第6話 祝福のミルクスープ(1)


さて、このように用意周到に準備した彼らの、クリスマス当日のドタバタ話をしなくてはならない。


全く、二人にとってはてんてこ舞いな一日であった。


朝一番、朝日が昇ると同時に、大樹の家での参詣は始まる。そこから太陽が沈むまで、ノンストップで儀式が続いた。


儀式のやり方はこうだ。まず、参拝者は順番に大樹の家に入り、焚きしめたお香を身体に浴びて、無病息災を願う。そしてドレープのついた幕のかかったついたての向こうにいるシュシュに一礼。シュシュはその奥でブーケにしたヒイラギを左右に振り、ふうっと花の息を吹きかけると、目の前に置かれたお盆にそっと置く。お盆を助手役の村娘が参拝者に渡して、一連の流れが終わるのだ。参拝者はひっきりなしに来場するから、シュシュは休む暇もなく、柔和な微笑みを称えた表情を変えず、森の主としての使命を全うしなければならない。


ニーナの役目は、儀式が滞りなく進むよう、細かい雑用をこなしていく事だった。助手役の村娘たちのお昼ご飯の提供、儀式の補助、顔なじみへの声かけ・・・と多岐にわたる。

最も大切な役目は、ひたすら信仰対象として働き続けるシュシュの口に、昨夜作った一口サイズのロールサンドイッチをほおり込むことだ。一度だけ、チョコレートボンボンをほおり込んであげたときは、シュシュは表情こそ出さなかったが明らかに喜んでいるオーラが出ていて、実際ヒイラギの振りも心なしか強くなった、様な気がする。


大樹の家の前には、ニーナが仕込んだ赤豆のシロップスープの大鍋と、山盛りに盛られたミートパイの他に、村や、隣町の住人が出してくれた屋台が何件か立ち並び、小さなクリスマスマーケットのようになっている。真珠ブタがローストされる出張釜と、村特産の月夜ブドウをつかったワインを振る舞う屋台が特に盛況で、村の人々をはじめ、観光客も賑やかに、そして穏やかに参拝し、楽しんでくれているが(一回だけ、酔っぱらった観光客がそのまま大樹の家の中に入ってきてしまったことがあったが、手伝いに来てくれていたフーと、明け星のペリカン亭の亭主、隣町の木彫り工房のご主人が連れ出してくれたため、事なきを得た)なにせ数が多い。遠い街からもわざわざ参拝に来てくれる顔なじみもいて、ニーナはありがたいと思いつつ、ゆっくり話す時間がとれないのを、申し訳なく思っていた。


参拝者の中には、祈りの対価として、様々なものを持ってきてくれるものもいる。村の人からは、その年豊作だった農作物や、育てた畜産物を供えてもらうのが慣例なのだが、そのほか、職人が自分の作った工芸品を持ってきて、供えてくれたりもする。その中で、いつも特にシュシュが後に喜ぶのが、書物だった。


森にはもちろんだが、実は村にも図書館がない。だから、村の人々や森の住人たちの中で、本を借りたいとなったときは、隣町の王立図書館にいくのだが、週一回移動車で村にも本がやってきて、直接選ぶことが出来る仕組みになっている。シュシュは、そこで借りることのできる本を、毎週楽しみにしているのだ。


