アマテラス!

神渡楓(カワタリ・カエデ)

英雄胎動篇

第一話・君への贈り物ー①

Introduction


「怖い」「嫌い」「うざい」「キモい」「痛い」「悲しい」「許さない」「死にたくない」


         「死ね」


人間なら誰が抱いても不思議ではないが、決して褒められたものではない感情。

所謂、負の感情と呼ばれる物がある。


もりもった負の感情は時間をかけて、生命いのち容姿かたちを得ていく。

また、場合によっては自我ちのうをも有すという。


その存在を穢れの塊、穢塊えかいという。

 

負の感情というのは人、もしくは人が生み出したものに注がれる場合が多い。


それ故に、その集合体である穢塊は人を襲う。そこには理由などない。恐らく本能なのだろう。

そして、その生命に人間が襲われた場合、その事に対する恐怖(=負の感情)で、また新たな生命が生まれる。

つまりは、負の無限ループである。

 

この世にはそれを防ぐために、特殊な術を使い、恐怖を制御し、その生命と命を懸けて戦う者たちが存在する。

その名を、陽術師ようじゅつし


これは、闇と戦う者、闇で蠢く者、その全てが紡ぐ物語である。


 

日本。関東地方。千葉県。


千葉は首都東京の隣にあり、それに見合うだけの発展もしている場所である。関東という響きは田舎に住んでいる人からすれば全部が都会のようなイメージがあるかもしれないが、実際は意外とそうでもない。そんな千葉県内、都心部から少し離れた所に位置するとある街の一角にボロボロの神社がある。


時間は午後。23時30分。

人気ひとけは全くと言って良い程無く、木々が生い茂る森の中に細い道で繋がっているぽつんとした本堂があるだけの場所で照明は無く、それでいて月明かりも殆ど入っておらず、一言で言うなら不気味だ。


腐食が進んでいる鳥居から更に奥に進んでいった所に置かれている老朽化した小さな賽銭箱の下。その下には、座り心地の悪いごつごつとした石の階段。

そんな場所に、めんどくさそうな顔を浮かべた一人の青年が座っていた。

青年は、手に沢山の切り傷を負っている。

彼は、今戦闘を終えたばかりの陽術師。である。


「・・・ちっ、間違った情報よこしやがって」

青年の声は誰もいない森の中で木霊する。悪態をつきながらポケットを漁って黒いカバーのついたスマートフォンを取り出した。


電源をつけ、ラインを開いて少しスクロールした後『クソガキ』と書かれたアカウントをタップして電話をかける。


数回のコール音を経て、ヘラヘラとした態度の相手が電話に出た。

 

『ふわぁ。は〜い・・・先輩?こんな時間にどうしました?』


時間も時間のためか、相手の声には眠気が存分と混じっている。


「寝てたのかよ・・・取り敢えず任務は終わった」


青年は必要最低限の言葉で説明を済ます。


『お〜流石先輩。激はやですねぇ』


「ウルセェ。それよりお前に聞きたい事がある」


そう言うと、電話相手は露骨に嫌そうな低い声で返してくる。


『えー、めんどくさそうなので聞きたくないですぅ〜』


「黙れ。お前に拒否権は無い」


『なにゆえ〜?』


長々と話すつもりは無いので、さっと本題に入る。


「お前この任務の危険度はどのくらいだと言った?」 


『え〜と・・・詳しくは覚えてないっすけど低いとは』


「そうだな。で、実際に俺が戦った穢塊えかいのレベルは充分危険に分類されるんだが?持っていく装備完全にミスったぞ』


『それはそれは・・・ドンマイです』


「ちっ、まぁ良い。どうせ今回の件もこの街おなじみのイレギュラーなんだろ?・・・はぁ。ったくホントにめんどくせぇガキ共だ」


その発言は少し電話相手の癪に触れたようだ。


『先輩ぃ?それは問題発言っすよ?それにガキ共って・・・アイツに関しては俺と同学年っすから一個違いっすよ?』


「・・・悪かった。まぁ、取り敢えず間違った情報を寄越してきたお前は後でボコすから覚悟しとけよ?」


『え〜勘弁して下さいよぉ・・・まっ、それじゃあ僕をボコせるよう死なずに生きて帰ってきてください』


「あぁ。それじゃ」


『はいはい〜』

 

 

○  ○  ○ ○

  


西暦2025年6月16日(月曜日)


