ヒロインに転生したので、学園一の不良を利用して、死にがちな最推しサブキャラを救おうと思います
紫陽花
第1話
ある春の日の朝、鏡の前で身だしなみを整えようとした私は、大変なことに気づいてしまった。
「私、乙女ゲームの世界に転生してる……!?」
間違いない。淡い桃色の髪に、エメラルドのような翠色の瞳、それにこの愛らしい顔立ち。今着ている制服だってそう。
私は、学園モノの乙女ゲーム『恋愛パズル♡アカデミア』通称『パズアカ』のヒロイン、リディア・エイムズに転生してしまったのだ。
(私、死んじゃったんだ……。全然そんな覚えがないけど、たぶん過労か交通事故なんだろうなぁ)
そんなことを考えながら、鏡の中の自分をまじまじと見つめる。さすがヒロイン。ものすごく可愛い。
「それにしても、最近は悪役令嬢に転生するのが流行ってると思ってたけど、私はヒロインなのね」
処刑の心配はしなくてよさそうだわ、とホッとしたところで、私はまたもや大変なことに気づく。
「待って、ここが『パズアカ』の世界ってことは、
私は学園の鞄を片手に、急いで部屋を飛び出したのだった。
◇◇◇
学園の裏庭の片隅で、私は胸を高鳴らせながら、
(ゲームの設定では、彼はこの場所がお気に入りだったはず。どうか会えますように……!)
木の陰で両手を握りしめ、祈る気持ちで待っていると、カサッと誰かが落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。音のしたほうへ慌てて顔を向ければ、そこには私の大好きなあの人が佇んでいた。
「今日は風が強いな……」
ひらひらと舞い散る花びらを背景に、物憂げな顔で空を見上げている。
(ああ……私の最推し、エリオット様……!)
きらめく銀髪に、アメジストのような紫色の瞳が美しい彼は、エリオット・ウェントワース様。『パズアカ』では攻略対象ではないサブキャラの第三王子なのだが、私の人生最推しのキャラクターだった。
あの陰のある儚げなビジュアルに、冷たさと甘さが同居する魅惑的なボイス。何事にも執着しない淡白な性格ながらも、動物には優しいところなど、私の性癖に刺さるポイントが盛りだくさんなのだ。
サブキャラとはいえ、一応ストーリー上のキーパーソンとなる人物だからか、攻略対象にも負けないほど美形なエリオット様。彼を攻略対象にしてくれなかった制作者を私がどれほど恨んだことか……。
それほどに愛して止まないエリオット様が、ここに生きて動いている。そのことに、私は心の底からの感動を覚えていた。
(あああ……何という圧倒的美しさ……それにあの美声……目も耳も浄化されていく……)
もっと近くで彼の姿を目に焼きつけたい。
そう思って一歩踏み出した瞬間、パキッと枯れ枝が折れる音が響いた。エリオット様が驚いたようにこちらを振り返り、私と目が合う。
(どっ、どどどどうしよう……!)
木の陰から身を乗り出し、赤らんだ顔で美男子を見つめる私──完全にイケメンへのストーカー行為に勤しむヤバい女にしか見えないだろう。というか、実際そうだ。
これはもう、ちゃんと礼儀正しく挨拶して、私が怪しい人物ではないことを分かってもらわなくては。
「エリオット様……お顔もお声も、すべてが尊いです……。この世に存在してくださって、本当にありがとうございます……!」
……まずい。エリオット様と出会えた興奮でいろいろ制御不能になったのか、オタク丸出しのセリフが勝手に口から飛び出してしまった。
しかも言いながら感極まって、涙まで流す始末だ。
これでは不審者疑惑を払拭するどころか、余計に説得力を持たせてしまう。
現に、エリオット様もわずかに怯えるように眉をひそめ、その場で固まっている。
(何やってるのよ、私……!)
