むかしむかしハイエルフはある惑星に二頭の猿を投棄した

近藤銀竹

投棄した生物が異常繁殖していた件

 無限に広がってるわけでもないらしい宇宙――

 

 そこにあるのは土塊つちくれと、火球と、そして虚無ばかりであり、全ての命を拒絶する空間が広がっている。


 しかし、場違いな存在がひとつ――

 木だ。

 横倒しになった巨木が宇宙空間を滑るように進んでいた。

 先端は枝分かれし、その先には葉のようなものが茂っている。尾部もまた枝分かれしているが、そこに葉はなく、激しく枝分かれして末端はひげのように細い。

 この木のようなもの、実は宇宙船である。名を『巡視艦コツトンエル』という。気の遠くなるような遠方にあるセヴェル銀河内、ネイローロ恒星系第四惑星ハイエルフに住まうハイエルフ星人が建造した宇宙船だ。


 ブリッジでは、宇宙船が自動操縦であるのをいいことに、ふたりのハイエルフ星人がシートでマグカップを傾けていた。ちなみに、巡視艦コツトンエルは高度に自動化されており、搭乗しているのはこのふたりだけだ。


「……天下のフリードリット博士が七百万年前に投棄した改造類人猿の調査、場合によっては駆除……ですか?」


 操舵手の席に座りながら計器に背を向けた小柄な女性が口を開く。ボブに切った白金色の髪の左右から長く伸びる尖った耳が活発そうに揺れた。尖った耳はハイエルフ星人の特徴である。


「そうだよ」


 フリードリットと呼ばれた少し偉そうな女性が短く答える。こちらは痩せてはいるが背が高い。白金色の髪を長く伸ばし、エレガントにカップを口に運んでいる。こちらもやはり耳が長く尖っていた。ちなみにハイエルフ星人の髪は白金色が顕性遺伝する。


「余りに賢くなりすぎてしまって、研究所から研究中止のお達しが来てしまってねぇ。処理に困って……捨てた」

「で、ボクたちに回収命令が下った、と。でも捨てたのが『実験惑星S3』だったのはマズかったっすね」

「情が移ってたのかも……S3は生物が生きるのに適した環境だったから、もしかしたら自分たちで生きてくれたりしてないかな、って。でも七百万年前のことをほじくり返されるなんて思わないじゃない?」

「ですね。七百万年前って言ったら、ボクまだ入所してないっすよ」

「若いな、ネフュー君は」

「ええ。その頃はまだ学生でしたね。フリードリット博士っていったら、みんなの憧れの的でした。入所のときと、フリード先輩の下で働くときと、二度妬まれたっす」

「おやおや、世辞が上手いな。だが冗談抜きで、ネフュー君は若いだけでなく、有能で可愛い後輩だよ」


 フリードリットがネフューと呼ぶ後輩に顔を近づけると、ネフューは顔を真っ赤にして視線を泳がせた。ちなみにハイエルフ星人の平均寿命は約八千万年である。


「よ……よしてくださいよフリード先輩。なんか頭に血が上ってきたじゃないっすか……おかしいな、女同士なのに……」


 ネフューは自らの頬をぺちぺちと叩きながら、まるで小鳥のように頭を忙しなく動かしている。

 フリードリットはそんな後輩の様子を見て微笑みを漏らすと、コンソールの横にカップを置いた。


「おっと、そろそろ目的の星系じゃないか?」

「そうっすね」


 ネフューは真顔になると、計器類に意識を向ける。そしてある数値に気づくと眉根を寄せた。


「S3の周辺に……なにか漂ってるっすね。ゴミの類じゃないっす。鳥のような形状で、本体部の構成元素は主に鉄、チタン、アルミニウム。翼は銅、インジウム、ガリウム、セレン。明らかに人工物です。風の精霊によって微弱な雷を発生させ、他の鳥や地表とやり取りを行っています」

「精霊による通信ではないのか?」

「あり得るっすね」


 フリードリットはしばし指を顎に当てる。一瞬の思案の後、彼の女は大きく頷いた。


「よし! 地表に降りてみましょう!」

「フリード先輩、マジっすか!?」

「うん! なにか独自文明の開花を感じるわ! ただいまより本艦は降下を開始する。大気圏突入用意! 対精霊迷彩展開!」


 宇宙船は惑星S3に向けて進路を取った。対精霊迷彩によって大気との摩擦による発火・発光もせず、徐々に地表へ近づいていく。

 ブリッジのディスプレイに映された地表は赤、緑、青と鮮やかに表情を変えていく。その美しさにふたりは目を奪われた。

 それだけではない。夜半球に目を向けると、所々が輝いているのが確認できた。


「陸に発光している地域があるわね。七百万年前は真っ暗だったはずなのに」

「これは……光を発する技術を開発している可能性が高いっすね」


 乗り気ではなかったネフューだったが、いつの間にか地表の発光に興味をそそられていた。


「フリード先輩、どのへんに着陸しますか?」


 ネフューの問いかけに、フリードリットは夜半球に入って少し経ったあたりの島を指さした。


「この……北緯三十六度辺りにある島にしましょう。かなり明るいし、霊的エネルギーも強い。停めておくだけでコツトンエルのエネルギー補給ができそうだから」

「了解っす」


 コツトンエルは静かにその島へと着陸した。安全を期して、最も明るいところから百キロほど西部にあった山裾の森林を選んだ。


「着陸……完了、と」

「お疲れ様。今夜はひとまず寝て、長旅の疲れを取りましょう。調査は明日からってことにしましょう」

「了解っす」


 フリードリットとネフューは挨拶を交わすと、それぞれの私室へと消えていった。

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