第3話 学びと経験

ナタリーとフェリシアが出会い、主人と家政婦という関係になった次の日の朝。

 

 (今日から家政婦としてここで働かせてもらえるんだから頑張らないと)

 

「さて、今日からあんたにはこの家で家政婦として働いてもらう訳だが、とりあえず、ひと通り部屋を紹介するよ。まず、昨日あんたが寝てた部屋は、そのままあんたの部屋として自由に使いな。次に私の部屋だけど、ここは今まで通り私が掃除をするから絶対に入るんじゃないよ。次に――。これで大体の説明は終わったね。何か聞きたい事とかあるかい?」

 

 全ての部屋の説明を終え、椅子に腰掛けて休憩をしているナタリーがフェリシアに問いかけた。

 

「いえ、今の所は特にありません」

「そうかい。じゃあ、今あんたがどれぐらい家事ができるのか確かめさせてもらうよ。とりあえず、何でも良いから1品作ってくれるかい?」

「はい。かしこまりました」


 フェリシアはナタリーから出された初めての仕事を達成する為に、調理場で意気揚々と料理を始めた。その料理をする立ち振る舞いからは、自信と少しの余裕すらも感じ取る事ができた。

 

 (へぇ、温室育ちのお嬢様かと思ってたけど、案外、家事はできたりするのかもしれないね。これは考えを改めないと失礼だね)

 

 ナタリーはフェリシアの調理場での立ち振る舞いや表情から、今までお嬢様というだけで、料理が出来ないと決めつけていた事を、心の中で反省していた。

 

「スペンサー様。出来ました。どうぞ」

「そうかい。ありがとうね。あとスペンサー"様"は何かむず痒いから辞めておくれ。今後はスペンサーさんか、ナタリーさんで良いよ。」

「かしこまりました。では、これからはスペンサーさんと呼ばせていただきます」

 

 ひと通り会話を終えたあと、ナタリーはフェリシアが出してきた料理を見た。するとそこには歪な形をしており、黒や紫で覆われ、何か異臭を放った料理とは思えない物体が存在していた。

 

「えっと…これはなんだい??そもそも料理なのかいこれは?」

 

 ナタリーは出された料理の様な物体に対して感じた素直な疑問を述べた。


「はい!これは、ビーフシチューです」

 

 フェリシアは自信満々といった様子で、ナタリーに出した料理の説明をした。その説明を受けたナタリーは驚愕といった表情を浮かべた。

 

「び、ビーフシチュー!?これがかい!?あんた、今までビーフシチューを見た事あるかい?」

「はい、勿論見たことあります。実際に作っているところも見たことがあります」

 

 フェリシアの説明を受けて、ナタリーは驚愕と半分呆れている様な表情で料理を見ていた。

 

「実際作っている所を見てこれかい!?……まぁあんたの料理の実力がどの程度か分かったから良かったよ」

 

 ナタリーからの評価を受けて、フェリシアは少し不服といった表情を浮かべながら、言葉を続けた。

 

「確かに見た目は悪いかもしれませんが、味はまだ大丈夫だと思います」

「そ、そうだね。見た目だけで決めつけて悪かったよ。まぁなんとなく味の予想はつくけど。それじゃあ、食べさせてもらうよ」

 

 1口食べた瞬間、ナタリーの顔色がどんどん青白くなり、吐きそうな表情を浮かべながら、水と一緒に無理やり謎の食べ物を飲み込んだ。

 

「ま、不味い!不味すぎて、一瞬あの世に行っちまったかと思ったよ!逆にどうやったら、こんな謎の食べ物を生み出す事ができたんだい!」

 (……まったく……温室育ちのお嬢様とか思って悪かったと反省したあの時間を返してほしいぐらいだよ)

「そ、そこまでですか?」

 

 ナタリーからの評価を受けて、フェリシアは驚くと同時に、そんなにも料理が下手くそな自分への情けなさで一杯になった。

 

「そこまでだよ!あんたも1口食べてごらん」

「は、はい。いただきます……」

 (ん〜!何これすごく不味い。火が通ってなさすぎる肉、食感が悪い野菜、悪い点を上げ始めたらキリがない。こんな不味いビーフシチューを私が作ったんだ)

 

 フェリシアは、自分が作った物のあまりの不味さに泣きそうになっていた。

 

「ま、まぁ、今日から働き始めるんだから、これから上手くなっていけばいいさ。次は、掃除ができるか見せてもらうよ」

「は、はい!」


 このあと、フェリシアは掃除、洗濯など様々な家事に挑戦したが、全て散々な結果に終わった。掃除をすれば、家の物を壊してしまったり、洗濯をすれば、服をシワシワにしてしまった。


「……今までした事がないとはいえ、ここまで自分が何も出来ないとは思いませんでした」

 

 フェリシアはあまりにも出来ない自分に対して、諦めと悲壮感が混ざったような表情で静かに呟いた。

 

「いつもそうなんです。周りの人達がすぐできる様なことが、いつまで経っても出来ない。努力を重ねても上手くならない。才能も器用さも何もない凡人。それが私なんです」

 

 フェリシアの、脳裏にはある瞬間が浮かんでいた。


 『そんな事もできないのか。お前は本当にのろまで愚鈍なやつだな』

『全く、どうしてそんなに物覚えが悪いの。他の家の子はできているのに、恥ずかしいと思わないの!?』

『ふふ。まだ、そこで止まってますの??相変わらずダメダメですわね。練習してもできないなら、無駄ではありませんの??』

 

 フェリシアの言葉を静かに聞いていたナタリーだったが、近くにあった箒を手に取ると、取手の部分でフェリシアの頭をコツンと叩いた。

 

「っ〜!痛いです!何するんですか!」

「はぁ、あんたは頭も悪いのかい??初めてのことなんだから、出来なくて当然。家事を舐めるんじゃないよ。それにね、あんたは努力する事はできるんだろ?」

「は、はい」

「なら、大丈夫だよ。いいかい?努力を毎日積み重ねれば、望んだ結果が手に入るとは必ずしも言えない。けどね、努力には何百、何千もの使い道があるんだ。望んだ結果は得られなかったとしても、何かしらあんたの為になる力は身についているんだよ。だからね、たった一つ、結果が得られなくて、嘆いている時間があるなら、努力を続けな。そうすれば、あんたにとって最良の力がいつか手に入るから」


 ナタリーの言葉を聞いたフェリシアの頬には、一粒、また一粒と涙が流れていた。そして、下がっていた顔を上げ、笑顔で返事をした。


「はい!ありがとうございます」

「とはいえ、あんたの不器用さは相当なものがありそうだからねぇ。ここまで、家事が下手な人は初めて見たよ」

 

 その言葉を聞いたフェリシアは呆気にとられた様子で、涙も引いてしまった。

 

「上げて落とすのやめて下さいよ。せっかく私でも、できる様になるかなって思えたのに」

「そんなの、私には分からないよ。けど努力しないと、才能だけでは、得るものは少ないって話だよ」

「そ、そうですよね。私頑張ります!」

「そうかい。そう決めたなら、後悔の無いように頑張りな」

 

 ナタリーはフェリシアに言葉をかけると、自分の部屋へ戻っていった。そして自室の中で1人の小さな男の子が写っている写真を眺めながら、どこか悲しげな表情で呟いていた。

 

(頑張れ……か。そんな事を人に言ったのは、あんた以来だよ、ノア。私はあの時から少しは前に進めているのかね)

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