第25話 蒔田様のお荷物②(最終話)

 闇のトンネルを抜けて大鳥居の前に出ると、双子の門番が寄って来た。

「今日は仕事か」

 甲比売がまつりの持つ茶封筒を見た。

「ええ、今まで私のこと、インチキって言ってた坊主から頼まれたの」

 ギャフンと言わせてやるわと意気揚々と大鳥居の中に入っていった。人別庁の窓口はいつもの女性で、配達伝票を見せると、しばしお待ちをと言って見に行ってくれた。奥の方にある机の後ろに溌比古がいて、書面に目を通していた。まつりに気付いて、会釈してきたが、前世の高照光比売に求愛したということを聞いたので、なんとなく気まずかった。それに、若日子に無邪気に甘えたり、寄り添って寝たりしたことが思い出されて、知らなかったとはいえ、悪いことしたような気持ちになった。

 女性が首を傾げながら戻ってきた。

「比売命様、この方は死者の中にはいません」

「えっ、そんなはずは……」

 確かに亡くなったと言っていた。それなのに、人別庁の人別帳に載っていないなどあるのか。

「まさか、あいつ……」

 自分を試そうとしたのか。いないはずの死者へ渡してきたと言ったら、やっぱりインチキじゃないかと笑うつもりだったとか。だが、そこまで人が悪いとは思いたくなかった。カラスから助けてくれたし、坂上からも助けてくれた。だから、どうしてこんなことをしたのか、疑問だった。

 戻って問い詰めてやると大鳥居まで戻った。

「あれ、もう配達したのか」

 乙彦が尋ねてきたが、黙って首を振って、現世に戻った。

 現世に戻ると、もう夜中になっていた。明日朝、お寺に乗り込んでやって、とっちめてやるとベッドの中で思った。

 翌朝、七時には自宅を出た。坊主の朝は早い。5時には起きているので、訪ねるのに7時は早くはない。朝食も済んでいるだろう。秀念の家である寺は小高い丘の上にある。まつりも通っていた保育園と墓地が併設されていて、本堂の他、鐘楼や講堂などもある、なかなかの構えの寺だ。

 白い息を吐きながら、到着、少し上がっている息を整えて、裏手の勝手口の呼び鈴を押すと、中からはーいと返事がして、割烹着姿の中年の女性が出てきた。まつりを見て、あらまあと驚いていた。

「まつりちゃん、久しぶりね、どうしたの、こんな早くから」

「おはようございます、おばさん、ご無沙汰してます」

 住職の奥様で秀念のお母さんだ。六十代の住職とは年が離れていて、まだ四十代のはずだ。

「秀念君、いますか、ちょっと用事があって」

 おばさんはちらっと後ろを見てから、呼んでくるわと三和土から上がって、中へ入っていった。

 しばらく待っていると、外から声が掛かった。

「どうした、早かったな、もう行ってきたのか」

 秀念が手に箒を持って立っていた。まつりはちょっと来てと勝手口から出て、戸を閉めると、玉砂利を踏みながら、境内の大きな杉の木まで連れて行った。秀念が頭を下げた。

「今までインチキなんて言って悪かった。その……本当だったんだな、あんな、壁の中に吸い込まれていくなんて、驚いた」

 だが、まつりはその謝罪を無視して、整った眉を吊り上げて右の手で拳を握った。

「なんで、こんなことしたの!?住谷さんってヒト、死者のリストに載ってなかったわ、嘘言って私を試したのね、ひどいわ!」

 秀念が戸惑った様子で首を振った。

「いや、嘘じゃない、住谷さん、確かに亡くなっている。そんな嘘までついて、おまえを試そうなんてこと、しない」

「だって、死者のリストの人別帳に載っていなかったのよ、幽世にはいないの!」

 憤りに目を赤くして声を荒げるまつりに秀念も怒鳴りかえしていた。

「確かに亡くなってる!骨壺の中までは見てないけど、四十九日で納骨したんだ!」

 まつりもそこまで言われては訳が分からず、言いよどんでいると、秀念も肩で息をして、首を傾げた。

「おまえが、あの世に行ってるってことは……この目であんな現象見せられたら信じるしかないけど、その、死者のリストに載っていないってことは、まだ成仏せずに現世に留まってるってことなのか」

 それはまつりが否定した。魂魄が現世に留まることはないのだ。

「おかしいな、住谷さんの奥さんが、現地に行って、遺体を確認して荼毘に伏したって言ってたし……」

 まつりがはっと目を見開いた。

「ちょっと待って!現地って、住谷さん、どこで亡くなったの!?」

 秀念がああと頷いた。

「出張でインドネシアに行ってて、脳溢血で亡くなったって」

 まつりがあんぐりと口を開けて、はあと息をついだ。それがどうかしたのかと尋ねる秀念を見上げた。

「死者はその亡くなった土地に紐づいている冥界に魂魄が引かれていくの。私の行っている幽世は、日本で亡くなった死者が逝くところなの」

 インドネシアで亡くなったのなら、その土地の冥界に行ったはずだ。

「だから人別帳に載っていなかったんだわ」

 秀念が、とすると、外国人でも日本で亡くなったら、まつりの行っている幽世に逝くってことかと聞いてきたので、頷いた。

「外国人に会ったことはないけど、そのはずよ」

 秀念がそうかと険しい目でまつりの手にある経本の入っている茶封筒を見つめた、

「それなら、仕方ないか」

秀念は、まつりが返してきた経本と料金の返金を受け取った。


 事務所に戻って、デスクの上を片付けていると、淳基が出社してきた。まつりがいることに驚いていたが、事情を聞き、そういうケースもあるのかと、またホームページに記載しましょうと提案すると、まつりが首を振った。

「もう、会社辞めようかと思ってるの」

「えっ、なんで」

 急な話に淳基が戸惑っていると、まつりが肩を落とした。

「せっかく依頼が来たのに、配達できない地域があるなんて、運送会社としてなってないじゃない」

 淳基がラテアートを作りながら、励ました。

「海外じゃ、仕方ないですよ、国内限定でいいじゃないですか、今までのお客様、喜んでくださってますよ」

 あ、嶋田さんは違うかと思いながらも、顧客満足度90%はいっている、胸張っていいと思うと、かわいい猫のラテアートを描いて、まつりのデスクに置いた。

「そうかしら、このまま続けていいかしら」

 まつりは、秀念の依頼を果たせなかったことが悔やまれていた。せっかく信じてくれるようになったのに、お届けできないなんて……。思いついて伏せていた顔を上げた。

「そうだ、インドネシアに行けば、あちらのあの世に行けるかも!」

 突拍子もない話にあわてて淳基が止めた。

「インドネシアに行くって、いくらかかると思ってるんですか、秀念さんが払う訳ないでしょう!」

 それに行けるという保証もない。

「依頼を不履行したんだから、会社で負担して、行くわよ」

 そんな金ない!淳基が泡食って否定していると、ピンポンが鳴った。淳基がダッシュでドアに駆け寄った。

「いらっしゃいませ!」

 ドアの前には秀念が立っていた。まさか、クレーム言いに来た?淳基が身構えると、秀念が中を覗き込んだ。

「まつり、いるか」

 まつりがデスクから出ていくと、秀念が中に入ってきて、茶封筒を差し出した。

「な、俺、やっぱり、住谷さんに謝りたいんだ。インドネシアに行けば、あっちのあの世に行けるんじゃないか」

 まつりも同じことを考えていたと茶封筒を受け取った。淳基が倒産だとデスクに顔を伏せた。秀念が懐から別の茶封筒を出してきた。

「これで、インドネシアに行って向こうであの世に行ってみてくれ」

 まつりが封筒を開けて、中を見た。万札が何十枚か入っていた。まつりがその封筒を突っ返した。

「うちの会社が不履行したんだから、うちの負担で行ってくるわよ」

 ついに淳基がふたりの前に飛び出した。

「出してくれるっていうんだから、いだだきましょうよ!ね、ね、遠慮しなくていいですよね!?」

 秀念にすがるように叫んだ。あまりに必死な様子に秀念が引きつりながら淳基に茶封筒を渡した。

「ああ、遠慮なく受け取ってくれ」

 まだまつりが不満そうだったので、秀念があきれた。

「そんなに意固地になるなよ、配達に掛かる費用は払う。向こうで住谷さんに会ったら、よろしく言ってくれ」

 わかったわとまつりが了解したので、淳基がようやくほっとして茶封筒を握りしめた。


 最初は秀念の費用で渡航することに文句を言っていたまつりもパスポートを取り、旅行会社に予約を入れて、出発の日が近づいてくると、楽しそうに旅の準備をしていた。淳基が現金なものだとあきれたが、所長らしいと思った。こまめにLINEで連絡くれるようにしっかりと頼んだ。

「随時秀念さんには様子を伝えますから」

 淳基が直接秀念とLINEするよう勧めたが、まつりが、会社として連絡してちょうだいと言い張ったので、そういうまどろっこしいことになっていた。

「ところで、言葉とか大丈夫なんですか、海外のあの世で」

 淳基が心配すると、まつりがあっさりと返した。

「魂魄だもの、言葉なんて関係ないわよ……たぶん」

 最後がちょっとあやしかったが、ほとんど心配していない様子に、相変わらずお気楽だなと笑った。

 出発当日、成田空港まで、秀念が車で送ってくれた。搭乗手続きに向かうまつりに、秀念が声をかけ、手を差し出した。

「気をつけていけよ」

 秀念の差し出す手に一瞬戸惑ったが、握り返して、まつりがにこっと笑った。

「ありがと、これで弊社もついにグローバルな配送会社として、世界に羽ばたけるわ」

 一緒に来ていた淳基と秀念が顔を見合わせて苦笑しながら、まつりを見送った。搭乗した飛行機が飛び去るまで、青い空を見上げていた。


 ついにグローバル企業として海外への配達を始めた『カクリヨ宅配便』、さて、今後も、さまざまなお荷物を幽世にお届けしていきます。

 あなたも、身近な人、親しい人、愛する人に渡したかったもの、贈りたかったもの、見せたかったもの、言えなかったこと、そうしたものを渡せないまま、伝えられないままになってしまったとしたら。是非、わたくしどもカクリヨ宅配便にお気軽にお問い合わせください。

 お待ち申し上げております。《完》

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