真打登場!さりとて今日も今日とて世界が滅ぶ・・・・



「という訳で、カンバリ入道さんらしいです」

「馬鹿な」


トイレから出て、慣れた友人にすら愛想笑いをしてしまう僕と、その後ろに妙に落ち着いて突っ立つカンバリ入道さん。本田はしばらくの間固まっていたがやっぱり彼もどうでも良くなったようで漸くいつも通りの笑顔を見せた。


「それじゃあカンバリ入道さんは一番奥に座って」

「あいわかった。それでは失敬して」

ただでさえ窮屈な部屋に人が足されてもはや歩く場所すら無いが、これはこれで賑やかでまあ良いじゃないか。


「さあさあ、飲んで食って下さい。折角の元旦ですし」

「宜しいのでござるか」

確かに、今が大晦日じゃあなかったらただの不審者だけれど、ちょっと汚い恰好してるから彼もまたあぶれ者なんだろう。だったら今ばかりは僕ら無二の友となろう。

そういう訳で僕はガーボーのグラスをカンバリ入道さんに回し、そこに少し残った白菊を注ぐ。


「いやいや、本当は会った人殺しちゃうんでしょう?何もしないだけでも我々十分貴方の恩恵に預かってるんだから。ねえ?」

「ああ、うん。そうだな」

呆けていた本田もぶっきらぼうに答える。そうすればカンバリ入道さんは俯いたかと思うと額に手を当てて苦しそうな顔をする。


「どうしたんですか」

「いや、なんだ、現世もまだ捨てたもんじゃないなと。勝手に悲観しておった自分の不甲斐なさを悔やみたい気分じゃ」

ははあ、妖怪というのは人間みたいに感情を持っているのか。現世がなんだというからには記憶も多少持っているものなのか、妖怪に会って実際話すのは初めてだからどう応対したものか全くわからない。

こんな事があるのだったら予め妖怪にあった時に質問する事を考えておけば良かったか。


「カンバリ入道さん、それで僕らは見逃してくれるんですか」

「こんなに優しくしてくれたおんしらをを取って殺したりはせんよ。全く恐ろしい事だわ。

それどころかわしはわしを呼んでくれた者の願いを叶えてやると心に決めておったのじゃ」


「願いを叶えるとは」

そうかあ、どこぞのランプに入っていた大魔神みたいな。


「そうじゃのう、例えば厠が比較的汚れなくなるまじないを教えるとか」

「いらないね」

「いらんな」

確かに、トイレを掃除するのは嫌だけど、なんでも願いをかなえてくれるなんて状況でそんな願いありえないだろう。


「願いねえ、それじゃあアマギフ10万円分とか」

本田はまずそんな無理難題をふっかけていった。文明のぶの字も知らんような妖怪にそんな高度な物分かる訳ないだろう。


「アマギフとはなんじゃ。すまんが分からぬものを与える事はできん」

そうだよね。でも、そうなるとやっぱりトイレが汚れにくくなるとかいう魔法をかけて貰うのが一番かもな。


「おんしらなんでそんな具体的な願い事をするんじゃ。もっとこう、年頃の若いものだったら待ち人が欲しいとかそういうなじゃないのか」

「女なんか要らないよ、色々面倒くさいんだろ」

なんだ、まるで彼女でもいたかのような口ぶりだな。全くこいつは本当に容姿だけ見れば彼女がいてもおかしくはないんだがなあ。


そうだ、忘れていたが僕ら三人がこうして元旦に集まったのはある目的のためだった。本田よ、思い出せ。


「カップル虐殺」


「虐殺とな、随分物騒な言葉が飛び出したのう」

本田も思い出したようでうっすらと笑みを浮かべている。そうだ。鍋はこの世の遍くカップル共を釜殺する一つの方法なんだと僕らは信じてここに集まった。


「それで、出来ますかカンバリ入道さん」

腕を組み、少し唸っている。


「まあ出来なくはないか」

おいおい、マジかよ。出来んのかよ。いざ出来るとなるとこんなに物騒な話はないな。冗談交じりでいっていたから何とかやってこれたのにな。

僕と本田は顔を見合わせる。


「なあ、どうする?」

「まあ、お前念願だってずっと言ってたし。いいんじゃないか?カンバリ入道さんが殺すんだろ?勝手にやってくれるんなら折角だしやらせてみようぜ」

「おいおい。わしはあくまでおんしらが願ったからこそやるんじゃぞ。なんだその他人行儀は」


「カンバリ入道さん。警察ってものが現代にはありましてね。僕らがお願いしたっていう事実があるとその、殺人教唆?とかいう罪に問われる可能性があるんですよ」

「はあ」


「勿論カップル虐殺の件はお願いしますよ。でもあくまでカンバリ入道さんがやったっていう体面でいきましょう。だってカンバリ入道さん妖怪だし、流石に妖怪を法ではさばけないだろうからさ」


カンバリ入道さんは暫く呆けていたが、そのあと何度か頷き、飲み込んだようだ。

「まあおんしらは恩人だからの。言う通りにするとしよう。あと、何時でも始められるから。準備が出来たらわしの本当の名前を呼んでくれ」

「本当の名前?カンバリ入道じゃなくて?」

分かんないよ。大問題じゃないか。


そもそもなんで本当の名前なんて言う必要があるんだよ。それとカップル虐殺とがどう関係するんだよ。

「いやあ、カップル虐殺は今の力じゃあ流石に無理じゃからのう。カンバリ入道なんて滑稽な名前わしも別に好きじゃないから。ああ全く、ちょっくらお隣さんの国を荒らし回ってやろうと思ったらのう、鳥山石燕とかいう餓鬼に力を名前に封じられてしまってのう。」


お隣ってことは中国とか朝鮮から来たのか。流石にロシアなんてことはないだろうから。

「だったらその本当の名前は何て言うんです?」

「はっはっは!!自分の口から言えたら苦労しないわい。事実改変が必要なんじゃよ。

わしら妖怪は存在自体曖昧な物じゃし、そのうえわしみたいなこんな妖怪、いまじゃあ誰も知らないと来てる。本当は事実を改変するのも簡単じゃないがこの状況だったら容易い事よ。比較的な」


恐らく認知かなんかの問題なんだろう。さておき僕らはあんたの別称なんか知らないから。年の瀬ということもあるし、図書館は閉まっている。そうなれば必然的にパソコンだな。

と、考える間に本田はノートパソコンを開き、カンバリ入道について検索していた。冷静にディスプレイを見つめる彼の横顔はやっぱり整っていた。こんなこと僕が考えたって何にもならんが。


「ああ、あったぞ。ウィキだが。ちょっと読み上げてみるか。『大晦日の夜 厠にゆきて がんばり入道郭公と唱ふれば、妖怪を見ざるよし。世俗のしる所也 もろこしにては遊天飛騎大殺将軍といえり。人に禍福をあたふと云。郭登郭公同日の談なるべし』だってさ」

詰まるところ。彼の本当の名前は『遊天飛大殺将軍』というようだ。

「それじゃあやっちゃって下さい。ゆうてん」

「まあ待て」

「なんだよ」

「せっかくなら年の変わり目に実行しようや」


確かに。どうしてその考えにたどり着かなかったのだろう。我ながら、混乱していたみたいだ。そうだ。その方がきっと綺麗だ。

「そうか。まあわしは何時でも構わんから」

よし、よし、それじゃあ十二時に実行だな。


改めて、少し緊張してきたな。もしかしたら、本当にカップル虐殺が本当に達せられるかもしれないからな。


「大丈夫か?」

「ああ、すまない」

どうやら息が上がってしまっていたようだ。

「まあ、なんだ。

気楽にいこうぜ。何か話をしよう。他愛もない話だが。


再来年、世界が滅ぶらしいぞ」

ううむ、再来年といえば2012年である。世界が滅ぶなんて言説が流布していたのがまだ21世紀になる前だから。僕らが小学生の時、やたら騒いでいた記憶があるばかり。まあ、実際世界が滅亡したら僕らはこの場にいない訳で、21世紀になっても世界がそのまま動くだろう事は皆騒ぎながらも知っていたに違いないだろう。


「1999年だったらノートルダムの大予言、今度はどうやって世界は滅ぶんだ?」

本田は口を開けたまま時々目をぱちぱちさせて、のぼせた様な声で言う。

「なんでもマヤ文明で使われていたカレンダーが終わるらしい」


鍋の中で、野菜が浮いている。白菜、豆腐、餅巾着、椎茸、僕は箸で鍋からそれらを一通りつまんでからなんとなく考えた。

カレンダーなんて一年で必ず終わるものだ。マヤであれエジプトであれカレンダーごときがどうして世界の終わりに繋がるんだ。


「俺が見たのはなんかの雑誌のオカルト特集だった。マヤのカレンダーというのには単位があって、途方もなく長い周期と、長い周期、それから普通の周期、そうやって細かく細分化されていく。


それで、再来年終わろうとしているのがその途方もなく長い周期というわけだ。途方もなく長いカレンダーの周期をバクトゥンといい、それは294年だそうだ。

マヤがカレンダーを刻み始めてから再来年で13バクトゥン、マヤの人々は13という数字に特別なものを見出している様だった。最も、どうして大事にしているのかという一番大事なところをあの雑誌は書いてなかったが」

13な。先の13階段の話といい確かに良い印象は抱かないが。


「しかしそれはあくまでマヤの人々の世界観だろ?世界の裏側の、それも数百年前に滅んだ人々の世界観がどうして僕たちを終末へ導くんだ」

所詮、眉唾だって事はわかっている。世紀の変わり目で地球滅亡だと騒いでいた小学生の僕だって本当に世界が滅ぶなんて微塵も思っていなかったし。


「ただ、気になるがね。世界が滅ぶってどんなんだろうと。

なあ。ワクワクしないか。例えば今年の初雪を見た時。週始めの月曜日、巨大台風が列島を直撃すると報道した気象予報士の戯言をを普段ほんの少し参考にする程度だが、そんな時ばかりは預言者の授かった言葉のように熱烈に信仰するじゃないか。


期待しちゃわないか?世界が滅ぶということに。世界が滅ぶ事で俺の生活はどう変わっていくのだろうか。天上から神が現れ、罪深き者と聖人を区別してそれぞれ地獄と天国に連れていくのか?それとも世界の滅亡という一大イベントを機に、この人生というゲームが終わり、瓶詰めにされた脳みそとして退廃した世界に目覚めるのか」


本田は日本目の日本酒の酒瓶をグラスへ傾けた。そして餅巾着を一つ。

「まあなんだ。マヤの世界観じゃあ世界の滅亡は何度か起こっている事らしい。世界に君臨する神がその都度代わり、その度に世界は洪水とか、旱魃で滅んじまうらしい。全く、そんな世界に生まれなくて良かったとつくづく思うがね」


「調子が戻ったようでよかった」

本田は微妙な笑みを浮かべて僕を見つめている。全く、気持ちが悪い。

「そんな事より、話の続きだ。

僕たちはもしかしたら、あの世紀の変わり目に僕らの住む地球は本当に滅んでいて、再来年にも滅ぶのかも知れない。


僕はね。正方形のモニタが好きだった。粗い画質で、携帯電話を持った女子高校生が冴えない男に怒鳴り声をあげている光景が好きだった。だがどうだ、今世界は変わりつつある。ブラウン管テレビはそのうち使えなくなるらしいじゃないか。

最近じゃあ携帯電話もスマートフォンとやらに買い替えどきだと周りの人間は騒ぎ立てている。だがそれは携帯電話や、インターネットができた頃だってそうじゃないか?


なんとはなしに暮らしてはいるが、もう10年前の暮らしや価値観じゃない。戻りたくともそれは哀愁や憧憬の中にしか存在しない。

それはつまり、10年前の世界は滅んじまったとある意味言えるんじゃないか?」

カンバリ入道さんは胡座をかいて僕と本田の話を黙って聞いていた。もしくは会話に入れなかったのかも知れない。彼は江戸時代か、それより前の時代をずっと生きてきた人間だ。


最近はどうなのだろう。江戸と比べて消えてしまった世界はあるのか。彼は一応妖怪だから記憶とか、それについてどう考えているかとか人間的なものを持ち合わせているか分からないが。


「ああ、そういう事ならわしのいた世界はとっくに滅んでおるわ。嘗ての江戸の活気はこの現代とかいう時代にはない」

おいおい。まるで今の時代が江戸より劣っているかのような口ぶりだな。僕はこの時代に生まれ、これから生きてく。生きざるを得ない。時代は選べないのだ。数百年生き続ける彼のような妖怪でない限り。


「賑やかですよ。今の時代も。江戸に劣るなんて事はけしてない」

「まあそうかもしれんがのう。わしにとって今は、江戸に比べて生きづらい。おんしらの不明を不明としてありのまま受け入れる嘗ての潮流の方が心地よかった」

「科学文明は我々人類を生物から神へ押し上げる誇るべき物だ」

「そうか、おんしらは畏れを忘れたのか」

ああ、そうか、さすがに分かり合えないよな。


「雑誌の話の続きをしていいか。話しかけだったんだ」

中断していた話を再開する。


「世界がどう滅ぶかのシナリオについてさ。地球に惑星が衝突するらしいぜ。その惑星の名前をニビルという。時は遡ること1982年、アメリカの天文学者にロバートハリントンという男がいた。彼は木星、海王星、冥王星の軌道に摂動と誤差が生じていることを発見した。


まあ俺は天文学とか、そういう事には疎いからまあそんなんだろう。それでこの摂動は冥王星の外側にある惑星クラスの質量を持つ天体が引力を乱しているのだ、と彼は結論を出した。ロバートはこの仮説上の天体を惑星Xと命名したとさ。


話は飛んで五十年後、1976年に作家をしていたゼカリアリッチンって奴がどうやらイラクを調査してシュメール文明とか、古代宇宙飛行士説に関する著書、『The 11th Planet (第11番惑星)』とそれに関連する7つの著書を発表したらしい」

作家?なんでそこで作家が出てくる。真実を追求する研究者ではなく嘘をリアルに落とし込み文字を綴る生業の人間が。アトランティス大陸だってムー大陸だって地下帝国アガルタだって全部作家の虚言じゃないか。


そんな空説を軒並み世に言うオカルト好き共が持ち上げてありもしない馬鹿げた幻想を作り出したんじゃないか。いよいよきな臭くなってきたぞ。


「まあそんな目をしなさんなって。まあそれでその著書によるとシュメール文明の粘土板に描かれたとされる11個の惑星のうち1つが「ニビル」と呼ばれていたという。

ゼカリアによるとニビルとはシュメール語で「交差する」という意味らしい、どうもその粘土板にあるニビルと名前がついた天体だけいまだにどの惑星に付合するか分かっていないようで、それが先のロバートの惑星Xの仮説とガッチリ合致する訳さ。


雑誌の締めくくりにはこうある。ニビルは交差する、その意味するところは我々の住む地球がこの契機にその惑星と衝突するのではないか、とね」


「それで、結果日本に住んでいる我々が滅んだはずの古代マヤ文明のカレンダーが終わりを告げる事によってシュメール文明が示唆するニビルいう十一番目の惑星とやらが地球にぶつかると言いたいのか?」

だいたいどうして全く関係ないマヤ文明とシュメール文明が何故か通じ合っている事になっているんだよ。


「面白い話じゃな。江戸っ子のする身も蓋もない冗談話を思い出すのう。わしはその話、信じてみてもいい」

「信じた所で一体何になると言うんです」

「なんじゃかのう、おんしらを見ているとどうも現実現実と努めて冷静であろうとする姿勢が鼻につくんじゃ。そんなに現実を直視し続けたら目が凝り固まってしまうぞ?楽しいものも楽しめなくなってしまう。もっとちゃらんぽらんに生きていいんじゃないのか」


村田も僕も押し黙る。

老人は、すぐ説教をする。カンバリ入道さんも結局は僕たちからすれば老人なんだ。だからどうという事もないんだけど、僕は彼と同じ空間にいる事に微妙な居心地の悪さを感じた。


「なあなあに生きていて全うな人生を送れるほどこの世界は杜撰にできてはいませんよ」

「ほう」

「僕は今年住居を移したけれどそれにあたって莫大な契約書に目を通したよ。人が快適に暮らすためにはそれに関わる人達と最低限触れ合わなくちゃならないからだ」

「だったら、全て自分でやればいい。水は川で飲めばいい、山菜を取り、獣を狩り、食べればいい。薪をくべて火をおこし、眠ればいい」


「そんなことはね、いまじゃ出来ないんだよ。おっさん」

そんな事をしたら僕たちは死んでしまう。僕らは食物を育てる事が出来ない、火を摩擦から起こすこともできない。ついでに路上は温かみのある土から固く冷たいコンクリートへと変わった。


もっと言えばカンバリ入道さんなんか今から僕らの意識に介在する余地なんかない。厠から人の尻を舐めるなんて、トイレは川にある訳でもなければ地上にすらない場合が多いだろうが。


でも、もっと先の事を考えようとしたら、なんだか説教くさくなるのでやめた。

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