第5話 星月夜とサンドイッチ(2)

そんなことがあって、フーが持ち込んでくれたモミの木は、素晴らしい仕上がりになったのだった。

小屋の窓から覗くと、大樹の家の大窓から、飾りつけをした大きなもみの木が見える。

ニーナが街で買い求めたオーナメントが、月明かりに照らされて、キラキラと光るのがここからでもわかった。


(今年も、綺麗に仕上がって良かった)


これから取りかかるのは、クリスマスの準備の、最後の仕上げであり、ニーナにとっての準備のメインの仕事。クリスマスの儀式にやってくる参拝者たちに振る舞う料理を作るのだ。


月と、星と、そして太陽によって、樹木や植物、鉱石たちが力を得ることができる。そんな“森の力”が強くなる時期の一つが、このクリスマス祭の期間だ。

森の主であるシュシュは、その森の力を自分の身に取り込んで、守り神としての力を得る。

そうして得た生きる力を、祈りを捧げにきた“こどもたち”に分け与えるのだ。

多くの植物たちが一斉に芽吹く春祭り。一番星が瞬く、夏の星祭り。月が一番大きくなる、実りの秋の月祭り。そして多くの植物が眠りにつく前の、冬のクリスマス。

そんな大切な力を得られる時期に、ひとびとはずっと古い時代から、ご馳走を用意して大地に感謝を捧げてきたのだった。


そんな祭のためにニーナが作るのは、6つの料理だ。

参拝者たちに振る舞われる赤豆のシロップスープ、一口サイズのミートパイ。1日働きづめになるシュシュがいつでもつまめる、ロールサンドイッチ。お手伝いをしてくれる3人の村娘たちのための、コラモドラゴンのベーコンサンドイッチとチョコレートムース。参拝を終えたひとびとにヒイラギのブーケと一緒に配る、ジンジャークッキー。

ジンジャークッキーはすでに仮眠前に焼いていて、作業台いっぱいに広げた網の上で冷しておいてある。すっかり冷えた、丸い形に抜いたクッキーを一つ手に取り、口に入れると、ほどよい甘さと、ショウガのピリッとしたほのかな香りが広がった。心なしか、月の光を吸って、美味しくなった、ような気がする。


(うん、上出来)


作業台のクッキーを、大きな瓶2つに詰め終わると、ニーナは腕まくりをした。

星鉱石をかまどにくべ、火を付けると、火がゆっくりと広がり、かまどの中で燃え始めた。

星鉱石は、落ちてきた流れ星の外側の鉱石で、石炭や木炭などに比べ火の持ちが良いため、料理の燃料としてよく使われている。かまどの火で少しずつあたたまっていく部屋の中で、クッキーの入った大瓶を、食器棚の空いているところに置く。


(まずは、パンから取り掛からないと)


あらかじめ発酵させておいたパンの生地を、保冷庫から取り出す。12時間ぶりの帰還だ。生地を常温に戻すため、かまどの近くの暖かく、火の風が直接当たらない所にボウルを移す。


(この時間に、スープの団子を作ってしまおう)


クリスマスのご馳走として出される食事は、地方によって異なるが、ニーナの住むこの地域では、伝統的に赤豆のシロップスープが作られる。秋に収穫された赤豆を乾燥させたものを水で戻し、ふっくらと炊き上げた豆に、たっぷりのシロップと少しのショウガを加えたスープだ。このスープに、小麦粉にセイタカブナの実を粉状にしたものを混ぜ、バターで練った団子を入れて食べる。

この赤豆のシロップスープも、2日前から煮ては火から外し、煮ては火から外しを繰り返して、すっかり豆が溶けてとろとろとしたスープになっている。今朝サトウシラカバの樹液を煮詰めたシロップをたっぷり入れて、コトコト煮込まれたスープは、温かな赤色をしている。

赤は太陽を表していて、祝いの席ではよく赤、月を表す白、星を表す黄色の食材が使われる。このスープに、これから団子を作って入れていく。


作業台に、小麦粉とセイタカブナの実の粉を混ぜたものをたっぷりと広げる。そこに、少しずつ、バターを加えては練り、バターを加えては練りを繰り返していく。

セイタカブナは成長が早い樹木の一つで、実も沢山付けることから、こちらも繁栄の象徴として、このあたりの地域では古くから祝いの席などに使われる食材の一つだ。

実をひいて粉にしたものがパンなどに入れられたり、スープの中に入れたりしてよく食べられている。ひとしずくの森にも自生していて、よくジョニーが沢山とって持ってきてくれたりする。


