AI

「他の研究者が軍事技術として使用する方法は、おそらく身体強化。特に欧米なんかはそうだろうな。そしてシステムを通して完成されるのは、パワー系の人間。中国は拳法なんかを取り入れてくるかもしれない。でも拳法っていうのは、硬気功、軟気功といった気を遣う武術。気はさすがにシステム化は難しい。システムを通して完成されるのは、技巧系の人間って事になるだろうな。」

 うん。なんだか話がアニメやゲームじみてきた。

「朱鷺流武術は?」

「朱鷺流武術というか、日本の古武術は、パワー系と技巧系を相手に戦う事を想定した武術。言ってみれば、力にも技にも対応出来る、合理的武術。」

「それって……」

「おそらくだが、システムを通して完成されるのは、最強の人間。」

「……」

 言葉が出てこなかった。

 乙女がその後何も言わないので、僕は素朴な疑問を投げかけた。

「…それって、最終的に技術が盗まれたりするんじゃ……」

「だろうな。しかし、この合理性っていうのは厄介でな。力任せが結局のところ最強といった環境で育っている欧米では、理解しにくい。柔道がいい例だ。柔よく剛を制すに逆らって、力任せに相手をねじ伏せようとする。中国は日本の古武術は自国の武術の派生形だと、下に見ている。すぐには理解出来ないだろうな。盗んだ国は、きっと首を傾げるはずだ。何故このシステムが最強の人間を生み出すのかと。」

「…でも、いずれは、…」

「ああ。いずれは理解出来るようになる。しかし、それまでには時間が生じる。何事も、時間の優位性っていうのは大きいんだ。」

「時間の優位性が大きいって言うなら、もっと早くに盗まれたら?」

「最強の人間を生み出す前にって事か?その場合は、システムの能力を百%理解しないまま、理解したつもりで使用して、自国のシステムを完成させた途端、盗み出したシステムは劣っていると、切り捨てる事になるだろうな。そして最強の人間が生み出されて、初めて私のシステムの方が優れていると気付くんだ。結局時間の優位性は変わらない。」

「…凄いシステム創っちゃったんだね。」

 最早僕には、遠い夢の中の世界の話を聞いているようだった。

「話はまだ終わってない。」

「え?」

「最初に言ったように、このシステムは軍事転用出来る。そこでだ。最強の人間が完成されたとして、戦争に勝てると思うか?」

「…まあ、武器を使用されたら勝てないでしょ?」

「その通り。複数最強の人間が集まったところで、戦争には勝てん。まあ、単発銃程度なら勝てるが、マシンガンやミサイル相手に勝つなんて事は所詮無理な話だ。」

「単発銃には勝てるんだ…」

「単発銃は事前に軌道を予測出来れば、後は経験を重ねれば無理な話じゃない。マンガでよくあるだろ。そして現実世界では、実弾を何度も撃ち込まれる経験は無理でも、メタバース内では、経験を重ねるという事が可能になる。フィードバック機能が付いたところで、所詮死ぬワケじゃないからな。」

 まあ、言ってる事はわかるけど、本当に出来るんだ……

「話を戻すが、私の作ったシステムは性質上、合理性の理解が必要となる。私はそれをAIに補完させた。日本武術を知らない素人でも習得出来るようにな。守が使ってた音痴を治すプログラムでもあっただろ。発声の仕方や、仕組みといった、身体能力とは別の、言わば座学的な知識的能力を取得するフェーズが。」

 確かに、プログラムにはそんなフェーズがあった。ゲームで言うボーナスステージや、メインのクエストの間で発生する、小さなクエストのようなモノだと思っていた。ゲームの本筋とは関係なく、それだけで完結している、息抜きのような……でも、AI?

「あれにAIが使われてるの?」

「ああ。気付かなかったかもしれないが、あれはプレイヤーに合わせて、アドバイスや説明方法、内容が変わるんだ。」

「そうなの?」

 言われたところで、そう答えるしかない。僕にはAIが、結局使われているのか、いないのか、さっぱりわからないのだ。

「こちらは全くの偶然なんだが、先刻さっき言った合理性の理解をAIに補完させようとしたせいで、AIがそういう風に育ってしまったんだ。音痴を治すプログラムを同時進行で作っていた事も、おそらく関係しているんだろうな。同じAIを使っていたから……とにかく、プレイヤーに合わせて、知識的能力を習得する事に長けたAIが、偶然出来てしまったんだ。他の研究者はフィードバック機能の実用化という事もあったせいで、身体的、技巧的な能力の習得の分野は進んでいるようだが、フィードバック機能を活かさない、知識的能力の習得の分野は、まだ進んでいないんだ。この点でも、私のシステムは時間的に先んじているというワケなんだが…私はこのAIを使って、合理性の理解に加えて、得意なパソコンの技術を、上級ハッカーレベルで習得出来るプログラムも、先刻から言ってるシステムに追加した。」

「……」

 えーと……また話が大きくなった。要は、朱鷺流武術を、銃の弾丸を避けられるレベルで習得出来るのに加えて、上級ハッカーの能力も習得出来る、そんなシステムに、先刻から言ってる、乙女の創ったシステムがなったと。そういう事だろうか…

 そんな理解に悩む僕を無視して、乙女はどんどん話を先に進めた。

「そこで軍事転用の話だが、戦争はドンパチやり合う、物理的な戦争が全てじゃない。」

「…?」

「情報戦だよ。」

「えーっと、つまり、…」

「最強の人間、知識能力の習得、情報戦、何を思い浮かべる?」

「…!」

 僕のハッとした顔を見て、乙女がニンマリと笑った。

「スパイだよ。私は偶然にも、スパイ育成システムを創っちゃったんだよ。」

「⁉」

「!…いや、違うな。これまで説明したように、合理性の理解には、それをスンナリと受け入れられる、日本人という土台が必要となる。そして朱鷺流武術とパソコン技術の習得。スパイと言うより、現代版忍者と言った方が格好良いな。うん。私は、現代版忍者育成システムを創っちゃったんだ。」

 乙女がドヤ顔を決めた。誕生日プレゼントをやるといった、あの時の顔だ。今更気付いた。あれはドヤ顔だったんだ。当時は僕を嫌な予感にするモノでしかなかったけど…今は僕を物凄く不安にしている。

「……」

 しばらくして、乙女の表情も、浮かないモノに戻った。

「……」

 益々僕は不安になった。

「…そんなワケで守。」

 乙女が真っ直ぐそんな僕を見た。

「別れよう。」

「⁉」

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