48.【決壊⑥】
「こりゃあすげぇっすわ! ただの軍用じゃあねぇっすねぇ……! けど俺ァ不死身なんすよ!」
「貴方の首にそう書いて送り返せばよろしくて?」
多数のオートマトンの残骸の中心で、眩い閃光を上げて2人はぶつかり合った。
互いの電磁シールドが拮抗し、その余波で周囲の金属部品が弾け飛ぶ。
『【ストリクス】各機は人質の回収。【ポーターズ】は戦闘に巻き込まれる恐れがあるため後退』
イーリスによる指示が通達された。
ベローナは先ほどタッカーに対し、わざと頭を撃ち抜かなかったと言った。
だが、あれはハッタリだ。そもそも撃ったのはベローナではなくイーリスである。
なぜ頭部を狙わなかったか――彼の電磁シールドを射撃で貫通させられる保証がなかったからだ。
だからこそ体から離れた彼の武装の先端をイーリスは狙ったのだろう。
事前の打ち合わせ通り、タッカーを先ほどの斉射で処理できなかった場合はベローナが単機で相手をする。
この状況であれば援護は不要だ。
相手は恐らくその身体能力を駆使してくる。
故に、よほどの重武装でなければ接近戦になると踏んでいた。
そうなればベローナと出力が拮抗するような敵に対して、通常戦力では足手まといになる。
ここからは作戦などない。
純粋な力と力のぶつかり合いだった。
「俺とまともにやり合えるのは兄貴くらいしかいないと思ってたんすよ! マジで嬉しいっす!」
喜びを抑えきれないのか、タッカーは子供のようにはしゃぐ。
サイモンもそうだが、この男も元はスポーツマンだったはずだ。
ヘクスという力に身体的な適性のある人間は希少だ。だからこそ、彼らはもてはやされ、プロジェクトに参加する権利を得た。
ここに行き着くまでに、どんな道を歩んできたのかは知らない。
だが今、ナイフと電磁シールドを叩きつけ合ってわかる。
この男は素人ではない。
確実に仕込まれている。人の殺し方を。その力の使い方を。
「やはり腐ってたというわけですわね」
「そうっす! 退屈してたんすよ! マジで!」
「性根の話ですわ」
完全にハイになったタッカーへ冷たく応じると、ベローナは両方のアームのライフルを発砲した。
だが近距離にも関わらず、タッカーは横方向へ移動でそれを回避する。
「甘ェっす!」
――この距離でも!
タッカーの動きが予想以上に速い。であれば、電磁シールドの出力もベローナと同等以上だろう。
対物ライフルでもなければ貫徹できない可能性がある。
しかし、あったとしてもこの男の速度では直撃させることは難しい。
その理由は――。
「オラァッ!」
「くっ……!」
タッカーは回避動作からすぐさま壁を蹴って突撃してくる。
それをなんとかナイフで受け止めるも、完全に後手に回っていることをベローナは自覚していた。
――自分はタッカーの速度についていけていない。
ベローナが歯噛みした瞬間、目の前のタッカーの姿が消えた。
上に飛んだのだ。それだけは捉えることができた。
だが、物理法則を無視した速度と軌道で頭上を飛び越え、背後に回るタッカーを追従できない。
重いのだ。背中のハードポイントに接続された
「だからといって――ッ!」
反撃の余地がないわけではない。
しかし、すでに左肩と背中にかけて鋭い激痛が走っていた。
タッカーのナイフがシールドを突き破り、ベローナのボディを切り裂いているのだろう。
ベローナは敵の姿を目視できない状態で、逆手に持ったナイフを背後に投擲した。
無論、そんなものが当たったとしても、ライフル弾を弾くシールドを突破できるわけがない。
「けれどもッ!」
体を捻り、投擲したナイフと同方向に向けて、自らの腕をアームと共に突き出す。
拳に確かな感触――ナイフの柄頭をベローナの拳は捉えていた。
ゴム質の柄が弾け飛び、拳の威力は一直線に刃の切っ先に乗る。
バチン、と破裂音が聞こえて、シールドを貫通したナイフがタッカーの右胸に深々と刺さった。
「がッ!?」
致命傷といえる部位ではない。
このままナイフを掴んで引き裂いてやれば、こんな男などバラバラにしてみせる。
だが、手が柄を掴む前に、ベローナは腹部に強烈な蹴りを食らっていた。
