第5話 お互いの気持ち
一
二人が王国へ戻った時には、雷鳴が更に強く轟き、至る所に稲光が落ちている音が聴こえている。
城下町はワー、キャーと阿鼻叫喚がこだまして、町の人たちの大半は、城から離れた場所へ避難している。そこには、薬屋の主人もいた。
「おお、あんたら。良いところで戻って来てくれた」
主人の顔色は今の空のようになっている。
「一体何があったんですか?」
ユリアンが訊く。
「大変だ。妙な霧が城の方へ入って行ったんだ。兵士たちは総動員で城の方へ行ったよ」
おろおろとした声色で話す。
主人の言葉でユリアンとノーティは同時に城を見る。
城の方からは微かだが悲鳴が聴こえている。
『行こう!』
二
城内に入ると、兵士やメイドたちが縦横無尽に駆け回っている。皆の顔が恐怖の色一色に染まっている。
その時、最初にマーク王とジョン大臣と一緒にいた兵士三人組に会った。
「おお。あんた達は!」
中央にいた背が高く細身の兵士が声をかける。
「丁度良いところに戻って来てくれた」
小柄で標準体型の兵士が、オアシスを見つけた時のような声を出す。
「何があったんだよ?」
「大変だ! 死神が謁見の間に現れたんだ!!」
『何だって!?』
小太りの二人の中間の身長の兵士が、入口へ足を向ける。
「あっしらはこれからメイド達を外へ避難させないと」
「分かった。私達は謁見の間へ急ごう」
「ああ」
「避難させたら、俺らも後を追う」
と長身の兵士は一目散にメイド達を連れて外へ行く。
焦燥の色が滲む足で謁見の間の扉まで着いた二人が、バアン!! と巨大な木製の扉を勢いよく開けると、
「――」
その音に気付いたそれ――死神がゆっくりと振り返る。
その顔は髑髏なので、目はくぼみ、骨だけだが笑みを浮かべているように見える。その髑髏を覆うように、常闇の色をした端がボロボロのローブが纏われている。
その死神の奥には、恐怖に満ちた顔で必死に娘を守るように抱きしめているアンナ王妃と、そのすぐ前には愛する妻と子を守る為に死神にこわばる斧を構えるマーク王の姿がある。
床にはジョン大臣や五、六人の兵士がガラス片のように横たわっている。皆、肌が今のリリー王女のように青白くなっている。
「狩りの邪魔をするとは、無粋な輩じゃな」
しゃがれた老人の声で二人を侮蔑する。
(同じ老人の声でも、白蛇と全然違うぜ。マジで耳障りだ)
ノーティが心で嫌味を零す。
「貴様が今回の事件の元凶か。一体何故リリー王女を――この国を襲う?」
ユリアンがブロードソードを抜いて、凄みのある声で問う。
「フ、知れた事。この国の魂を喰らう為じゃ」
「フ~ン。リリー王女を襲ったのは、見せしめとかそんなところかな? んで、恐怖に陥ったところを容易くいただこうって寸法ってところか?」
ノーティが怒りを通り越して呆れた声で、両手を広げて首を左右に振る。
「ほう、流石ハーフエルフの賢者だな。察しが良い、その通りだ」
「ハ。趣味の悪いこった」
ノーティの言葉に、ユリアンも同意とばかりに頷く。続けてユリアンが口を開いた。
「一つだけ聞いておきたい。あの吊り橋はお前がやったことか?」
その目には怒りが微かに込み上げている。
「そうだ。『命の薬』を貰う事を城の外から聴かせてもらった。阻止するために薬を持っていたそこの賢者を落とそうと試みたのだが、結果は見ての通りだったがね」
当てが外れたような声を出して答えた。
やはり、と二人は確信に変わった。失敗したにも関わらず、死神はものともせずといった感じで、
「フフフ。丁度良い。お前達の魂もこのままここでいただくとしようか」
死神は、自分と同じくらいの鎌の刃を上に向ける。
「……やるか」
「ああ」
三
いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。
ユリアンとノーティが同時に死神に攻撃しようとする。
すると、死神はまるで新体操選手のようにふわっと軽やかに舞う。
「!」
ノーティが急停止して辺りを見渡していると、死神は横たわっているジョン大臣のすぐ後ろに着地する。
「今までわしは数多の魂を奪い、喰らってきたが、やはり年を経た魂は口に合わん」
ふっとマーク王とアンナ王妃を一瞥する。夫妻はその目にビクッとし、一層身構える。
だが、すぐにユリアンとノーティに目を向け、目だけ笑いながら、
「まあ良いだろう。確かにそこの剣士の魂は、なかなかだろう。賢者の方は――論外じゃがな」
「な、何だとう!!」
激昂するノーティ。
「お前はハーフエルフだろう。長生きは味が落ちるのでな」
「てめえ、言わせておけば!」
槍をぎりぎりとひびを入れんばかりに握りしめる。
対してユリアンは、死神の言葉に目が少し引きつる。すると、
「待たせたな!」
と長身の兵士の声と共に兵士トリオがバタンと豪快な音を立てて駆けつけてきた。
「お、丁度良い所に」
ノーティが首だけ大扉の方を向いて言う。
兵士トリオも一斉にロングソードを構える。
「全く。また味の薄そうな魂の器が来たか」
つまらなさそうな番組を見ている様な声と顔で兵士トリオを一瞥する。
「てめえ……。一気に消し飛ばしてやるぜ!」
ノーティは穂先を毛氈に向けて、白く光る魔法陣を毛氈に浮かばせる。
ユリアンと兵士トリオはその間、死神を己らに引きつける。
「ハ、せい!」
ユリアンは果敢に刃を振るっていく。
兵士トリオも、今まで見た事無い敵で少し腕を震わせながらも、頑張って振っていく。
死神も負けじと鎌で防戦し、時には大きく弧を描く。
その都度、四人は必死に避けて致命傷を逃れる。そのお陰でかすり傷は多少あっても、大怪我は無い。
「なかなかやるな」
多少ダメージを受けている死神の顔からは、段々笑みが失せてきた。
「ハ!」
ユリアンが死神の胸の部分を切り裂くと、
「ぐ!」
露になったそこには、心臓らしきモノが桃色に鼓動している。
死神は慌ててローブをたぐい寄せる。どうやら奴の弱点のようだ。
「よし。あれを狙おう」
ユリアンの言葉に兵士トリオが頷き、四人が心臓を狙おうとすると、
「フ!」
死神がふわっと軽やかに跳びあがり、ユリアンと兵士トリオの頭上を鎌で掠める。
『!!』
すると、突然四人の瞳孔が一斉にかっと開いたら、次には光の粒が頭上に集まって、みるみる肌が青白くなり、ドサリと仰向けに倒れこんだ。
「な、ユリアン。皆!」
ノーティが詠唱を中断して、ユリアンの元へ駆け寄る。
ユリアンの体は、今のリリー王女と同じ様に蝋人形になっている。
その姿はヴィヴィアンの時と違い、非常に不気味だ。
「カカカ。油断大敵とはこのことじゃな」
死神は高笑いしながら四つの光の球――魂を手の甲を上にしてわし掴む。
「ふむ。やはり剣士の方の魂は予想通りなかなかの美しさだ」
とコバルトブルーに発行する魂を美術品のようにしげしげと眺める。
「てめえ!」
目を吊り上げて、自身の身が炎のようになる。更に、内側からは光のオーラが泉のように湧き出てくる。
「まずは王族と兵士トリオの分だ。ホーリーボール!」
穂先からサッカーボール程の大きさの光の球を六発ぶつけていく。
「な、く!」
パシュ、パシュと当たる度に死神の動きが鈍くなる。
「く、おのれ……」
まともに当たり、ふらふらになる。やはり聖なる光に弱いようなのは見た目通りと言うべきか。
「とっととユリアンや皆の魂を返しやがれ! クレセントレイン!!」
光の雨が死神を始め、謁見の間全体にシャワーのように降り注がれる。
「ぐ、う、い!」
まともに浴びて、どんなにローブや鎌で防御しようにも光の雨は容赦なく当たる。その為か、死神が生まれたての小鹿のように震える。
ただ、ノーティにとって悪と思っていない者には平気なようで、現にマーク王とアンナ王妃夫妻は痛がっていない。
二人はこの雨を、緊張が少しほぐれた顔で慈雨を惜しみなく浴びている。
「とっとと黄泉へ還っちまいな!」
すかさずノーティが死神のすぐそこまでやって来て、息も絶え絶えになった死神の露になった心臓を一気に貫いた。
「ぐ、あああああ!!」
咄嗟で避けられなかった死神は、絹のような断末魔を上げて、ボロボロと崩れ落ちていった。
崩れた骨を覆っていたローブも、サアァと間もなく灰になって消えていった。
「ふう……。終わった……」
ノーティが片膝をついて、トライデントで体を支えて少し荒い呼吸をする。
死神がいた所から、二十ほどの光の球がふわふわと浮き上がり、それらがユリアンを始め、それぞれの魂の主の肉体へと戻っていく。
魂はそれぞれの頭上からゆっくりと奪われた時と逆の動きで戻る。
「ユリアン!」
疲れた体に鞭を打ちながら立ち上がり、ユリアンの元へ駆け寄る。身体を抱き起すと、魂が戻った事で肌の色は戻ったが、目を覚まさない。
他の人も同じだった。
マーク王とアンナ王妃も再び絶望の色に染まりかけたその時、
「皆さん!」
パタパタと静かながらも焦った音を立てて、ヴィヴィアンが謁見の前へ入って来た。
必死だったのだろう。汗が顔中にふつふつと出ている。
「ヴィヴィアン!」
『ヴィヴィアン殿!』
少し絶望が拭えた顔で、駆けつけたヴィヴィアンを見る。
「やっつけたのですね……」
「ああ。でも……」
「『命の薬』ですよ」
「え、あ、そうか。すっかり忘れてたぜ」
ノーティはローブのポケットから『命の薬』を取り出して、ユリアンにかける。
すると、ユリアンのまつ毛がふるふると動いて、ゆっくり目蓋が開いた。
「あ……」
作業台で目を覚ました時と同じように、首を振り子時計のようにゆっくりと動かして起き上がる。
「ノーティ……。あいつは……?」
「大丈夫。俺が仕留めたよ」
「そうか……」
「立てるか?」
ノーティが右手を出す。
「ああ」
ユリアンも右手を出して、相棒の右手をがしっと掴み立ち上がる。
(あの時と逆になったな)
ユリアンを見て、微笑んだ。
「ノーティ殿。こちらにも」
「あ、はい」
マーク王が手招きをする。ノーティはハッとして頷いて、そっちへ行って、マーク王に『命の薬』をしっかりと渡す。
「有難う」
アンナ王妃はリリー王女を一旦仰向けに寝かせて、『命の薬』をユリアンと同じ様にふりかけのようにかける。
すると、こちらもふわふわのまつ毛が動いて、重たかった目蓋に漸く光を見ることが出来た。
「あ……」
『リリー!!』
両親の歓喜に満ちた声で愛娘に声をかける。
「お父様、お母様……」
漸く聞けた愛娘が自分達を呼ぶ声に感涙する。
「……あ」
ノーティが気付いた。マーク王が今持っている『命の薬』が入っていたひし形の瓶に薬が無くなったのだ。
「マジか。これじゃあ、他の皆が……」
「これを」
すかさずヴィヴィアンが三本の同じ瓶を青紫色の帯から取り出した。
「これは?」
「もしかしたら、と思って急いで追加で作りました」
用意の良い人だ、とノーティとユリアンは思いながらも、ユリアンは薬を受け取った。
その時、彼が渡したローズクォーツが淡く光っていた。秘かに。
「有難う」
ユリアンはすぐにジョン大臣や兵士トリオ、そして他の兵士にかけていった。
皆すぐに意識を取り戻し、歓喜の声が謁見の間に響いた。
四
「さて。本当に有難うございました。ユリアン殿、ノーティ殿。そしてヴィヴィアン殿」
漸く落ち着きを取り戻した謁見の間で、国を代表してマーク王が三人に嬉しさがこもった声で礼を言う。
今度は立ちながら、王の話を対照的に静かに聴いている。
アンナ王妃もリリー王女も王が礼をしてすぐに最敬礼で頭を下げる。
「貴方がたのお陰で、娘も無事元に戻りました。そのお礼に――こちらを」
ジョン大臣がパンパンと乾いた音で手の平を叩く。すぐに兵士トリオがユリアンとノーティの元へ小箱を持ってやって来た。
ノーティが小箱を受け取り、中を開けてみると、
「え。こ、これって」
ノーティが目を見開いて驚く。ユリアンも覗いてみてみると、彼もびっくりする。
中に入っていたのは、楕円形の瓶に若草色の水が入った薬が三本。
そう。これは店では三千ゴールドもする体力と魔力両方回復するヒールエリクサーだ。(因みに薬草は十ゴールド)
「こんな立派な物……本当に……」
「ええ。娘を、この国を救って下さったのですもの。是非とも受け取って欲しいのです」
