第31話 【外伝】想い

《西園寺伊鈴視点》

 お墓の前で手を合わせる。お盆でも命日でも無い、なんでもない日なのですが……なんとなく、お参りしたい気持ちだったのです。


「どうにか五体満足でご報告出来ております……お母様」


 私はお墓に手を合わせつつそう呟いた。4月も終わり桜の木にはすっかり新緑の葉が付いており、地面には桜の花びらが転々と落ちているぐらいです。


 冬の寒さはすっかり無くなり、上着が無くても暖かく過ごせる時期になりました。


「ダンジョンというものが現れ、私が拉致されて……小嵐さんや奈々さん達の助力もあって危機的状況から脱しまして」


 ここ1ヶ月であったことを思い出しながら墓の前で言葉を紡ぐ。ただの箱入り娘だった私がかけがえのない人達と出会って変われたこと、ダンジョン関係でとても世間に振り回されながらもどうにか解決出来たこと。


 静まりかえった墓前の前で、私はゆっくりとお母様に報告していきました。そして……


「ダンジョンの管理人がおっしゃるには、『死者を蘇らせる魔法』すらも存在するのだとか」


 私がそう言った瞬間、一陣の風が私の頬を撫でました。実際にお母様はいないのに、この言葉を出すのに随分と勇気が要った気がします……


 お母様は、私が7つの時にこの世を去りました。昔から病弱であったとお父様から聞かされており、私もお母様に心配を掛けぬよう父の背中を見て成長していったと自負しておりました。


 しかし、やはり私もまだ子どもだったと言うことでしょうか?16になって初めてダンジョンに強制的に連れられたとき、自身の本音というものに触れたような気がしたのです。


――――私を1人にしないで!私も不安なんだから弱音を吐かないで!


 父の背中を追い、お父様のようにしっかりしないといけないと立場を常に考える日々。そこから離れて、ダンジョンというところに「一人の女の子」として残されたとき……


 私は押しとどめていた自分というものを、感じていたのです。


 だからこそ、思ってしまったんです。「お母様を生き返らせたい」と……小嵐さんが実際に魔法というものを使っているところを見て、その想いは強くなっていってしまいました。


 お母様のぬくもりに甘えたい、お母様の声を聞きたい……として、私は、西園寺伊鈴はワガママを言いたいのです。


 自分の弱さに気がついたときから、『自分はどうしたいか?』というものを考えるようになったのですよ、お母様?


 そして……私はお母様を生き返らせたい。たとえそれが死がはびこる地獄へ行くことになったとしても。


 セピア色になって消えかけているお母様の笑顔と、忘れかけているお母様のぬくもりの記憶を必死に思い出しながら、私はお墓の前で手を合わせていた……




《美咲奈々視点》


『今日は何時に帰るんだ?』

「今日は7時に帰るから大丈夫……と」


 はぁ、あーしはスマホのメッセージを見てため息をつく。こんな面倒い事になるなら時間がかかっても良いからおとーさんにちゃんと説明してからダンジョンに行くべきだったなぁ……


 ヒイロ達と被害者達の遺品を回収したあの日、おとーさんを説得してたらイスズとヒイロに置いてかれる!と思ったあーしは「後でいーや!」と考えてヒイロ達とダンジョンに入っていった。


 そしたらイスズの親御さんが連絡してたらしくて、家に帰ってからしこたま怒られましたよトホホ……まあ、あーしが悪いから仕方ないんだけどさ?


 んで、こんな風におとーさんから毎日何時に帰るか、何処に行くのかみたいなメッセージが来るようになって、どこどこに行くーみたいなのを送らなきゃいけない決まりが出来たワケ。


 監視されてるみたいでヤだけど、おとーさんの心配も分かるから我慢我慢。


「おねーちゃん、またおとーさん?」

「そぉ~、近所のモールで姉妹揃って服買いに行くだけなのに心配性よねぇ」

「おねーちゃんが心配させたんだから、仕方ない……よ?」

「ぐっ、ハンセイシテマス……」


 頬を膨らませてるノノかーわい~!じゃない、7時って言っちゃったし速くお洋服買いに行かないとっ!


