最恐レベルの4+5+10


 〓〓〓 参 〓〓〓


 次の日の夕方。半信半疑のままいつものように店のソファーで横になっていると、白いジャケットを着た40歳過ぎの男性が声をかけてきた。

「おまえが小泉? 体調はバッチリか?」

「…そう…ですけど」

 茶髪にちょんまげ、耳には三連ピアス。細い目で笑う。ガタイもいい。

「俺が依頼人の矢島だよ。よろしくな。それにしてもラッキーだったな。ちょ~どこの日、俺の予定が空いていた」

「…こちらこそ、よろしく頼みます」

 どうでもいいアイサツだった。

 ただ、それだけでうさん臭いと、伏し目がちになってしまう。さらには彼の鼻歌。余裕をかまして、むずがゆい。ついていく足が重い。

 外へ出ると、そこには原型をとどめないヒロインのイタ車があった。

「…これ、矢島さんのですか?」

 鮮やかなスカイブルー地に、露出の高い戦隊ものの少女がドンと。

「ああ、そうだ。俺のYoutubeでも人気でね。俺とのギャップえがすげぇ~だろ」

「は、は~~~」

 ぬるい返事。小泉はおそるおそる助手席を開けた。すると、光沢のあるレザーシート。後ろにはドデカいスピーカー。そんな車でラーメン屋へ直行。わけもわからず、おごられた。最後、目的地へと向かう。その途中。ようやく仕事の話になるわけだ。


 アニソンのヘビーローテーション。矢島は車内のボリュームを下げる。

「仕事は単純よ。この先、幽霊が出るってウワサの廃病院があるんだわ。今日はその付きそいの仕事だ」

 つまり肝試しか。しょーもない。小泉はあきれた顔で聞き返す。

「それなら誰でもいいじゃないですか」

 この否定。矢島はきれいにひっくり返す。

「いいや、おまえで決定だ。だって、おまえはカガミで自分のづらを見たことあるか? ギネス級の不幸面だぞ。おまけに親泣かせのマイナスオーラじゃん。

 どう見ても適任だろ。これ以上、取りつかれる心配もないしな。

 現場に着いたら、モザイクも声変もなしだ。

 そのまま直見せ。ちなみに住居侵入でも俺は知らね。それだけの額は支払うんだからよ」

 誰がマイナスオーラだ、親泣かせだ! まったくの事実ばかりで腹が立つ。財布にはキャッシングの利用明細のたば。無言で声を押し殺すしなかった。


 ラーメン屋から楊枝をくわえている矢島。ときおり、ゲップが聞こえる。

 そして信号待ちの際、何をするかと思えばポンと手付けで5万円。この金払いの良さに、逆に不安で聞き返す。

「ホントについて行くだけなんですか? …たとえば死体処理とか」

 噴き出す矢島。楊枝が車内で転がった。

「ププッ! したいんなら、やるか? ギャハハハハッ、今のナシね。ギャグにもなってねぇよな。

 実はな、その出るって幽霊なんだけど。どうやら俺が学生のころにレイプした女らしいんだ。マジで、おもれーだろ!

 だから感動のご対面~♪ってなことで、立会人にも奮発してやろうってだけなんだわ」

 聞くと昔、矢島がレイプした女性がその病院で出産したらしいとのこと。

 で、直後に自殺。恨みをかかえた彼女の霊がさまよっているという。ちなみに事件は矢島の親がもみ消して、本人は前科も服役もないという。


 矢島が急にブレーキだ。

「心配すんな。あれから30年近い。肉も骨も残ってねぇだろ。

 撮影は8㎜だけな。リアルが売りだ。食人族やらブレア~みたいな臨場感のあるやつにしたいんでね」

 なぜか、監督気取り。

 到底、小泉には受け入れづらい。三枚目以下、ビビりまくる役がご希望なのだから。そして、強いローズマリーの香り。彼の指にはいかついクロムハーツがヅラリと並ぶ。なるほど、自分と対比にちょうどいいというわけか。しかし、あれで殴られたら、幽霊もたまったもんじゃないだろう。

