第三章 夢とか目標とか

第17話 支えになれたら

その週の日曜日のこと。俺は沙奈の部屋に居た。一度話しておこうと思って来ただけであり今日からすでにアシスタントというわけではない。


「で、亮太。」


「はい。」


「私のアシスタントになってくれると。」


「はい。」


「編集手伝ってくれると。」


「手伝いましうょう。」


「どうやって?私の家に住み込みで?」


「考えておりませんでした…。」


「やっぱり。」


何も考えてなかった…。馬鹿だよな…。こういう衝動で動く癖やめたい…。


「どうする?」


「………俺の家来る?」


「…え?」


「ごめんなさい…。」


反射的に謝ってしまう。いや、でも普通そうだよな。今まで疎遠だった男の家にいくら幼馴染と言えど来ますか?って話。そううまいことは行かないよな。



「いやまあ………私はいいけど。」


「…え?」


今なんて?


「だから、私はいいけど。亮太の家に行くの。」


「マジで?」


「マジじゃなきゃ言わないよ。」


「そっか………あぁ…でもうち同棲大丈夫だったかな…?最悪引っ越し…いやそうしたら金が無い…。」


「実家戻ったら?」


「それだけはない。」


つい反射的に答えてしまう。


「…そっか。詳しくは聞かないでおく。」


「ありがと。」


「………うん、やっぱりその気持ちだけでも十分だよ。」


「いや流石にここで引き下がるわけには………。」


「…じゃあさ、亮太の荷物もおいていいから金曜から日曜まで泊まり込みは?」


「だ、大丈夫なの?」


「まあ相談はしてみるけど多分………大丈夫だと思う。返答は待って。」


「あ、あぁ………と、言うことは一旦保留?」


「そうだね。」


「解散?」


「それは待って。」


「え?」


「ちょっと話したいことがあってさ。」


「話したいこと?」


「どうせ亮太のことだからさ、こないだお見舞いに来てくれたときのあれ気の迷いとか思ってるよね。」


「え、あ、あぁ…。」


「全然そんなことないから。ちゃんと覚えてる。亮太のこと、ちゃんと堕としてあげるから。」


な、なんで沙奈はそんなことをすんなり言えるのか?いや言えない俺がおかしいのか?いずれにせよどう反応していいのかがわからない。なんでここまで冷静なんだよ………。


「お、おう。」


「顔赤いよ?」


畳み掛けないでくれ…。


「も、もう行っても大丈夫か?」


「うん、じゃあまた連絡するね?」


「お、おう。」


そうして俺は沙奈の部屋を後にした。全く…どうしたらいいんだよ…。



 亮太が私の部屋を出てしばらく私はその場で固まっていた。息を潜めるように物音を立てずにいた。亮太が自分の家に帰るところを見届け1~2分経ってからだ。


「ああああぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!!」


声がもれないように枕に顔をうずめてそう叫んだ。死ぬほど恥ずかしい。と、言うか痛々しい…。


 なんだよちゃんと堕としてあげるって?


「ああぁぁああぁぁあ!!!」


バクバクと心音は高鳴りしばらくはそのまま頭を空っぽにしていた。と、いうか何も考えられなかった。熱いただそれだけだった。


「…よし………。」


更に数分が経過し私はそう呟く。1つやらなければならないことがあるからだ。パソコンに向かいある1つのファイルを開く。普段その中にはシチュエーションの台本を保存しているのだが、1つ別のものがある。それが今日の話し合いで使用した台本。あんな言葉台詞じゃないとまともに出てこない。


 普段から役に入り込んで配信をしているのでこういうのは慣れていた。アドリブとかは未だ苦手なところがある。


「さてとこの真っ黒な歴史…。うん、消そう。」


そうして今日の台本は削除された。


「台本無しでできる日とか来るのかな?」


少しそう考えてしまう。今の私だと恥ずかしすぎて死んでしまうだろう。


「もっとちゃんと…自分の言葉で言いたいな。」


そうして私はしばらくの間物思いにふけっていた。


 亮太と泊まり込みで作業。亮太が居る時に配信は………しないか或いは別の部屋に移動してもらうかかな。


 いや、にしても楽になる。リスナーさん目線で意見が聞けるし、視聴者の大半である男子からの意見が聞ける。メリットしかない………と、言う訳でもないか。


 しかし得られるもののほうが大きいことは確かだしあわよくば………いや、なんでもない…。


「よしじゃあ今夜相談してみますかね。」


総背伸びを1つして私は今日の分の台本の確認を始めた。最終チェックは大事だからね。



 今日はこれから先何をしようか。休日は大抵勉強………と言いたいところだがあまりしてない。何ならあのまま残ってできることがあれば手伝っておけばよかった。


 にしても沙奈の家に泊まり込みか………。いつ以来だろうか…?


第18話 とことん堕とす

 そうして、私はその日の夜お父さんとお母さんに今日あったことを説明した。結論から言えばすんなりと受け入れてくれた。曰くもう自分たちで考えられる歳なんだしとのことだ。衝動的に動いて結果的にこの現状を作り出したのは誰だっただろうか。


 責めてるつもりはない。


「と、言うわけでオッケーだって。」


『マジで?じゃあめちゃくちゃ頑張る。』


「あぁ、一応先に言っとくけど泊まり込みの作業の時も私多分配信するからその時は別の部屋に移動してね?」


『おう。流石に沙奈以外の声とか物音とか聞こえたら大変だからな。』


「わかってるならそれでいいよ。じゃあ来週末からお願いね。」


『了解。』


「じゃあ私は今日の分の配信の最終チェックするからそろそろ切るね。」


『おう、頑張ってな。聴いてるからな。』


「うん。」


そうして通話終了。いやー…直々に聴いてる宣告されちゃったよ。


「私…緊張してる…?」


ちょっとしてるかもしれない。こういう時どう気持ちを変化させたらいいのか私は知っている。


「よし………とことん堕としてやろう。」


黒歴史だろうが何だろうが関係ない。いつも通りやる為には少しくらいテンションがおかしくないと。


「さて、今日の寝落ち枠配信の台本は………あった。」


時間を確認するとまだ20:00を指していた。よし22:30まで色々済ませなきゃ。滑舌練習に台詞の練習あとアドリブ練習も。


 滑舌練習は定番の外郎売。もう何ヶ月もやってるから覚えてきた。


「拙者親方と申すは―――――。」


滑舌練習だからタイムアタック形式でやっている。3分半といったところだ。だいたいこれを3回している。それが終わったら台詞の最終チェック。最後まで詰める。


 そうして気がついたら22:30になっていた。あと1時間。私がどうしているかと言うと息抜きだ。クールタイムも必要。のど飴なめたり色々と。30分前になるとマイクの準備。そうしてあとは配信開始まで待つ。


 23:30いつもの時間だ。1呼吸置いていつもの言葉を口に出す。


「はい皆様、お疲れ様です。夜空ゆにです。」


こうやって私の配信はスタートする。多分他の方に比べると随分と念入りかもしれない。それは私が心配性だからだ。しょうがない。


「じゃあ今日は寝落ち枠配信ですけど、とことん堕としちゃいますね?」


なるべくあざとく、敬語は私のキャラだから忘れずに。そうして私はバイノーラルマイクをタッピングする。そしていつもより気持ちを込めて、もちろん亮太を明確にイメージして一言。



『好きだよ。』



え………沙奈…?なんというか………リアル過ぎる。ど、どういうことだ?


 しばらく考えてあの日のことを思い出した。


(亮太の事堕とすために頑張るよ?)


「え?こういうこと?」


『目を閉じて………。大丈夫だよ。力抜いても。』


初手でやられた。心臓がバクバク言ってる。マジか、こう来たか…。


 なにより「大好き」では無く「好き」と言っている辺りがリアルだ。確か沙奈はリアルで「大好き」というのはあまり使わない。個人的な憶測ではあるが「大好き」では「1番好き」と類義になりそれ即ち他に好きな人がいる。となるからだと思っている。


『私だけに集中して。集中?うーん聞き流してもらっても大丈夫。頭がぼーっとしてきていつの間にか朝になってるから大丈夫だよ。』


こんなにバクバク言っていてもそうなるだろうか?なるだろうな。何よりうまいし。


『よしよし。』


いつもの甘やかし。個人的には数ある沙奈のレパートリーの中でこれが1番好きだ。本当に沙奈によしよしされているみたいで落ち着く。


 もしかしたら俺はとっくの前から墜ちてたんじゃ無いだろうか。可能性は十分ある。俺も俺で負けず嫌いなところがあるから認めたくないのだろう。


『大丈夫。寝ちゃっていいからね。』


だがやっぱり体は正直だ。次第に力が抜けていく。そうして考える力もなくなって…次第に思考が支離滅裂になる。



――――そうして気がついたときにはもう朝だ。


「………昨日すげースッと寝たな俺。序盤も序盤だったぞ。」


日々の疲れが溜まっていたのか、それとも沙奈の腕が上がってきているのか。両方だろうな。さてと…そろそろ準備始めるか。そうして俺はベッドから出て身支度を始める。いつものような1週間の始まり。しかし今週からは少し違う。週のはじめの月曜日のはずなのに重い気持ちは一切なく純粋に頑張ろうと思っている自分がいた。


 そんな中通知が1件来ていた。差出人は母さんからだった。


第19話 頑張りなさい

 メッセージ欄には一言


【遊んでばっかりじゃ駄目、もっと頑張りなさい】


とあった。ふざけているのだろうか?否、本人は至って真面目だ。真面目だからこそ腹が立つ。何も見ていないのに分かったクセしてただ頑張れとしか言わないアイツが心の底から嫌だ。話をしようともましてや理解をすることすらもアイツはしない。分かった気でいる。子供のときからずっとそうだった。「よくやった」と結果ばかり褒めて「頑張った」と過程を褒めることは一切なかった。それは何故か。もちろんアイツが俺の事をちゃんと見ていないからだ。


 では何故俺のことを見る事ができなかったのか。それは俺が頑張っている素振りを見せなかったからだ。勉強なんかは基本1人でやっていた。だからアイツの目には俺が遊んでばかりに見えたのだろう。


 1人の時に勉強しているという考えが出なかったことに関しては不思議と怒りを覚えるが。本人の目にそう見えたならしょうがない。


 しょうがない…。


 しょうがなくとも俺はアイツが嫌いだ。嫌いだから距離を置く。距離を置くから見てくれない………こんなジレンマもしょうがないで済ませることができるだろうか?



 さてと…もう時間だ。嫌いなやつの事なんて考えたくない。だから俺は何も返信しなかった。



 いつもの道をいつものように歩く。心はいつもより曇っているようで…。朝からこんな目に合うとは思ってなかった。今の俺は頑張ってるんだ。何も考えてないアイツとは違う。勉強だってわかるようにしてるしその上でバイトだって頑張ってる。更にそして独り暮らしだ。なんにも目標がなかった奴がここまでしてるんだ。頑張ってないわけがない。


 はぁ…やめよう朝からこんなこと考えるの。今日1日に集中。


 頑張ろう。


「………よし…。」


また今日もいつかみたいに駅のホームでそう呟いた。


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――――――――――

―――――


 そうして1日は過ぎていく。今朝の気合も虚しく今日は、ミスが目立つ日だった。俺にしてはかなり酷かった。いつもはしないような盆ミス。他の人なら気にしないだろう小さなミス。そんなのが連発した日だった。


 最悪だよ。本当に。


 そんな最悪な日でも俺は沙奈の配信を見ている。もはや中毒と言っていいだろう。ただ俺は沙奈のその一言が聞きたかった。


『今日もお疲れ様です。夜空ゆにです。』


 いつも挨拶で言っている『お疲れ様。』その一言だけでも俺は救われていた。沙奈には感謝しかない。誰とも話すことのできない独り暮らし。大学にも友達と言えるような存在はなく無論バイト先でもそうだ。


 今の俺が求めているのは間違いなく沙奈だろう。


「あぁ…疲れた。」


疲れたという言葉を久々に使った瞬間だった。俺にとって「疲れた」というのは自分を肯定するために使う言葉だ。頑張ってなきゃ疲れない。つまり「頑張った」と「疲れた」は俺の中ではほぼ同義なのだ。


『今日は彼女配信なので、目を瞑って私のことを想像しながら眠ってくださいね。』


沙奈の声…言われたとおりに目を瞑る。今日はびっくりするほど早かった。もう目を瞑ったあとの記憶はほとんどなかった。



 もう朝だ。俺は眠っていたのか?わからない。ただ確かなのは記憶は確実に飛んでいる。前に聞いたことがある目を瞑って15分以内に意識が落ちるとそれは眠っていたのではなく気絶したのだと。詳しいことは忘れたがストレスによって脳の血流が悪くなるのだそうだ。


「はぁ………えっと今日は………午後からか…確かそれまでは何も予定なかったな。」


そうして俺は昨日の配信を見返した。もちろん寝落ちする気で見ていたのでアラームはしっかりかけている。


 内容は甘やかし系彼女。ささやき声が本当にリアルで今日もまたドキドキしてる。


『君が頑張ってるのは私もよく知っているから。』


その一言で俺は昇天しかけた。結構冗談抜きで。これが多人数に向けたものであると分かっていても、あの日の一言も相まって俺に向けられた言葉なのではと錯覚してしまう程だった。


 正直に言うと個人的に沙奈にこの言葉をかけてもらいたい。もうすっかり俺は沙奈に堕とされてしまったのだろう。今はただ沙奈のことが恋しくてしょうがない。最初から堕ちる要因はいくつかあった。それらに加えて沙奈の告白があったものだからこうなって当然の結果だ。


「今週末の泊まり込み…うん。」


ちょっとした決意を固めた。


第20話 幼馴染彼女

 そうして金曜日。今俺は自分の荷物を持って沙奈の家の前まで来ている。少し緊張している。でも…多分大丈夫さ。なるようになる。


 そうして、インターホンを押す。


「亮太。」


「…沙奈。」


「いいよ入ってきて。」


「おう。」


多分自然かどうかと言われると今の俺は自然じゃない。正直ヤバい。少しどころじゃなく緊張している。しかし入っていいと言われたのになかなか入らないのもアレなのでとっととの沙奈の部屋へと向かう。


「…そういえば、沙奈の配信中って俺はどこにいたらいいんだ?」


「一応リビングで待機していただこうかと。」


「了解。」


「今日も亮太は私の配信見るの?」


「あぁ見るよ。」


「じゃあめちゃくちゃ緊張してきた。」


「早すぎない?」


「だって好きな人に自分の配信見られるんだよ?」


好きな人と言うワードに少しドキッとしていまう。


「い、今までだってそうだったじゃん。」


「今までとは違うよ。だってドア1枚挟んだ先にいるんだよ?今までみたいに離れてる訳じゃなくてすぐそこに。」


「あぁ…なんとなくわからないでもない。」


「でしょ?さてと…ちょっとした惚気話はこのくらいにしておいて、ここからはちゃんとした話し合い。」


「は、はい。」


「まずはリスナーとして意見を聞きたい。現状私の配信に問題点などは?」


「特にはない…強いて挙げるとするならば、俺の話題で炎上スレスレのところを狙うのはやめていただきたい。」


「…はい。気をつけます…。じゃあ次です。」


「はい。」


「男子としての意見を聞きたい。」


「男子として………そうだな、こっちも特にない。」


「キャラとかの問題も?」


「あぁ、可愛いよ。イメージに合ってる。」


「そ、そう。」


ちょっと頬が赤くなっている。可愛いが効いたのだろう。


「じゃ、じゃあ早速手伝ってもらおうかな。」


「おう。何したらいい?」


「そうだね………サムネって作れる?」


「うーん………。」


「まぁ今まで普通に生活してたんだし作ったことないよね…。シチュエーションとかも………無理そう?」


「サムネにしろシチュにしろ1回やってみないと解らないな。因みにいつのやつ?」


「2週間先のやつ。」


「え…?」


今まで1人だったんだよな?個人勢がどんなものかはわからないけど沙奈は基本毎日配信してる。その上でバイトしてる。にも関わらずそこまでストックが作れるものだろうか?ここは本人の実力にも左右されるが………。


「ん?」


「い、いやなんでもない…。やってみる。」


「うん、ありがと。」



 いざやってみると本当に難しい。まずサムネイル作成から取り掛かった。2Dモデルの配置、表情差分の設定、背景選びにフォントの設定………沙奈の凄さを改めて実感した。無論出来はかなり悪かった。沙奈も流石にNGとのことだ………正直わかっていた。


 続いてはシチュエーション。こちらもこちらで難しい。安定を取るのかオリジナリティを取るのか。2つほど作って、それで見てもらおうか。


 1つ目は今までどおり、安心と信頼の彼女シチュ。今までより甘々マシマシかもしれないが…。


 2つ目がチャレンジ。他意はない。何もやましいことを考えているわけではない。「幼馴染シチュ」だ。


「えっと…亮太、これは…。」


「他意はないです。」


「どうして…幼馴染…?」


「昨今の幼馴染ブームに乗っかろうかと。」


「ま、まあ新しいことに挑戦するのは…いいことだからね。幼馴染………もうちょっとこう…あったでしょう。2Dモデルを利用したロリとか妹とかさ…。」


「もう古いかと思いまして。何、俺を相手にしているイメージでってことじゃない。もうちょっとラフなイメージで自然体でって言うこと。」


「ほう…それ彼女配信でもいいのでは?」


「うぐっ………で、でも違うんだ。彼女のようなイチャラブじゃないんだ。自然体な感じのゆにが見たくて………。」


「………あ!そういうことね理解した。じゃあ混ぜてしまえばいいんだ。」


「幼馴染彼女…?」


「そういうこと。このタイプを象徴する台詞か………そうだね、『なんか今更感あるんだよね。ほら昔からだったじゃん?』とか『好きだからっていうより居て当然だから』みたいなみたいな?あ、このタイプだ。まぁゆにに合わせて声色調整してセリフも修正加えて………。」


これ…完全にスイッチ入っちゃった?結果的に良かったということでオッケー?


「ごめん!ちょっとメモっとく!」


力になれたのならオッケー…。


第21話 うざったい

 沙奈は今、シチュエーション作りに勤しんでいる。只今の時刻は19:00過ぎ。いつもどの程度で準備をしているのかわからないが、そろそろ呼んだほうがいいのかな?


「沙奈19:00過ぎたぞ?」


「まぁ待ってまだ早い。」


「お、おう。」


流石にまだ早かったか。


「ねぇ今こんな感じなんだけどさ、どうかな?」


「どれどれ。」


なるほど、彼女としての成分…そうだな、所謂デレな成分は控えめで幼馴染要素を全面に出したような構成。その上でゆにのイメージを損なわないような口調。


「なかなかいいんじゃない?」


「直したほうがいいところとかもない?」


「うん。大丈夫そう。」


「じゃあこの調子で頑張る。」


「おう、頑張れ。」


「じゃあ亮太には…何してもらおう?」


「出来ることなら何なりと。」


「うーん今は特に無いかな。21:30になったら教えてよ。」


「了解。」


さて、やることがなくなった。何しようか。適当にスマホを開くといつの間にやら通知が来ていた。差出人はアイツだった。もちろん無視をする。うざい、と言うよりしつこい。ろくに自分の子供のことを理解するでもなくただ縛り付けるだけのアイツは本当にただの屑だ。


 少し感情的になりすぎたかもしれない。こういう自分本位で考えるあたり俺はまだまだ子供なのかもしれない…。


 時間もまだある。少し、昔の話をしようか。まだ俺が将来の夢を持っていた頃の話だ。


 高校生の時の第一回進路希望調査票。俺はそれに第一希望として声優と書いた。その道に興味があった。声に自信があるとかそういうのではなく単純にやりたかった。そしてその旨をアイツに話した。反応はわかっていたつもりであった。きっと馬鹿なことを言うなと咎められる。無論こちらも本気だ。引き下がらないようぶつかり合うつもりでいた。


 でも…俺のアイツへの理解は足りなかったようだ。アイツは反対なんてしなかった。勿論賛成もしなかった。ただ一言『まぁあんたのことだから挫折して帰ってくるでしょ。』そう言った。そうして俺は夢を持つのが馬鹿馬鹿しくなった。夢を捨てて進学を選んだ。そうしたら今度はアイツ『所詮はその程度の夢だったんじゃん。』なんて言い出した。今の俺を作ったのはアイツだ。本当に嫌になる。アイツのせいで俺はこんな―――――。


「亮太?どうかしたの?」


「い、いやなんでも無い。」


「そう?なんかすごい顔してたよ?」


「本当に大丈夫だから。」


「ならいいんだけど。」


顔に出てしまっていた。気をつけないと。こんなくだらないこと知られたくなんて無い。スマホは当面見ないようにしよう。そして1度冷静になろう。


 なんと言うか特に何もしていないのに疲れた。というかもう辛い。


「亮太?本当に大丈夫?」


「あ、あぁごめん。」


「何かあったら言っていいからね?」


「あぁ…ありがと。」


でも今じゃない。もっとちゃんとしたときに言わないと。そうしてちゃんと―――――。


「?」


俺の携帯が鳴った。アイツだ。


「亮太、出ないの?」


「あ、あぁ。ちょっとごめん。」


そうして一旦部屋を出た。そうして電話に出る。


『あんた今どこにいるの?』


開口一番それだった。


「なんで電話なんてしたの?」


『連絡がなかったから家まで行ったら居ないし…はぁ早く帰ってきなさい。』


「無理。」


『ふざけたこと言わないで。遊んでるんでしょ?』


「もう…黙ってくれ。」


『知らないわよ。何であんたはそう遊んでばっかりで勉強もせず―――――。』


「ふざけんな!遊んでばっかりであんな点数取れるわけ無いだろ!なんだよ…俺のこと知ろうともせず知った口聞いてんじゃねぇよ!?大体俺はもう19だ!もう頼むから………やめてくれよ…。」


ついにキャパシティをオーバーしたらしい。自分じゃ抑えられなかった。


『はぁ…まぁ困るのはあんたよ。勝手にしなさい。』


「…ふざけんなよ…。」


最後の一言が届く前に通話は終了した。しばらく俺はその場に突っ立っていた。何も考えることなんてできなかった。


「…亮太?大丈夫?」


ドアを1枚挟んだ先から沙奈の声が聞こえた。


「あぁ…。ごめんな急に大っきい声出して…。」


「いや………うん………。」


もう…諦めたほうがいいのかもしれない。アイツとわかり合うことなんてできない。一方的すぎる………。もう入ろうか。


「いや、本当にごめんな沙奈。」


そう言ってドアを開ける。


「亮………太?」


沙奈は目を丸くして俺のことを見ていた。


「どうした、沙奈?」


「亮太、どうして泣いてるの?」


第22話 しょうがない

「亮太、どうして泣いてるの?」


「…え?」


言われて初めて気がついた。俺の頬には雫が垂れていた。


「いや………なんでも無い。」


「何でもないってことはないでしょ。」


「まぁ確かに…何でもないってことはない。」


「悩みごと…?」


「まぁちょっとな………俺がまだまだ幼稚なだけだよ…きっと。」


「よかったら話聞くけど…?」


「いや、今は忙しいだろ?大丈夫だよ。」


「本当に大丈夫…?」


「あぁ…大丈夫だから。」


大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせても涙は止まってくれない。悲しいわけじゃない。じゃあこの涙はなんの涙だろう?今の俺には…わからない。


「亮太、今日の配信、お休みにしようか。」


「は!?何言ってんだよ!?」


衝撃の一言だった。沙奈のチャンネル登録者数は現在でもうすぐ1万人を越えようかというところだ。その人達が沙奈を待っている。にも関わらす沙奈は配信をやめようと言い出した。


「大丈夫、まだ19:15位じゃん。」


「そんな…だって1万人近くの人が沙奈のこと―――――。」


「その1万人よりも亮太のことが大事なんだもん。」


「…ぇ…。」


「言ったでしょ。私は亮太のことが好き。好きな人の力になりたいのは当然だよ。」


「沙…奈…。」


「大丈夫。もうコミュニティとかに書き込んじゃった。」


「も、もう書き込んだの!?」


「うん。」


「な、なんでそこまでして………。」


「だから亮太のことが好きだから。」


好きでもここまでできるものなのだろうか…?沙奈の本当の気持ちを俺はまだ理解しきれていなかったのか…?もう何もかもわからない。心の中はぐちゃぐちゃだった。


「沙奈………。」


「で、何があったの?」


「え、あぁ………母さんとちょっとね…。」


「喧嘩?」


「…うん。」


「原因は?」


「もとをたどったら…俺のせい。」


「何があったの?」


そうして俺は俺が一人暮らしをするようになった理由を話した。夢も全部捨て、嫌になって家を飛び出したこと。なぜアイツと距離を置くようになったのか、そして、今さっき話したことの全てを。


「全部…俺の…心の弱さが原因だよ。」


「馬鹿なの?」


「馬鹿だよ…。」


「そういうことじゃなくて、なんでそこまで追い詰められてんのに自分のせいって言えるの?」


「だってそうじゃないのか?」


「今までどんな教育されてきたのさ?心の強さなんて人それぞれじゃん!反抗心が芽生えるのだってしょうがないし、それぞれの感性を持つのだって当然のことじゃん!」


「じゃあ…俺がこうなったのはしょうがないことだったのか?」


「うん。全部しょうがない。亮太は悪くないから。」


しょうがない………こんなにも適当な言葉があっていいものなのだろうか。どちらに非があるのか、そんな話をしているときに持ち出してくるべき言葉ではない。この言葉を使ってしまえばどちらにも非が無いということになるからだ。


 沙奈は今、どちらも悪くないとそう言った。


「しょうがない………。」


不思議と楽になる。責任感から解き放たれたようなそんなんな感覚だ。


「うん。そんなに思い込む必要なんてない。たまには逃げたっていいじゃん。亮太はよく頑張ったよ。」


頑張った………。


「沙奈………ありがとう…。」


「このくらい当然だよ。」


俺は………そうだ俺は頑張ったんだ。今まで十分頑張った。そしてこれからもこの調子で頑張っていくんだ…。


「本当に………ありがとう。」


「いいの。さてと…問題解決まで後回しになったかも知れないけどとりあえず亮太はいつもどおりに戻ったね。」


「…あぁ。」


「これからどうする?配信もお休みだし。」


「シナリオ作成…?」


「やりますか!そうそう、今さこんな感じになってるんだけど―――――。」


沙奈のおかげで、俺はいつもの調子を取り戻した。本当に感謝しかない。確かに問題解決までは後回しになった。でも今はこれでいい。関わりたくないからだ。大体今会ったところでアイツの考えが変わるわけではないだろう。もっとちゃんとした成果を持って帰り頑張ったと言わせる。それでチャラだ。当面の俺の目標はこれになるだろう。今以上に頑張らないとな。


「いいと思うよ。キャラ的にはどんなので行く?」


「ベースは私。これにゆにの声の高さを合わせて中間くらいの声にして………こんな感じでどう?」


「うん、沙奈っぽい。」


「どういうこと?」


「いい意味で。」


「オッケー?」


「オッケー。問題なし。」


沙奈の声………本当に凄い。


第23話 すぐ近くの君の声

 そうして、シチュエーションの描き下ろしは終わった。亮太はいつもの調子に戻ったようだ。こっちとしても嬉しい。


「あぁ…終わった。」


やっぱりこの瞬間の達成感と言ったら………。


「お疲れ様。」


「ありがとう。でも、もともとは亮太の案だからね。こっちとしても助かった。」


「お、おう。ありがと。」


「さてと、どうする?と、言うか今何時?」


「えっとね、22:00過ぎだね。」


「マジ?」


「マジ。」


「じゃあここいらで一旦切り上げますかね。亮太明日は?」


「俺?明日は13:00からバイト。」


「あぁ了解。じゃあそろそろ眠る準備しましょうか。」


「そだね。」


「で、今気がついたんだけど亮太はどこで寝るの?」


「流石に床で。」


うーん…これはチャンスなのでは?


「一緒に寝よ?」


「…え?」


「駄目だった?」


「い、いや駄目ってわけじゃないけどさ…沙奈は大丈夫なの?」


「私がいいって言ってんじゃん。」


「そ、それなら…分かった。」


やった!これは実質私の勝ち。別に勝負してるわけじゃないけど。さて、私は添い寝の権利を獲得した。別に何か期待しているわけじゃないけど添い寝ってだけでドキドキしてる。おかしいな昔は一緒に寝たりしてたのにな。いや昔と今じゃ訳が違う。今の亮太は恋愛対象だ。あの頃だったら絶対に考えれなかっただろう。


「沙奈と添い寝か…久々だな。」


「そうだね。亮太はなんとも思わない?」


「思わないわけ無いだろ?めちゃくちゃ恥ずかしいよ。」


亮太も男子なんだな。ま、当たり前か。


「じゃあ………お風呂、どっちから行く?」


「ど、どうぞ。」


「じ、じゃあお言葉に甘えて。行ってくるね。」


「おう。」


そうして、私はお風呂場へと向かった。本当に何もかも久々すぎる。小学生のとき、それも低学年以来か?いや月日が流れるのってこんなに早いものだろうか?いや違う年々体感時間の経過が早くなっているのだ。なんか聞いたことがある。人生の体感時間の折返しは19歳だって。丁度私達と同じ年じゃん。え?なに?私って体感時間と言えど人生の半分程度の時間を過ごしたの?儚いな。人生って。


 そんなことを考えている間にもお風呂場に到着。とっとと入っちゃおう。


 そうして数分後私はお風呂から上がり自室に向かう。


「上がったよ。」


「おう。じゃ、行ってくるかな…。」


「うん。行ってらっしゃい。」


そうして亮太を見送る。ここからしばらくは1人の時間。特にすることはない。亮太はこの時間に何を考えていたんだろうな?私のこと考えててくれたり………だったらいいな。


 どんなこと考えてたんだろうな。もしかして告白プラン?そんなわけ無いか。もし今日告白なんてされたらどうしよう。


「私ってば何考えてるんだろう。」


夢見る少女じゃあるまいし。期待するんだったら亮太を完全に堕としてからにしろって話。


「よし頑張ろう。」


そうしてしばらくして亮太が戻ってきた。


「じゃあ………おいで?」


いつもみたいな台詞を投げかける。


「なんか気恥ずかしいな。」


「ほら、ぎゅってしてあげる。」


手を広げて亮太を呼ぶ。と、言うか今なんて?いつもの癖でちゃってた?


「沙奈…?」


「ごめん。ついいつもの癖で。」


これが癖になるってVtuberって一体………。そもそもいつもの感じで言ったのが間違いだった。ちゃんと私の言葉で亮太に伝えないと意味なんて無い。頑張れ私。私なら出来る。


「普段どこまで役に入り込んでるんだか…。」


「い、いいから。早く来て。」


私はすぐに体を反対向きにする


「おう。じゃあ、失礼します。」


「はいどうぞ。」


結局背中合わせで2人ベッドに横になる。亮太の体温が伝わってくる。温かい。と、言うより熱い。その体温からも亮太の緊張が伝わってきた。


「なんだかんだで亮太も緊張してるんだね。」


「当たり前だろだって…好きな人と一緒に寝るんだから…。」


「え?」


「だから、好きな人と一緒に寝るんだから緊張するのは当たり前だろ…?」


好きな人って………私?


「亮…太?」


「あんあこと言われてその上、アプローチまでされて…好きにならないわけ無いだろ。」


つまり何かい?私のあの言葉はちゃんとかなったのかい?


「…?」


「混乱してる?」


「混乱してる…。」


「そりゃそうだよな。俺だって前そうなったもん。こんな感じなんだよ、不意打ちの告白って。」


「なんだかよくわからない。」


「でしょ?」


「でも、なんか嬉しい。」


なんかよくわからない。多分理解しきれてないのだろう。


「ねぇ、亮太。」


「なに?」


「ちょっとこっち向いて?」


「どうした?」


その声とともに亮太がこっちを向くのが分かった。


「はい、ぎゅっ。」


「え?」


「お疲れ様。」


私は亮太に抱きついて耳元でそう囁いた。


「あ、ありがと。」


亮太からはそう返ってきた。



第24話 いずれ

 あぁ…どうしよう。勢いに乗って抱きついてみたけどこのあとどうしよう…。何したらいいのかさっぱりわからない。


「ねぇ、亮太。」


「どうした?」


「この後って何したらいいの?」


「………え?俺に聞く?」


「聞いちゃ駄目だった?」


「………やっぱり沙奈って沙奈なんだな。」


「あれ?呆れられた?」


「いや、安心してる。」


「それはそれでどうなの?」


なんかいつもの調子に戻ってきた。そしたらこっちまで安心してきて緊張なんか吹き飛んでしまっていた。


「沙奈はやっぱりこうじゃないとなって。」


「酷いなぁ…。」


内心酷いなんて思ってない。やっぱり私達はこういう感じのノリじゃないとね。


「じゃあ亮太。私は今日ずっとこうしてるつもりだからね。」


「え?マジで?」


「駄目だった?」


「………いいよ。」


「やったね。じゃあもっとくっつく。」


ぎゅぅっと力を入れる。


「なんと言うか…ゆにの時とは違うな。」


「そりゃあ私の素だからね。」


「そっか………初めて見たわ。こんな感じの沙奈。」


「そりゃあそうだよ初めて見せるんだもん。」


「それもそうだな。」


「大体こんな甘えた姿なんて亮太にしか見せたくないもん。」


「なんか………悪いことしてるみたいだな。」


「どうして?」


「だって沙奈ってもう結構な人に認知されてるんだよ?ガチ恋勢だって居るのに俺が恋人で………と言うよりそもそも恋人がいて大丈夫なのかな…?」


「うーん…解らないな。」


「適当だな。」


「ちゃんと考えてるよ。考えてるけどわからないんだよ。だって好きな人と一緒に居たいのは当然じゃん。」


「まぁ、ごもっともな意見で。」


「バレなきゃ大丈夫。」


「おぉ…大丈夫じゃなくなる人が言う台詞。仮にひょんなことからバレたらどうするんだよ?」


「仮に…ね………いっそもう言っちゃうとか?」


「今日の『諸事情』が別の意味で捉えられかねないし、そもそも恋人がいるよに彼女配信するVってどうなのよ。」


『V』Vtuberの略。


「最近だとてぇてぇなんて言葉もありますし………。」


『てぇてぇ』尊いと同義。なんかさっきから辞書みたいになってない?


「あれは百合かおねショタだから許されるものであって普通の男女でそうなることはほぼ無いんじゃないか?」


「やっぱり…?うーん………亮太、ショタボとかでないの?」


「俺を誰だと思ってる?」


「19歳の男の人。やっぱり無理か………。」


「まあそれもだが、もと声優志望だ。いっとき馬鹿みたいに練習してたときがある。」


「と、言うことは?」


咳払いをして亮太は声を出す。


「こんな感じか…?」


「作り声感半端ない。」


「…やっぱりか。」


「うーん…亮太って前私にさ、内に秘めるゆにに語りかける感覚とか言ってなかった?」


「あぁ…言ってた。あのカラオケで練習してたときな。」


「亮太の内に秘めるショタに語りかけて出てきてもらえば?」


前の仕返しがこんなところでできるとは………。人生何があるかわからないな。


「それだ!」


「え…?」


そうしてまた亮太は咳き込んだ。


「これだ!」


「なんで出るの…?」


「内に秘めるショタに語りかけたら出てきてくれた。」


「で、妙に可愛いのなんでなん…?」


「練習の賜物!」


亮太の声が………ゲシュタルト崩壊しそうです。


「わ、分かったすごいのはわかった………。」


「はい。」


「じゃあ紹介するときはその声で………大丈夫なのかな…?うーん………女声って出せます?」


「ちょっと語りかけてみる。」


もうよくわかんない。びっくり人間じゃないんだからさ。そんなにイメージ崩さないでって言うか「語りかける」をさも当然のごとく使わないで…。


「これかな?」


「え、ロリじゃん。」


びっくりするくらいロリじゃん。どうやってるの?これ?


「今さっきの声を裏声にしてちょっと弄った。」


「今も裏声出るんだ。っていうか自分の声弄れるんだ………。」


亮太ってどこをゴール地点にしてたんだろう。わからなくなってきた………。


「まぁこんな感じかね。」


「うん…すごい…紹介する時そっちで…。」


「オッケー………え、紹介するの?」


「まぁ、亮太の気が向いたら。いずれしなきゃいけないかなって…。」


「ま、まあ………バレるよりいいよな。」


「じゃあその方向性で。」


「了解。なんか、本当にアシスタントっぽいことしてるな。」


「そうだね。こうやって考え続けていくと眠れなくなるんだよね…。」


「まぁそうだな。切り上げる?」


「…うん。じゃあ…おやすみ。」


「おやすみ。」


そうして私達はその日は抱き合ったまま眠りに付きました。



第25話 選択

「―――――ん…?」


俺は目を覚ました。


「…あれ…?」


まだ意識が朦朧としている。


「ここは…?」


俺の部屋じゃなくて………。


「そうか…沙奈の部屋だ…。」


そしてその沙奈は今、俺の腕の中にいた。


「………あ…そうだ…思い出した。昨日の夜のこと。」


時間とともに鮮明に思い出していく………。


「やべぇな………やらかした。」


大学生にもなって黒歴史を作るなんてあり得るだろうか?いや、ありえてしまった。どうしようか。まだ沙奈が起きてないことが救いか?だがそれもつかの間にすぎない。


「どうするべきか…。」


体を起こし思案するが妙案なんて思いつくわけもなく時間だけが過ぎていく。


 そうして数分後。


「ん………。」


沙奈、起床。それすなわちタイムアップを意味している。もう逃げ場なんて無い。もはや最初から逃げる必要なんて無いのでは?えぇい、ままよ。なるようになってしまえ。


「沙奈、起きたのか―――――。」


「亮太!」


「え?」


あれ?一体何が?よくわからないがただ、俺が押し倒されたことはわかる。


「沙奈…?」


「亮太!」


そのまま倒れる勢いで俺に抱きつく沙奈。このことを踏まえ俺がはじき出した答えは『多分沙奈は自分が何しているのか理解してないのでは?』と、いうものだ。いやこの状況ほぼそうだろ。


「ほら沙奈、ちゃんと起きろ。」


「ちゃんと起きてるよ。」


「…え?」


「私がちゃんと起きてないからこんなことしてると思ったの?」


「あれ?」


「ちゃんと起きて自分の判断でやったことだよ。」


「マジ?」


「マジに決まってるじゃん。でもあれだねやっぱりちょうっと恥ずかしいね。」


じゃあなんでやったよ…。


「と言うかそう思っているんだったらそろそろ離れたら?」


「それはなんかやだ。もう少しだけでいいからこのままでいさせて?」


「言ってることとやってることが矛盾してるぞ?」


「だって相手が亮太だもん。安心感っていうのかな?それが凄くてさ。逆に亮太はこうやってたくないの?」


そうやって聞くのはずるい。してたいに決まっている。沙奈がいいって言うならなおのことしていたい。


「してたくないわけがないだろ。」


「じゃあもうちょっとこのままね?」


「………わかったよ。」


そのまま時間が過ぎていく。抱き合っている間は特に何をするわけでもない。ただお互いの体温を感じているだけ。それだけなのに凄く安心できた。多分それは相手が沙奈だから。ドキドキもする。それ以上に沙奈と居たい。そもそもそのドキドキとした感覚さえも心地よくなっていた。



 そうして更にしばらくが経ち………そうだな、30分ほど経っただろうか。それまでずっとあの状態だったというのも凄いな。もしかしてバカップルの素質があるのだろうか?それならそれでいいかもしれない。


「そろそろ起きようか。」


「そうだね。」


そう言うと沙奈は起き上がり背伸びをした。


「あ、そうだ。亮太、おはよう。」


そう言えばまだだったな。


「おはよう、沙奈。」


そうして、朝の支度を済ませるために洗面台へと向かうその最中だった。


「あら、亮太くんおはよう。」


「おはようございます。」


沙奈のお母さんと会った。


「そう言えば亮太くん昨日の夜はどうかしたの?大きな声が聞けたのだけれど。」


やっぱり届いてたか。そりゃそうだよな同じ家にいるんだから当たり前だ。


「そうですね…ちょっと俺の母さんと………。」


「喧嘩?」


「まあ…。」


「仲直りは?」


「できそうにないです…。」


「そっか………原因はどっちにあると思ってるの?」


「俺の方かと…。沙奈はしょうがないって言ってくれましたけど…元をたどれば俺の心の弱さが原因ですし………。」


「どうしてそこまでたどる必要があるの?」


「え?」


「だって心の強さなんて人それぞれでしょ?」


沙奈にも同じことを言われた…。


「は、はい。」


「そんなところまで追い詰められるのはなかなかないことよ?」


「はい。」


「自分を信じて?」


「は、はあ…。」


正直何を言っているのかさっぱりだった。自分を信じる。どういう意味なのだろう。自分の考えに自身を持つべきなのだろうか?いや違うだろう。では一体どういうことなのだろうか?わからない。俺が家を飛び出した原因。要は、俺キャパシティの問題だ。アイツのあの一言。まるで自分の事じゃないからどうでもいいかの様なその態度それが本当に嫌だった。


 わかろうとしないアイツとわからせようとしない俺。簡単な話だ。面倒ごとが嫌で逃げてきた2人。なんでこんなところで血のつながりが発揮されてしまったのだろう。おかげで別の面倒ごとが発生する本末転倒なことが起きている。


 ここで俺が逃げるのは間違いなのではないか?気がついたのなら向き合うべきではないのか?どっちが悪いかじゃない。意見を正当化するとかそんなことでもない。お互い納得行くまで話し合うべきではないのか?


 俺は…信じよう。この判断を。そう決意したとき、沙奈の家のインターホンが鳴った。沙奈のお母さんがその場へ向かう。


「亮太来てませんか?」


開口一番それだった。少し離れた位置だが声はちゃんと聞こえる。その声だけでもわかる。母さんだ。



第26話 馬鹿

 母さんは俺を探している。今の俺も話し合いを求めている。これは行くしか無いのでは?あぁ…答えは決まっている。行こう。今、話し合いをつけよう。


 決意してから行動に移すまで早かった。すぐに、玄関へと向かう。


「母さん。」


「やっぱりここにいた。あんたが逃げるところなんて分かってるんだから。」


「逃げてきてない。」


「じゃあ遊んでたんでしょ?くだらない。とっとと帰って勉強しなさい。」


ひと呼吸おいて口を開く。


「なぁ、俺はもう一人暮らししてるんだ。何しようと勝手だろ?」


「私はあんたのために言ってるの。」


「俺のため?」


「私が言わないとあんたは何もしないでしょう?」


「だから頑張れってか?」


「分かってるならそうしなさい?」


「もうやってるよ。」


「私はあんたの頑張っているところなんて見たこと無いけど?ずっと部屋にこもってばかりでずっとゲームでもしてたんでしょ?」


「………俺はお前に勉強してるところ見られたこと無いな。」


「そりゃあんたがしてないからでしょ?」


「どころか俺のいるときに部屋を覗かれたこともない。お前は知った口聞いてるけど何も見てないのはお前だろ?」


「そりゃ勝手に覗くのは嫌でしょ?」


「そうやって知ろうとさえしなかった。」


「………。」


「もうやめよう。こんなくだらない話。何もなかったそれでいいだろ?」


「くだらない分かっているんだったら言うこと聞けばいいのに。」


今は自信を持って言える。


「もうやめてくれ。何もなかったことにしてくれればそれでいい。」


「はぁ………。分かった。好きにすれば。」



 そうして母さんは去っていった。あの様子だと納得してないようだった。でも俺はそれで良かった。多分これで関係が断たれたからだ。その証拠として今月分の仕送りがなかった。更に切り詰めないと駄目だな。バイトの時間も増やすか?というかそうしないと本格的にヤバい。


 本当にこの頃感情に振り回されすぎている。自分の中の悔しさや、沙奈の好意。アイツの怒り。もうなるようになってしまおうか?いや、自暴自棄にはなるな。それこそ頑張れ。



 そうして数週間がたった。因みにこの間にも沙奈のところへ通っている。好きでやっていることだ。無理なんてしてない。今日も俺は沙奈の家に来ている。


「亮太、本当に大丈夫なの?」


「なんとかって感じ。」


「ギリギリじゃん。」


沙奈の言うとおり精神的にも金銭的にもギリギリの生活だ。学費のためだったり拭いきれない不安から貯金もしている。いざって時用のものだ。とその話を沙奈にしたら「そのいざってときが今じゃん。」と言われた。


「え?」


「亮太も馬鹿だね。まだ追い詰めるつもり?」


「だって怖いじゃん。」


「ま、そうだけどさ。なんでそんな本末転倒なことするかな。」


「???」


「なんでわかってないかな亮太は。必要最低限使ってもいいのにさ、というかそもそも最低限のライン低すぎ。死んじゃうよ?」


説教された。


「それは…困る。」


「でしょ?最低ライン見直そ?」


そうしてなぜかおれの人生設計が始まった。そうして見直していくと今よりもかなり楽な生活になることがわかった。


「でもなんか怖いよな。」


「今の感じだと割り切って考えたほうがいいよ?」


「まぁ、それしか無いか。」


「あるいは………。」


「あるいは?」


「結婚?」


「………はぇ?」


自分でも意図しない声が出た。それほどまでにその一言には破壊力があった。というかマジで言ってる?


「私の方はそんなに使ってないし収益化も通ってるし。」


「お、おぅ。」


気がついたら沙奈がものすごいことになってる。いや見てきてなかったわけじゃないが、結構凄い勢いに乗っている。


「それにバイトもしてるし。」


この人ストイックすぎない?


「亮太の必要分補うくらいは出来るよ?」


「あぁ…沙奈ってすげぇや。でもまぁ、自分で頑張るよ。」


「そっか………。」


少ししょんぼりしたような表情を浮かべる沙奈。


「結婚は俺がちゃんと生活できるようになったら、そのときにプロポーズさせてくれ。」


「え………。」


「よく考えてみろまだ俺ら付き合ってもないじゃん。」


「だからさ、沙奈。」


「はい。」


「俺と結婚前提で付き合ってください。」


「は…い………。はい!喜んで!」


こうして俺と沙奈の結婚を前提としたお付き合いがスタートしたのだった。

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