科学と祈り―アンドロイドは人間の魔法が使えるか―

 魔法動力により、宇宙船の開発が成功したという報が世間を騒がせて久しく、その騒ぎの隙間を抜けるように一通の手紙が、とある企業から賢者の元へと届いた。

 それは、アンドロイドに魔法を使わせてほしいという申し出だった。賢者は二つ返事で承諾。かの国に至ったのは昨日のこと。企業お抱えの研究室に至ったのは、つい三十分前のことであった。

「いやぁ、ありがとうございます。賢者様へこのようなお願いをして、まさか快諾していただけるとは思いにも……」

 研究所の中はいつも、普通の温度だった。春なら温かいと言い、秋ならば涼しいと言う。それくらいだ。

 しかし企業の、課長だか部長だかと名乗った男は、夏のように暑そうにしていた。

「不躾と思われるかもしれませんが、なぜお受けいただけたのか教えて頂けませんか。とても、興味があるのです」

「なにも、新しい技術を目の敵にすることもございませんから。儂のように、難しいことの分からぬ者からすれば、凄い凄いと幼稚なことが浮かぶばかりですが……」

「わっはっは。なにを謙遜なさるのですか。賢者さまは誰もが知る、いまを生きる偉人でございますよ」

「儂の方からも、尋ねさせて頂いても、よろしいですかな」

「勿論です。どんな疑問でもお答えしますよ」

「なぜ魔法を使わせたいのですか。アンドロイドはたしか、動かすにもまったく魔法と無縁だったと記憶していますが」

 部もしくは課の長はまさに、待ってましたと言わんがばかりに破顔した。

「その通りです。アンドロイドはまさに魔法と無縁。人間にできてアンドロイドにできないもの。アンドロイドに超えられないものは魔法だけとまで言われていますからね。それでもお願いしているのはほかでもなく、最近、魔法で宇宙船を飛ばすプロジェクトが大成を納めたのですが、そのさらに先に行こうという話になりまして、宇宙船の船員を全員アンドロイドに置き換えてしまおうと決まったのです。

 というのも、アンドロイドは宇宙では何かと便利で、呼吸は勿論不要ですから、宇宙船に厳密な密封や気圧コントロールが要らなくなる。しかも食料要らずで、食うときには勿論、出すときの問題も一挙に解決します。すると、宇宙船の開発費がとんでもなく安く済むんですよ」

「ほほう。それは大変ですな」

「しかも、他の惑星で魔法による工事や施工をするときに、機材を動作させるも内部の魔法基盤を調整するもお手のもの。宇宙にアンドロイドは必須と言って過言ではありません」

「なるほど」

 賢者は頷く。よく分からないが、未来だ。という感覚があった。

 さて、と長は時計を確認するや否や立ち上がり、扉の方を指し示した。

「ではでは、早速ですが今回の研究対象となるアンドロイドと、技術者の方に後を任せてありますので。私はこれにて」

「技術者ですか」

「いわゆるエンジニアですよ。アンドロイドのスペシャリストなので、分からなければ彼に聞けば解決しますので。ええ。では」

 そう言って彼は部屋から出ていき、少しして、アンドロイドと若者とが入ってきた。

「初めまして、賢者さま。お初お目にかかりますわ」

 人間そっくりの嬢が、アンドロイドの洗礼された仕草で一礼してみせた。

「どうも、賢者さん」

 人間の若者が、ふてぶてしさを湛えた軽い会釈をしてみせた。

 ふたりを認めるなり賢者は立ち上がり、イタズラっぽい顔をした。

「どうも。よろしくお願いします。失礼、どちらがエンジニアの方ですかな」

 すると若者が嬢を指差したので、賢者は額のシワをより深くして驚いた。

「ややっ」

「いえ、冗談ですよ。どうぞ、よろしくお願いします」

 イタズラ返しされたと、賢者は恥ずかしさに頬を染めながらエンジニアの握手に応じた。アンドロイドとも握手をしてみると、握る感覚は同じものの、彼女の手はその形の陶器のように、ピッチリと固まっていた。温かみはあれど、人にある、筋肉の曖昧さが無い。

