第2話 後編「少女は俺の奴隷」

 昨日は大変気持ちよく眠れた。

 こんなにぐっすり眠れたのは十年ぶりくらいかもしれない。

 いつも何かしらの変な夢を見やすいのだ。

 旅先でのハプニング、妖怪婆に襲われそうだったり、迷路に迷い込んだりと、内容はさまざまだが俺って呪われているのかと思っていた。


「クマ親父、朝ご飯」

「はいよ。ミルク粥でいいか?」

「いいよ」

「助かる。これしかないんで」

「商売する気なしかよ」


 小麦とミルクの粥はこの辺では獣人が主に食べる一般的な食事だろうか。

 いやミルクなのは上流家庭かな。一般人はお湯のお粥を食べるから。


「うまいなこれ」

「だろ。ミルク仕入れるの大変なんだ」

「だろうな。これだけの都市だからなぁ」

「そういうこって。お客さんは結構そういうの詳しそうだね」

「一応商人なんで一般品の流れくらいなら」

「なるほどな。冒険者じゃないのか」

「ああ、一応な」


 俺は冒険者というよりは商人だろう。旅商人だな。

 でもたまに金がないと冒険者まがいのこともしたことがある。

 パーティーから追放されたこともあるいわくつきだ。

 俺の何がそんなに気に食わないのか。ペドラーの何が悪いってんだ。


 人間には天職があると信じられている。

 十五歳になると神殿で授けてもらうのだが俺はペドラーつまり旅商人だった。

 旅商人は商人でもあるし冒険者でもあるのだ。

 だから戦闘も買い物もある程度できる。それで一部の冒険者には俺みたいな「なんでもできるやつ」は相当目障りらしく、よくつつかれるのだ。

 ペドラーは冒険者エクスプローラーよりも下に見られているので、余計軋轢があった。

 そんなこんなで不満爆発なんでお前ばっかり、と言われてペドラーだからと答えたら「お前は追放だ」とこうなるわけ。


「あはは、バカばっかだな。お疲れ様」

「それ以来俺はほぼソロだな」

「よくソロなんてやってられるな。逆に尊敬する」

「そうだろうな。国をまたいで一人旅とかギャグの領域だもんな普通なら」

「それがペドラー様になると平気でこなすと」

「まあそうだな。うん。それでまたなんであいつなんかがと無限ループ」

「まったく。人間は碌なこと考えんな」

「おうよ」


 ペドラーの一人旅。

 モンスターに襲われたらソロなんて死ぬようなものだ。

 冒険者は普通群れる。みんなで合わせて仲良くすればいいのに気が荒いやつばかりなのだ。

 それでも死は怖いのでパーティーを組む。

 みんな不器用なりに役割をこなして進むわけだが、ペドラーは一人旅仕様なので料理もするし戦闘もするし荷物運びもするし、なんでもできてしまう。

 それが反感を買う。お前はずるい、チートだと。

 中にはペドラーなのを隠して冒険者や荷運びつまりポーターとして振舞っている人も知っている。

 だが俺に言わせればできるのにしないほうが職務怠慢ではないのだろうか。

 パーティーのために全力を出せば、御覧のあり様となってしまう。

 なぜなのか。俺も納得しがたい。


 そういう訳で胡椒を一人で運べる。

 もちろん費用は一人分で済むので格安だ。その分利益がデカいという。


「オレンジ一つ。いやカゴ全部欲しい」

「ありがとうございますってお客さん。ちょっと待って」

「えなんで?」

「カゴ全部って正気ですか? それ意味理解していますか?」

「もちろん。俺は他国の風習にも詳しい」


 オレンジの少女が顔を真っ赤になって慌てている。

 周りの露天商の人もその行動に注目していた。


「お、お買い上げ。あっ、ありがとうございます。ぷしゅぅ」


 あぁぁ、耐えられなかったのかうずくまってしまった。

 立ち上がって目からポロポロこぼし始めた。


「ずみばぜん。私、こんなことされるのはじめてで」

「そりゃ人生で二度はないように誓う」

「そうですけど、こんなオレンジ売ってるくらいしかできない私で、いいんですか?」


 泣きながら小首をかしげる。そのしぐさも、めちゃくちゃかわいい。

 まわりも歓迎ムードのようだ。

 よそ者の俺に引っ込んでろとか言われなくてよかった。


「お父さんのところ行ってきます」

「あ、ああ」


 走って行ってしまう。

 その間、俺がバシバシ背中を叩かれまくっている。


「おめでとうっ」