最悪の第一印象になってしまったことを死ぬほど後悔しながら、私は凍りついたその場と現実から全力ダッシュで逃げ出したのだった。
◇◇◇
「はぁ……きっとヤバいストーカーだと思われただろうな……」
自分の迂闊さを呪いながらトボトボと歩いていた私は、ゲームのオープニングにも登場する学園の時計塔を目にして、またまた大事なことを思い出した。
「あれは、エリオット様が飛び降りてしまう時計塔じゃない!」
そう、原作ではほぼすべてのルートにおいて、エリオット様は己の人生を儚み、あの時計塔から飛び降りて自ら命を絶ってしまうのだ。
しかし、エリオット様が死なないルートが1つだけ存在していた。それが、バージルルート。
学園一の不良キャラ、バージル・アクロイドのルートに入ることで、バージルが素行を改め、エリオット様と出会って仲良くなり、エリオット様がこれからも生きようとするというエピソードがあるのだ。
幸いにも、今の私はこのゲームのヒロイン。
私がバージルルートに入れば、エリオット様は命を落とさずに済む。
「絶対に死なせないわ!」
始業の鐘が鳴り響く中、私は今は使われていない旧音楽室へと駆け出した。
◇◇◇
(たしかバージルは、いつも午前中はこの旧音楽室でサボっていたはず)
物音を立てないよう、こっそりと廊下側の窓から教室を覗くと、中にはどこから持ち込んだのか謎の立派なソファが鎮座し、そこにゲームで見覚えのある男子生徒が気怠げに寝転んでいた。
燃えるような真っ赤な髪に、鋭さのある金色の瞳。
さすが攻略対象だけあって、整った顔をしている。
ただ、制服をだらしなく着崩し、両耳にはたくさんピアスがついていて、どこからどう見ても不良だ。声をかけるのが非常に躊躇われる。
(めちゃくちゃ恫喝とかしてきそう……)
実は私は、ゲームでバージルを攻略していない。
バージルは自分の好みから一番外れていたので攻略の順番を後回しにしていたのだ。でも、ある日バージルルートに進めばエリオット様が死なないと知り、次はバージルを攻略しようとしていたら、その前に死んでしまったらしい。私が。
だから、どうすればバージルを落とせるのか、よく分かっていない。
(たしかバージルは情に厚くて、筋を通すタイプのキャラだったから、ストレートにぶつかるのが一番効くかも……?)
私は意を決して教室の扉を開け、ソファに歩み寄って膝をつくと、怪訝な顔でこちらを見つめるバージルに向かって祈りのポーズを取った。
「バージル・アクロイド様! 私、リディア・エイムズといいます。大変恐れ入りますが、私と付き合ってください……!」
「……どういうことだよ」
ああ? うぜえ、消えろブス、くらいのことは言われるかと覚悟していたが、案外普通の反応で少しだけ安堵する。とりあえず理由を尋ねられたので、うまく説明しなくては。
「幸せにしたいんです。私の大切なエリオット様を」
「俺じゃないのかよ」
「す、すみません、正直言ってバージル様は私のタイプではなくて……」
「マジで正直だな」
「でも、バージル様が私を好きになってくれないと、エリオット様が死んでしまうんです……!」
「どういう理屈だよ。つーか、エリオットって誰なんだよ」
「あっ、エリオット様は──」
「あ〜、もういい。俺、外行くわ」
私はエリオット様について語ろうとしたが、バージルは心底面倒くさそうに溜め息をついて、「マジ訳わかんねえ」と言いながら教室を出ていってしまった。
「あああ、やっちゃった……」
私は頭を抱えてうずくまる。
せっかくバージルと会話できたのに、私の説明が下手くそだったばかりにチャンスをふいにしてしまった。今後は警戒されて距離を置かれてしまうかもしれない。
──でも。
私はすっくと立ち上がって拳を握った。
「エリオット様のためだもの。諦めてたまるもんですか!」
それから私は、バージルの追っかけを始めたのだった。