よく練った生地は、スープに入れる用に、小さく丸めて一つ一つ形を成形する。生地からは、セイタカブナの実のこうばしい香りがたっていて、このまま食べてしまいたい、とニーナは思わず丸めた生地の香りを吸い込んだ。


(このまま食べると、お腹、壊しちゃうんだけど)


セイタカブナの実は、森の主であるシュシュや、ヒイラギの準備を手伝ってくれた植物の精たちは生で食べることが出来るが、獣耳族のニーナや、ヒト族、こびと族など、多くの生物は生で食べることが出来ない。よく木の実をとってきてくれるジョニーも生では食べることが出来ないから、最初にこの実を食べると言ったとき、「だめだ、これには毒があるんだよ、お腹壊すぞ」と何度も言われたものだが、よく焼いたビスケットにしてプレゼントしたら、食べ物が増えたと大変喜ばれた事を、ふと思い出した。


丸められた団子を、次々に赤くて甘いスープの中に落としていく。入れ終わり、スープを一混ぜすると、沢山の団子がぷかりと浮いてくる。これで少し煮たら、火から外す。


(出す直前にもう一度あたためたら完成・・・あ、そろそろパン生地が常温に戻ってるかな)


ニーナは、オーブンのスイッチを入れると、かまどの近くで休ませていたパン生地を作業台の上に戻した。生地を3つに分け、一つ一つ、丁寧に麺棒でのばして空気を抜き、広がった生地をまとめて成形していく。

最後にくるくると生地を巻き、閉じ口をしっかりと繋げると、ロールパンのようなかわいい見た目になった。

食パン用の型に、まんべんなく油を塗る。これを怠ると、型に生地がくっついてしまって取れなくなってしまうから、丁寧な作業が必要だ。

型に油を塗り終えると、3つに分けた生地を型に入れる。ここから2次発酵だ。40℃にあたためたオーブンでさらに40分ほど発酵させる。


(さて、次はミートパイだ)


祝い事や行事で出され、特にクリスマスの時には、丸いものが月や太陽、金貨を表すという意味合いもあって、先ほどの団子の他に、丸く形を作ったミートパイは、この地域に限らずよく作られるメニューだ。

タマネギ、にんじん、セロリを細かくみじん切りにし、更に一緒に保冷庫から出した真珠ブタのブロック肉も大きめにみじん切りにしていく。

真珠ブタは、肉質が柔らかく、一般的に赤身と言われる部分の肉の色も白い珍しい肉で、こちらもクリスマスにはよく出される定番の食材だ。

フライパンに油を熱して、玉ねぎ、人参と真珠ブタのみじん切りを炒める。良い香りがしてきたら、セロリを入れ、更に少し炒める。しんなりしてきたら、塩、胡椒、ローズマリーで味付けと香り付けをする。このとき、檸檬の皮を少しだけ入れると、後味が爽やかになるのがミソだ。そして、十分に炒めていく。

このじっくり炒めていく過程が、ニーナは好きだった。数え切れないほど料理をしてきたけれど、肉が炒まって、すうっと色が変わる瞬間、肉から溶け出した脂で火が通っていく野菜の香り、漂うハーブの香り。

バットにまんべんなく広げ、粗熱を取る。少し水分が出るから、事前に作ってある今日の朝ご飯用のミネストローネに、野菜や肉の出汁の出た汁を入れる。無駄にはしない。

ミートパイの具の完成だ。


バットを作業台に移動させ、まな板、ナイフ、フライパンをさっと洗ってリセットしたら、続けてチョコレートムースをつくる。儀式の補助の手伝いをしてくれる、村の三人娘たちのためのデザートだ。

マリア、フェルクス、ランジャの三人娘は、みな気立てが良くて明るい子たちだ。特にランジャは食いしん坊で、他の子の2倍は食べるから、今年はちょっと多めに作ろうと考えていた。

