第4話 隠れ家 餃子
いつもなら直進するはずの道を左に曲がってみる。駅近くながら人気のない暗い小道。ストリートチックな壁の落書きや怪しげなラブホテルのネオン。平成初期を彷彿とさせる路地に足を伸ばした。
飲食店は数少なく、あってもケバブ屋くらい。ケバブは好物だけれども今じゃない、と言うより今夜の食事は決まっている。
周囲を怪しげな建物に囲まれたこれまた怪しげな雑居ビル……いやアパート。目立った看板は見当たらず飲食店があるとは思えないこの建物が今夜の目的地。数段の階段を登るとアパートの1階廊下は妖艶な光に包まれていた。
タイやフィリピンの隠れ酒場さながらなの雰囲気。目立ちづらいこの建物にたどり着いた者を歓迎する様なネオンに心躍った。一番奥に看板を構えるお店へ入るとまた違った雰囲気が広がっていた。
「らっしゃい」
昭和の家庭的な大衆居酒屋を思わせる店内は人で賑わっている。ほぼ満席。この隠れ家にたどり着いた強者達の宴が開かれていた。
カウンター席に案内され、メニュー表を手にする。
やっぱり、ここは噂通りメニューが……餃子しか無い。白飯すら置いていない真の餃子専門店。
更に驚くのが餃子バラエティ性。ニラやネギと言ったオーソドックスな餃子はもちろん、海老や牡蠣などの海鮮餃子。ジャガイモや椎茸と言った野菜に力を入れた餃子もある。
隣のお客に目をやると1個、拳2個半程度の大きさを誇る餃子を頬張っているのがわかる。
大きいッ‼︎
たくさん食べたいけど、1皿5個、それもあの大きさの餃子はとても数種類は食べきれない。
友人と来てシェアするのが正解だったのね……と肩を落とす私に助け舟がやってきた。
5個か3個で選べる……なら3個を2つ頼む!そうすれば2種類は食べられるわ!6個なら食えん事もない!
しばらくメニューを眺めた後店員さんに声をかける。
注文を受けてから手作りする餃子は言わずもがな到着にかなりの時間を要する。よく飲食店は早さを求められるが私にはそれがわからない。サラリーマンの昼食や駅の立ち食い蕎麦屋では確かに早さが何より重要だけれども個人の営む飲食店は私はいくらでも待てる。
店内の装飾を眺めたり、厨房の様子や他のお客の笑い声。それらを楽しめないものなのか……「遅いッ!」と口コミに文句を書く奴は全員罰金だ!
それから15分程度だろうか、注文の品が届く。先に届いたお茶を飲みながら待っていた私は2皿、計6個の餃子を前に手を合わせる。
「いただきます」
まず頂くのはネギ餃子。あれ?あんなにもバラエティ豊富なメニューの中で何故ネギなのかって……そりゃ、まずはオーソドックスな物を頂かないとその店を知る事が出来ないから。これはあくまで持論だけど。
餃子はまるで巨大艦隊。当然一口で食べ切れるはずもなく、熱々の皮と具にハフハフ言いながらもかぶりつく。
具はぎっしりと詰まっていて醤油をつけなくともニンニクやニラ、ネギの薬味たちが口内に健康かつ悪魔的な刺激を与える。
いつもの私ならこの旨味を白飯にバウンドさせたいと思うところだが今日ほど白飯が無くてよかったと思う日はそうない。
たった1つ食べ終えただけなのにお腹いっぱい、思わずお会計に走りそうになった。それくらいこの餃子1個のインパクトは凄いのだ。
「でも、んまいなぁ」
続いては牡蠣餃子。これはここに来る前から頼むと決めていた本命。けれども味の想像がつかない。さっぱりとポン酢や生姜醤油で食す事が主流な牡蠣を餃子に突っ込むなんてなんと人間離れした発想!
再び餃子の食べ方に苦戦を強いられても私は牡蠣を目指す。この広い餃子のどこかにブルンブルンな身をさらけ出して私を待っているのだから。
「いたいた」
牡蠣とご対面、それも餃子の中から。具にまみれた牡蠣はポン酢や生姜醤油とは一味違う美しさがあった。
それでいて牡蠣本来の味はしっかり残されている。ニンニクやひき肉を纏った事で文明開花を遂げていた。
「んまいなぁ」
それからネギ、牡蠣と忙しなく口に運んでいると最初はあれだけ大量に思えた餃子もいつの間にかあと1つ。
実際私の満腹中枢はとうに限界を超えているけれど具がたっぷりでシャキシャキとした食感、濃すぎるくらいの焼き目が織りなす香ばしさ。それらは無理やりに箸を動かす。
最後は具から溢れ出た牡蠣を酢醤油につけて完食。
餃子の具にバラエティ性が飛び込んだおかげで最後まで飽きずに巨大餃子を6個も食べる事が出来た驚きとそれを美味しくいただけたこのお店の技量に感謝したい。
「ごちそうさまでした」
餃子しか食べていないのにフルコースを食べたような満足感と余韻に浸りながら寒夜を進む。膨れた腹は幸福のバルーン。また行こう餃子の秘密基地。
大衆食事通 韮崎ニラ @guno2280
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