第3話 喫茶店 ハヤシライス

 時に私自身、今日のお昼は何にしましょうか?最寄り駅を降りた途端そのフレーズが舞い降りた。


 特別コレを食べたいと言うのは無く、ただひたすら商店街を闊歩する。この商店街は町中華が多くそそる匂いが充満しているのが悩みだ。中華の気分では無いのについつい店先のサンプルを眺めてしまう。


 焼売や餃子などの看板を無理矢理に通り過ぎて私は食べたいお店と出会った。


 煉瓦造りの建物に足を踏み入れる。細長い階段を上り、ただでさえ狭いのに置物やメニュー黒板が散乱しているお店入口へ辿り着く。


 扉を開け大袈裟とも取れる鈴の音と共に昭和へタイムスリップした様な店内を見渡した。スカートの様なカーテン、植物園にも負けない観葉植物、赤を基調とした見るからにフカフカなソファー席。そう、喫茶店はこうでなくっちゃ!


 耳を澄ませば辛うじて聞こえる音楽も席に着けば、マダムの談笑に掻き消される。それがなんだか落ち着くのだ。手書きのメニュー表を幾らか眺めて店員さんを呼ぶ。やがて季節外れのアロハシャツを着た女性が現れた。


「何になさいますかー?」


「ハヤシライスでお願いします。あと食後にコーヒーもよろしくです」


「かしこまりました」と冷水と温かなおしぼりを置いて店員さんは厨房へ向かっていった。


 隣マダムの談笑をBGMに適当に本を読みながら待つ事10分程度、ハヤシライスがやって来た。


 見た目は至って普通でそれと言って特徴が無いのが特徴。しかし生野菜のサラダと味噌汁までついてくるのが嬉しい。


 その中で私が最も目を惹くのが「お盆」だ。ステンレス製の銀メダルの如く輝くお盆。サイドには持ち手がついていて、それがまた可愛い。昭和レトロ通り越して大正ロマンまで感じる喫茶店。実に良い実に良い。


 まずはサラダから取り掛かる。フレンチソースにキャベツ、レタス、きゅうり、トマトが入ったサラダ。シャキシャキ食感も去る事ながら噛めば噛むほど水分が溢れ口内が潤うのを感じた。


 そしてお待ちかねハヤシライスをスプーンですくい上げる。ライスを割ると湯気が立ち込み食欲が増していく。


 パクッと一口頂くと、一気にトマトの香りが広がりトマトソースを食べているのかと錯覚するくらいにトマトで溢れていた。酸味が強くドミグラスは一切感じない。


 人によってはカレーを食べている気分になるかもしれない。


「んまいな……」


 更にビーフと一緒に食べる事で酸味の中に肉の旨味が交わり、いよいよハヤシライスらしくなる。なんかカレーとハヤシ両方を食べているお得感があって良い。


 ハヤシライスを食べ終えるタイミングで店員さんが食後のコーヒーを用意してくれた。


 そこで私は悩む。


 机上に鎮座するコーヒーと味噌汁。


 どちらも食後のケア、お口直してとして力を発揮する代物であるが2つ同時にあるのを見るとどちらから頂くべきか実に悩ましい。


 アルコール類を摂取した後は味噌汁が身体中に染み渡るが今はそうでは無い。となれば……締めはコーヒーが良い。


 油揚げとわかめの入ったシンプルで家庭的な味噌汁の温かさを味わいこれが日本を代表する汁物だなとしみじみ。それを一気にとは言わずチビチビと飲み進め器を空にする。


「ごちそうさまでした」


 すぐに店員さんがコーヒー以外のお皿を片付けてくれると、軽く会釈をして私は本を取り出しコーヒーを放置。


 そう、ここは喫茶店で多少の長居が許される読書家にとってオアシスとも言える場所である。もちろんファミレスでも良い。しかし私はマダムの声を聞きながら本を読むのが心地良くてたまらない。


 コーヒーも味噌汁同様にチビチビと飲み、優雅な時を過ごすのが喫茶店の醍醐味だと私は思う。これはあくまで私自身が納得する過ごし方であって喫茶店での過ごし方は各々好きな様に過ごすべきだ。


 スマートフォンをひたすらいじるもよし、絵を描くのも良し、仕事をするのも良し。お店の迷惑にならない程度にリラックスしながら内職が出来るのが嬉しい。


 コーヒー片手に過ごすこの時間が私、韮崎通にらさきつうは幸せなのである。




 


 


 


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