 ようやく小高い森の中、廃病院の敷地に到着した。


 〓〓〓 弐 〓〓〓


 外灯もなく、わずかな月明かり。目の前には落書きのあるトタン板が幾重にもふさがる。さびた門にはドデカい南京錠。不法侵入禁止の立て看板もおどろおどろしかった。

 矢島は途中のホームセンターで購入したハンマーを小泉に持たせる。

「ヨシッ! トタン板を壊してこい!」

「マジでやるんスか?」

「オイオイッ! 今ごろ、どうした? おまえごときがムショに入っても悲しむやつなんているか? それとも何? おまえが壊されたいか?」

 すわった目でにらみつける。

 もちろん、壊されたくない。台本通り、しぶしぶ叫ぶ小泉だった。

「幽霊でもホームレスでも、なんでも来い! 俺がぶっ倒していやる!」


 矢島のGOODのサイン。いいね、アホ丸出しで。

 逆に、小泉は気分が悪くなった。当然、彼の態度もあるが何層もあったトタン板。壊したおかげで、闇が顔を出したのである。

 マ、マズい。得体の知れない目がじ~と、こちらをのぞいている。それは人ではない数倍大きな目であった。一瞬で鳥肌が総立ちする。

 それでもレンズ越しの矢島は気にもしない。前へ進めとせかすのだ。


「ウワサだけじゃないですよ。祟られるかも」

「オイオイッ! まだ、入ってもないのにシャクを使うなよ! さっさと行け! 

 それとも何? いっそ、ここで死体にでもなるか?」

 まったく冗談に聞こえない。仕方なく小泉は前庭へ侵入する。辺りはなぜか凸凹した地面であった。


 足元はあまり育っていない雑草。星も月も隠れ、ざわざわと葉が重なる。ひどい虫の音。その間をギヒ~と、聞いたこともない鳴き声が横切ったのだ。あわてて懐中電灯で照らすと、なぜか白いペンキが浮かび上がっていた。


 足がすくむ小泉だ。

「やっぱり昼間にしませんか?」

 だらしねぇ。矢島が後ろから蹴りを入れる。

「どうせペンキなんて、誰かの落書きした残りカスだろ。いいから、おまえは目の前の廃病院を照らせよ」

 矢島のズレた推理。でも、残念。白いペンキの正体は死体現場を意味していた。


 小泉は泣く泣く前方を照らす。そこにはロッジのような大きな建物。白く、朽ち果てた病院が照らし出された。

 小泉がつぶやく。

「まるでスキー場のような建物ですね…」

 はがれ落ちた壁。ボロボロの柱。相当、ヒビも入っている。

 矢島は笑顔でうなずいた。

「そうだな。まあ、こっちの方が雰囲気あってい~よ。窓もいっぱいあるし。特に一番上の三角部屋なんてカーテンつきだぜ!」

 それは白いカーテン。そして他の窓も同様、ガラスは粉々に割れていた。

 にわかに信じがたい。だって、何十年も捨ておかれた廃病院がカーテンだけ無事ってあるのだろうか?

 

 ふと、二度見する。そこに、目は留まってしまった。

 絶叫する小泉。

「矢島さん‼ あれは鉄格子じゃないですか‼ もしかしてここ、精神病院だったんじゃないですか?」

「かもな。だが、それがどうした? そうだ! 今回、あのカーテンに『矢島サトシ参上!』って、スプレー書きね」

 ダメだ、類人猿以下。昔の精神病院なら恨みつらみもたくさんあったかもしれない。

 そうなると、一人や二人の霊なんてものじゃないかもしれない。

 何かオキシドールの消毒の臭いがする。そんな気だ。早く終わらせたい。小泉は頭をもたげて、玄関をくぐった。


 〓〓〓 壱 〓〓〓

 

 うぇ…

 鼻をつまむ。さすがにきつい。まるでずっと使っていない冷蔵庫内のような、くぐもった臭いにむせかえる。

「こんな臭いだと、ホームレスだって幽霊だっていませんよ」

 それでも矢島はカメラを回す。

「んじゃ、ハンマーもここに置いてくか?」

「いえ、持っていきますよ。何かあったら怖いですし」

「アホッ! 何かあることが、今日の仕事なんだよ! 心配するな、今から呼んでやるからよ。加奈ちゃ~ん!」

 はしたなくも大声で叫ぶ。

 最低の、不謹慎だ。きっと、矢島の被害女性の名前だったに違いない。

 ただ、静まりかえったままの廃病院。今回は返事がなかった。


 ガラスは割れ、泥まみれの靴も散乱。その散らかった玄関を上がると、目の前には大きな待合室があった。

 外とは違い、静かすぎる。暗い水の中にいるようだ。

 来客用の細長い緑のイスが残っている。ただ、そのイスはやぶれ、中身は飛び出し、穴が開いている。またはひっくり返され、無造作に散らかっていた。

 目が慣れると、正面には受付だ。上には割れた電光掲示板。風もないのにゆれていた。下にはなぜか一斗缶。ホームレスが火でもくべていたのだろうか? なぜか、きれいに直立のまま黒光りしている。その右となりには非常階段が続いていた。


 今にも誰かの足が降りてきそうな不気味さ。

 ただ、月明かりなのか、その階段から光がもれて比較的にこの待合室も真っ暗ではなく、仄暗い。

 だから、《 階段―待合室―玄関 》までと障害物もなく一直線のルート。何かあったら、意外と簡単に脱出できると直感した。

 むしろ、障害は後ろにあるか。舌打ちする矢島であった。

「チッ、加奈は照れてんのかな? 仕方ねぇ。俺たちで探してやろうぜ。

 そうだ! いいこと思いついた。おまえ、ズボン下ろせよ。

 フルチン状態で心霊スポット。ウケるだろ? うまくすれば、センサーだ。鬼太郎みたいにあそこがビンビン動くかもしれねぇし」


 ゲハハハハッ!(ギヒヒヒヒッ!)

 

 後ろも前も下品な笑い。ま、まえ? 木霊? 輪唱? …普通じゃない。

 ただ、矢島が笑い終えるとピタリと止んだ。

「や、矢島さん。今、他に笑っていませんでした?」

「オッ、良いね! そういうコメント、もっと出してこ。そして、下も出してこ」

 静寂せいじゃく。誰もいない。辺りを見渡す小泉だ。

「     …確かに、混ざった笑いだった」

「知らねぇよ。ごまかすなって」

 そして強権発動。脇腹に蹴り。四つんばいになったところで実況中継つき。スウェットを、腰の半分まで下ろされる。

 ご満悦まんえつの矢島だ。

「いやあ、シュールだねえ。こんな廃墟で片手にハンマー、片手にライト。だけど下はフルチンだって。マジ、勇者爆誕だわ」

 対照的に半泣きの小泉は半ケツで階段を上らされる。その間も、あの笑い声が耳の奥で繰り返されている気がした。

 


 半ケツで上る階段。

 斜め上の踊り場では1F/2Fの表示。後ろでは下品に撮影してるだろうが、絶対に振り返りたくない! 何というか、この閉塞へいそくした黒と灰の絶望カラー。もし矢島以外の者がいたら、どうする? あの笑い声の主だったら…?

 そんな不安をつのらせる中、踊り場まで上がると突然の朱色。それは壁に落書きされた妊婦の姿の異様な姿であった。


 ふくらんだ下腹部。ゆがんだ横顔。その涙が朱色で描かれ、とろとろと垂れていたのだ。

 おどける矢島。

「さあ、勇者・小泉はこのエチエチな絵に反応するのか?」

 クズ。小泉はなぐりたくなる衝動をおさえる。

 ただ、それもつかの間。激しい頭痛と悪寒に苦しむ。この後頭部から背中にかけて、ぐわんとした痛み。加えて、大量のかき氷をかけたような冷気だ。そして、空気も重い。どんどん重い。

 小泉のか細い声。

「ホント、このまま三階まで行くんですか?」

 カーテンがゆれていたところはおそらく三階部分。前庭では、そこまで行くと言っていた気がする。

「ハッ? 三階までじゃないだろ! まずは三階。最後に地下だ。楽しもうぜ。夜は長いんだからよう」

 そう、この階段は地下へも続いていた。

「やっぱり帰りましょうよ」

 小泉の弱音。そこへ矢島のケツキック。

「おまえさぁ。もっと盛り上げる一言でも吐けや!」

 思わず、妊婦の落書きに衝突する小泉。すると、手に血がべっとりと。妙な生温かさ。痛みは感じないが、自分の手形もついている。

 それも十や二十じゃない。

 いつ、つけた? びっしりと! びっしりと‼

「さあ、行け! 次は拳が飛ぶからな!」

 その矢島の一声で、一転。小泉のまばたきの間にまた、元の月明かりへ戻っていた。


 おそるおそる二階を通過。次の踊り場でも2F/3Fの表示が見える。

 気を紛らわせようと、今度は小泉が話しかけた。

「矢島さん。結局、その子はどうなったんでしょうかね?」

「知らねぇよ。今ごろ総理大臣にでもなってんじゃねぇの」

 だいたい三十年ぐらいで総理になるかよ。もう、わけのわからない怒りに、恐れに、いらだちに、激しい混乱しかない。

 ただ、今回の踊り場は特に何もなくて少しだけホッとした。それにしても、ヒビが入ってがれきが落ち、建物としての強度のどうかと思う。

 

 足もとを気にしながら、ようやく三階が見えてきたところ。

 ふと、何かに足をかけられた感覚で倒れ込む小泉だ。思わず、ひたいを打ちつけてしまう。

 これは青アザになったかもしれない。一瞬、顔をおおう。

 ところが仰天する事態だ! 再び目を開けると、そこには色と生活感が戻っていた。








 



 






 

 



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