「マダムが前々から読みたがっていた本がちょうど所蔵に入ってね」


参拝に訪れた王立図書館の司書、ジェリーベルは、ニーナに会うやいなや、開口一番そう言った。


「あっ、はい、お預かりします」


受け取った袋を明けてみると、分厚い茶色の皮で装丁された本が入っていた。そっととりだすと、表紙には金色の装飾がされ、重厚感がある。


「わあ!綺麗・・・」


そのあまりの壮麗さに、ニーナは思わず声を上げた。


「素晴らしい出来だろう。古代時代に作られた装飾本の復刻版でね。都の王立図書館で復刻事業があって、その一環で作られたものなんだ」


中身を開くと、古代文字が書かれており、所々に挿絵が差し込まれている。挿絵には、装丁と同じく華やかな装飾枠の中に描き込まれており、美しさに目を見張った。


「これを、“私からのお供え”として、マダムに渡して欲しい」


「えっ!これ、貸し出し本じゃないんですか」


「ああ、そうだ。マダムへのプレゼントさ」


「そんな、こんな高そうなものを・・・」


“お供え”は値段ではなく、気持ちであるし、寧ろ、これほど高価なものをもらっては気が引ける。そのニーナの気持ちを汲んだのか、ジェリーベルは笑って、


「この本は、私も少し編纂を手伝ったから、3冊ほど献呈をうけてね。我が図書館に収蔵するのは1冊だから、気に病む必要はない」


と、ニーナの肩を叩いた。


「ありがとうございます、シュシュさん、きっと大喜びですよ」


「それはなによりだ。・・・おっと、のんびりしてしまってすまないな、また一緒にコーヒーでも飲もう」


「はい、こちらもせわしなくてすみません。また図書館に行ったおりに、お喋りしましょう」


「いいね。近くに新しく、うまいコーヒーを飲ませてくれるカフェが出来たんだ。きっと君も気に入るよ」


マダムにもよろしく、と言って、手を振って去って行くジェリーベルに、手を振って答える。


姿が見えなくなったところで、手渡された本を傷付けないように、そっと袋に戻す。


(袋も立派・・・これはお買い物用のバッグに使おう)


むずばれたリボンをほどくと、紺色のカードが現れた。カードを開くと、


『メリークリスマス 喜びと愛が降り注ぎますますよう ジェリーベル・ホルスター』


と流麗な手書き文字で書かれている。ペンのインクは金色。紺色のカードに映えて、きらきらとと輝いている。

思わずうっとりと眺めていると、


「ニーナ!」


突然声をかけられて、思わずビクッと肩をふるわせてしまう。

顔を上げると、ペリカン亭のおかみさんが、満面の笑みでこちらにやってくるところだった。


「おかみさん!」


「悪かったね、びっくりさせちまって」


「いえ、すみません。綺麗だったので、思わず見とれてしまって・・・」


「へえ!こりゃすごい、いい紙じゃないか。誰からもらったんだい?」


シンプルだが美しいカードに、おかみさんも感嘆の声を上げる。


「王立図書館の、ジェリーベルさんからのカードなんです」


「ああ!あの司書さんか。流石学のある人は違うねえ、カード一つとったって、こんなにセンスが良いんだね。あたしゃアンタがあんまり夢中になって見てるもんだから」


にやりと、いたずらっぽく笑う。


「ボーイフレンドからかと思ったよ」


「まさか!私が仕事ばっかりしてるの、おかみさんも知ってるでしょう」


「あっはっは、冗談だよ、冗談!」


ひとしきり大笑いすると、おかみさんは急に真面目な顔になった。


「それよりあんた、ちゃんと昼ご飯は食べられたんだろうね?」


「いえ、お昼、これからで」


大樹の家の、3階部分を指さす。


「今、お手伝いの子たちがお昼に入ったので、一緒にお昼をとってしまおうと思って。さっき、ルビーさんとヴィタリーさんが、助手の仕事を代わってくれたんです」


ルビーは製粉所の長女。マリアの歳の離れた姉だ。今は隣町に嫁いでいるが、クリスマスと星祭りの時には戻ってきて、いろいろと手伝いをしてくれる。

ヴィタリーは月夜ブドウ農家にして、ペリカン亭の常連客。バイオリンがとても上手い、陽気なおじさんだ。


「そうか、お昼が取れそうなら良かったよ」


うんうん、と頷くと、おかみさんはニーナの肩をぽん、と叩いた。


「あたしももう食べたし、手伝いに来たのさ。ここからはあたしたちに任せて、ゆっくりお昼とっておいで」


「ありがとうございます。毎年助かります」


「何水くさいこと言ってんだい。村の一大イベントなんだ、あたしたちが手助けしないでどうするんだい」


あっはっは、と豪快に笑う。この笑い方が気持ちよくて、いつも細かいことを気にしがちなニーナにとっては、なんだか勇気が出るのだ。


「じゃあ、ごゆっくり。あ、そうだ、これからすぐ会うだろうけど、ランジャがさ、『今日のお昼はコラモドラゴンのサンドイッチだ』って伝えたら、逆立ちして喜んでたよ」


「そうなんですか。じゃあ、喜んで食べてくれてるかな」


「今頃きっと、夢中になって頬張ってるとこさ」


じゃあね、ゆっくり休むんだよ、と言って手を振ると、おかみさんは大樹の家のドアへ消えていった。


大樹の木の3階部分は、普段物置として利用しているが、今日のようなイベントのある日などは、控え室として使ったりしている。大樹の家の裏に、らせん状の外階段があって、裏口に入れるようになっている。