食料庫から出した板状のチョコレートを作業台に出し、手で割る。ぱき、ぱき、という軽快な音とともに、チョコレートが割れて、カカオの良い香りがあたりに立ちこめていく。

つづいては卵。卵黄と卵白に分けた卵のうち、ボウルに卵白を入れて泡立て器でよく泡立てる。その昔、王都のケーキ屋で半年間働いていた時に職人の見よう見まねで練習し、その店で一番長い職人から「オマエ、見込みがあるな」と褒められた思い出があって、メレンゲ作りはニーナにとって数ある料理行程の中でも好きな時間の一つだ。今日は時間に余裕があるから、自動泡立て器も料理小屋にあるが、手で素早く泡立てていく。砂糖を1回、2回と分けて入れながらツノが立つまで泡立てる。この変化が、ニーナの心を満足させるのだ。


(綺麗に角が立った。今日も、うまくできたな)


ボウルにチョコレートを入れ、温かいお湯に当てて溶かしていく。温められたチョコレートはすぐ溶けるから、先ほど分けた卵黄を素早く入れて、よく混ぜ合わせる。ここで少しだけ、ラム酒なんかを入れたりすると、香り付けになるのだが、今日は何も入れないでおく。以前、何気なく出したチョコレートボンボンを食べたフェルクスが、すっかり酔っ払ってしまったことがあったから。

もう一つボウルを用意して、生クリームを入れ、泡立て器でちょっとゆるめに泡立てる。さっき作ったメレンゲがしぼんでしまうから、これは自動泡立て器を使って素早く。

あっという間にゆるめのクリームになったら、メレンゲを混ぜ合わせる。練らず、さっくりと混ぜるのがコツだ。このメレンゲクリームを、まずは少しだけチョコレートのボウルに入れて、混ぜ合わせる。よく混ざったら、このチョコメレンゲクリームを逆にメレンゲクリームに戻して、混ぜ合わせていく。


(入れるココットは・・・いや、ちょっと大きめのコップがいいかな・・・)


食器棚で少し悩む。大きめのコップは保冷庫に入りにくいから、なるべくココットがいい。でも、あの食いしん坊ちゃんたちが、こんなちいさなココットで満足できるだろうか。


(ムースも多めに作っちゃったし、ココット3つじゃ入りきらないか・・・いや、まてよ)


なにも3つだけ作ることはない。多めに作って、おかわりに出てきたら、きっと3人も喜ぶだろう。ニーナは同じ大きさのココットを6つ取り出した。

ココットを作業台に並べ、チョコクリームを丁寧に流し入れていく。


(あ、それでもちょっと余っちゃった)


もうひとまわり小さいココットを取り出す。これは自分の分だ。こういう余り物をつまみ食いできるのが、料理人の特権というもの。ボウルに残るムースに、ラム酒を3滴加えて軽く混ぜ、ちいさなココットに入れた。


(大人チョコムースの完成、っと)


7つのチョコムースを、保冷庫に入れ、冷やし固めれば完成だ。お昼までは長いが、その日中に食べれば長く保冷庫に入れてまずくなるわけではない。


ピーッ!ピーッ!


一息付けるか、と椅子に座ろうとした瞬間、オーブンのベルが鳴る。パンの2次発酵が終わったのだ。

ふう、小さく息を吐くと、エプロンの後ろ紐を結び直して、オーブンに向かう。

取り出されたパンは、2倍近く膨らんでいた。食パン型いっぱいに膨らむ生地を見て、ニーナはほっと肩をなで下ろす。

パンは生き物だから、日によって上手く膨らんでくれない時もある。生地の膨らみを見ながら、発酵時間を調整するのだが、今日は一発で決まってくれたようだ。


(よし、これで焼ける)


オーブンを予熱してパンを焼く準備に入る。余熱には少し時間がかかるから、この時間にサンドイッチの具を作り始めてしまおう。

今日作るサンドイッチは、3人娘用の大きなサンドイッチと、シュシュが一口で食べることの出来るちいさなロールサンドイッチだ。

具は、大きなサンドイッチはコラモドラゴンのベーコンサンド。たっぷりのハニーマスタードを塗ったパンに、フーが持ってきてくれたベーコンを分厚く切って、にんじんと雪カブのラペと、キャベツの酢漬けと一緒にはさむ。

ロールサンドイッチは、ハムサンドと卵サンド、それにジャムサンドだ。街に出たとき買ったハムにレタスをあわせたものと、卵サラダにハコロモの実の酢漬けのみじん切りを加えたもの。さらに秋に作ったコケモモのジャムを塗ったものを、くるくると巻いて食べやすく一口サイズに切ったものだ。