 貰ったお小遣いとバイト代で、良い春もの無いかなぁ~?あーしはノノの手を引いて、洋服屋さんに入るのだった。


「うーん、ノノの栗毛には黄色も良いし……いや、ここはあえて茶色のチェックで大人びた雰囲気も!」

「おねーちゃん、私だけじゃ無くておねーちゃんのも選ぼうね……?」


 うっ、おねーちゃん最近またおっぱいが大きくなってブラから買わないといけないんだよぉ。ノノの服から選んだ方が後のあーしの出費から目を背けれるし……


「んっ……ちょっとお胸周りがキツい、かも」

「あー……ノノも育ち盛りだもんね」


 試着室からノノの声が聞こえてくる。ノノもあーしと同じ悩みを持つようになったかぁ~妹の成長が嬉しいような悲しいような。


 ノノって身長ちっちゃいのにおっぱいだけ大きくなっちゃって、身体のサイズに合わせちゃうと胸がピッチピチになっちゃうんだって。


 こりゃもうワンサイズ上の服買うしか無いかなぁ……


「これだとダボダボになっちゃう……」

「店員さんに頼めばアジャストしてくれるし、そんなお金もかかんないから今日はこれにしよっか」

「そう、だね」


 よっし、店員さーん!


 その後、あーしのブラと服も買って少し寂しくなったお財布事情にバイト頑張らないとなぁ……なんて考えながら洋服屋からでると。


「お、そこのお二人さん今ヒマ!?俺いい店知ってるんだけどお茶しない?」

「俺たちも二人だし丁度いいよな!行こうぜ!」


 ナンパに絡まれた……うっざ、ノノの可愛い姿を見て幸せだった気持ちが一気にふきとんだわ。

 ノノは縮こまっちゃってあーしの後ろに隠れてる、ウチの大事な妹ビビらせてんじゃねえよアァ!?


「……いえ、忙しいので。いこ、ノノ」

「う、うん」

「ちょいちょいちょい!少しだけでも良くない?ね!ね?」

「絶対楽しいからさ!ほら、荷物も持つぜ!」


 さっさと断ってノノとお昼ご飯食べに行こうとするが、ナンパ二人はあーしらの進行方向に立ち塞がって邪魔してくる。ウゼー……あとあーしらが持ってる紙袋、普通にブラとか入ってるから渡す気もさらさら無いが?


 ぶしつけにも手を伸ばしてくる男を避けるように離れると、ちょっとむっとした顔をしてあーしらをにらみつけてくる。


 はい減点、そんな顔を隠すことも出来ないんじゃ男としてまずダメ。というかさっきからあーしとノノのおっぱいに釘付けなの、分かってるから。


 はぁ……ヒイロだったらそんなこと無いんだけどなぁ。つーかヒイロは逆にもうちょっと見ても良いと思う!

 いや、それでガン見されてもそれはそれで困るけどさ……いや、ヒイロを堕とすならワンチャンあり?


 そんなことを考えながらナンパ男二人を見る。軽薄な笑顔、見え見えな下心に女を舐め腐ってる態度……顔は確かに良いけど、やっぱヒイロと比べると全然ダメ。


 ヒイロはいつだって真剣だし、全力。あーしらの事を常に考えてるし、それで自分が傷つくことなんて意にも介さない。


 最初は格好いいと思った、物語の勇者様みたいにピンチの時に颯爽と駆けつけた姿にあーしは惚れた。


 でも、ヒイロの事を瑠璃ちゃんから聞いたり、実際にヒイロが一人でダンジョンに行ったときの映像を見て目が覚めた。


 ヒイロは勇者なんかじゃなくて、本当にただの人間だったんだって……あ、目が覚めたって言っても恋が冷めたわけじゃないよ!?物語の勇者様みたいな人だと勝手に幻想を抱いて、理想を重ね合わせてしまっていた事を自覚したってコト。


