オチタ、アカタ

百一 里優

戦隊ヒーロー、初出動

黄色おうしき、相手を良く見て、戦うんだ!」

 やられっぱなしの黄色に青柳あおやぎが助言する。

「いや、青柳よ、そう言うけど、相手は見えない妖怪じゃん!」

「俺には見える」

「俺には見えんのよ」

「そもそも、わたし、TVの特撮ものだと思ってオーディションに応募したんだけど」

 健闘する桃香ももかが愚痴をこぼす。

「桃香、お前が応募要項をちゃんと読まないからだ」

 見えない妖怪のひとりを青柳が組み敷きながら、桃香を見る。

「アオ君、って冷たいよね」

 妖怪の腹に鋭い蹴りを入れた桃香が、青柳を短く睨む。


〝これが僕たちの初出動だ。対妖怪部隊はいまや全国の各都道府県、政令都市にそれぞれひとつ以上設置されている。ここ横浜は都市規模が比較的大きいので五つの部隊がある。最新の部隊が僕たち横浜南部隊だ。

 装備であれば最新は最強と言えるのかもしれないが、妖怪戦隊・新人研修を受けたとはいえ、僕たちの部隊はほぼ寄せ集めの、まったく統率の取れていない新米部隊だ。しかも隊長の赤田あかたは、予算獲得の折衝のため霞ヶ岳かすみがたけに赴く幹部に同行していて、初出動というのに、この戦闘に参加していない。その割には、まだ隊の誰も妖怪に喰われていないのだから大したものである。

 ちなみ赤田は旧帝大出身のエリートだ。 彼にとって実戦部隊の隊長はキャリア形成の一環でしかなく、部隊研修の時も、指揮官を気取って、実妖怪を使った実戦講習では戦いにほとんど参加しなかった。

 副隊長の青柳は、桃香ちゃんの言うように、普段から他人のことなどどうでもいいという態度の奴だが、いざ本番となると、意外にも男気を見せ、黄色を助けたりしている。

 僧侶の血筋を引くらしい黄色は、化学で博士号を持つ男だが、このような現場に参加させられている。研究部門で、最近に激しく増加してきたインビジブル(不可視)妖怪への対応として、可視化物質を開発していたが、予算の削減が続き、遂に実戦部隊に回されてしまった。だから彼が戦いに弱いとしても、それは彼が責められるべきことではない。

 桃香は、応募要項もちゃんと読まないようないい加減な奴だ。こういう奴がいるから、実用文を読むような国語が教育の中心となってしまった。ただ、可愛いからすべて許す。それに子供の頃から中国拳法をやっていただけあって、さすがの闘いぶりだ。契約規定で、一度契約した者は最低三年は本職を辞することはできない、とブラック企業並の厳しい規定があり、桃香は仕方なく残っている。だが、僕は、桃香は自分で思うよりこの仕事に向いているのではないかと考えている。ルックスと運動能力を考えれば戦隊番組に出ていてもおかしくはないが、僕としては桃香ちゃんのような子と一緒に仕事ができて辛い日々の中にも幸せを感じている。〟


「おい、緑野、さっきからスマホばっかいじってて、全然戦ってないじゃないか!」

 副隊長の青柳が緑野みどりのを怒鳴る。

「ごめん、もうちょっとだけ」


〝僕、緑野信治は、小説家志望だ。教育予算を削減していったせいで、桃香ちゃんのように「純文学なんて読んでも暗いし、そもそも何書いてあるかよくわかんないし」という人間が増産されてしまった。因果関係ははっきりしないが、「教育水準が低下する中で妖怪が増加した」というのが、大方の妖怪専門家の見方だ。政治評論家は、選挙と利権しか頭にない無能な政権が続いた結果だと言うが、そもそも馬鹿な国民がそういう議員連中を当選させるのだから、国民が妖怪に喰われ、自らも妖怪になっていくのは、必然の結果だ。

 純文学で食っていこうなんて今時ほとんど奇蹟に近い話だし、僕もそういう覚悟で書いている。僕がここにいるのは飯を食うためだ。妖怪に喰われるためではない。僕には先祖代々から受け継いだ対妖怪バリア構成能力があるので、こうして妖怪に囲まれている中でも、こうして文章を書くことができるのだ。〟


「いやぁ、助けて」

 桃香が悲鳴を上げる。

 

〝桃香ちゃんの体勢から察するに、どうやら不可視淫欲妖怪に犯されかけているらしい。僕は文学をやる者らしく、こういうタイプの妖怪を密かに「淫靡いんび」と呼んでいる。

 って、これはさすがに助けないと……。〟


 緑野はそこまで書くと、対妖怪バリアを張ったまま、大きく脚を広げられて地面に横たわり必死に抵抗している桃香の上を、すれすれに飛ぶ。

 衝撃を感じたから確実に妖怪をヒットしたはずだ、と緑野は思う。インビジブル妖怪は過去にない種類の妖怪だから、バリア能力を持つ緑野でさえ、黄色同様、妖怪は見えない。そう言う意味では青柳も特殊能力の持ち主である。


「グッジョブ、緑野!」

 青柳が何かにのしかかりながら、叫ぶ。

 早くも立ち直った桃香が青柳に加勢する。

 黄色が手探りで見えない妖怪に妖怪拘束具を掛ける。


「ってかさ、緑野、もっと早く助けろよ」

 桃香が緑野にガンを飛ばす。緑野は思わず微笑む。

「なんで笑うんだよ。キモいな」

「まあ、こいつはこいつなり戦ったんだからいいじゃん。妖怪が出てきた時は、バリアで俺たちを囲って、心の準備をさせてくれたんだし」

 青柳が緑野を庇う。

「全部で何体いたんだ?」

 黄色が青柳に訊く。

「三体だ。最後に出てきたこいつが、一番の大物だったみたいだな」

 確かに、少し離れたところに、小型の妖怪拘束具がふたつ浮かんでいるように見える。


「や、なんとか間に合ったみたいだな」

 三体の妖怪を厳重に拘束するためにしゃがんでいた四人が、声のした方に顔を向ける。

「赤田、おっせえよ! もう片付いたよ」

 青柳はあきらめ顔で怒る。青柳には分かっていたのだ、赤田が戦いに参加する気のなかったことを。何しろ、週間妖怪予報で担当地区に出そうだと分かっていた日に、幹部との同行をセットしてたのだから。


「え、赤田、どこにいるの?」

 黄色が辺りを見回す。

 桃香と緑野も顔を見合わせる。


ちたか、赤田!」

 青柳は立ち上がると、声のした方に走り出す。

 黄色も桃香も緑野も素早く立ち上がり、青柳の後に続いた。 (了)

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オチタ、アカタ 百一 里優 @Momoi_Riyu

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