まずはラペ作り。村で取れたにんじんは鮮やかなオレンジ色をしている。その彩りの良さに、昔のひとびとが、赤やオレンジを太陽になぞらえた気持ちが分かる。雪カブは名の通り、雪のように白く美しい色をしている。先日食べたスープや出されていたカブの雪煮が美味しそうだったので、つい買ってしまったものだ。今日は雪煮で使われるようにすりおろすのではなく、千切りにする。

にんじんと雪カブを洗って、千切りにしていく。ちょっと前に村でフルシュタインさんにナイフの刃を研いでもらっているから、切れ味がよく、実が柔らかなカブだけでなく、にんじんのような堅い根菜でも楽に細く切ることが出来る。寧ろ切れすぎるから、いつもより慎重に切っていかなければいけないのだけど。

と、ここで、


ピーッ!ピーッ!


またオーブンのベルが鳴った。

余熱を終えたオーブンはすっかり庫内が温まり、熱々になっている。ニーナは少しオーブンの温度を落とすと、よく膨らんだパン生地の入った型を、オーブンの中に入れた。

ここから30分焼いて、パンの長旅がいよいよ終着する。


パンをオーブンに入れ終えると、ニーナはまた雪カブとにんじんの千切りに精を出す。とんとん、という小気味良い音と共に、みるみるうちにまな板の上がオレンジと白の千切りの山になった。

千切りを終え、塩もみに入る。色が混ざってしまうから、別々のボウルに、にんじんと雪カブを入れて軽く塩もみをしておいておく。このとき、浸透圧で水分が出て、パンに挟んだときにべちゃっとしてしまうから、塩が馴染んだら、よく絞らなくてはいけない。絞ったらレモンとオイルをあえて、干しレーズンを加えれば完成だ。

このラペを、焼いたベーコン


(しんなりするまでの時間で他のモノ、作っちゃいたいな)


にんじんと雪カブの入ったボウルを作業台の隅におくと、ここで、保冷庫からパイシートを取り出す。パイシートは、先日サーモンパイを作ったときに沢山作り置きしておいたものだ。クリスマスにミートパイを作ることは決まっていたから、この日を見越してあらかじめ作っておいたのが功を奏している。

パイシートを食べやすい大きさに手早く切り分けていく。そして、切ったパイシートに先ほど冷ましたミートソースをのせて、周囲に卵液を塗る。同じ大きさのパイシートをもう一枚かぶせ、ふちをフォークの背の部分でよく押さえてから、つや出しの卵液を塗っていく。これで、ミートパイの準備ができた。後はパンが焼き終わった後、続けてオーブンに入れて焼けば完成だ。

次は卵サラダ。茹でて殻をむいた卵をボウルに入れ、たっぷりのマヨネーズと、隠し味にマスタードを少し加えたら、潰すように、潰しすぎないようによく混ぜる。塩胡椒をして、ハコロモ草の実の酢漬けをみじん切りにしたものをアクセントに加えたら完成。とてもシンプルで簡単だが、間違いのないサンドイッチの具だ。

最後はハムサンド。これはもう、ニーナが余計な手を加えることはない。挟む直前にハムを切って、水気をよく切ったレタスを挟むだけだ。

ハムは真珠ブタのハム。白く口触りがしっとりとしていて、最初に食べたときとても感動したことを覚えている。

真珠ブタは高級品だから、こういったイベントの時にしかなかなか食べられないが、クリスマスの楽しみのひとつになるのだ。


(ハムとベーコン、どれくらい残ってたっけ)


保冷庫をあけて、真珠ブタのハムと、コラモドラゴンのベーコンを取り出した。白色のハムと、赤色のベーコンのコントラストが美しい。ベーコンはずっしりと重く、まだまだ使える量がありそうだ。

赤身(色は白いが)部分が美味しい真珠ブタと比べ、コラモドラゴンは油分が多く、少々臭みのある肉質だ。しかし、燻製にすると旨味が出てとてもジューシーに仕上がる。ベーコンに加工するのにぴったりの肉なのだ。


(ハムは今回が使いきりかな)


パンが焼き上がるのに、もう少し時間がある。パンに挟むのに粗熱を取る必要があるから、ハムとベーコンを焼いておこうと、ニーナはフライパンを取り出した。フライパンに火をかけて温める相田に、ベーコンとハムを切っていく。