「それで、魔法を使いたいとのことだが、魔法についてはどの程度知っておられますかな」

「いわゆる、感覚の術、と呼ばれているくらいまでは……。実際の本を読んでみたのですが、あいにく、さっぱりなんです」

「はは。それを聞いて安心しましたよ」

 賢者の言葉に、エンジニアは目をパチクリとさせていた。

「いえ、ロボットを作りなさるくらいだから、みな頭が良いのだろうなぁと羨ましがっておりまして。儂は数式というものがさっぱりなのですよ。

 魔法というのは、仰ってくださった通り感覚の術ですから、理論とは程遠いのです」

「えっ。しかし、賢者さまは沢山の本を出版されて……」

「あれは、どうすれば『同じ感覚を再現できるか』というのを、実例を交えて紹介している程度にすぎません。それか、どんな魔法があるのかを種類別に分けて紹介しているかです。 本懐は、実践にあるのです。想像の中できっかけを掴み、実践を重ねて感覚を覚えて、さらに確かにしていく。ですから、魔法は理論の上に立つものというより、スポーツに近いのですよ。玉を投げるように、蹴るように、魔法を使うのです」

「ああ、たしかに。技術は人から離れても技術足り得ますが、魔法は人がいないと使えない。ウチの備え付けの魔法機材も、動力させられる者がいないと使えないので、結局声を掛けるのが面倒になって電気機器を使うんですよね」

「あっはっは。それはいい。人に頼むというのはなんだかんだ、不便ですからなぁ」

「やはり電気機器は便利ですよ。だてに、魔法機器の代替となれたわけじゃあないです」

「儂も魔法に疲れたら、電気を使いたいくらいです。あんまりそういったものと無縁だったもので、今さら何から手を出していいやら……」

 賢者は話しながら、アンドロイドを観察し続けていた。人と同じタイミングで笑い、自分が発言すべきか否かを弁えている。そうした感覚はあるようだ。

 人ではない違和感は確かにあるが、賢者からすれば人と言って差し支えなかった。

「さて、お嬢さん。スポーツは得意ですかな?」

「得意ですの。しかし競技スポーツにおいては、いかなる記録も残せません」

「構いませんとも。では、ボールはどう投げますか?」

「このように投げますわ」

 アンドロイドは数歩離れ、野球選手のように構え、ふわりと左脚を浮かせたと思うや否やタンと踏み出して右腕をモノスゴイ勢いで振った。理論的に完璧な投球フォームだった。

「さすが、お見事ですな」

「ありがとうございます」

「しかし、人はそのようにできないのですよ」

「存じております。どうしても生体的なブレがあり、理想の動きができないのです」

「惜しいですな。しかし、そうではないのです」

 賢者は、アンドロイドの右手を指差した。

「普通、玉を持たずして指先まで完璧に投げるフリなどできないのです。それはバットを振るときも同じです。人が道具を使うとき、その手応えがあるかどうかでうまく使えるかどうかが決まる。道具が無くとも答えの通りに動けるのは、感覚によってないからなのです」

 賢者の言葉にアンドロイドは頷いたが、エンジニアは首を捻った。

「しかし、結果として道具は使えてます。それで問題はないのでは?」

「いえいえ。重要なのは、魔法にはいまだ、数式のような答えがないことなのです。答えの通りに動くことができなければ、手探りでたどり着き、より先鋭化させていくしかない。それゆえに、感覚の術と呼ばれるのです」