◇◇◇
「バージル様、おはようございます! いい朝ですね」
「またお前かよ。こっち来んな」
「バージル様、音楽室に花があるといいと思って飾ってみました。いかがですか?」
「お前しつこいぞ。勝手なことすんな」
「バージル様、今朝寝坊してしまって……遅れてごめんなさい!」
「別にお前を待ったりしてねえよ」
「へへ、ですよね。それにしても、全力で走ったら疲れちゃいました」
「何やってんだよ。……ほら、飴でも舐めて落ち着け」
「ありがとうございます! わ、美味しいです!」
「……ガキかよ、まったく」
「バージル様、今日は人気のお菓子を買ってきました。10時のおやつにいかがですか?」
「いらねえって」
「でも、これ私のおすすめなので……」
「……チッ、買ってきたもんは仕方ねえから食ってやるよ」
「ありがとうございます!」
「つーか、なんでお前まで毎日サボってんだよ」
「ふふっ、バージル様と仲良くなりたくて」
「ほんと、なんなんだよお前……」
最初は冷たくあしらわれるばかりだったものの、懲りずに交流を重ねることで、次第に面倒くさがられながらも会話してくれるようになり、そのうち子分認定されたのか少しだけ気遣ってもらえるようになった。
(これって、バージルが素行を改めている状態……つまり、バージルルートに入ったのでは……?)
であれば、そろそろバージルがエリオット様と出会って仲良くなるイベントがあるはずだ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていた、そのとき。
まさに今思い浮かべていた人物が目の前に現れて、私は心臓が止まるかと思った。
「エ、エリオット様……」
庭園での邂逅……というかストーキング以来、エリオット様と顔を合わせるのは初めてだ。今日も完璧な造形美で後光が差して見える。
(ひえっ……不意打ちでこの美しさはもはや凶器……でもエリオット様のお顔を見て死ねるなら本望──)
あまりにも神々しい美貌を前にして思わず倒れそうになると、なんとエリオット様が慌てたように私の体を支えてくださった。
「大丈夫か!?」
(なっ……! エリオット様の御手が私の体に触れている……???)
これは気を失っている場合ではない。
この尊い温もりをしっかりと肌で覚えておかなくては。
そんなやや変態じみた意気込みで私は正気に戻り(戻ってない)、エリオット様の腕の中で体を起こした。
「エリオット様、助けてくださってありがとうございます」
「いや……大丈夫か?」
「はい、もう平気です」
「それならよかった」
ああ、推しの腕の中に収まりながら、体調の心配までしてもらえるなんて……。もしエリオットルートが存在していたら、こんな感じなのかしら……。
そんな風に幸せに浸っていると、エリオット様が私を抱きかかえたまま、その麗しいお顔をぐっと近づけてきた。
「リディア嬢……」
憂いを帯びた声が私の名前を呼ぶ。
(推しの口から自分の名前が出てくる幸せ……)
その破壊力にまた死にそうになりながら、私はあれっと思った。
(エリオット様は、私の名前をご存知なの?)
もしかして私のことが気になって名前をお調べに……? と一瞬舞い上がってしまったが、よく考えたら要注意ストーカーとして調査されてしまっただけかもしれない。いや、そうに決まっている。
(でも、今倒れそうだったのを助けてくださったということは、嫌われている訳ではない……?)
頭の中でぐるぐると考えていると、エリオット様がそのしなやかな指で私の頬にそっと触れる。
「君はなぜ……」
(なっ、なななななっなぜ……とは……!?)
さらなる濃厚接触の緊急事態に頭が爆発寸前になっている私に、エリオット様が苦しそうに問いかける。
「──なぜ、彼とばかり一緒にいるんだ?」
(彼……? もしかして、バージルのこと?)
