47.【決壊⑤】

 「ROE交戦規定デルタを発令。【ピクシス】全機は現状のまま警戒態勢を維持。侵入者はポイントA、C、Eの3か所で迎撃するわ」


 3つの集団に分かれた侵入者の数は全部で42名。うち、6名が非武装の人間と1名の完全武装の人間、そして35機のオートマトンだ。

 通常、人に馴染みやすい外見へとするため、オートマトンには人工の皮膚や皮下脂肪――つまり被せ物をすることが一般的だが、侵入してきたオートマトンにはそれがなかった。


 おおよそ、まともなルートで配備していたものではないのだろう。

 全自動の生産ラインから多少の数のオートマトンが消えたところで、誰も気にはしない。

 物は溢れかえっているが、人はいない。

 

 そういう時代に作られたのがこの船だ。

 

 イーリスは予定通り、IFF敵味方識別信号をそれぞれにマークしてゆく。


 【S-1】から始まり【S-35】をオートマトン、【F-1】から【F-6】までの人間を非攻撃対象として。

 最後にそれらを率いている人間――タッカー・ギレットを【S-0】とマーキングした。


 彼は前回サイモンから送られた部隊と似たような武装だが、推測される出力が違う。

 

 あの時には敵がこちらの迎撃能力を過少評価してくれたおかげで、通常の軍事的な屋内戦を展開し、勝利することが出来た。

 だが、今回に至っては同様の作戦では確実にこちらに被害が出ると、イーリスは予測している。


 理由はタッカーだ。

 

 彼はプロジェクト崩壊前からサイモンの側近――いや、そんな品の良い連中ではないので腰ぎんちゃくとでも言っておこう。

 そんな男であっても、タッカーはサイモンと同様にヘクスエネルギーへの耐性が高い体質を持っている。

 

 彼が完全武装した場合、【ストリクス】であっても制圧することは不可能だ。


 無駄な犠牲を出さないよう、適切な戦力をぶつけなければならない。


 イーリスはこちらの予想通りに敵部隊が移動していることを確認し、意識そのものを電脳端末上のシステムへ移す。

 稼働率が上がっていることを示す光を、胸に埋め込まれたヘクスへと宿しながら。


 

 ◇   ◇   ◇


 

 イーリスにより指定されたポイントAで待機していたベローナは、廊下の先にぞろぞろと集まった集団を見てため息をついた。

 クレイドルの領域内に入ったときからわかっていたことだが、実際に目の当たりにしてみるとうんざりする。

 

「助けて! 私たちは教会から来る途中で捕まって……うっ!」


 集団の最前列で、着古した服を身に纏った女性が叫んだ。

 だがすぐに後ろの男に蹴られ、硬い床に膝をつかされる。

 

「下手に動かないでもらえないっすかね? 撃っちまいそうなんすよ」

「あらあら。そんな素体のオートマトンを使って、あげく人質まで取るなんて。情けないんですのね」


 面倒そうな顔で女性の背中に足を乗せる男はタッカーだ。

 別の教徒もオートマトンに銃を突きつけられ、両手を上げていた。


 同様の光景が他にもあと2か所の迎撃ポイントで広がっているのだろう。

 

 その様子にベローナはわざとらしく首を振って呆れてみせる。

 相変わらず、人の命を使って脅すことを得意としているらしい。それともその手しかないのだろうか。


「あー……まぁ、それはそうっすね。けど取るもん取れればそれでいいっすわ。赤い髪の女、寄越してもらってもいいっすか?」


 どうやら目的はアドニシアのようだ。

 前回はクレイドルの占拠を目的としてたが、アドニシアが管理者だと特定されたのだろう。

 ティアの方でも同様にアドニシアに関する情報が洩れているようなので、これは予想の範囲内といったところか。

 

「それは最上級に難しい話ですわ~」

「そっすか?」


 ベローナが答えると、パン、と乾いた音がした。


「ああぁああぁぁぁあぁ! 痛いいぃぃ!」


 タッカーが女性の足を拳銃で撃ち抜いたのだ。

 みるみるうちに赤い液体が床に広がって、女性は床に転がる。


「もう片方の足も撃った方がいいっすかね。まぁ人質は山ほどいるんで頭でもいいんすけど」

「ゲスにもほどがありますわね。もしかして人質ごとでも爆死あそばせ頂いた方が良いほどのおクソなのではなくて?」


 実際、彼らがやってくるまでに対人地雷くらいは設置する余裕があった。

 ベローナは人質の有無に関わらず、爆破してしまう方が楽だと思うし、今からでも手りゅう弾の何個かを転がせばいいとも思っている。

 

 だが、イーリスによってその案は廃止された。彼女は自身の支援があれば人質を殺さずに済むと、断言したのだ。

 

