事実としての悲劇は、小説程奇妙な物ではない。唯目を覆いたくなる程無味乾燥としたゴミクズだ。


「そろそろ十二時か、もう家を出た方がいいんじゃないか」

日付が変わる直前に神社に向かう。日を跨ぐくらいに手を合わせれば年を跨いで参拝した事になる、というのが二年参りという物である。


「いや、まだいいだろ」

時計の針は十一時四十五分を指している。

「あと十五分しかないじゃねえか。余裕を見て今から外出てもいいんじゃないか」

本田め、わが城に来るのはこれが初めてではないだろうに、愚にもつかないことを言う。


「この時計は十五分遅れているって言っただろう」

本田はノートパソコンを開いて時刻を確認する。

「ほんとだ」

「だろ」

「時に、叉場殿、時計を遅らせている事に意味はあるのかね。聞く限りじゃあ不便ではないのかのう」


「さてね、何の間違えか僕は時間を操る能力を得ちまったらしくて、制御は効かないんだがどうも我が城に入ると時間は十五分進み、出ると十五分時間が逆行するらしい。この能力に僕は遅刻の危機を何度救われた事か」

「ははあ」

「まあそんな訳でまた、外に出れば時間が十五分巻き戻るからそんなに焦らなくてもいいって事さ」


まあ、でもこの空白となった十五分をどう過ごしたものか、僕には見当もつかないんだがね。

「なあ、役者も増えた事だし、今度こそ芝居をやらないか」

「確かに。四人位だったら何とかなるか」

これまでの時間でアイデアも纏まったことだし。

「おい。起きろ、起きろ」

本田はかなり容赦なくガーボーをゆすった。もっと丁寧に起こしたっていいんじゃないのかと少し思うが、まあガーボーまあならいいかと考えを改めた。


「ああああああああ!!揺らさないで!!落ちる!落ちちゃうから!!ぎゃあああああああ!!」

「うっせえ!」

「はっ!!」

恐らく、断末魔に勝る叫び声を上げ、彼女は目覚めた。


「うわ!誰だこいつ!」

目が覚めるやいなや、飛びのいて幾つかの酒瓶を倒した。カランカランと音を立て、酒瓶は転がっていく。


「彼はカンバリ入道さん。一夜の友さ」

「ふうん。まあどうなろうとやるんでしょ」

と、彼女は起きたばかりなのにグラスにはいった酒を飲み干した。ああ、それはカンバリ入道さんが飲んでた酒だ。まあいいや。

ガーボーには言わないようにしよう。


10


カンバリ入道さんは裸足に下駄と、12月にしては寒いような格好で、僕らも外に出た。十二時ももう直ぐ回るというのに彼女は起きる気配がない。

外に出てみれば思いの外人で賑わっている。老若男女、二人三人固まって各々神社に向かっている。


住吉神社というのがここいらで一番大きな神社だ。なんでも海の神様を祀っている神社らしく、この称津市にある四つの大きな神社の内の一つを締めるという。他三つも祀られた神は違えど海になんらかのゆかりのある神社だという。それも当然のことで、僕の自宅はアパートの三階にあるが、そこから海が臨める。


何にせよ、僕らは住吉神社を目指して歩き始めた。

そろそろ今年が終わる。僕はふと、空を見上げた。その挙動に時間は凡そ一秒にも満たない。僕は今年、これを三千と、百五十三万と六千秒繰り返した。

暦はそんな途方もない積み重ねを無慈悲にもただの数字として2009から2010に変えるだけで済まそうとしている。なんとなく、悲しいね。


まあいい。四人で歩きながら、こうやって過ごす大晦日も悪くない。

さあ、そんな大晦日にスパイスを一つ。

僕と本田は示し合わせ、呆けているガーボーを横目に言葉を吐く。

「さあ、この世に蔓延る遍くカップル共を虐殺しろ。遊天飛大殺将軍」

「あいわかった」


一つ返事で、安易に地獄の幕が上がった。

彼はいつのまにか腰に差していた刀をカチリと抜き放つ。いやいやまさか。玩具だろう。だが、知らないおっさんがいつの間にかトイレにいて、それだけでもおかしいのに、こいつはよくよく本物と見違えるくらい立派な刀を持っているんだぞ。


彼は手始めに隣で幸せそうに喋っていたカップルを切りつけた。彼らはマンガみたいに真っ二つになる訳でもなく、破けた服をものすごい勢いで血で濡らし、やがて戸惑ったまま倒れ込んだ。

これは、冗談じゃないな。


と、言葉になるはずもなく、僕らは固まっていた。その間にも遊天飛大殺将軍は通りのカップル共を切り付けていく。尊い命がいとも簡単に奪われていく。そうだ。弄ぶように。こんな下らない理由で人が死んでいいはずがない。例えいくら恨めしい存在であってもだ。


鮮血が、トポトポと路上に満ちていく。悲鳴が上がる。動いているのは遊天飛大殺将軍だけだ。これは、あってはいけない光景だ。だが、それがありきたりな日常の延長線上にあるために、現実とあまりに強固な関係があるために。その違和感に僕は今ひとつ実感がなかった。


違う。その時だけは、この光景に僕が、少しでも加担している事を思い出す事だけは避けたかった。


眼前は、血で満たされていた。

「どうした。神社へ行くんじゃなかったのか」


動くべきだ。何か、体を動かすべきだ。滞留した思考を鮮鋭化し、この状況を解き明かすために動くべきだ。一番の悪手は何もしない事だ。

「い、行こう」

「行くのか?」


視界が広がった。傍には固まっている本田とへたり込んでいるガーボーがいる。しかし、全身の筋肉が固まり、僕の意識以外なにも言う事を聞かない。

「どうした?行かないのか?」

「行こう」

「こ、殺されないか?」

もう自分でも何を言っているのかわからなかった。一言一句、僕の口から発する音が自分の、なんらかの意図が込められていると言う事が酷く脆い地盤の上に成り立っているように思えた。少しぶれれば崩れてしまいそうだ。

「だって、年の瀬だから」


そうして、僕は、覚束ない足を踏み出した。


「わしは先ず、この町の番を全員殺してくるから。先に神社で待っていておくれ」


と、通りの角へ彼は消えて行った。その姿に、一滴の血もついていなかった。


「ごめんなさい。もうやめて下さい。お願いです。カンバリ入道さん」


その後彼は住吉神社に鎮座する事になった。彼は、お供物にはとびっきりの贅沢品を用意してくれと言っていたから。僕らは誰もいないマクドナルドへ行ってダブルチーズバーガーを二つ買った。それぞれのバンズの上下を取り、合体させた。天衣無縫の傑作、クワトロチーズバーガーをお供えした。


出来る事なら記録にすら残したくはない。これはそう、僕らにとっての、本来の意味での黒歴史になる。





話すことがもう辛いから、ここいらで筆を折る事にするよ。

良いお年を。

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カンバリ入道杜鵑 たひにたひ @kiitomosu

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