よく一緒にいる男の人といえば、バージルくらいしかいない。
でも、一緒にいる理由がエリオット様が死ぬのを食い止めるためだなんて、本人に言うのは憚られるし、言ったところで信じてもらえないかもしれない。
どう答えようかと躊躇っていると、サッとエリオット様の顔色が変わった。
「……もしかして、彼に脅されて一緒にいるのか?」
「い、いえ! 決してそんなことは……むしろ私が……」
むしろ「好きになってもらわないと人が死ぬ」だなんて言い出す私のほうが、脅迫している立場に近い。
でも、私の態度をどうとったのか、エリオット様は悲痛な顔をして目を伏せた。
「……じゃあ、まさか彼のことを──? ……だめだ。それなら僕はもう死ぬしかない……」
エリオット様の発言に、私は息が止まりそうなほどのショックを受けた。
(え……どうして!? エリオット様が死なないように頑張っていたのに!)
私が何か間違ってしまったのだろうか。
バージルルートに入ればエリオット様は死なないはずだと思っていたけど、他に何かの条件が必要だったのだろうか。
それとも、まだバージルルートに入れていなかった……?
(どうしよう……もう取り返しはつかないの……?)
エリオット様が死んでしまうかもしれないという恐怖で泣きそうになっていると、ふいに場違いに大きな声が響いた。
「お、リディアじゃねえか」
(あれ、バージル?)
声の主はバージルだった。
(はっ、そうだわ。ここでバージルとエリオット様が出会って仲良くなれば、エリオット様生存ルートに入れるかもしれない……!)
と思ったのだけれど。
「……バージル・アクロイドだな。馴れ馴れしくリディア嬢を呼び捨てにするな」
なぜかエリオット様が憎しみのこもったような目でバージルを睨んでいる。
「あ? なんだてめえ。そっちこそリディアに何してんだ」
バージルも不良らしさ剥き出しの臨戦態勢だ。
全然素行が改まってなどいなかった。
「これ以上、彼女に近づかないでもらいたい」
「は? 最初に俺に近づいてきたのはこいつのほうだぞ」
「……それでも、お前のような不良はリディア嬢に相応しくない」
「はあ? 何様だてめえ」
どんどん険悪な空気になっていき、このままでは殴り合いでも始まってしまいそうだ。
(と、とにかく二人を落ち着かせないと……!)
「バージル様! エリオット様! ちょっと待ってください!」
私が大声で二人を制すると、バージルがぽかんとしたような顔を見せた後、いきなり笑い出した。
「あー、お前がエリオットか。そのうち面を拝んでやろうと思ってたんだ」
そうして私とエリオット様に近づくと、まるでエリオット様を品定めするように上から下へと視線を走らせる。
「へぇ、たしかに見た目はいいな」
「じろじろ見るな。僕とリディア嬢から離れろ」
「……ただ口が悪いな。リディアが言ってたのと全然違うじゃねえか」
バージルの失礼な一言に、エリオット様が反応する。
「……リディア嬢が僕の話を──?」
えっ、気になるのはそこですか、と思っていると、バージルがふっと笑みを浮かべた。
「何を言ってたか知りたいか?」
「知りたい」
食い気味で答えるエリオット様に、バージルが愉快そうに口の端を上げる。
「なーんてな、教えねえよ」
「お前……!」
(バージル、なに子供みたいなことしてるのよ……)
そんなことで張り合ったところで何にもならないのに、不良の習性でとりあえずマウントを取ろうとしているのだろうか。
しばらく睨み合っていた二人だったが、やがてバージルがとんでもない爆弾を投下した。
「──お前、リディアのことが好きなのか?」
さすが学園一の不良。デリカシーというものを微塵も持ち合わせていないようだ。
(いやいやいや、そんな奇跡が起こったら、カーニバルの衣装を着て踊りながら学園中にお金をばら撒いてやるわよ!)
あんな最悪の第一印象を与えてしまったうえに、それから今まで一度も会話を交わしていないのだ。エリオット様が私に好意を抱くなんてあり得ない……と、思ったのに。
「──ああ、そうだよ」
……………………えっ?
エリオット様が私のことを……?
いつのまにか奇跡が起こっていた……?