「何言ってんのかちょっとわかんねっすけど、できるもんならもうやってるっすよね」


 タッカーがちょいちょい、と手を挙げる。


 ベローナは最大出力でシールドを展開した。

 瞬間、前方から凄まじい数の銃弾が飛来する。

 

 炸薬式の骨董品とはいえ、意外にも撃てるものなのだとベローナは感心した。

 後ろでは【ポーターズ】が防弾バリケードとシールドを展開している。

 しかし、相手の射撃精度が甘いのか、それとも意図的に狙いを外しているのか、廊下に鉛玉が跳ねまわった。


 今すぐにでも撃ち返したいところだが、ベローナは我慢する。

 すでに準備は終えていた。あとはタイミングだ。

 

「もう1体ヤバいのがいるって聞いてたんすけど、アンタさえやれば突破できそうっすね」


 言いながら放たれた銃弾をベローナは腕を掲げて受け止める。

 シールド越しに伝わってくる強烈な衝撃に、踏ん張る足が後ろに後退し、心の中で舌打ちをした。


 この威力――やはりヘクス原体からエネルギー供給を受けている。

 

「兄貴のヘクスと直結っすからね。ナメないほうがいいっすわ」


 ――ナメる……ですの?


 前回、こちらをナメて御粗末な侵攻をしてきたのはそちらだろうに、とベローナは苛立った。


『イーリス、まだですの? 私、そろそろ粗相をしてしまいそうですわ』



 ◇   ◇   ◇

 

 

『あと1.3秒』

 

 音声通信で呼びかけられ、イーリスは淡泊に答えた。

 普通の人間の感覚ならばわずかな時間であるはずのその間に、メインルームのシステムを介した彼女の意識が膨大な量の情報を処理する。


 自分にはティアやベローナのような、自らのボディのリミッターを外すような戦闘能力はない。

 

 その代わりに与えられたのは、情報処理能力の拡張だ。


 元々は300人体制で運用するよう設計されていたクレイドル――それをこれまで維持できていたのはこの能力があってこそ。

 とはいえ、この力の限界はそこではない。


 ヘクスはマザーコアから多次元経路を通してエネルギーを供給する。

 だが、人類がその存在の全てを解析できなかった結晶は、そんな単純なものなどではなかった。


 多次元経路を形成するということは即ち、他の次元を観測できているということに他ならない。


 人類の技術はそれを認めながらも、ついに手中に収めることはできなかった。

 実現できていたならば、未来を変えることも、過去を変えることもできたのかもしれない。

 【たられば】という可能性を引き寄せることができたのかもしれない。


 だが、叶わなかった。


 ――これまでは。


 イーリスのヘクスが、眩く輝く。


 迎撃位置についている【ストリクス】と【ポーターズ】、そしてその場にある監視カメラを始めとする各センサー類、最後に敵対しているオートマトン。

 その全てから、イーリスは情報を得る。


 当然、人と変わらぬ大きさのイーリスの流体金属CPUでは受け止めきれないほどの情報だ。

 だが、メインルームに接続された全ての演算機器が、データベースが、そしてヘクス原体が、イーリスの意識を汲み取る。


 まるで自分自身が数百人単位でシステム上に存在しているかのように。

 

『最優先目標、【S-0】【S-6】【S-7】【S-15】【S-16】【S-20】、手動追尾状態。射撃開始許可を』


 まずはあの人質を取られている状態を打破しなければならない。

 そのために、イーリスはターゲットを絞った。

 

 タッカーを含む6つの標的――同時に、そして確実に処理をしなければ死傷者が出る。


 だからこそ、それをイーリスは一手に担った。


『射撃開始を許可。以後、【ストリクス】照準管制の全てをイーリスに譲渡』

『譲渡確認』

 

 多次元とはつまり、こことは違う未来、過去、そして今だ。

 無数の可能性に分岐する未来、人類の滅亡していない過去、そしてほんの小さな――人質に取られている人間の頭の位置が数ミリだけ違う今だ。


 イーリスの全ての力を使っても、それを認識できる時間は短い。

 だが、ターゲットに銃を向ける【ストリクス】の照準の全てを掌握し、敵のオートマトンに一時的なハッキングを一斉にかけて、つかみ取る。


 自分にとって最善の未来を。


 もし人類がその行いに名をつけるなら――。

 

『第1フェイズ――撃て』


 ――【未来捕捉プリディクト・スィザー】。


 その瞬間、床、壁、天井、様々な方向と角度から青白い閃光が奔る。

 閃光はあらゆる方向から放たれてはいたものの、狙いはひとつだった。



  ◇   ◇   ◇


 

 人質を取っていたオートマトンたちの頭部が一斉に破裂する。

 