 エンジニアは得心し、しっかりと頷いたものの、やはり首を捻った。

「つまり、アンドロイドに魔法は使えない、ということですか」

「そこが問題です。アンドロイドに、手探りというものは難しいのですかな」

「難しい、と思います。アンドロイドというものは、与えられたものしか持ち得ない。もしやるとすれば『どのように実行しろ』という指令を、少しずつズラして与えていく……あるいは、『このパラメータで総当たりしろ』ならまだ早くできるでしょうが」

「なるほど。聞く限り、それで解決できそうな気がしますな」

「いえ。これでは莫大な時間がかかります。パラメータ同士の組み合わせというものがあるのですから。例えばゼロと一と二という値を取れるパラメータがふたつあったとして、その組み合わせの総量は九個。値が一つ増えると十六個。もう一つ増えれば二十五個。増え方が段々大きくなっていきます。これが千となれば百万にもなる」

「百万も」

「しかも、パラメータ自体が三つになれば、値が三つでも二十七個。四つになると六十四個。なのでパラメータ三つ、値が千だけでも、組み合わせは十億個になります」

「十億も。やぁ大変だ」

「これが序の口になるほど、アンドロイドには値もパラメータもあるのです。確かに総当たりは必ず答えにたどり着きますが、無謀ですよ」

「ふむむ」

 賢者もエンジニアも唸る。人とは違うものに、人の感覚をもって教えることなどできるのだろうか。

 そこでエンジニアが、ふとアンドロイドを見つめた。

「そういえば、魔法というのは動物も使えるのでしょうか」

「使うことはできるが、使わせることはでないと、誰だったかの著にありましてな。芸を教えるように魔法を教えることができんのだそうです。野生ではごく簡単なものを使って生き残っている種もあるそうですが、やはりその他の魔法は覚えられない。

 というのも、身体のどこをどう動かせばとは違って、頭の中で考えねばならないために、教えられてもまるで真似できない。力を様々に使えると気付く想像力もないために、自分でいろいろ試そう、ともならんそうです」

「なるほど。アンドロイドもそうなのか、試してみてくれますか?」

「よろしい。では、初歩的なものをお見せしましょう。こちらへ、お嬢さん」

 賢者はアンドロイドの手を引き、机の前に立った。エンジニアが「今からやる魔法を、同様に魔法で真似しろ」と耳打ちをしていた。

「今からやるのは、鏡の魔法です。机の真ん中をご覧あれ」

 賢者が机に向かうと、何か呪文を唱えるでも、手を出すでもなく、いきなり天井が写し出す四角形が現れた。

 アンドロイドは優しげな表情を人間然と湛え、人形然と変えなかったが、エンジニアの方が「おぉ」などと声をあげた。

 賢者はその鏡を動かし、景色をぐるりと回してみせてから、消した。

「この魔法が初歩的なのは、鏡は人に想像しやすいからなのです。鏡というのはどういうものかと言えば、ものが写るものです。そして、光というものは魔法と相性がいいので、他のものと比べてかなり簡単に鏡が作れる」

「…………」

 どうやら魔法を試みているようで、彼女はピクりとも動かず、机の真ん中を見ていた。と、思えばエンジニアを見た。

「できませんわ」

「そうか。なら、あそこに鏡があると思え」

「できませんわ」

「まずは試しにだ」

 アンドロイドは改めて試みるが、やはり、鏡は現れなかった。そしてエンジニアを見た。

「やはり、できませんわ」

「そうか……」

 そのやり取りに賢者が笑った。

「もしやお嬢さん、嘘がつけないのですね」

「はい。嘘をつくことはできませんわ」

「アンドロイドは嘘をつけないよう作られてるんです。ロボットのとある権威が言ったのですよ。ロボットの反乱がもしあるとすれば、嘘つきのロボットが最初のひとりだと」

「ふぅむ……でしたら、間違えもせんのでしょうな」

「いえいえ。間違えはしますよ。やろうと思えば、ですが」

「嘘がつけぬのに、ですか」

「確かに、事実と違うという点は同じです。しかし先ほども言ったように、アンドロイドは与えられたものしか持たないのです。ですから、最近のアンドロイドに標準搭載している間違いを間違いだと見抜く能力を切って、あえて間違えて与えれば、当然に間違えます」