ロールサンドイッチに使うハムは、巻きやすいように薄く。ベーコンは食べ応えがあるように、厚く。厚さが薄いハムを先に焼き、軽く炙る程度であげてバットにおく。そしして、分厚いベーコンを表裏返しながら、じっくりと焼いていく。

ベーコンはじわじわと焼かれ、香ばしい香りが、焼かれているパンの香りと一緒に部屋中に充満していく。まるで香りのサンドイッチだ。


ベーコンがすっかり焼き上がると、バットのハムの隣に鎮座させる。やはり分厚く切ると迫力が凄い。食べ盛りの若い三人娘も、満足してくれるだろう。

すると、


ピーッ!ピーッ!ピーッ!


本日3回目のオーブンのベルだ。遂にパンが焼けたのだ。


オーブンへ行き、ミトンをはめて慎重に取り出すと、芳醇な小麦の香りが、ぶわっと熱と共にニーナの鼻腔をくすぐった。

パンの膨らみも申し分ない。大成功だ。

急いで型から、クーラー用の網に取り出す。香ばしい色に染まったパンがお目見えだ。耳を澄ますと、ぱち、ぱち、という音も聞こえる。温かな湯気も立ち上っている。

焼きたてパンはとても美味しそうで、今すぐ食べてしまいたいが、パンはここから30分ほど置いておくのが定石だ。これにより、パンがよりしっとりと落ち着き、そして何より切りやすくなる。


(パンも焼けたし、これで一先ず、ちょっと休憩かな。なにか忘れてることは・・・あ、サンドイッチを包むラップ、用意しておかなくちゃ)


具材を挟んだサンドイッチは、紙に蜜蝋を塗ったラップでくるむ。具沢山のサンドイッチは形が崩れやすいから、ラップでサンドイッチ全体を包んでから切ると、失敗がないからだ。食器棚の引き出しに入れてある蜜蝋ラップを、作業台の上に準備しておく。


(あっ、ラペに塩が馴染んだ頃かも)


隅に置いたボウルを見ると、にんじんと雪カブがしなっと柔らかくなっている。今のタイミングでよく絞り、レモン汁と胡椒で味を付ける。ここに、サンドイッチにするときに粉チーズを振りかければ、水気がなくなり、パンに挟んだあと、長時間置いておいても、びちゃびちゃにならずに済む。


水気を切って味を付けたラペを、元にあった作業台の隅に置いて、ニーナは、大きく伸びをした。今準備できることは終わった。あとはパンが落ち着くのを待つばかりだ。


(そうだ。ちょっと早いけど、さっき作ったムース、食べちゃおう)


保冷庫を開けると、ムースが7つ並ぶ。そのうち、ニーナ用の、ちいさなココットに入ったムースを一つ、取り出す。そして、引き出しのスプーン入れからちいさなティースプーンを取り出すと、クリスマスツリーの見える窓際の椅子に座った。


(お、固まってる、固まってる)


ティースプーンで掬い、口に入れる。しゅわりという舌触りと、濃厚なチョコレートの風味が口の中いっぱいに広がっていく。

このレシピは、秋の月祭りの時、海辺の街からやってきたエルフ族の女性から教わったものだ。一度食べさせてもらったとき、あまりにも美味しくて、エルフの女性に質問攻めにして教えてもらったレシピだ。上手くいって良かった。あのときの味と同じ、とはいかないけれど。

小さいココットの中のムースは、あっという間にニーナのお腹に消えていった。名残惜しい。もう少し、多めに作れば良かったかな。


すっかり食べ終えたココットとティースプーンを置いて、ふと、顔を上げると、窓から見える空が白み始めていた。もう朝も近い。夜の紺色と、朝日の金色、そして其の間の色が、グラデーションのように空に広がっている。


(なんて、綺麗)


思わず見とれてしまう。紺色がどんどん薄くなり、金色に染まる瞬間を、ニーナは窓越しからずっと眺めていた。

やがて、金色の光が、森を包み込んでいく。朝だ。クリスマスの、美しい朝だ。


(さてと)


すっかり金色になった世界を見届けたニーナは、椅子から立ち上がった。すっかりパンも落ち着いた。最後の仕上げだ。

ニーナは腕まくりをして、エプロンの後ろ紐を結び直すと、パンを切るために作業台へと向かった。

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