「ぐぅっ!」
吹き飛ぶこと約20メートル。素体のオートマトンの哀れな残骸を蹴散らしながら、ベローナは床を転がる。
損傷部位の確認など後で良い。
すぐさま立ち上がって反撃に移ろうとして、ベローナは自分の足が思うように動かないことを自覚した。
今の蹴りで、腹部のその先――腰椎フレームを損傷した。
内部の神経系統が破壊されたのだろう。
なんという威力だ。人体なら用意に真っ二つにできる蹴りだろう。
「へっへっへ、終わりっすかぁ?」
言うことを聞かない下半身をどうにか立て直そうともがいていると、前方から愉快そうな声がかけられた。
タッカーが右胸にナイフを生やしながら、ゆっくりと歩いてくる。
痛覚を遮断しているのか、それとも予想以上にコンバットスーツの防御性能が高かったのか。
彼の足取りは怪我をものともしないような軽さだった。
「随分っ……頑丈なのですわね」
ベローナは問いながらもアームを地面に突き刺して、なんとか立ち上がる。
「そう! これ! 見てくださいっすよ!」
すると、タッカーは表情を明るくして体に刺さるナイフを大雑把に抜いてみせた。
勢いよく血が噴き出すが、それは最初だけ――スーツにも血液が垂れる様子がない。
「ほら、結構グッサリいってたんすけど、そういう体質っていうか。ヘクスがあれば大半の傷はすぐ治るんすよね!」
彼はスーツに開いた穴から覗く切創を擦ってみせると、そこにはすでに新しい皮膚を張った素肌があった。
不死身、というのはそういうことかとベローナは理解する。
再生速度の向上――この男の体は自身の傷を瞬時に癒すことができるらしい。
いつか、アドニシアがヘクスのことを魔法のようだと表現していたが、まさにそれだ。
ヘクスエネルギーに適応した体は、もはや超人の域となる。
ティアのよく見ているアニメや漫画のヒーローにもなれるだろう。
だが、それは人類には早すぎた。
技術も、肉体も、与えられるには早すぎる恩恵を人はヘクスから受け取ってしまった。
その代償が人類の滅亡だった。
殺し合いとスポーツの区別のつかない、目の前の青年のような歪みを生み出してしまった。
「……それでは怪我も怖くなさそうですわね」
「まぁ、痛いっちゃ痛いっすけどね! 慣れましたわ!」
笑いながら近づいてくるタッカーを、ベローナは待ち受ける。
アームが把持していたライフルもどこかへ手放してしまった。
もうベローナに武装と呼ばれるようなものはない。
それでも立ち続ける。情けなく床に転がるのは自分の役目ではない。
「楽しかったっすよ。んじゃ!」
そう言って、タッカーはその拳を突き出した。
その腕は皮下の装甲板を容易に貫き、深々とベローナの胸に埋まる。
終わりだ。
タッカーはそう思っただろう。
がはっ、と逆流した循環液を吐き出しながら――しかし、ベローナは叫んだ。
「イィィリスゥゥ!」
◇ ◇ ◇
胸に拳が刺さったまま、目の前のオートマトンが叫んだ。
『A-600隔壁安全装置解除、緊急強制閉鎖実行』
2人の周囲で警告音が短く鳴り、左右から金属の弾けるような音が響く。
何かがマズい。策を用意していたようだ。
その時点でタッカーは腕を引こうとしたが――。
「ぐおッ!?」
自らの胸に刺さったタッカーの腕と首筋を、オートマトンに掴まれていた。
さらに、彼女の足元にヘクスによる術式の紋様が輝きだし、その細い足が床に埋まる。
その紋様には覚えがある。
大型兵装を使用する際、自らを固定するために発動する質量増加の術式だ。
今、ベローナという名の上位オートマトンは自らが数十トンの重りとなってタッカーをその場に縛りつけていた。
「なっ……なにするんっす――ガッ!」
タッカーの言葉が途中で遮られる。
視界の端で動いたものに対し、反射的に体を庇ったせいだ。
ここは区画の境目――重く分厚い金属製の隔壁が壁の中に収納されている場所だ。
見れば、その隔壁が勢いよく閉鎖を始め、自分を押し潰そうとしていた。
タッカーを左右から猛烈な圧力が襲う。
「うっ……うおおおおおおぉぉぉ!」
だが、タッカーは抗う。