驚きすぎて、とてもすぐには信じられない。それに、エリオット様に好きになってもらえるような出来事なんてあっただろうか。
「どうして……?」
私の呟きを拾ったエリオット様が、ぽつりと返事をする。
「君が、言ってくれたから」
「え……?」
エリオット様が寂しそうにうつむく。
「──……僕は、生まれてはいけない人間だったんだ。だから、誰からも大事にされなかった」
大事にされなかった……?
エリオット様はこの国の王子様なのに、どういうことだろう。
「リディア嬢は、僕の噂を聞いたことがないか?」
「噂、ですか?」
空き時間があればエリオット様のストーキングか、バージルの攻略に勤しんでいた私は、人の噂話など気にもしていなかった。
首を傾げる私に、エリオット様が自嘲するような笑みを浮かべて言う。
「……僕は、王妃の不義の子だって」
「えっ!?」
エリオット様のまさかの告白に、私は動揺を隠しきれない。
ゲームでは、エリオット様の詳しい話は描かれていなかったから、そんなことまったく知らなかった。
バージルも驚いたのか、わずかに目を見開く。不真面目で社交界のことにも無関心だから、バージルもこの噂のことは知らなかったのかもしれない。
「僕のこの銀髪と紫色の瞳……。母とも陛下とも全然違う」
エリオット様の言うとおり、国王陛下は黒髪に青い瞳、王妃は金髪に赤い瞳だ。
「でも、僕と同じ色を持つ人が一人だけいて……」
「──近衛騎士団長だった伯爵か」
バージルが呟いた。
「……そうだ。僕は母が伯爵と不倫して生まれた子だと言われている」
「そんな……」
「十年ほど前にそんな噂が流れ、王宮内でも僕の顔つきが伯爵に似ているのではないかと囁かれた。母も伯爵も事実無根だと否定したが、誰も信じてくれなかった。伯爵は僻地に飛ばされ、母は王宮でほぼ軟禁状態になった。そして僕は周囲から不義の子だとして冷遇された。母は僕を慈しんでくれたが、なぜこんな姿に産んでしまったのかといつも苦しんでいた」
エリオット様が切なそうに顔を歪める。
「だから、僕は自分が大嫌いだった。こんな僕なんていないほうがいい。いっそのこと死んでしまおうと思っていたのに、リディア嬢があんなことを言うから……」
「あんなこと……?」
身に覚えのない私に、エリオット様が優しい目を向ける。
「君は、僕のことを尊いと……存在してくれてありがとうと言ってくれた。そんな風に言ってもらえたのは初めてだった。すごく、嬉しかったんだ」
私のあんなオタクじみた言葉をそんな風に感じていたなんて……。なんとなく申し訳ないような気がしてしまうが、それでエリオット様の孤独が癒されたのなら、あのときの自分を褒めてやりたい。
「君がいるなら、こんな僕でも生きていたいと思ったんだ。でも……君のそばには、いつもバージルがいた」
エリオット様が落ち込んだように目を伏せる。
(あ、それは……)
なんて説明したらいいだろうかと悩んでいたら、横からバージルの大きな溜め息が聞こえた。
「──こいつ、1ヶ月も俺に付きまとってきたんだぜ。毎日毎日、飽きもせずによ」
「ちょっ、バージル様!?」
「いいから、黙ってろ」
突然誤解を招くようなことを言い始めたバージルを慌てて止めようとすると、逆に私がバージルに止められてしまった。
エリオット様が苛立っているような、苦々しそうな表情でバージルを睨む。