「おめでとう。あんたも見る目あるな」

「人間の癖に見る目があってよかったな」

「まったくだぜ。あの子、人を見る目があるのに、全然だったからなぁ」

「まったくまったく、あはは」


 顔を赤くしたまま父親らしい猫耳オレンジのお義父さんを連れて戻ってきた。


「あんたか、俺の娘を欲しいってのは」

「はい。名前はバル。マルシラ一族の末裔、バル。名字はないです」

「おうマルシラ一族の末裔、バルな覚えたぜ」

「職業はペドラー。旅も売買も冒険者もできます。イルクルー王国から馬車を乗り継いでひとりできました」

「イルクルー王国からソロか。いい度胸だな、信じがたいが」

「俺にカゴのオレンジをすべて売っていただけますか?」

「おとうさん。この人は信頼できる、と思う」

「ああ分かった。売ってやるよ。畜生。俺のかわいい娘がまさか『大人買い』とはな」


 これが世にいう「大人買い」という習慣だった。

 ある商品を全て買う。それはつまり売り子の彼女を買うという意味になる。

 商品の代金は本当に支払う義務がある。

 女の子は奴隷ではあるが商品ではないので売るわけではない。

 商品を売買できるだけの甲斐性と信頼が求められているのだ。


 それだけ胡椒は金になった。丸儲けだ。

 今まで溜めた資金と今回の代金で十分オレンジの大人買いはできる。


「私の名前はミシェル。ホラムロン一族の末裔」

「そうかミシェルか。いい名前だ」

「ありがとうございます」

「ああ」

「――お父さん」


 彼女の首輪が父親の手で外される。

 奴隷契約の首輪なので父親以外に外すことはできない。


 俺に新しい首輪を渡される。


「私に首輪をください。新しいご主人様」


 彼女が涙を流しながら上目遣いで声を掛けてくる。


「分かった。これからは俺がご主人様だから、一生大切にする」

「はい。ありがとうございます」


 首輪を嵌め、金具を固定する。

 これでもう彼女は俺の奴隷だ。つまり妻になったことを意味する。

 それはこの国の習慣だけれども、俺もそれを尊重する。


「オレンジ売りはどうしようか」

「あの、妹がいるので」

「そっか、よかった」


 確かに彼女を小さくしたような子がお父さんの後ろにくっついて俺を観察している。


「妹の名前は?」

「秘密です。妹にご主人様を取られてしまいます」

「あはは。なるほど」


 これは戯れではなくてそういう習慣らしい。よく分からないけども。


「これから私はえっと……」

「砂漠のオレンジ。これをイルクルー王国で売る」

「これをそんな遠くで」


 さすがに目を丸くした。冗談だとは思っていないようだ。


 味も悪くない。旅は二週間程度かかるが、それまでに悪くなったりはしないだろう。オレンジは比較的長期間保存できる。

 向こうでも売ってはいるが高級品だった。

 それがこの街では獣人が露店で販売しているから俺は驚いたのだ。

 どこの富豪かと思ったが、ここいら一体が産地だと知って納得した。


 多くのことは知っているが、知らないこともある。

 旅をすれば新しい発見があった。新鮮なことが知れて非常にうれしい。


「ご両親とお別れは?」

「母はもういません。父とはお別れは済ませました」

「そうか、じゃあ行こうか」

「はい」


 こうして俺は大人買いを決行して彼女とオレンジを買った。

 後悔はしていない。

 彼女は人を見る目がある。それだけでも十分な資質だ。

 それになりよりオレンジの髪と耳。これに一目惚れをしてしまったのだ。


 一時は露店が大騒ぎになったが、なんとか収まったので俺たちは王都を去り来た道を戻る。

 行きは一人旅だったが帰りは二人旅だ。


「王都の外は砂がすごいですね」

「外にはあんまり出ないのか」

「はい。半分は砂漠なので」

「だよな」


 ミセドラシル賢王国は砂漠地帯にある。

 砂漠と言っても草が生えていて放牧の牛がいる。


「ミルクの正体はこれか」

「ええ、大都市でも需要をなんとかまかなえているようですね」

「なるほど」

「牛さん、たくさんいますね」

「そうだな」


 こうして放牧の牛を見ながら馬車は進んでいく。


 一週間ほどで国境まできた。


「いよいよ国境だけど」

「はい。緊張してきました」