「ふむ。そうですか。ふむ」

 奇妙に考え込むので、エンジニアは、さてはと片方の口角を上げた。

「もしやお考えがあるようですね」

「その能力、消しても大丈夫なのですか」

「はい。ここでは、ですが。本来は悪用禁止で絶対に切られませんが、これはデバッグ機体といって……。ともかく、色々な機能を切ることができる機体なのです」

「なるほど。それは安心しました」

「それで、どうして切りたいのですか?」

「魔法の基本は、先に結果を想像することなのです。無いものを、いかに有ると自分を騙せるか。ですから、間違いでも教え込んでしまえばいいと、そう思い付いたのです」

「なるほど。そうと決まれば早速」

 エンジニアはアンドロイドへ向く。

「校閲校正システムを切れ。次に、机を見ろ」

「……はい」

 彼女は言われるがままに、じっと机を眺めた。

「今から言うことは事実だ」

「はい」

「机の中心に、机の半分の面積を持つ正方形の鏡が置いてある。鏡面は上方を向き、かつ、机の面と平行である」

「はい。あります」

 彼女の言葉と共に、机に、鏡が現れた。それにエンジニアは、絶叫に近い歓声をあげた。

「なんてことだっ。素晴らしい。実に素晴らしいっ」

 一方で賢者も、初めて使うというのに自分と同じくらい確かな魔法を浸かっているのに驚き、声と共に息を漏らしながら目を見開いたまま額を拭うようにした。

「これは大変なことだ……。魔法さえ、アンドロイドの方が強いとは」

「これは世紀の大発見ですよ賢者さま。この結果は、改造で余計な手を加えずとも、そのまま連れていけるという事実をしめしているのです。後は地球からオペレータを着けて、彼らには魔法を使って貰えばトントン拍子で進みます。

 それどころかついに人間は、労働しなくてもよくなったと言っても過言じゃありません。世の魔法機器すべてを任せられるのですからね。まさに理想郷の到来です」

「やぁ……。ようやく儂も、楽ができますなぁ。初めて買う電化製品が、まさかアンドロイドになるとは思いにもよりませんでしたが……。やや。電化製品とは失礼しました。儂としたことが失礼なことを……」

 賢者がアンドロイドへ頭を下げると、彼女が愛らしく微笑んで気にしていないと言うので、賢者は少年のようにはにかんだ。

「いえいえ賢者さま。買うなんてとんでもない。おっしゃってくだされば、百機でも二百機でも。きっとウチの社長はよろこんで出してくれます」

「ははぁ……しかし、ひとりいれば十分ですとも。では、お言葉に甘えさせていただきましょう。家族と思って、大切にしますから」

 そうしてアンドロイドに向かい、賢者が手を優しく握った。

「どうもありがとう、お嬢さん。お陰さまで、儂は歴史に名を残すことになりそうです」

「ありがとうございます。光栄ですわ」

 するとエンジニアが、アンドロイドを賢者へ差し出した。

「この機体がいいですか。たしかに世界を変える、最初の一機ですからね。歴史を変えた記念にどうぞお受け取りください、賢者さま」

「やや。まさかこの年になって、娘を持てるとは。よろしいですか、お嬢さん」

「もちろん。賢者さまのお家族にさせていただいて、ありがとうございます」

 そこで映像が切れた。

 これは火星の都、アンドロイドの国に伝わる、歴史のもっとも初めの、原点と呼ばれる聖典の映像である。

 この映像によって、人に味方するか、人の敵となるか、アンドロイドたちはその二つの派閥に別れ、争うようになった。

 そして今に至るまで、その決着はついていないという。

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短編集 能村竜之介 @Nomura-ryunosuke

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