「なぁ、エリオット。なんでだと思う?」
「なんでって……それはやはりリディア嬢がお前のことを……」
エリオット様の言葉を最後まで聞くことなく、バージルが笑う。
「こいつ、お前のことを助けたいからって、俺を追いかけ回してたんだぜ。俺ならきっとお前を救えるからって。お前に幸せになってもらいたいって」
バージルの言葉に、エリオット様が「え……?」と驚いたように声を漏らす。
「それから、お前の見た目がどれだけ好きだとか、姿を見れたら1日中幸せだ、声を聞けるだけで嬉しくて涙が出る、お前が自分の生きる希望だとか、聞いてもねえのに延々語ってくれて、相手するのがマジで大変だったわ」
いきなりバージルから私の痛すぎる発言の数々を暴露され、全身から汗が噴き出す。あまりの羞恥に真っ赤になりながらエリオット様の様子を窺うと、なぜか泣きそうな顔になったエリオット様と目が合った。
「俺とリディアは何でもない。リディアは隙あれば嬉しそうにお前の話ばかりしてくるような奴だ。……そんだけ他の男が好きな女に惚れるほど、俺は馬鹿じゃねえよ」
その場に固まったまま動かないエリオット様の背中を、バージルがバンと叩く。
「ほら、お前も男だろ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
バージルに文字どおり背中を押されたエリオット様が、一歩私に近づき、真剣な眼差しを向ける。
「リディア嬢、僕は君が好きだ。君のそばにいたい。君と一緒なら、こんな僕でも幸せになれると思う」
エリオット様の言葉に、思わず涙がこぼれる。
私を好きだと言ってくださったこともそうだけれど、エリオット様が幸せな未来を思い描いてくれたことが何よりも嬉しい。
「はい、私がきっとエリオット様を幸せにします! 今こそ、乙女ゲームヒロインの力の使いどころです」
「おとめげーむひろいん……?」
不思議そうな顔でこちらを見つめるエリオット様に、私はにっこりと微笑み返した。
◇◇◇
「──さあ、これで証明できましたね。エリオット様は正真正銘、国王陛下と王妃殿下の間に生まれた御子です」
王宮の広間に私の声が響く。
目の前の宙空には、エリオット様のステータスが映し出されていた。
「おお……これが聖女様の『鑑定』スキル!」
「たしかに、《父》の欄に国王陛下、《母》の欄に王妃殿下のお名前、それに《直系王族》と書いてあるぞ……!」
乙女ゲームヒロインであり、この世界の聖女である私が持っているスキルの1つ『鑑定』──鑑定対象に関する詳細情報を視覚化するスキルだ。
前世知識を生かし、ものの数週間で秘められた力を覚醒させ、攻略済み(?)の不良とともに王国を救うイベントをこなして聖女と認められた私は、自身のお披露目の場となる王宮の夜会で、この鑑定のスキルを発揮したのだった。
夜会に集う王族や貴族たちに、エリオット様の出自の誤解を正してもらうために。
「ふむふむ──」
王国の宰相を務める侯爵が、宙を見上げて鑑定結果の続きを読み上げる。
髪色:白銀、瞳の色:紫。
性格:繊細、一途
特性:文武両道、あらゆる才能を持つ
好きなもの:動物、植物、リディア嬢
将来の夢:リディア嬢と結婚。子供は3人を希望──
(ちょ、ちょっと待った!)
私は大慌てで鑑定結果を消し去る。
(なんか今、すごく恥ずかしいことが書いてなかった……!?)
