壊れたオルゴール

汐海有真(白木犀)

壊れたオルゴール

〈幽霊とオルゴール〉

 オルゴールは時折、幽霊の住処となります。箱の形を模しているものが多いから、広大な世界を彷徨うことに疲れた幽霊が、入り込んでしまうのです。幽霊は暗くて狭くて小さな世界に安堵して、眠ることなく永遠に音楽を奏で続けます。そうやって壊れてしまったオルゴールを、人々は恐れました。幽霊の入ったオルゴールはよく捨てられ、でも幽霊はそれに気付くことなく、音を響かせました。


〈人殺しのわたし〉

 わたしの仕事は、悪いとされた人間を殺すことだ。わたしの持っているナイフは、沢山の人を傷付けて、銀色の刃の上に真っ赤な血を浸した。殺すのはいや。でも殺さないと、わたしの大切な人たちのことを殺すって、そう脅されているから、だから殺さなくちゃ、いけないの。いやだ――わたしは今日もそう思いながら、男の首を掻っ切った。視界に赤色が散って、泣き出しそうになりながら、ゆっくりと息をした。


〈オルゴールと少女〉

 あるところに、純真な少女がいました。少女は音楽が好きでした。あるとき少女は、一つのオルゴールを贈られます。少女は目を輝かせながら、オルゴールの巻き鍵を回しました。儚くて、それでいて美しい響きが、少女の耳に流れ込んできました。少女はうっとりとしながら、その音に浸りました。短い時間でオルゴールは止まってしまうから、その度に巻き鍵を回し直して、またその音楽を聴くのでした。


〈響くことは、すなわち〉

 わたしはベッドに横になって、涙を流している。今日もまた、殺してしまった。いやだ、と呟いた。一度言葉にしてしまえば、堰を切ったように止まらなくなって、何度も、いやだ、とささやいた。そのとき、枕元にあったオルゴールが音楽を奏で始める。わたしは呆然としながら、そのオルゴールを見つめた。聞いたことがあった、わたしのオルゴールに、幽霊が閉じ込められたんだ。でも、どこの幽霊……? その答えは、すぐに見つかる。ああ、そうか……わたしが殺した人間の、幽霊。


〈壊れたオルゴール〉

 女性は椅子に座って、柔らかな微笑みを湛えています。彼女を取り囲むように、部屋の中には数え切れない程のオルゴールが並んでいました。そのどれもが、綺麗な音楽を流しています。数多の音が重なり合って、どこか歪な響きが部屋を満たしています。けれど女性は、それで満足でした。オルゴールが壊れていることは、彼女が奪った命が、消えずに残っていることの象徴なのですから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れたオルゴール 汐海有真(白木犀) @tea_olive

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