幸福なプレゼント

弥生

幸福なプレゼント


 10月9日は私にとって、とても複雑な気持ちになる日だ。


 15年前の10月9日の午前3時に私は産声を上げた。

 だけど同時に、その日は私を産んでくれた母親の命日にもなったのだ。


 父と母は、大恋愛の末に結ばれたのだという。

 生れつき体が弱かった母は、子どもを産むのは諦めた方が良いと言われていた。

 母の命が危ぶまれる危険性があるのならばと、父も子を産むのを反対していた。

 けれど母は、私がお腹の中にいるとわかったとき、産むことを決意したという。


 母の命を奪って産まれてきた私は、いったい誰に存在を喜ばれるというのだろうか。


 母を亡くして脱け殻のようになっていた父は、仕事に没頭することでその悲しみを忘れようとした。

 祖父母には、あの娘を返してと泣かれてしまった。


 私は……私が生きているというだけで、母を殺した証なのだと、母の家族を見るだけで心に刻み込まれるようだった。


 唯一、私を私として見てくれたのは、子を持たない母の姉だった。

 父親からも見放された私にミルクを与え、命を長らえさせてくれたのは伯母ただ一人だけだった。

 私を引き取りたいと申し出てくれたけれど、祖父母にあなたはあなたの人生があるのだからと止められたらしい。

 一緒に暮らすことはできなかったが、折々連絡のやり取りをしている。


 憂鬱な誕生日を過ごす私を気遣い、毎年一緒に過ごしてくれていたが、今年はできそうにないとの連絡が届いた。

 伯母もしばらく体調を崩しているとの事。少し心配だ。


 一人、喪服の誕生日が過ぎる。


 そう思った時だった。


 ひとり暗がりの中でダイニングの椅子に座っていると、日付指定の小包が届いた。

 送り主は伯母となっている。

 どきどきとしながら、包みを開けていくと、手紙も一緒に入っていた。


『お誕生日おめでとう。ずっと探していたものが見つかったの。廃盤となってしまっていて、見つけるまでに時間が掛かってしまったわ。遅くなってしまってごめんなさいね。あなたの15歳の誕生日に渡すことができて良かったわ』


 包まれていたのはイヤホンと見慣れない音楽プレイヤーと何枚かの四角いケース。

 この音楽プレイヤーが廃盤となってしまった物だろうか。

 生産が停止されてしまったら、後から入手しようとすると大変だろう。

 四角いケースにはCDのようなものが閉じ込められていて、このケースの中身を音楽プレイヤーに入れたら良いのだろうか。

 カセットテープは古い番組でみたことがあるけれど、このCDのようなカセットのようなものは見た覚えがない。

 開けようとしてみたけれど、接続部分が開かない。プレイヤーの説明書を見れば、そのまま挿入するらしい。


 何の音楽が入っているのだろうとイヤホンを耳に装着して、再生ボタンを押す。

 ザザッとノイズの後に聞こえてきたのは……。


『鞠子、早くあなたに会いたいな。私のかわいい赤ちゃん』


 それは、声だった。


 この、優しい女性の声は。


『あなたに会えるのが、とっても楽しみよ。ふふっ誠一郎さんもね、ずっとそわそわして落ち着きがないのよ』


 慈しむような……そんな優しくて温かな声。


 15歳の誕生日。その日に贈られたプレゼントは……。


『鞠子、かわいい私の娘。元気に産まれてきてね』


 死ぬ間際に残された、私を待ちわびる母の声だった。


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幸福なプレゼント 弥生 @chikira

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