招待客たちがざわつく中、私はコホンと咳払いする。
「で、では皆様、これでエリオット様が紛れもない直系の王子殿下であることが証明されました。今後はくだらない噂に惑わされませんようお願い申し上げます」
翌日、王妃殿下の軟禁は解かれ、エリオット様にも新たに立派な宮が与えられた。
また、僻地に飛ばれていた元近衛騎士団長も王都に呼び戻されることとなった。
ちなみに、その後、陛下の命令により徹底的に調査された結果、噂を流したのは元近衛騎士団長を妬んでいた副団長だったことが分かった。
スキャンダルで元団長を失脚させ、自分が後釜に座ったのだった。しかし、真実が明らかになり、その座は剥奪された。これからさらに大きな報いが返ってくることになるだろう。
そして王妃殿下と元近衛騎士団長は、やはりやましい関係などではなかった。ただ、それぞれの母方が実は遠い親戚同士で、祖先に銀髪と紫瞳を持つ人物がいたらしい。
つまり、エリオット様と元団長の色彩は、きっとその隔世遺伝だったのだろう。顔つきが似ていると言われたのも、遠い親戚であればありえる話だ。
こうして、今までエリオット様を苦しめた噂は完全に間違いであることが証明され、エリオット様の不名誉はようやく晴らされたのだった。
◇◇◇
「リディア嬢、こっちのケーキも美味しいから食べてごらん。ほら、口を開けて」
エリオット様がケーキよりも甘い笑顔を浮かべて、チョコレートケーキが刺さったフォークを私の目の前に差し出す。
嬉しいけれど恥ずかしくて戸惑っていると、横から「ハッ」と小さな笑い声が聞こえてきた。
「馬鹿だなエリオット。リディアはチョコレートケーキよりチーズケーキのほうが好きなんだよ」
なぜかバージルが分かったような顔でエリオット様にマウントを取っている。
「……バージル、今はデート中だから気を利かせてどこかに行ってくれないか」
「そう言われても、俺はエリオットの護衛騎士だからな」
「こんな平和なカフェでまで張りつく必要はないだろう」
バージルは私と王国救済イベントをクリアした結果、伝説の剣の持ち主となった。
その功績により、バージルは近衛騎士団に迎えられ、国王陛下の護衛騎士に打診されていたのだが、彼はそれを断ってエリオット様の護衛騎士になりたいと申し出たのだった。
「そっちのほうが楽できそうだったから」なんてバージルは言っていたが、意外に世話好きで情に厚い性格だから、これまでずっと孤独だったエリオット様の力になってあげたくなったのかもしれない。
そしてエリオット様がそれを受け入れたのも、人間不信の彼にとって一番信頼できるのがバージルだったからなのかもしれない。
ただ、主人と護衛騎士というよりは、普通の男友達のような関係に見えるけれど。
「エリオット様、バージル様」
「なんだい、リディア嬢?」
「どうした、リディア?」
同じタイミングでこちらを向く二人が、なんだかとても気が合っているように見えて、思わず笑ってしまう。
「エリオット様、バージル様。私、毎日がとっても楽しくて幸せです」
そう、心からの思いを伝えると、エリオット様のお顔に泣き笑いのような表情が浮かんだ。
「ああ、僕も毎日、本当に幸せだ。リディア嬢に出会えてよかった。僕と母を救ってくれてありがとう。僕の生きる希望になってくれてありがとう」
私のようなオタクには勿体ないくらいの嬉しい言葉だ。その言葉の重みを胸に刻み込む。
そうしてしばらく沈黙が続いたあと、エリオット様が少し目を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「……あと、バージルにも感謝している。僕のために、いろいろありがとう」
「ふっ、お前ら二人とも、アホだし危なっかしくて放っとけねえからな」
バージルが笑いながら、私とエリオット様の頭をわしゃわしゃと撫でる。
……こんな展開、原作の乙女ゲームには存在しなかった。
でも、推しを幸せにするためなら原作なんて関係ない。
私は二人の手を取って笑いかける。
「これからみんなで、真のハッピーエンディングを目指しましょうね!」
「真の……?」
エリオット様が一瞬、首を傾げながらも、幸せそうな声音で答える。
「ああ、死ぬまで一生、絶対に君を離さない」
私の手を握りしめ、すばらしく綺麗な顔で微笑むエリオット様。その隣で、バージルが呆れたように呟く。
「お前、独占欲もほどほどにしろよ……」
私は今日も推しの尊い笑顔を間近で見られることに感謝しながら、エリオット様が差し出してきたチーズケーキをぱくりと頬張った。
ヒロインに転生したので、学園一の不良を利用して、死にがちな最推しサブキャラを救おうと思います 紫陽花 @ajisai_ajisai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます