家族
「え?お、乙女?何を言ってるの?」
「だから、別れようって話だよ。」
「いやいやいや、意味が分かんないよ。
突拍子無さ過ぎて、頭が着いて行かない。先刻までの不安も、頭の隅に追いやられてしまった。
「……」
乙女はそのまま黙り込んだ。
これまでの話は、要は乙女が現代版忍者育成システムを創ってしまったという話だ。いや、正確に言えば、創ったと思い込んでいる話だ。実際にどこかの国が、そのシステムを盗みに来るというワケでは……
そう、そんなはずはない。
「……」
「……」
僕は沈黙に耐え切れずに叫んだ。
「乙女⁉」
「……」
乙女はしばらく黙っていたけど、大きく息を吐き出すと、淡々と話し出した。
「先刻守も言ってただろ。いずれ、私のシステムは盗まれる事になる。私個人で守り抜くのは無理だ。」
「それじゃあ、僕も!」
思わず口に出たけど、言ってて虚しくなる。話が本当なら、国家間のスパイ合戦だ。僕が何の力になるというのだろう。それでも口に出さずにはいられなかった。そんな僕の心を
「わかってくれ!守を危険な目に遭わせたくないんだ!」
乙女が珍しく苦しそうな顔をしていた。
「……」
僕は、僕をいじめっ子から守ってくれていた、子供の頃の乙女を思い出していた。
僕は、いつも乙女に守られてばかりだ。
「……嫌だ。」
僕はやっとの事で、その言葉を絞り出した。
「僕は別れない。ずっと、乙女と一緒だ。」
乙女は苦しそうなまま、笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと僕の頬に手を触れた。
「もう、決めたんだ。日本政府が、守ってくれる事になってる。」
「!」
そう言って、乙女は僕を優しく抱きしめてくれた。
「元気でな。」
そう言い残すと、乙女は部屋を出て行った。
「……!……」
僕は両拳を血が出る程ギュッと握りしめて、今の状況を必死に把握しようとしていた。
日本政府って……本当に、国家間の…
……
……――いや、もうわからない!
いくら考えた所で、わかるはずもなかった。
わかるのは、乙女と別れたくないという事!
もしもこのまま別れて、乙女が、…乙女がどこかで死ぬような事があったら……
…死……死ぬ……?…乙女が…?……⁉
「――!」
僕は乙女を追って部屋を飛び出した。
「乙女!」
カラオケボックスを出て、辺りを見回した。最寄りの駅とは逆方向へ向かう道に、乙女がいた。僕の声を聞いたのか、乙女はこっちを見ていた。寂しそうな笑顔で、乙女は僕に手を振った。その頬に伝うモノがあった。僕は駆け出していた。
「⁉」
その時、乙女のお腹が、珍しく着て来た、あの白い服が、赤く、赤く、染まっていった。そして、ゆっくりと膝を落とし、乙女はそのまま、地面に突っ伏した。
「!!?」
意味が分からなかった。僕はただ、乙女に駆け寄ろうと走った。足が重かった。早く乙女を抱き起こしたいのに、足が思うように動かなかった。乙女が、全然近くならない!長く、とても長く、時間を感じた――
――ようやくの事で、乙女を抱き起こすと、乙女は、力なく僕を見つめていた。
「乙女‼」
乙女の口から、赤いモノが伝っていった。震える手を、先刻と同じように、僕の頬に伸ばした。
「…ああ……あああ……!」
声が、言葉にならない。
乙女のお腹は、どんどん、どんどん、赤く、染まっていった。地面にも、その赤が広がっていった。
地面の赤から、乙女の顔に視線を戻すと、乙女は、力なく言葉を綴った。
「…じいちゃんじゃ、ないけど…たくさん、子供を産んで、…守と、ずっと、暮らしていくんだと、…思ってた……」
「…乙女‼」
僕は頬に触れた乙女の手に、自分の手を重ねて、乙女の名前を必死に呼んだ。
「たくさん、…守の子、…産みた、かったなあ……」
乙女の目に涙が溢れ、そっと、頬を伝っていった。
乙女の手に重ねた僕の手が、乙女の手の重さを不意に感じた。
「ああ、…ああああ、……乙女――っ‼」
――あれから数年。僕は今、公務員をやっている。
業務内容は…スパイだ。
いや、現代版忍者って言った方が、格好良いんだったっけ。
ここは空港で、これから次の任地へ向かうところだ。
「何をしとるんじゃ!早く行くぞい!」
少し前を、じいちゃん…朱鷺光吾郎が喚いている。今は僕の同僚だ。
乙女の、たくさん子供を産むという願いは叶わなかったけど、乙女が作った現代版忍者育成システムは、多くの子供を育てた。
この空港のそこにも、あそこにも、任地に先乗りしている者達もいる。日本でバックアップしている者達も、他の任地にも、たくさん、たくさんいる。
乙女、これで、満足かな……
僕はゆっくり、空を見上げた。
僕と乙女の家族構成 羅 @LaH_SJL
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