「ふわぁ」


堪えて、堪えて、それでも堪えきれずに堰の切れたダムのように口のはじから欠伸が溢れ出てきた。

ほわぁと吐き出された息は目には見えないが、それがゆっくりと空気に溶けていっているのを感じながら、遠山烈火とおやまれっかは歩いている。


足元にしわしわのローファー。

背負っているのは所々ほつれ始めている高校指定の紺色の鞄。教科書がぎっちりと詰まってパンパンに膨れており、相当な重さだ。


烈火は千葉県内の地元の学校に毎日毎日せっせと通う、なんの変哲もない、普通の学生というやつである。


髪色は日焼けで少し茶色がかってるくらいの黒。成績はまぁ良くて、運動は人より少し出来るくらいの高校生だ。


烈火が住んでいる神鳴町は千葉県内の中でも東京沿いでありながら、大都会ではなく、ビル群が立ち並ぶことはなく、一軒家が並び、一分に数回車が通る程度で、それでいて公共交通機関を使えば都会に便利にアクセスできる。

首都圏の中ではわりかし空気も綺麗(と思う)な過ごしやすい街だ。


そんな街の変わらない風景を楽しみながら歩いていると、いきなり大きな衝撃が背中に走り、バチンっと言う乾いた音が鳴り響いた。

烈火は一瞬何があったのかと困惑するが、これまでの経験から何があったのかを悟った。

「朝っぱらから人を叩くなしょう!」


 烈火が叫び、振り向くとあっちゃーばれたかーと舌を出しながら頭をかく金髪イケメン少年が立っていた。

彼は護明翔ごめいしょう。烈火の数少ない親友である。


成績優秀スポーツ万能。顔立ちはモデルのようによくて、体型も細マッチョと呼ばれるしっかりしたもので、おまけに母親譲りの地毛金髪。

これだけ聞くと、良いとこづくしのとんでもない逸材だ。しかし、

「なんで、本気叩きなんだバカッ!」

「目ぇ覚めただろ?」

「元々覚めてるわボケッ!」

「え?マジ?ワリ。次から確認して叩くよーにする」

「そもそも叩くな!前提がおかしいんだよ!」

・・・と、このように性格に難ありだ。

いじめっ子気質というわけではなく、寧ろいじめは許さないし、誰にでも優しい男であるのだが、烈火とは軽く手を出しあったりもする関係性だ。

後は単純に悪戯好きで怖いもの知らずな性格のため、なんやかんやとクラスの中心にいながら問題児扱いされることもしばしば。

勿論、先程の一件に関しても全く反省する素振りはない。

けれど、根は優しく、本気で嫌がっていたら決して悪戯を仕掛けない、信頼に足る人物なので烈火は翔に大きく心を許している。


「あ、今日の宿題なんだったっけ?」

歩きながら翔が聞く。烈火はかなり嫌な予感を感じながら答えを返す。

「数学のワーク。この前の続きを2ページ」

「あ、やべ。やってねぇわ。答え写させて」

 勉強もやれば全然できる(実在テストでは烈火より取れる)のに、宿題などはすぐに人に頼ろうとする所は信頼はしても、尊敬には至らない理由だ。

ともかく、翔をはじめとする友人たちと過ごす学校生活、休日の外出などを含めて、烈火は人生を楽しく送ることができている。

 

 

否、出来ていた。というのが正しいか。

ここ最近、烈火は学校のみならず日常生活すら満足に送れていない。

無論、学校でいじめにあっていたり、悪質な嫌がらせを受けているわけではない。では、何故人生を楽しく送ることができなくなったのか。

その理由。それは、ここ最近正体不明の視線を感じていることにある。

それも、すこぶる不気味な視線である。


一ヶ月ほど前から唐突に感じるようになった謎の視線。

最初は学校でしか感じなかったため、そこまで不気味には感じなかった。

なんなら、俺のこと好きな後輩とかが覗いてるのかな?なんて期待を込めながら思っていたこともあるくらいだ。

しかし、そんな楽観的な思考を持つ烈火でさえ、ここ最近頭を悩ませている。理由は、その視線を感じるのが学校だけではなくなっているという事にある。


学校の帰り道からはじまり、祖父に頼まれ買い物に出かけたスーパー。遊んだ帰りに一人でふらりと立ち寄った公園。などなど、唯一家の中ではその視線を感じないが、逆に家以外では、至る所でふとした瞬間に背筋が凍るような視線を感じる。

