第10話 もしかして俺、やらかしちゃった系?

――


プルルルル


電話のけたたましい音で起こされた。昨日あんな事があったのだから、日曜日の今日くらいは寝ていたかったのだが。眠い目をこすりながら、私は着信に出た。


「もしもし、藤原ですけど」


「おお、夜見ちゃんか! 俺だ、稲咲だ!」


元気のいい声。が、今日の声はなんだが少しの違和感を感じた。どこか、焦っているような……


「どうしたんですか?」


「ええと……ああ、電話じゃ説明しずらい! 今から俺は夜見ちゃんを迎えに駅に向かう。だから、出来るだけ急いで最寄り駅に来てくれ! 服装は制服! 待ってるぜ、それじゃ!」


「ちょ」


そこで電話は途絶えてしまった。やっぱり、今日の稲咲さんはやっぱりおかしい。電球の神に襲われた時でもこんな動揺は見せていなかったはずだ。つまり、それを凌ぐくらいの、もっと恐ろしいこと……


ああ、こんな事考えている暇はない。とりあえず、私はとてつもないスピードで寝巻きから制服へと着替え、スマホと財布、それから朝ごはんのカロリーバーだけを持って家を出た。


――


「お! いたいた、こっちだ!」


到着してすぐに、稲咲が普段から乗っている銀色の車体が目に映った。私は急いで自転車を降り、車へと乗り込んだ。


「おー、おはー」


一条が軽く挨拶をした。私は息が切れる中、何とか挨拶を返した。


「それで、どうしてこんな早くに俺たちを呼び出したんだ?」


一条が尋ねる。私も気になっていた所だ。


「それがさ、俺たちが所属している陸上自衛隊神殺特別科ってあるだろ?そこの本部に呼ばれちゃってさ。それも、お前らと一緒に」


「ほんほん……」


「なる……ほど……」


「「って、ええええええ!?」」


驚きの声が漏れた。しょうがないだろ。


「本部に呼び出されるなんて、よっぽどの事が無いとありえないんだが……お前ら、なんかやらかしたか?」


「え、私何の悪いこともしてないですよ!」


私はぶんぶんと首を横に振った。


「まぁ、夜見ちゃんはそうだろうな。でも問題は……」


「……俺?」


一条はぽかんとしながら言った。いや、一緒に行動してる中で特に目立った行動は……あ、あったわ。カマキリの時のナンパ祭り。


「ま、悪い方に転がろうが、もう引き返せねぇな! 覚悟決めていくぜ!」


不安と私たちを乗せた車は、目的地へ向けエンジン全開で走っていく。


――


「着いたぞ」


私たちは車から降りた。目の前には、東京駅のような、美しさと歴史を感じさせる建物がそびえ立っていた。


「俺、こんなとこ知らんぞ」


「普段は税務署として扱われているが……こんな山奥じゃ、人目にもつかんだろうな。ふつーに暮らしていれば目に入ることはない。それが、いい感じのカモフラージュになっているんじゃないか」


確かに、ここはかなりの山奥だ。辺りには木々が群生し、都市部は遥か彼方。そんなことを考えていると、奥から1人の女性が近づいてきた。


「稲咲関東支部長、一条様、藤原様。本日は御足労頂き感謝申し上げます。建物の中で神殺特別科長がお待ちです」


私たちは促されるまま建物の中へと入っていった。


――


「着きました。ここが科長室です」


「おい、失礼な態度だけは絶対すんなよ」


稲咲さんの言葉に頷く。そして、互いに見つめあった私たちは、稲咲さんのノックで部屋へと突入する。


「失礼します! 神殺特別科関東支部長、稲咲龍介と申す者です!」


「同じく関東支部所属、藤原夜見です!」


「同じく一条薙です!」


私たちは大きな声で言った。すると、今まで後ろを向いていた椅子がくるりと回転し、こちら側を向いた。


「よく来てくれたね」


そう言ったのは、黒光りした髪の毛に、若干垂れた目に眼鏡をかけ、優しげな表情をしながら独特の威圧感を持つ、初老の男性だった。


「初めまして、私は神殺特別科長、神田慎治かんだしんじと言う者です」


神田さんがぺこりと挨拶した。私たちはすかさずお辞儀をし返す。


「あ、緊張しなくていいよ。何しろ今日は、君たちを褒めるために呼び出したのだから」


神田さんはニコリと微笑んだ。そこでようやく、私たちの緊張は和らいだ。一安心だ。


「さて、稲咲くんは、この子たち2人が独断でカマキリの神を討伐し、民間人を神から守ったのは知っているかい?」


「い、いいえ……昨日、我が隊の観測所では、神の発生を捉えることができませんでした」


「そうか。じゃ、これが初耳か。……どうだい?素晴らしいと思わないかい? 神の力を手にしたばかりの高校生が、ここまで立派に仕事をこなしたことが、今まであっただろうか?」


