壊れたオルゴール
西野ゆう
第1話
「壊れています」
黄色い付箋に赤いペン字。
広大な芝生の広場でのフリーマーケット。
真っ白なレジャーシートにちょこんと正座している少女の前に、そのオルゴールが置いてあった。
無地の白いレジャーシートも珍しい、などと思いながら、しゃがみこんでオルゴールを見た。たったひとりの小さな店主の前に置かれた、たったひとつの商品。どこが壊れているというのか。
「どうぞ、お手に取って下さい」
少し俯いたままの少女は、表情を変えずに言う。
手に取れ、ということは、構造的に壊れているのでは無いのだろうか?
円形劇場の中央でバレリーナがひとり。両足を交差させ、両腕を柔らかく上げてOの字を形作っている。
「音は綺麗になるのですけど、踊りはカタカタしていて」
私は少女の言葉を聞きながら、手に取らなければ見れない部分を見ていた。オルゴールの底だ。
底は円形にえぐれていて、そこに命の源となるゼンマイを巻くネジがあった。
「鳴らしてもいいかな?」
「もちろん。ただ、あまり巻きすぎると、ゼンマイが切れるかもって」
私は頷いた。ゼンマイ仕掛けの常識だ。しかし、少女は誰からそれを聞いたのかは言わなかった。
ゼンマイを巻くと、すぐに和音を分散させて低音から爪弾き上げる音が鳴った。曲の途中からだった為、その曲名が数秒分からなかった。
和音の収まりは良かったので、胸にザワつきを感じることはなかったが、不思議な感覚はした。知っている曲のはずなのに、上手くそのリズムにも旋律にも乗れない。
つんのめるバレリーナも相まって、私の心のささくれが見透かされているような気分になった。
「らんらんらーん」
少女が曲に合わせて口ずさむ。
「らららんらん」
ああ、なるほど。
バレリーナの印象で、クラシックを思い浮かべていたが、実に日本的な、しかしながら独創的なアレンジがされた曲だった。
それは、童謡の「さくらさくら」と「うみ」を組み合わせて三拍子にした曲だった。分かってしまえば、和音と旋律が美しく心地よい。
「お嬢さん、このオルゴールはいくらだい?」
「500円です」
相変わらず少女は俯いている。
正直安すぎると感じた。磁器の本体は艶があるし、オルゴールのツメも欠けている様子はない。
「じゃあ、これで」
硬貨を一枚渡すと、少女は初めて私の目を見た。その少女の目は、さくら色とうみ色をしていた。
「無理に直そうとしないでくださいね」
私は、彼女の涙の意味を聞けずにオルゴールだけを受け取った。
壊れたオルゴール 西野ゆう @ukizm
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