エピローグ 先生に宿題を出された

 魔族による首都襲撃は、世界を震撼させた。


 だが、犠牲者が極めて少なかったこと。また、その混乱を収めたのが、国家が多額の税金を投じて作った戦学院の生徒たちであったこと。さらに、その指導者が敗戦国の元王女であり、聖女の教師であったことは、図らずも国家の軍事戦略の正しさを証明することになった。


 いや、正確には、政府がずさんな警備体制への非難を目くらましするために、盛んにそう喧伝したといった方がより正確だろうか。


 そして、とある冬の放課後、ナインはアイシアの執務室に呼び出されていた。


 八畳ほどの部屋には、ベッドと文机、そして本棚と、色味の少ない実用一辺倒の家具が整然と配置されている。


 窓の外では、粉雪がしんしんと降っていた。


「――ということで、ナインくんには近々、政府より国家英雄勲章、警察より一級救護感謝状、街からパンゲア名誉市民賞、学校からはラーゲア学院生殿堂入りの権利、あ、あと、もはやおまけみたいになっちゃってますが、成績トップの生徒に対する総長賞もありましたね」


 文机の前の椅子に腰かけたアイシアが、呪文のようにずらずらと並べ立てる。


「ふーん、それって、なんか金目の物でも貰えるのか?」


 ナインは小指で耳の穴をほじりながら尋ねる。


 正直、どうでもいい。


 むしろ、くだらない式典への参加を強制されるのが迷惑ですらあった。


「いえ。どれも名誉称号ですから、特には。ああ、でも、総長賞ではペンが貰えます」


「なんだよ。大層な名前の割にはケチくさいな」


 ナインは肩をすくめる。


「そんな邪険にしないでください。とっても名誉なことなんですよ」


 アイシアは困ったように眉をひそめる。


「そう言われてもな……。あっ、そういや、あれはないのか?」


 ナインは思い出したように手を叩く。


「はい? あれとは?」


 アイシアがとぼけた表情で首を傾げる。


「ほら、アイシアポイントってやつ。いいことをしたら、くれるんじゃないのか。あー、楽しみだな」


 ナインはからかうように言った。


「そうですね……。では、ナインくんには、マイナス10000アイシアポイントを差し上げます」


 アイシアが無表情に告げる。


「は? なんでだよ! ヘレンを助けただけで100ポイントなんだから、あれだけの人数を助けたら、十万ポイントくらいもらえてもいいんじゃないか? 少なくともマイナスはないだろ!」


「異論は認めません」


「あ? なら配点を教えろよ配点を。先生いつも配点を見てからテストに挑めって言ってるだろうが!」


「嫌です。基準は公表しません」


「先生、もしかして、まだキスしたことなんか怒ってんのか? 別に減る訳でもないし、膜さえ残ってりゃ聖性は復活するんだし、そんなに気にするなよ」


 あれきり、ナインはアイシアの笑顔を見ていない。


 でも、心なしか感情を露わにしてくる機会は増えた気がする。


「怒ってません。でも、宿題を増やします。マイナス一万ポイントの特典です」


「はいはい。わかりましたよ、泣き虫先生」


 これ以上は藪蛇だと判断したナインは、そう言い捨てて踵を返す。


「泣き虫じゃありません!」


「はっ、そんな殺気丸出しの攻撃が当たる訳ないだろ」


 ナインはさらりと身をひるがえす。


 枕がドアに当たって落ちる。


 そのまま、ナインは部屋を出た。


「はあ、全く、ナインくんは。マイナス10000ポイントに決まってるじゃないですか」


 アイシアは椅子から立ち上がり、拾い上げた枕を抱きしめて、ベッドに身を投げ出す。


「――だって、生徒と教師の恋愛は、禁則事項ですからね」


 窓の外の雪を見遣り、唇を撫でる。


 その呟きが、ナインに届くことはなかった。



****************あとがき*****************

 堕ちたな(確信)

 ということで、このエピソードをもちまして、本作は一応完結となります。

 ここまで拙作にお付き合いくださった皆様に、厚く御礼申し上げます。

 続編は今の所は考えておりませんが、結構気分次第でころころ変わるので、あっさり再開するかもしれません。

 以上です。

 もし拙作を面白いと思って頂けましたら、★やお気に入りなどの形で評価して頂けると、執筆の励みになります。

 改めて、ここまでお読みくださり、まことにありがとうございました。

 

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