「存在しないかと」


「だよね。だから私は2人に……これからは稲咲くんたちと同じく、民間人の救助を行って欲しいと考えている」


「そんな、無茶です! 本来民間人の救助は、本部でみっちりと経験を積んだ、戦闘系の神の力を手にした者のみが出来ること! それを、まだまだ経験の浅い彼らに……」


稲咲さんは声を荒らげた。私たちにはこの状況が、あまりよく理解出来ていなかった。とりあえず、神田さんは私たちの事を認めてくれていて、ひとつ上の業務を行わさせてくれそうだと言う事。これは伝わってきた。


「いや、私は彼らを信じたいな。彼らには一般の隊員とは違う「何か」が感じられる。しかも、稲咲くん。君も、彼らにやらせたいんじゃないか? 君が否定する時は、もっともっと恐ろしいはずだが……」


「でも規則が……」


「今まで規則を破りまくってきた君が何を言う。規則でとやかく言うのであれば、私に分があるはずだよ」


神田さんがそう言った瞬間、辺りを静寂が支配した。そして、数秒の時が経った。


「……私の負けです」


「そう言うと思ったよ。じゃ、藤原さん、一条くん、頼んだよ」


神田さんはまたこちらにほほ笑みかける。これは……私たちを、信じてくれている、ということでいいんだよな?それなら、感謝を言わないと。


「あ、ありがとうございます!」


「いえいえ……そうだ、2人とも。2人は何やら、神様研究会なる面白い部活を立ち上げようとしているみたいだね。稲咲くんから聞いたよ」


ん?突然神田さんは何を言い出すんだ。確かに、やろうとはしているけど。


「いい活動だと思うよ。でも、顧問をやってくれる先生は、多分いないよね。神様に詳しい人なんて」


そうだ。部活には顧問が必要だった。盲点だ。


「だからさ、稲咲くん。君が顧問をやってあげなさい」


「は、はぁ……でも私、職員免許持ってないですよ……」


「部活の顧問くらいなら、誰だって出来る。私が話を通しておこう。それに……君が教えた方が、知識がない人よりもいいだろうし、メンバーもきっと楽しいはずだ。……いいかい?」


「わ、わかりました」


稲咲さんは根負けしたような声で言った。


「じゃ、帰って結構。ご苦労さまね」


「「「し、失礼しました!」」」


私たちは声を合わせて挨拶をし、退出した。


――


「はぁー、疲れたー!」


稲咲さんは外に出た途端、大きく伸びをした。何やら、相当疲れたようだ。


「おいおい、結局何がどうなったんだ?」


一条が質問した。


「あぁ、簡単なこった。今まで君らは、人がダンジョン内に吸い込まれていない、神様しかいない簡単なダンジョンを攻略させられてたんだ。それをこれからは、人がダンジョン内に取り込まれて、その人たちを救助しなければいけない業務もこなせるようになったんだ。つまり、一条がしたいような、「人を助けてロマンティック! そのまま彼女にしちゃえ!」が通りやすくなったってことだな」


「おお! まじか! やったぁー!」


一条は子供のように喜び飛び跳ねた。いや、喜びすぎだろ。


「でも、さっきまであんなに反対してたのに、こんな簡単に受け入れていいんですか?」


私は思った事を言った。いくらか不自然だ。


「ああ、あれね。演技」


「???」


「本当の事を言えば、俺はお前らを早く実戦投入したかったんだ。でも、それをすると絶対反対意見がでる。だから、神田さんと一芝居打って、あのような形で決まったんだぜー! って感じにすることで、文句を言わせないようにしよう! っていう作戦だったんだよ。全部、仕組まれてたってわけね」


なるほど。納得した。それにしても、そこまで期待してくれるなんて……頑張らないとな。


「じゃあ、俺らの顧問やってくれるってのも打ち合わせ済みだったのか?」


「それは……神田さんの完璧なアドリブ……俺、知らなかったもん」


稲咲さんは情けない声ではぁとため息を着いた。それを見た一条が稲咲さんを指さし、大笑いした。いや、せっかくやってくれてるのにそれは、あかんやろ。


「じゃ、これからよろしくな。い・な・さ・き・セ・ン・セ!」


「はぁ……ガンバリマス……」


稲咲さんのため息と、一条の笑い声が森の中にこだました。

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世界を救う神の力をやべーやつに与えてしまった 大城時雨 @okishigure

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