裏口から中に入ると、3人の娘たちが一斉にこちらをみた。


「あっ、ニーナさん!」


「今お昼見たの!すっごい美味しそう!」


「ベーコンも分厚いし!デザートまであるの、最高」


「ねえニーナさん、おかわりしていい?」


「ランジャったら!まだ食べてないじゃん」


「ぜったい3つは食べられるもん」


言葉が次々に飛び出し、一気に控え室が明るくなる。年頃の娘、3人よればかしましい、とはよく言ったものだが、この見知った賑やかさに、ニーナは、真逆ともいえる落ちつきさえ見出していた。


「さすがに3つはないけど、1個づつならおかわりできるよ」


ニーナの言葉に、ランジャの顔がみるみる破顔していく。


「やったあ!」


「え、ほんとに?」


フェルクスが身を乗り出す。


「サンドイッチだけ?」


「ううん。デザートもおかわりがあるよ。ただし、おかわりは全部一個づつね」


「ちょっとランジャ、私のサンドイッチのおかわり分、一個あげるから、チョコレートムースのおかわりちょうだいよ」


フェルクスがランジャに、何やら持ちかけている。


「えーっ!やだよお、チョコレートムースもいっぱい食べたい」


「じゃあ、サンドイッチあげない」


フェルクスは甘いものが大好きで、作るのも得意だ。よくニーナとも、お菓子作りの情報を交換したりしている。一緒に隣町に行くときなどは、お菓子屋さんによって、スイーツの材料を二人で買ったりもする。


「うー、うーん、うーん」


頭を抱えて悩むランジャに、マリアが見かねたように助け船を出した。


「ランジャ、あたしのサンドイッチのおかわり、半分あげるわ」


「えっほんと?なんで?コラモドラゴンのベーコン、嫌いなの?」


「まさか!」


マリアがあり得ない、というように手を前で振る。


「そんなわけないじゃない。ただ、あたしも2個はちょっと多いのよね。フェルクス、あんたもでしょ?」


「うん。1個半がちょうど良いかなーってかんじ。甘いものなら、どんなに食べたって大丈夫だけどね・・・ママに怒られちゃうけど」


舌を出してフェルクスが頭をかく。


「それなら、フェルクスがランジャに半分サンドイッチをあげる。あたしもランジャに半分サンドイッチをあげる。そして」


マリアがランジャの方を見た。「ランジャ、フェルクスに半分、おかわりのチョコムースをあげたら良いんじゃない」


「うーん、そうだね、分かった!アタシ、サンドイッチ、3つ食べられるってコトだもんね。サンドイッチ3つとぉ、チョコムースが1個と半分!!!」


「そういうこと」


話がまとまったようだ。

こういうとき、いつもマリアはその場にいるひとたちの意見を聞いて、話を上手く進めることができる。みんなのまとめ役だ。そして―――


「ニーナさん、お昼食べた?ニーナさんのお昼もちゃんとあるのよね?」


こういう気遣いも出来る。本当に、何を食べたらあんなにしっかり者に育つのだろうと、いつもニーナは感心する。マリアの実家の製粉所の小麦で作ったパンをたくさん食べたら、ああいう風にしっかり者になるのだろうか。

ただマリアは、自分をちょっと犠牲にしがちだ。そこは心配でもある。


(あとで、ジンジャークッキーを多めにあげよう)


フェルクスがうらやましがるから、こっそり上げないとな、と心に決める。


「今から食べるつもり。ご一緒してもいい?」


「うん!一緒に食べよう」


ニーナの言葉に、3人が一斉に立ち上がって、ニーナが座る場所を空ける。


「ニーナさん、ここ座ってぇ」


「はいはい、お邪魔します」


「どうぞー」


「わーい、おいしそお」


「いただきまーす!」



賑やかな食事が始まった。

午後からは例年、更に人が増え、もっと忙しくなる。ここからが正念場。体力勝負だ。


(ここでしっかり力を付けておかないとな)


3人がサンドイッチを夢中で頬張る光景を一瞥して、ニーナもサンドイッチを口いっぱいに頬張った。

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