「は?」


 呆けた声を出しながら、タッカーは手元を見た。

 彼が持っていたショットガンはそこにはなく、遥か後方のオートマトン部隊の足元でひしゃげて転がっている。


 タッカーが一瞬だけ体から放したショットガンの銃口の先――静止していたわけでもないその1か所を、どこかから放たれたライフル弾が弾き飛ばしたのだ。

 

「恐ろしいですわね。イーリス」

 

 一撃では彼の電磁シールドを貫通できないと折り込んでの狙撃。

 ベローナであっても、それを成功させることは難しいだろう。


 イーリスのもたらした【今】に、電撃が背中を貫くような衝撃を感じつつも、ベローナのFCS射撃管制システムが起動する。

 

 すでにベローナの背部に格納されていたものは展開を終えていた。

 それは遠くから見れば、翼のように見えただろう。


 器用に、そして滑らかに背中から両肩前方へ広げられたそれは、腕だ。

 拡張外骨格エクステンドエグゾフレーム――広い意味合いで呼称すればそう言う。

 金属で構成された、まさにロボットともいえる機械の2本の腕はアサルトライフルを構える。

 

 なんのことはない。単純に手数を増やしたかっただけだ。

 本来の腕と拡張されたアームで全4丁のライフル――全装弾数にして240発。

 

 照準は全てイーリスに任せている。

 ベローナは自らの4つの照準が、ターゲットとその優先順序をゼロコンマ以下の時間で決定されることを俯瞰した。

 

『第2フェイズ、射撃開始』


 イーリスの声と共に、ベローナのライフルも含めた多数の銃口が火を噴く。

 4つの照準はそれぞれの複数の目標に対し、点と点を繋いだラインを連射速度を考慮した早さでなぞっていった。


 その射撃は異常なほどに正確だ。状況を理解できていない人質の体を曲芸のような射撃精度で避けている。

 これがイーリスの能力を駆使して統制された、クレイドルの戦闘能力だ。

 

 射撃を任せている余裕からか、ふとベローナは思い出した。

 ティアとイーリス、彼女たちと己の欲望を晒し合ったあの会議室のことを。


 そのとき、イーリスはこう言った。

 自分が捨てられるくらいならば、主人を殺して自分も死ぬ、と。


 なるほど。確かに。


 彼女のその強烈なそのエゴに惹かれてつい考えていなかったが、この力がクレイドルのに向けば、簡単に全てを掌握できる。


 ――それでも、ご主人様を殺すのは難しいでしょうけれど。


 いつの間にか自分までもがアドニシアを殺せるかなどと考えていて、戦闘中にも関わらずふっとベローナは笑った。

 

『【S-4】【S-6】【S-8】【S-11】【S-13】【S-19】、クリティカル致命的損傷。【S-2】【S-14】【S-17】【S-24】【S-25】【S-28】、キル破壊確認

 

 イーリスによるリアルタイムの戦果報告が通信を駆け巡る。

 

 恐らく今の彼女は、クレイドル中のすべてのオートマトンと同時に通信が可能だ。彼女自身が何十、何百といるかのように。

 それでいて彼女自身はオリジナルの人格を保つことができるのだから、同じ流体金属素子CPUを使っているとは思い難い能力だ。

 

『【S-0】健在、注意』


 と、そこでイーリスから通信が入った。

 同時に自分の腕の照準管制が解放されたことを確認する。

 

『わかっていますわ。射撃停止を』

『了解。全機射撃停止』

 

 すでに大半の敵部隊を破壊し、散発的になっていた射撃音が止んだ。

 撃破されたオートマトンから上がっていた煙が晴れる。


 そこには両腕を掲げて防御姿勢を組んだタッカーの姿があった。


「人質の皆さんは壁側に退避を。もう彼らは必要ありませんわよね? タッカー・ギレット様?」

「……そっすね。つーか、こんなんなら最初から俺1人で来た方がマシだったかもしんねぇっすわ」


 冷ややかな会話の中、人質たちが荒い息を上げながらベローナの指示に従う。

 足を撃たれた女性も仲間に引きずられて、まだ息はあるようだ。


「投降してくださいまし? そのためにここを撃たなかったんですわよ」


 トントン、とベローナが頭を指差すと、タッカーは噴き出すように笑った。

 それから胸に装着された鞘からナイフを抜き出す。

 

「はっ! そりゃ気ぃ使わせちまったっすね!」

「ふふ、お気になさらず」


 ベローナは笑みを返しながら、後ろ腰の大型ナイフに手を回した。


「んじゃあ――本番といきやしょうや!」


 ベローナとタッカーが弾丸のような速度で踏み込んだのは、ほぼ同時だった。


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