「そっちのちっちゃい娘はどう?」

「そんな隠れてないで出てきなよ~、めっちゃ可愛いんだからさ!」

「ひっ……!」


 ヒイロがダンジョンに一人で潜ったときの事はとても後悔してる。「ヒイロなら大丈夫」って気持ちが何処かにあって、何もせずにいたあーし。

 心配だなーとか不安だなーなんて家で考えてて、ぬくぬくと平穏を享受していたときヒイロは死にかけていた。

 

 後からヒイロがダンジョンに行った時の映像を見て、あーしは自分がどれだけバカだったのかを思い知らされた。


「どいて、邪魔」

「……ッチ、さっきから下手したてに出てりゃつけあがりやがって」


 イスズは実際にヒイロを助けに行ったらしいのに、あーしは家でポケーっとしていた!あーしは何にもしてなかった!


 こんなんじゃヒイロを好きになる資格無い……そんなことを考えて、ヒイロから距離を置いていた時に瑠璃ちゃんに「おにーちゃんを一人にしないで」って頭を下げられた。

 

 ヒイロを好きな気持ちは変わらない、それは幻想でも何でも無くあーしの本当の気持ち。でも、それをヒイロに伝える資格は今のあーしにはない……


 だからヒイロがダンジョンに行くなら、あーしも付いていく。これは贖罪しょくざいでも惰性でもなく、あーしの女としてのケジメってやつ!


 それまではあーしの恋はお預け。護られるだけのヒロイン役なんかあーしは要らない!ヒイロの横に立って、それで初めてあーしは恋をするの。


 ……ヒイロが他の女の子にデレデレしてたらそれはそれで焼き餅焼いちゃうけど。


「良いから来いよ!」


 強引に腕を掴んでくるナンパの手を、あーしはひねり上げる。LV.1になった恩恵であーしは男よりも強い力を手に入れたから、気を付けないと骨折れるんだよねぇ。


「いだだだだだだっ!」

𠮷よしちゃん!?」

「あんま舐めてっと潰すから」


 あーしは鋭い目でナンパを見る。ぱっと腕を放すと、ゴリラ女!や怪力ブス!などナンパは思いつく限りの悪態をついてどっかいった。


「ぁ、ありがとうおねーちゃん」

「いいのいいの、あーしだって強くなったんだから」


 ちょっと人の目が集まってきたなぁ……あーしらはそそくさとその場を後にする。ノノ~、お昼ご飯何にする?




《???視点》


 失った左腕がうずく。毎晩毎晩寝る度にあのダンジョンの事が思い浮かぶ……!俺を獲物のように見下すあの目が!痛がる俺の目の前で楽しげに左腕を食うあの姿が!


 クソッ!クソッ!クソッ!あのアマがちゃんと囮にならねぇから……あの陰キャクソ共が盾にならねえから……!


 俺に意見した女がいたら俺は無事で居られた!あいつもバケモノに犯されてたら俺は今ごろ五体満足でいられたんだよ!


 あのギャルもちゃんとゴブリンの相手をしていたら俺はあのゴブリンを超えて一人で脱出できた!あっのくそアマ共のせいで……俺は!


 絶対に許さねぇ……あのバケモノも、あのくそアマ共も!バケモノは殺す、くそアマ共はボロカスにして泣き叫んで許しを乞うまで犯す!


 俺を馬鹿にした奴は、誰であろうとも許さねぇ。俺は……


「俺はあの鴻上こうがみ様だぞ……俺を舐めたらどうなるか分かってんのか……あぁん?」


――――――

【後書き】


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!


これにて一章完結となります。ここから先も書きたいのですが……新作の方の執筆で忙しく、一旦ここで更新を止めさせていただきます。


申し訳ございません!でも、新作も面白いこと間違い無しなので是非、こちらも読んでいただけると幸いです!


【新作】死亡フラグは力でへし折れ!~エロゲの悪役に転生したので、悪役らしくデバフで無双しようと思います~ - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16817330649353933864

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【一章完結!】現実でダンジョンを攻略するのはハードモードすぎないか? 夏歌 沙流 @saru0

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