「別に大丈夫だから。俺の奴隷だからな」

「はい。ご主人様」

「そう言われると相変わらずむず痒い」

「バル様のほうがよろしいですか?」

「いや呼びやすいほうで好きに呼んでくれ」

「わかりました。ではご主人様と」

「そうか。いいのか?」

「はい。憧れだったんです。ご主人様になってくれる人が現れるのって」

「お、おう」


 さすがに俺も照れてしまう。

 そしていよいよ国境門の列が消化されていき、俺たちの番になった。


「止まれ! そこの男と奴隷」

「はいっ」

「はいぃ……」


 俺たちはガチガチに緊張していた。

 まさか呼び止められるとは。他の人はスルーだったのに何が違うんだ。


「どう見ても親子ではないが」

「確かに」


 そう言って俺たちをじろじろ見る。

 確かにお嫁さんにしても彼女は平均よりはるかに若い。

 結婚可能年齢ではあるけれど、その歳で結婚する人は少数派だ。貴族とかを除き。


「闇商人ではないだろうな」

「滅相もございません」

「そうか。で、どういう関係なんだ」

「あのご主人様は私のご主人様です。あの……大人買いで」

「大人買い。あははは、ロマンチストかよ、本当に?」


 大人買いとは一種伝説の類だ。

 当たり前だがそれができるだけの財力がある人は少ないので目にした人もあまりいない。

 ただ現役の制度ではある。


「分かった。じゃああれだ。キスしてみろ」

「キスですか!!」

「キス!!!」


 一斉に視線が集中してくる。

 大声出すんじゃなかった。もう後の祭りだ。

 まわりはひゅーひゅーとはやし立ててくる。


「他人の奴隷でないならキスできるはずだ」


 これは遊びではなくて本気だ。

 キスもむりやりすれば強姦とみなされ電撃を食らう。


「分かりました。ご主人様」

「分かった」


 俺とミシェルの顔が近づいていく。

 ここまで一週間。俺たちは普通に冒険者仲間であるような感じに一定の距離を保ってきた。

 旅ではその方が普通だし、楽だと思っていた。


「んんぅ、んんっ」


 キスをした。してしまった。

 彼女の唇を少しの時間、味わう。


「んんんっ、んぅ」


 彼女が離れていく。


「お、おう。本当だったのか、マジで大人買いとかしたのか」


 オレンジは俺のマジックバッグに入っている。


「オレンジをカゴ全部」

「いくらするんだよ、それ」

「金貨五十枚くらいかな」

「へぇぇ、参考にしておく。よし疑いは晴れた。通ってよし」


「「「おめでとう」」」

「「すげええ」」

「「ひゅーひゅー」」

「「この幸せ者」」


 俺と花嫁であるミシェルは門兵たちの熱烈な歓迎を受けて、門を通過していく。

 めっちゃ恥ずかしい。


「本当にこちらの女性は首輪をしていません」

「ああ、すまない。こっちだと奴隷身分なんだが」

「そうですね。しかたないです」


 門のこちら側はバスティア女王国だ。

 その名前の通り代々が女王をトップに据えてきた国家だった。


 この国には女の子を奴隷にする文化がない。

 そのため彼女は首輪をしている以上、奴隷として見られてしまう。


 人々が興味深そうに俺たちをちらちら見てくる。


「馬車に乗ってしまおうか」

「はい」


 そうしてすぐに馬車に乗り込む。

 馬車に乗りさえすれば後は目的地に向かうだけだ。


 馬車はどんどん進み一週間。

 イルクルー王国へと戻ってきた。


「ここがご主人様の国ですか」

「ああ、俺の生まれ故郷。ようこそイルクルー王国へ」


 そして王都ベデルダリスに到着するとミシェルが今まで見たことないような笑顔でソレを眺めていた。


 ――海。


「海です。ご主人様、海。すごい、青い、広い」

「ああ、連れてきてよかった」

「はいっ、ありがとうございます。私、世界を旅するのって楽しいって思います。これからもよろしくお願いします」


 彼女は優雅に礼をしてみせた。とても綺麗だった。



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少女全員が奴隷首輪をする国 滝川 海老郎 @syuribox

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