先日、一回翔にそのことを相談したが

「気にしすぎじゃね?思い込みすぎるとマジでいるように感じちゃうから忘れた方がいいぜ?」

と言われた。たしかに、俺の勘違いの可能性は高い。と、いうかその可能性が最も現実的である。

しかし、とは言ってもその視線は確実に烈火の心を蝕んでいる。

理屈で心を納得しきれないのである。

その視線を感じない日はない程で、寝ている時でさえ夢に出てくるほど悩まされているのだ。

体には実害は出ていないが、いや、出ていないからこそ余計にタチが悪いのかもしれない。


心に闇が積もっている。


時間をかけて、ゆっくりと。



「それじゃ。また明日。あ、明日は生徒会あるからな」

「忘れてた。美空みうちゃんに資料頼まれるんだった」

「今からでも準備しろよ。後輩に失望されたくなければな〜」

「うるせー。つーかうちの学校後輩優秀すぎじやね?」

「それなー」


朝の一幕から数時間。オレンジ色に光る太陽が煌々と照りつける放課後の帰り道。

朝と同じく、二人でダラダラとしょうもないことを話しながら歩く帰り道。

それでも、いつかは別れの道に差し掛かる。


街の大通りの交差点を境に烈火と翔は別々の道を通って家に帰ることになる。

信号が、赤から青になるまで話すと別れの時間。

お互いに手を振って別々の道に歩みを進める。


しばらく歩いて烈火は自分の家に帰るための小道に入る。

角を曲がった瞬間、心臓が何かに掴まれているような不安な気持ちが襲ってきた。

朝はそこまで気にならないのだが、夕方になると恐怖心が沸々と湧いてくる。気がついたら思走り出していた。


烈火の家は小さな山の上に作られている大きな和風建築の建物だ。

別にお金持ちなわけではなく、烈火が生まれるよりも前は旅館を経営していたので営業が終わった今はその建物を家としてプチリフォームして暮らしているといった感じだ。


階段を走り抜けて、錆やらなんやらで少し動くだけでギィギィと音がなる門を開ける。


「ただいま〜」

玄関のすぐ横に設置されている畑で作業をしている祖父、茂雄の姿を確認し安心して烈火は敷地に入った。

「おう帰ったか。学校楽しかったか?」

茂雄は、祖父であり、育ての父でもある。烈火の両親は烈火が物心つく前にそれはひどい交通事故によって他界しているらしく、そのまま父方の祖父である茂雄に引き取られ育てられたのだ。

今、片手にはきらりと水滴が輝くトマトがごろりと入ったバスケットを。もう片方の腕で、額の汗を拭っているその姿は体格も相まって貫禄があり格好良い。


烈火は親を失っても喪失感を感じないのは、かなり大きな愛情を注いでくれる茂雄のおかげなのは確定だと思っている。


「そんなに沢山のトマトどうしたの?」


「ん〜?あぁ、夜に町内会の集まりがあってな。そこに持っていこうかと思って。ほれ、もう洗ってるからどんなもんか味見してみぃ」

茂雄は大きく実ったトマトをソフトボールのようにぽぉーんと投げる。

烈火はそれを受け取って一口齧り、トマトの甘さをガッツリと感じて、美味しいよと感想を伝えた。


「そうか。そりゃあ奴らも喜んでくれそうだ」

「そうだねー」


言いながらも烈火は不安になっていた。

これまで、不気味な視線を家の中では感じたことはないが、それでもその他各所で視線を感じているので怖いし、老舗の旅館をそのまま家として使ってるため、変に軋む床や、真っ暗な空き部屋、さらには日本人形すら置いてある。


いつもならなんとも感じないのだが、こう言う状況で一人だと必要以上に怖がってしまう。

とはいえ、何を言ったところで変わるものではないので、畳ばりで特に人形などがないリビング(元は宴会用大広間)でテレビを爆音で流したら怖さも幾分収まるだろうと納得させた。




ーーー。『と、言うわけで、本日のゲストは丸岡丸々さんでした〜。ありがとうございましたぁ』

和の結集とも言える畳と障子しょうじの部屋には、似ても似つかない高性能薄型テレビから賑やかな声が聞こえてくる。

時刻は21時を少し過ぎた頃。

烈火は賑やかなテレビを見て気を紛らわせていた。


茂雄が家を出て、しばらくは怖かったかものの、飯を食べて、テレビを見始めてからは徐々に恐怖心は消えていった。

動くのが面倒臭いし、暗い廊下は怖いので、自分の部屋には戻らず今日はこのまま寝てしまうかと考えていたその時。


ピンポーン!