ヘクスに適応した肉体と、それを補強するコンバットスーツのパワーが隔壁を押し留めていた。
「楽しいんですわよね!?」
「あぁ!?」
その時、すでに破壊したといっても過言ではないほどの損傷を受けたはずのベローナが問うてくる。
「こうやって、ギリギリ瀬戸際の勝負事がお好きなんですわよね!? 笑わないんですの!? 楽しんで頂けなくて!?」
そうだ。自分は彼女の言う通り、競り合い、力を尽くして勝負することが好きだ。
自分はヘクスという力を手に入れてから、たった1人にしか敗北していない。
それがサイモンだった。
彼は自分を上回るヘクスへの適正を示し、その戦闘能力で自分を上回った。
致命傷に至るような傷を負ってでも食らいついたというのに、常人ならば何十回と死ぬような攻撃を食らっても起き上がったというのに、自分は負けた。
その時の勝負は楽しかった。
だから、自分はサイモンに付き従った。
そして、悪魔がいるというここに来れば、また同じような勝負が楽しめる。
そう思ってきたというのに――。
「ぐああぁぁぁぁぁッ!」
――笑えない。
この女はなんだ?
その顔はなんだ?
目の奥にある、あの妖しい光はなんだ?
タッカーはここにきて、これは自分の知っている【勝負】ではないと気がつき始めていた。
オートマトンならば頭部を破壊されなければ死なない。
だからこそタッカーは胸を穿ってやった。
少しは楽しめたと敬意を払うつもりで、だ。
これで自分が上だと証明し、残りの雑魚は抵抗を諦める。
諦めなければ破壊するだけだが、それもひとつの競り合いだ。
それがタッカーの思っていた【勝負】だった。
だが、この女の目の奥にあるものは違う。
望んでいるのは勝負などではない。
殺し合いでもない。
ただそこには、タッカーの死だけを渇望する光があった。
『ベローナ! 隔壁が持たない!』
「なら――ッ!」
女の背中の2本のアームが隔壁の手動稼働用のレバーを掴む。
何をするつもりなのか、タッカーは気づき、コンバットスーツと一体化した自身の全ての力を振り絞ろうとした。
右腕に装着したタッカーのヘクスが輝きを増し、サイモンのヘクス原体から膨大なエネルギー供給を受ける。
その時、タッカーは感じた。
目の前のオートマトン――本来ならば生き物ではないはずのこの人形から、脈動のような何かを。
それは1度だけドクンと強く跳ねると、赤い炎のように燃え上がり、彼女の全身を包む。
――悪魔。
タッカーは肉体が限界を超える中、人でもオートマトンでもない存在をそこに見た。
「ブッ潰れて遊ばせえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ベローナに接続されたアームの装甲が開き、放熱板が露出する。
それは本来、空気に晒して熱を逃がすためだけの機構のはずだ。
だが、規定以上の出力を発揮せんとするアームからジェット推進のように熱を放った。
「うおおおああああああッ!」
タッカーのコンバットスーツの関節部が悲鳴を上げ、人工筋肉が音を立てて千切れる。
本当の命をかけた殺し合いに、タッカーは初めて恐れを知った。
負けたその先に何もない。死という暗闇の結末を。
――床のレール部との摩擦で隔壁が火花を放ち、それが一気に閉鎖へと動き出す。
「あにッ……兄貴ィィィッ――!」
電磁シールドが、装甲板が、肉が、骨が砕け散る音をタッカーは聞く。
この【勝負】に負けた者には、何も残らない。
悔いも、恨みも、憎しみも、その先には何もない。
なぜなら、それが死というものなのだから。
隔壁が自分を押し潰す瞬間になって、タッカーはそれを知ったのだった。
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終末未来に転生して新人類最初の【ママ】となった私、旧人類からは悪魔と呼ばれてしまう ーヘキサゴナル・ギルティ・クレイドルー 阿澄飛鳥 @AsumiAsuna
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