アンナ王妃が演説のように二人に言う。
「……では、有難くいただきます」
ユリアンが根負けした声で、頭を下げて礼を言う。
ヴィヴィアンには、これからもお願いしたいという意味で、国を代表して寄付金をいただいた。
ヴィヴィアンは清水のような流れで頭を下げた。
翌日。その日の夜は町の人も招いて宴が催された。
ホールやダイニングルームはディスコのように大盛り上がりだった。
薬屋のおじさんはウィスキーをガッツリ飲んだり、兵士トリオは配膳したり、町の人と一緒に飲んだりと大わらわだし、リリー王女は同年代の子達と楽しく談笑している。
その頃……。
「ふう……」
トイレから出て来たユリアンが、布巾で手に残っている雫を拭いながら、薄暗い廊下を歩いていた。
「よっ」
バルコニーにいたノーティが、ユリアンに気付いてやって来た。
空はあんなに轟いていた雷鳴や稲光が、嘘のように静穏を取り戻し、仄かな藍色がこのバルコニーを――ステア王国全体を包んでいる。
「ちょっと……良いか?」
「……ああ」
二人はバルコニーに出て、澄んで無数の星がハッキリ見える夜空を眺めながら、
「ユリアン……」
「ん?」
「お前、ここへ来る前に言ったよな。「私がいなくともお前はやっていけるか」って」
「ああ……」
自分の言葉を顧みて、ちくりと胸に針が刺さる。それでも表向きにはあくまで平静に接する。
「『命の薬』の材料の『聖なる水』を取って来る道中、随分きつかったんだ。そりゃあそうだよな。いつもお前が前線に立ってくれてたんだから。そして、お前がいないだけであんまりにもつまらなかった」
「……」
「その時にな、俺思い知ったよ。お前がいなかったら戦いはともかく、心の方や人間関係で大分参ってしまって――最悪の場合、牢へ入れられてもおかしくないなって」
ノーティの告白に、ユリアンは波紋の無い水のように静かに耳を傾けている。
光が溢れているホールがわいわいがやがやとしている中、二人がいるバルコニーは時が止まっているかのように
「お前も知っての通り、俺ってこんなんだからいつ見限られてもおかしくない。もしかして、今回の事でお前に愛想を尽かされて「もう別れようか」と言って来るんじゃないか、って『聖なる水』を汲んでくる最中、ずっと不安だったんだ」
「……」
「やっぱり、俺はお前がいないと駄目なんだ。あの時、軽く受け流していて本当にゴメン」
彼の微かに涙が混じった言葉を聴いたユリアンは、体をノーティの方へ向け、
「……そうか。私も実はヴィヴィアンの家へ向かう道中、お前と似たようなことを考えていたのだ。お前なら一人でも何とでも出来るからいつ離れてもおかしくない、とな」
ユリアンは苦笑しながら続ける。
「だが、お前の言葉を聴いて、私の考えはいつか徒労だったと内心安心した」
ノーティは首を垂れて、耳まで赤くして、手すりに突っ伏す。
「それにしても。今回お互いの存在を改めることが出来たのは、ヴィヴィアンのお陰とも言えるな」
ユリアンが真上に瞬いている一際大きなコバルトブルー色の星を見つめながら、また苦笑する。まるであの人の様な星を見つめて。
「……まあな」
ノーティも苦笑する。
「二人とも。ここにいらっしゃったのですね」
二人が振り返ると、そこには件のヴィヴィアンが、出会った時と変わらない白い肌でバルコニーへやって来た。
『ヴィヴィアン』
今回のある意味恩人とも言える人物の登場に、まるで人見知りのようになる二人。
「マーク王が二人を呼んでいますよ」
「え、あ、ああ。分かった、行くよ」
ノーティとユリアンは慌ててホールへ戻っていった。
「あ……」
ヴィヴィアンはユリアンがさっきまで見ていたところを見てみると、それを見て一筋の涙が頬を伝った。
その星の瞬きに呼応する様に、ローズクォーツのペンダントが淡く光っていた。
ネクロフィリアの命 月影ルナ @shadow-tsukikage
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