存在と虚無は相反する観念でありながら背中合わせの概念である。両者は多義的であり時代、場所によって異なる性質を持つ。存在はつまりは実体であり、主体であり客体である。その視点によって実物と認識しながらも主観に基づくものであればこれを否定することとして虚無が成り立つ。しかしながら虚無を意識するためにはそれを無いものとして扱わねばならず無いことを命題とすべく在ることを少なからず肯定せねばならない。よって存在と虚無はお互いを否定すると同時に横並びで肯定しあう矛盾に晒されている。これを引き剥がして考えることはほぼ不可能であり常に付きまとうのである。
それらを前提として本作から見えてくるのは姉妹愛である。画家である姉妹の作品論及びその私生活に渡って互いが「雄っぱい」に抱く感情はまさしく存在と虚無なのである。またアリーゼが「無いわ」と口にすることからわかるようにアリーゼにもまた虚無の性質が備わっていることを忘れてはならない。これはナイワに関しても同様である。お互いの自己矛盾の中で大層的な強い絆に結ばれていることが「雄っぱい」のみならず彼女達自身の関係性を表す美しさと攻撃性としての「薔薇」なのである。