第2話 出会い

太陰暦1212年大陸の西に位置する国、エスタリカ。その西部にある小さな町クエント。冬の寒さが厳しく、ガス灯の光が並ぶ夜の道を一人の少女が歩いていた。

 

 少女の年齢は10歳前後で、見た目は長い黒髪に可愛い顔立ちをしている。だが、痩せ細り、服も薄くボロボロで清潔感が無く、1日の生活に困っているのは明らかであった。また、足取りも非常に小さく、立って歩いているのがやっとの状態である。

 

「あ、あの、すみません。パンを買いたいのですが、お金が無くて……ほんの少しで良いのでお金を恵んでくれませんか?」

 

 少女は見ず知らずの通りすがりの人達にお金を恵んでほしいと声をかけて回っていた。

 

「すまねぇ、お嬢ちゃん。助けてやりたい気持ちはあるんだが、俺も金に困っててよ、金をやることはできねぇんだ。けど、代わりといってはなんだが、これをやるよ」

 

 声をかけられた男は自分が着ていた厚手のコートを少女に渡した。

 

「わぁ、あったかい、ありがとうございます」

 

 少女は笑顔を浮かべながら、とても大切そうにそのコートを着た。

 

「そっか、そりゃ良かったよ。じゃあなお嬢ちゃん」

「はい。ありがとうございました」

 

 少女はその後も声をかけて回ったが、聞いてくれない人が大半で、たとえ聞いてくれる人がいても、適当に誤魔化されてお金を貸してくれる人はいなかった。

 

(一人しか私の言葉をちゃんと聞いてくれなかったなぁ。まぁ仕方ないよね、こんな薄汚い子供、誰も相手にしたくないよね)

 

 少女はそのまま歩みをやめずに町を彷徨っていたが、周りから聞こえてくるのは、色んな人たちが楽しそうに話している音と、自分の足音のみであった。

 

 そして少女は町を抜け、家や人通りもほとんどない場所へ出た。

 

 (はぁはぁ、あれ、人も家も何もない所に出てきちゃった。今日もご飯を食べることも水を飲むこともできなかったなぁ)

 

 少女はガス灯もない暗い道を歩き続ける中で一軒の家を見つけた。少女は食べ物を少し分けてもらう為に、見つけた家に向かって歩み始めた。だが、少女は家に向かって歩みを進めている中で、ある違和感に気づいた。

 

 (おかしいなぁ。あんなに寒くてお腹が空いて、喉が渇いていたはずなのに、もう何も感じないや。それに家に近づいてる筈なのに、どんどん遠くなっていく感じがする。もう歩く力も残ってないのかな)

 

 少女は家の近くまで来て、その場に立ち尽くしたまま、力なく倒れ込んでしまった。そして、倒れ込んだ少女の上から静かに雪が降り積もり出していた。

 

 (もう指一本動かせないや。あぁこのまま死んじゃうのか。こんなあっけなく人生って終わっちゃうんだ。でも仕方ないよね、全部私があの人達みたいに何の才能や知恵もなく、凡人だから……。でもこのまま死ぬのは嫌だなぁ。広い世界を旅しながら、夢を見つけて、色んな物を見て、聞いて、感じて、精一杯生きた証を残したかった)

 

 少女は倒れ込み、一粒の涙を流しながら、意識を失った。




 


「ん、あれ、何か暖かい。ここはどこ……」

 

 少女は自分が生きている事や見知らぬベットに寝かされいることに驚きながら、今いる所がどこか、辺りを見渡していた。また、少女が寝かされていた部屋には、少女の為に付けたであろう暖炉の火が、部屋中を暖めていた。

 

「おや、やっと目を覚ましたかい」

 

 少女が部屋を確認していると、一人の老婆が部屋に入ってきた。老婆の年齢は70代ぐらいで、髪は肩まで届くぐらいと短く、どこか凛として、厳しく怖そうな雰囲気を纏わせている人物であった。

 

「あの……えっと……」

「あんた、憶えてるか知らないけど、私の家の前で倒れてたんだよ。全く驚いたってもんだよ。晩御飯の食材を買い終わって帰ってたら、家の前に子供が倒れてるんだから」

 

