第2話 タイムリミット

 夜、食事の支度にとりかかっている てん しげは、テーブルに置いたカップ麺「ビッグヌードル カレー味」の蓋を半分まで剥きだした。


 今日はいつもの給湯ポットを使っていない。火にかけたヤカンの、たっぷりのお湯が十分に沸騰していることを目で確認した。

 湯を注ぎはじめ、目を凝らして、麺容器内側の目盛りピタリとヤカンを調節し終えると、すぐに、3分ちょうどに設定しておいたストップウォッチをスタートさせた。


  完成まで残り 3分00秒


 湯を注いだ繁樹は、ストップウォッチのみを眺めて、じっくり完成を待つこととした。今回は、他の物事で時間をつぶす、はしないと決めた。

 最近、自らの生活の采配がルーズになりつつあると感じた繁樹は、手始めにまず食事から見直そうと考えた。そして、このビッグヌードルであるなら、正確な湯量と温度、時間で調理する。さらには、そのことで製造会社が製品設計において本来提供したかった味を、精微に感じ取ろうとしたかったのだ。いつもの調理には、温度や時間に多少のずれはあったかもしれない。本来の味ではなかったのかもしれない。


  完成まで残り 2分03秒


 ここでアクシデントが発生した。繁樹の身体に異変が起こる。もよおしてきたのだ。実は、昼の食事がしょっぱく、これが尾を引き、さっきまでお茶をがぶ飲みしていたことが原因だ。これは、物事の適量について思い直すに至った経緯でもある。繁樹は、おちついて立ち上がり、トイレへ行き、すばやく用を足して戻った。


  完成まで残り 1分45秒


 テーブルに戻り、完成を待つカップに目をやると、繁樹はハッとした。カップのふたの粘着テープが剝がれそうである事に気が付いた。容器添え付けのテープを貼っているが、調理時にミスで落とし、服にいったん貼りついてしまったのがまずかった。いまや剥がれる直前だ。

 繁樹は左手で蓋をおさえた。なにか物を乗っけようと周囲を見渡したが、手の届く範囲で、蓋をおさえるものがない。仕方ない、このまま時間まで待つことにしよう。

繁樹は指先があったまるのを感じた。


  完成まで残り 0分30秒


 繁樹はここで狼狽した。アクシデントは続くものだと思った。箸がない。忘れていた。箸は数歩あるいて移動した場所の引きだしの中だ。

 ここで問題だ。カップをおいて箸を取りに行くと片手を離すことになる…。そうなれば蓋があいてしまう。それは、正確に調理するという今日の方針から外れている。この際、履いているズボンでも被せようかと思ったが、片手を固定したままの脱衣はリスクの点で断念となった。


 腹を括った繁樹は、やむなく蓋を抑えたまま持ち上げ、箸のある引き出しまで移動する事とした。調理中の容器内の波の発生は本来の味を変えてしまうかもしれない。

したがって、多少の揺れも今日は許されない。慎重に輸送せねばならない。


  残り 0分10秒


 移動を始める。ゴツン!と衝撃音。

テーブルの脚に小指をぶつけた。

「痛っ」

だが、姿勢をくずさず、痛みをぐっとこらえる。

急ぐとこぼれる。なかで波が発生してしまう。

急げない。


  時間が迫る 5秒、4秒、3秒…  



 ~そして、10分後~

 テーブルには「ビッグヌードル カレー味」を計画通り食べ終えた繁樹の姿があった。率直な感想として、いつもの味から、特に変わった印象はなかった。

多少の温度や時間の誤差も、製造会社の想定範囲だったのかもしれない。

 しかし、繁樹は今日、小さくとも目標を達成した、という経験を得られたので良しとしたのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毎晩同じ食事の男 肉を休ませる @yodobasi_potato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