第6話 祝福とミルクスープ(2)


「ああ、終わった・・・」


大樹の家に入ったニーナは、思わず倒れ込むように机に突っ伏した。

足が棒の様だ。このままベッドに飛び込んで、泥のように眠り続けたい。そんな気持ちに鞭打ち、顔を上げると、目の前にはたくさんのお供えものが並んでいる。

たくさんのくるみとセイタカブナの実は、ジョニーからの供物。隣町の木彫り工房からはかわいらしい木製のくるみ割り人形。チーズ工房からは大きなチーズなど・・・。机の上に置いてあった箱を開ければ、明け星のペリカン亭のおかみさんの字で、「お疲れ様 終わったら食べてね」という手紙とともに、アーモンドパイが中に入っていた。


参拝者に祈りを捧げ、ヒイラギを渡し、手伝ってくれた3人娘にお礼を言って、村の人々の撤収を手伝い、やっと全ての工程が終わったとき、すでにとっぷりと日が暮れ、星が瞬く夜になっていた。


「シュシュさん、ペリカン亭のおかみさんから、アーモンドパイが…」


部屋のソファに、シュシュが毛布にくるまって座っている。話しかけようと、シュシュの肩に手を乗せる。振り返ってたシュシュを見て、ニーナはぎょっとした。


シュシュが涙をぽろぽろと流し始めたのだ。


「大丈夫ですか」


思わず肩を抱き、エプロンのポケットからハンカチを取り出して、頬を流れる涙を拭く。顔色も真っ白だ。

少しの間、静かに涙を流していたシュシュはやがて、


「わたし、がんばったわよね。いっしょうけんめい、こどもたちへ、あたえたわよね」


と消え入りそうな声で呟いた。


それはそうだ。ずっと働きづめなのはニーナも同じだが、彼女は彼女の力を、休むことなく「こどもたち」に与え続けていた。くたびれるのも当然だろう。


「ええ、シュシュさん。とっても頑張りましたよ」


ニーナはシュシュをぎゅっと毛布ごと抱きしめると、そっと立ち上がった。


「少しだけ待っていただけますか。いま、おいしいスープを作りますからね」


「ええ・・・ええ・・・」


ニーナは急いで台所へいくと、大樹の家の保冷庫からミルク瓶、冷凍庫から茶色の包みを取り出す。ミルクは、酪農家が捧げてくれたお供え物だ。

包みを開くと、華やかな、季節外れの春の匂いが立ちこめる。赤い、ベリーの実だ。今年の春、ベリーのジャムを作ったときに余ったものを、凍らせて保存しておいたものである。

小ぶりの鍋をふたつ取り出し、一つにミルクを、一つに水と砂糖と包みのベリーを半分、ざらざらと入れて火にかける。少し煮たら、沸騰しないよう、弱火でとろとろと一煮立ちさせる。

ベリーの鍋に、温めたミルクを少しずつ入れ、混ぜていく。綺麗なピンク色に混ざったところで、水で溶いておいたデンプン粉をいれて、とろみをつける。ここでベリーの残りを入れ、入れたベリーが温まったら、最後にシナモンを振りかける。

ベリーのミルクスープの完成だ。


「シュシュさん、できましたよ」


スープ皿にたっぷりと注がれたミルクスープを、大きなスプーンと一緒に、ソファの前のミニテーブルに置く。


「いただきます・・・・・・」


か細い声で呟くと、スープを一口、口に含んだ。


「ああ」


ゆっくりだったスプーンの動きが、どんどん速くなっていく。


「おいしいわ、とってもおいしいわ」


真っ白だった顔色が、花が咲くように、ピンク色に色づいていく。

食べ終わる頃には、すっかり普段通りのシュシュに戻っていた。いや、まだ少し、疲れが顔に残っているけれど。


「ああ、おいしかった、とってもおいしかったわ」


「よかった、大丈夫ですか」


先ほど問うた言葉を、もう一度ニーナはシュシュに問いかける。


「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ニーナ」


ニーナは自分用のミルクに蜂蜜をティースプーン2杯、たっぷりと入れると(いつもは1杯しか入れないけれど、今日は無礼講なのだ)、名残惜しそうにスプーンを舐めるシュシュの隣に腰を下ろした。


「ニーナ、あなたも疲れたでしょう」


「そうですね、流石にくたびれました」


ニーナは正直に答えた。


「スープまで作ってもらって、ごめんなさいね」


「いえいえ」


私の役目ですから、とにっこりと笑うニーナに、シュシュは真剣な顔をして、ニーナの目を見つめた。


「ねえ、ニーナ。明日は、なんにもしちゃだめよ」


「なんにも・・・ですか」


突然のシュシュの提案に、ニーナはぽかんとして言葉を返す。


「そうよ!明日は“なんにもしない日”にしましょう。お茶を飲んで、眠って、ジンジャークッキーを食べて、またお茶を飲んで眠るのよ」


シュシュの手が、ニーナの手を包む。主人の手の温かさがニーナの手に伝わっていく。


「お昼はお日様を見て、夜はお星様をみるの。雲が流れているのを見て・・・森のみんなと歌を歌うのも良いわね」


「そうですねえ・・・」


ニーナの性格上、なにかしていないと身体がむずがゆくなってしまう。でも、ここ一週間はずっと働きづめだった。1日くらいゆっくりするのも良いだろう。幸い、昨日作ったミネストローネスープも残っている。お供え物の生ものは、少しだけニーナたち用に分けたら、多くを村の人たちへ配り戻している。明日処理しなくてはいけないモノは、ざっと見た感じではないはずだ。


「わかりました。明日は、何にもしないことにします」


「そう、とてもいいことよ」


ニーナの返答に、シュシュは満足そうににっこりと笑った。


今夜はクリスマス。暖かで、月の光に包まれ、星が瞬く、美しい夜だ。








2日後、何もしない日から復帰したニーナの力作、さくさくも、ふわふわも、とろーりも全て叶えるケーキ、チョコレートナポレオンパイをシュシュに出し、それはそれは大層喜んだシュシュから、キスの雨あられを受けたのは、また別の機会に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとしずくの森のクリスマス【アドベントカレンダー2022】 藤白マルメ @hujishiro_marume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