第24話 蒔田様のお荷物①

 現世に戻ると……二週間経っていた。『幽世』で過すよりさらに時間が掛かっている。驚いて、ユニフォームのまま、2階の事務所に向かった。丁度淳基がバイトに出掛けるところに出会った。まつりを見て驚いた。

「所長!?いったい何しに『幽世』にいってたんですか!?依頼もないのに」

 半べそかいている。心配していたのだろう。

「ごめんなさい、『常世』に行くよう呼ばれたの、そのまま行ってしまったから。LINEもしなくて、心配かけたわね」

 淳基が、話は明日聞きますと言って、バイトに出掛けて行った。事務所に入ってデスクを見ると、淳基のメモが貼ってあった。

《所長へ 『幽世』に行くならLINEしてください。事情分からなくて心配です。帰ったらすぐにLINEください。淳基》

 改定すると言っていたパンフレットやホームページのラフや大家の大和田さんの来訪記録などが置かれていた。申し訳なさでいっぱいになった。

 TwitterのDMやら、メールやらも依頼以外のものには返信してあって、依頼もないようで、溜まっていることはなにもなかった。

 夕方、着物に着替えて、小料理屋「こずえ」にバイトに向かうと、一度淳基がやってきて、しばらく帰ってこないようだと言ってきたとおかみから聞いた。

「今回はずいぶん長くかかったのね」

 まつりがたすきを掛けながら申し訳なさそうに首を折った。

「それがね、『常世』って神様たちがいるところに呼ばれて、ちょっと話してきただけなのに、二週間も経ってたの」

 おかみがへえと感心していた。

「まつりちゃん、神様の生まれ変わりって言ってたものね、神様とお話してきても不思議じゃないわね」

 まつりが、しばらく宅配便の仕事はないようなので、お手伝い頑張るわと言うと、おかみがよろしくね、あてにしないでいるけどとちょっぴり皮肉られた。

 何組かの馴染みのお客と談笑しながら、お酌をして、帰って行った後の片づけをしていると、格子戸がガラっと開いて、あまり会いたくない人物が入って来た。

「いらっしゃい…」

 まつりが、挨拶仕掛けてくるっと背を向け、厨房に入ろうとした。

「今日はいるのか、まったく、何日も休んで、おかみさんに迷惑かけるなよ」

 言わずと知れた秀念である。振り向かず言い返した。

「おかみさんはちゃんとわたしの仕事を信じて、わかってくれてるの!応援してくれてるの!」

 おかみさんも迷惑じゃないわよと笑っていた。秀念が珍しくそれ以上は皮肉らず、話があるとまつりを呼んだ。

「何よ、こっちは話しなんてないけど」

 先だってのカラス襲撃のとき、抱き上げられたことが思い出されて、いつも以上に素っ気ない態度を取ってしまった。秀念は眉間に皺を寄せたが、いいから聞けとカウンターに手招いた。真剣なその様子にまつりもいつもとは違うと感じて、話を聞くことにした。

「先月、檀家さんのひとりが脳溢血で亡くなって、昨日四十九日だったんだが」

 先祖代々の檀家で、お寺の行事には必ず出席して、寺の清掃や手伝いもしてくれて、それは熱心に信心していたのだという。

「前、説法の後、聞かれたことがあったんだ。ずっと徳を積んできたから、亡くなったら極楽へ行けますよねって」

 秀念は勿論と答えたが、まつりが本当にあの世に行っているとしたら、そこは自分たちが説法してきた極楽なのだろうかと疑問に思ったのだ。そこでカクリヨ宅配便のホームページを見てみると、どうも幽世は蓮の花咲き乱れ、仏が迎え入れてくれる極楽というより、のどかな田舎の風景のように紹介されていた。

「もし……もし、住谷さんが、おまえがいう幽世に行ってたとしたら、極楽でないとがっかりしているんじゃないかと思って」

 申し訳ないことをしたと謝りたいと言ってきた。

 まつりが驚いて目を見開いたままだった。あの秀念が、まつりがあの世に行ってることを信じるのかと。

「どういう風の吹き回しかしら、あんなにインチキって言ってたのに」

 秀念がむっとしながらも、肩で息をついた。

「正直、半信半疑だ。でも、もし本当ならと思って」

 懐から、経本を出してきた。細長くて折り畳み式の本のようなものだ。

「俺が書いたお経だ。最後に詫びも書いてある。これを届けてほしい」

 受取り、ぱらりと開いた。とても綺麗な字だった。

「字、キレイだわ、あんた、お習字はいつも優秀賞だったものね」

 一旦、経本を秀念に返した。

「明日、午前中に事務所に来てくれる?配達伝票に記入してほしいから。住谷さんの没年月日とフルネーム、確認してきて」

 わかったと経本を懐に戻し、一杯だけ飲んで帰って行った。


 翌日、早めに出社したまつりは、淳基に『常世』で常世大神と会って、初詣ランキングトップ10になるにはどうすればよいかと聞かれたと話すと、大爆笑された。

「自ら出向くような勢いだったから、止めたわ」

 賢明だったと淳基もそう思った。今の世に神様がいきなり現れたら、パニックだろう。科学者たちは発狂するかも。マスコミも大騒ぎ。大混乱になりそうだ。まつりのしていることもおおごとなのだが、信じる者だけが頼みにくるのでこれ以上の騒動にはならないだろう。もう少し依頼がくればなあという、気持はあるが。

 10時過ぎにインターフォンが鳴って、淳基が開けると、秀念が立っていた。

「いらっしゃい、どうぞ」

 ソファーを勧め、日本茶を出していると、まつりがユニフォームに着替えて入ってきた。ユニフォーム姿は初めてだったので秀念が面食らった。

「すっかり宅配便のねえちゃんだな」

 拗ねた様子でプイと横を向いた。それでも配達伝票を持って向かい側に座った。

「こちらにご記入ください」

 秀念が記入している間に、淳基が、小さな茶袋を用意して、持って来た。経本を受け取り、茶封筒に入れて封をし、伝票を貼り付けた。一枚目を秀念に渡した。

「料金は5000円です」

 秀念が懐から長財布を出して、一万円札を出した。

「釣りはいらないから」

 まつりがいいえと言って、淳基にお釣をと手を振った。淳基が千円札五枚用意して、秀念の前に置いた。

「お釣です、料金以上はいただきません」

 秀念がふっと笑って札を長財布に納めた。立ち上がった秀念にまつりが待つように言い、荷物を持って、壁に向かった。淳基が下げようとしたお茶碗を戻した。

「まさか、秀念さんの前で!?」

「行ってくるわね」

 手のひらを翳し、唱えた。

「祓え給い清め給いて、ここに道開かん」

 壁が水面のように揺らめき、まつりがその中へゆるりと入っていった。

 秀念が驚きのあまり、ソファーに倒れ込んで、ひっくり返ったのは、淳基しか知らない。

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