「これは是非、自分の目で見てみたいわ!」

「ええええええええ」


 目を星にしているフリードリットに対してますネフューは及び腰だ。


「こんな文明を持ってしまった生物の生活圏に入っていくなんて危険っすよ」

「大丈夫よ! 外見は私達と似たような姿に進化していたし、耳を隠せばバレないわ!」

「止めても無駄っすね……」


 ネフューが深いため息をつく。こうなってはフリードリット博士を止めることができないのを、彼女は熟知していた。


「どの辺りに行きますか?」


 ネフューが表示した情報入り航空写真を見て、フリードリットはある場所を指さす。


「この、鉄道が交差している場所にしましょう。東西に大地と火の色をもつ列車、南北に植物と水の色をもつ列車が通っている。縁を感じるわ」

「はい。ではワープするっす」


 ネフューが機器を操作する。巡視艦コツトンエルの機器を利用して転移ワープ魔法を使うと、より少ない精神力でより正確な転移ワープをすることができるのだ。

 ブリッジからふたりの姿がかき消えてた。


 一瞬の後に、ふたりは巡視艦から東に約百キロ離れた街に姿を現した。

 全てが初めて見るものに囲まれ、ふたりは忙しなく辺りを見回す。

 類人猿の子孫たちは、そんなふたりの様子に全く興味を示さず、右から左から通り過ぎていった。


 しばらくして、ネフューが精霊から情報を受信した。

 

「フリード先輩。この島の言語について、解析が終了したっす。以後、光の精霊と風の精霊による自動翻訳が有効になります」

「待ってました!」


 フリードリットが、とある店に貼られた広告のような紙を見ながら、自動翻訳の開始を待つ。

 ふっと音と視界が揺らぐと、目の前の広告が突然馴染みの文字に置き換わる。


「な……なんですって!?」


 フリードリットは思わず口走る。

 不審に思ったネフューが首を突っ込んできた。


「どうしたっすか」

「ネフュー、これを見て」


 フリードリットが指さした広告を見て、ネフューも眉根を寄せる。


「『エルフ』と書いてあるっすね」

「なぜ? わたしたちの存在がばれていたってこと?」

「ありえないのでは? そもそもこの惑星は七百万年間、放置されていたっすから」

「だとしたら……まさか、ボーデンとリーベンの記憶に『エルフ』という言葉ないし情報が刻まれて、受け継がれていたってこと?」

「知性を与えられた恩……っすか」

「んんん……」


 フリードリットがさらに唸る。


「もっと解せないのはこの文面……ただの『エルフ』ではなく、『エルフカフェ』って書いてあるわ。一体なんなの?」

「さし絵があるっすね。リーベンの子孫が笑っている絵……耳が尖っていて、我々の風体も記憶として受け継がれているみたいっすね。エプロンをしている。これは……子孫たちがエルフの扮装をして給仕をする喫茶店なのでは?」

「これがボーデンとリーベンの子孫たちが考案した食堂……もしくは娯楽……?」

「わからないっすね」


 暫し広告を見ていたフリードリットだったが、やおら顔を上げた。


「調べてみましょう。なにかボーデンたちの子孫についてわかりそうな場所……書店とか、ないかしら」

「ちょっと待ってください」


 ネフューが即座に精霊と交信する。すぐに精霊たちによって情報が届けられた。


「書店、そこそこあるっすね。どんな書店にするっすか?」

「そうね。ちょっとうらぶれていて……マニアックな感じのところ」

「じゃあ……ここっすね」


 ネフューがフリードリットに情報を転送する。

 フリードリットは満足げに頷くと、その書店へ向かった。


 そこは表通りから一本裏へ入ったところにひっそりと開かれた書店だった。

 二人が店に入ると、紙の香りが鼻腔をくすぐった。数名の先客が本を取り、物色していた。特徴的なのは、売り場によってほぼオスの場所とほぼメスの場所とに別れていることだ。


「場所の割に繁盛しているわね」

「事前に調べた本よりサイズが大きいっすね」

「まあいいわ。早速、ボーデンとリーベンの子孫たちの文化について調べましょう」


 意気揚々と突入したフリードリットとネフューだったが、客層の極端な性別差に気後れし、結局メスが多い売り場へと向かうことにした。とりあえず、手近にあった本を取る。透明なビニールが掛けられており、どうやら見本のようだ。表紙には内容と思しき複製ページが貼られており――


「そ……そんな……」


 見本を見るなり、フリードリットは全身をわなわなと震わせた。


「ね……ねえネフュー。これは……なに? 風の精霊に検索させてもよくわからない。リーベンの子孫は、なぜこれを花の名で呼ぶ……?」

「ちょっと見せてもらってもいいっすか? なになに……『エスポルカかけるナノラス 神秘の百合エルフ』? これはすごいっす……うっ鼻血出てきた」


 ネフューは暫し呼吸を整えると、改めて題名に目をやり、精霊と交信した。


「若者は検索が早いな」


 フリードリットの感心をよそに、ネフューは情報の検索を終えると、先輩の方へ向き直った。


「出たっすよ。百合とは女性同士の恋愛関係を題材とした作品の隠語っす」

「うわーうわーうわー」


 フリードリットは上気した顔を両手で隠し、見本ページで睦み合う二人のエルフの痴態を指の間から盗み見ていた。

 暫しエルフ百合を堪能したフリードリットは、徐ろに顔を隠していた両手を下ろす。その顔には決意が現れていた。


「決めた。私は今後の人生をハイエルフ星人へ百合を布教することに捧げる! そして惑星S3を百合コンテンツの生産拠点として整備するわ!」

「ま……マ!?」


 唖然として先輩の顔を見上げるネフュー。


「いや確かに類人猿の独自文化なのにやけに先進的っていうか突き抜けた関係でちょっと羨ましいしこのエスポルカが先輩っぽくてナノラスの髪型がボクに似ていて妄想が捗りますけど今までの研究者としての実績をなげうつのは如何なものかっていう話が……」


 もう自分がなにを言っているかわからないほど焦り、説得しているのか告白しているのかよくわからないほど目を回しているネフュー。

 対してフリードリットは落ち着き払って他の百合漫画が描かれた薄い本を物色し始めていた。


「止めても無駄っすね……」


 ネフューは何度目かのため息をついた。


 フリードリットは持参していたダイヤモンドを現地の通貨に換金すると、先ほどの書店に並んでいた百合漫画、百合小説、百合ボイスドラマなど、あらゆる百合コンテンツを買い占めた。





 その後、惑星ハイエルフではフリードリットとネフューが持ち込んだ百合コンテンツが大流行し、多くの男性がカップルを解消され、涙で枕を濡らすこととなった。


 惑星S3で大繁殖を遂げた類人猿ボーデンとリーベンの子孫たちは、小さな島で作られた奇妙な文化に値千金の価値を見出されたことによって、駆除を免れた。


 フリードリットは研究職を退き、百合コンテンツの仕入れや流布に尽力した。そして後世の歴史家から『百合の母』という名誉なのかなんなのかよくわからない二つ名で呼ばれる存在になったのだった。





 その後、フリードリットとネフューはハイエルフ星人初の女性カップルとして結婚するのだが、それはまた別のお話。





    (了)

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むかしむかしハイエルフはある惑星に二頭の猿を投棄した 近藤銀竹 @-459fahrenheit

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