 少女はその言葉を聞いて、はっと思い出した様な顔をすると、申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさい。私、あなたにたくさんの迷惑を」

「ほんとにそうだよ。あんたの分の晩御飯の材料を買う為にもう1回出掛けなきゃいけなかったんだから。ちょっと待ってな」

 

 老婆はそう話すと、少女の為に作っていた具が沢山入ったスープを持ってきて、少女に差し出した。

 

「はい、これ食べな。見たところ、あんた全然ご飯も食べれてないんだろ?」

「本当にありがとうございます。そうですね。この三日何も食べ物を口にしてません……」

 

 少女は老婆の優しさとスープの温かさに、涙が止まらず、なかなか食べ始めることができなかった。

 

「まったく、感謝してくれるのは嬉しいけど、スープが冷めて不味くなる前に早く食べてしまい」

「……っ……はい。ありがとうございます。いただきます」

 

 少女は涙ぐみながらも一口ずつ確かに食べていった。

 

「……温かくて、すごく美味しいです」

「そうかい。それなら良かったよ。焦らなくて良いからゆっくり落ち着いて食べな」

 

 少女は本当に幸せそうな笑顔でゆっくりとご飯を食べ進み、老婆はその様子を静かに見守っていた。そして、少女はご飯を全て食べ終わった。

 

「……本当に美味しかったです。ありがとうございます」

 

 少女はとても満足そうな笑顔で老婆に感謝を言った。

 

「そうかい。そういえば、あんた名前はなんていうんだい?」

 

 少女は一瞬悩んだ顔をしたあと、真剣な顔で老婆に名前を告げた。

 

「名前ですか……。私は、フェリシア・フォン・グレンヴィルといいます」

 

 老婆はその名前を聞いた途端、非常に驚いた顔になったあと、不思議そうにフェリシアに尋ねた。

 

「グレンヴィルだって!?グレンヴィル家といえば、この国でも有数の大貴族じゃないかい!それなのに、なんであんたそんな格好であんな所に倒れてたんだい?」

「それは……」

 

 フェリシアは老婆の問いに対して、非常に苦しそうな顔になりながらも答えようとする。

 

「まぁ無理に答えなくてもいいよ。悪かったねぇ、答えたくない質問をしてしまって」

 

 老婆は申し訳なさそうに、フェリシアに対して謝罪を述べた。

 

「い、いえ。そんな事ありません」

 

 老婆はフェリシアに対して、小さな子供を宥め、落ち着かせる様な静かな優しい口調で話した。

 

「人間誰にでも、他人には言えない秘密の1つや2つ抱えてるもんだよ。その秘密を全て打ち明けたいと思える様な人に出会った時、あんたの抱えているものを話せばいいさ」

 

 フェリシアはその老婆の言葉を聞き、涙しながら、返事をした。

「……っ……はい。ありがとうございます」

 

 一度フェリシアが落ち着くまで待った後に、老婆はフェリシアに尋ねた。

 

「そういえば、あんたこれからの予定は決めてるのかい?」

 

 その問いに対してフェリシアは俯きながら、力無く答えた。

 

「いえ、ここ最近はずっとその日生きることに精一杯で、家もお金もなく、先の事を決める余裕も無かったので何も決まっていないです」

 

 老婆はフェリシアの返答を聞き、少し考える様な仕草をした後に、フェリシアに提案した。


「そうかい。それじゃあ私の家で家政婦として働くかい?」

「い、良いんですか!?」

 

 フェリシアはとても驚いた表情を浮かべながら、老婆に言った。

 

「別に構わないよ。今、この家には私しか住んでいないし、一人だとこの家は何かと不便だしねぇ。歳のせいか家事をこなすのも大変だから、家政婦がいてくれた方が助かるんだよ。けど、あんたは良いのかい?あんまり高いお金は払えないよ?」

 

老婆のその言葉にフェリシアは興奮気味に老婆へ答えた。

 

「全然構いません!ぜひ働かせてください!」

「そうかい。なら決まりだね。そういえば、まだ私の名前を言ってなかったねぇ。私はナタリー・スペンサーっていうんだ。あんたと違ってただの婆さんだけど、これからよろしくね」

「スペンサー様ですね。よろしくお願いします!」

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