 

唐突にインターホンチャイムが鳴り響き、ぼーっとしていた烈火の意識は一気に恐怖の支配する領域に引き戻された。

ここで、真っ先に浮かんだのは自分でも馬鹿らしいとは思っているのだが幽霊がインターホンを押して中に入ろうとしている可能性だ。


脳内のビションでは足のない前髪の長い女性が絵の具を塗りたくったように白く、細い腕輪に真っ黒の指でインターホンのボタンを押し込む姿が鮮明に写し出された。

どれくらいの時間が経ったのかは分からない。一瞬のような気もするが、同時に長い時間が経ったような気もする。

脳内の葛藤が導き出した答えは、硬直。

何をするでもなく、ただ何となく息を潜めて固まっていた。

すると、ピンポーン!

再びチャイムが鳴る。時間は21時過ぎ、宅配はまずありえないし、近所の人がわざわざこんな時間に訪問しくる線も薄い筈だ。

「・・・・」

ピンポーン!

三度チャイムが鳴った。どうやら立ち去る気はないらしい。

ここまで来た時、不思議なことに烈火には、好奇心というものが湧いてきた。


この好奇心に理由は無い。ただ、湧いてしまったものは仕方ない。それに抗えないのが人間なのだから。

所々黒ずんだ所をカーペットで隠した畳を歩いて、インターホンの液晶画面を、怖いもの見たさと恐怖がひしめき、結果として薄目で覗く。


果たして、そこに映っていたのは。

乱れた髪で、肩で息をし、所々から血を流した女性であった。

それを見た瞬間、烈火は駆け出していた。

それは、心の底に眠る正義感であったか、両親が亡くなった悲しみが心の隅にあったのか。

細かい理屈は棚に上げ、扉を開けて、廊下を駆けると、サンダルに足を通して外に飛び出た。

立て付けの悪い扉を強引た開いて、女性の元に走る。


「だっ、大丈夫ですかっ!」

烈火がぱっと見ただけでもかなりひどい怪我であった。


ピンクの服の殆どは真っ赤な地に染まっており、露出している腕で足からは今もドクドクと血が溢れ出ている。

素人目ではあるのだが、今死んでしまってもおかしく無いように思えた。

「聞こえますか?大丈夫ですか?」

呼びかけるも返事はない。もう話す元気もないのかもしれない。

「今から、救急車を呼びますんで安心してくださいねっ!」

烈火はポケットの中に入っていたスマホを取り出して、番号を入れようとする。

「あり・・・」

その時、初めて女性が言葉を発した。

「ありが・・・」

「え?」

烈火が聞き返した時、女性は立ち上がった。

そして、震えるその手を烈火に向かって伸ばす。

何か、伝えたいことがあるのだろうか。そう思って歩み寄った烈火の横腹に手が触れたと認識した瞬間。


烈火の体は大きく真横に吹き飛んだ。


野球ボールのように飛んでいき、視界は大きく揺れ、脳は震え、何があったのかを理解する前に、目の前には地面が広がり、どうにか着地しようと試みるが、ロクに身構えることもできないまま激しく激突した。


勢いそのままにゴロゴロと転がって、フェンスにぶつかりようやく止まる。


「ごはっーーー」 

喉を熱い何かが逆上したのを感じ、数秒後に目に見えてわかる形で吐き出された自らの血に幽霊などとは別の恐怖を感じる。


あの、血まみれの女性のどこにこんな力が?というかそもそも人間にこんなことができるわけがないじゃないか。

そう思って、先程まで、女性と烈火自身が立っていたところを見る。

すると、その女性は両手を空に上げて言葉にならない何かを叫び、みるみるうちに巨大化していった。 


まずは、腹が風船のように大きくなっていき、足、腕、と順番に大きくなる。

最終的には頭までもが肥大化する。その姿に、先ほどまでの面影はなく、体は泥のような色に変色し、赤子のような見た目。それでありながら、手足の指先は鋭い爪が生えて月明かりに反射していて、血管の浮き出るその全てが危険だと示す異形の存在が、そこにいた。


「なんだ・・・コイツ・・・」


絶望を運ぶその生命体は烈火の顔を覗き込み、不気味にニヤリと笑った。

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