少女全員が奴隷首輪をする国

滝川 海老郎

第1話 前編「一人旅と首輪の少女」

 寒さも和らいだ三月の末、俺は旅に出た。


「バルさんどこまで行くんだっけ」

「俺はひとまずミセドラシル」

「結構遠いな……」

「ああ、でも美少女が多いって噂で」

「なんだ嫁探しかぁ、若い。若いねぇ、羨ましい」

「違うけど興味本位だ。酒の話くらいにはしようかと」

「酒と女には気をつけろよ」

「見てみたいじゃん。他国まで聞こえてくる美少女の楽園とか」

「俺もあと十年若ければくっついていくんだがな」


 ということでバルが俺。

 隣で塩を効かせたジャーキーで食っちゃべっているのが居合わせた猫耳の商人のおっさんだった。

 乗合馬車を乗り継いで進んでいく途中だ。

 俺は胡椒の袋を買えるだけ買った。隣の商人も同じだった。

 東の国は内陸側だから船で輸送してくる南国産の胡椒が高く売れる。

 塩は大商人がマジックバッグに大量に詰めて輸送するようになってから個人商人では立ち行かない商売になってしまった。


 胡椒を買った拠点にしている海洋国のイルクルー王国からバスティア女王国を抜け更に先、ミセドラシル賢王国へと到着した。


 ここまでくると流石に異国情緒というものがあちこちに見えてくる。

 特に気になるのが国境門を抜けてすぐから目立ちはじめたアレだ。


 ――奴隷首輪。


 道行く女の子。小さい一歳の子から二十五歳までの女の子全員が奴隷首輪をしている。

 黒くて革製のそれはイルクルー王国では奴隷落ちした本当に奴隷身分になった人だけが強制的に付けさせられるいわくつきのものだ。

 ここでは常識が違うらしい。


 国境門のすぐ前で乗った馬車が街の中を進んでいく。

 隣のおじさんは黒毛の犬耳だ。この人も一応商人らしい。


「なんで女の子はみんな首輪してんの?」

「西の国の人かい? これは安全のためだよ。防犯対策なんだ」

「へぇぇ」

「でも首輪なんかしたら……奴隷だろ」

「もちろん奴隷さ。でもみんな奴隷だからそれ以上に落ちようがないんだよ」

「なるほどなぁ」


 つまりこうだ。みんな奴隷ならもうそれ以上は下がらない。みんな一緒。

 街の中、少し治安の悪い裏通りを通るところだった。


「お、おう、赤いのもいるな」

「ああ赤い首輪はどの国も共通だろ?」

「まあそりゃそうなんだがな、胸糞悪い」

「まあそう言うなって」


 赤い首輪。つまり娼婦の奴隷だ。

 黒い首輪の女の子には必ずご主人様として登録された人がいる。

 女の子は全員首輪をしているのでご主人様は男性か高齢の女性だ。

 奴隷は普通、主人の命令に背いてはならない。

 特に首輪に魔法登録された契約には逆らうと罰が与えられる。

 その中の必須項目に性行為がある。

 だから黒い首輪をしている女の子は勝手に性行為をしてはいけなくて逆らうと罰を受ける。

 それは強姦だろうと発生する。電撃が一般的で男性が襲うと首輪から女の子もろとも男まで電気でしびれてしまう。この電撃。かなり痛いと評判だ。

 しかもこの電撃を浴びると不能になるという噂がある。事実らしいから実行犯はかなりのバカだ。

 つまり電撃は女の子への懲罰なのだが、暴漢対策にもなっている。

 それからすでに首輪登録されている奴隷は他の人の奴隷にできない。

 赤い首輪は特殊で性行為で罰せられない。だから娼婦専用。


 あらかじめ奴隷にしてしまえば、女の子が誘拐されて強姦されたり奴隷として売り払われるという心配から解放される。

 ただし身分はあくまで奴隷だった。この国でもそれは同じだ。


「よくこんなこと考えたよな。最低の奴隷に落とすなんて俺の国だったらロクデナシだが、全員がやっちまえば防犯になるとか」

「だろ。面白いよな。しかもこれ始めたのは百年くらい前の王女様だっていうんだから」

「そうなのか、へぇ」

「しかも絶世の美少女だったらしいな、王女様」

「そりゃまたなんで」

「命狙われたり強姦されそうになったんだろう、お可哀想に」

「あぁ貴族も怖えな」

「まったくだ」


 賢王国では美少女が多いと遥か昔から有名だった。

 しかしそれが仇となり女の子たちはずっと誘拐され奴隷に落とされて売られるということが平然と行われていた。

 百年前には昼間であろうと女の子だけか一人で歩くことは危険すぎて禁止されていた。

 それでも誘拐は収まらないどころか専門の犯罪業者が多数存在していて有名だったほどだ。

 他国の裕福な金持ちはこういった美少女を侍らすのをステータスとしていたのだ。

 みんな誘拐されてきた事実を知っていても、この風習は長い間続いてきた。

 さすがに今は違法売買の奴隷少女の話はごく稀にしか耳にしない。

 女の子たちはとっかえひっかえに性奴隷として扱われ、年を取ると捨てられるという。


 そして王女がそうした事態についにキレたそうだ。


「こんなのはおかしいっ、こうなったら奴隷に自分からなってやるわ」


 勇ましい姫様が自分に奴隷の黒い首輪を嵌めた。

 ご主人様として王様を指名して。


 姫が奴隷になって一年。

 奴隷王女となった姫は、貴族の娘を口説いて回った。

 強姦の心配も売り飛ばされる心配も無用。私たちは貴族の奴隷として気高く生きよう。

 女子奴隷化運動はあっという間に広がり貴族の娘は奴隷落ちした。

 みんな奴隷になってしまえば、もうそれ以上下がないので別に何か言われることもなくなった。

 奴隷だから価値が低いどころか、処女や性病を持っていないことが保証されるために貴族には逆にステータスですらあった。


 十年余りの間にこの風習はまず市民層でも裕福な家庭から広がりをみせ、じわじわと一般層にも浸透していった。

 そうして現在、この国のほぼ全員の女の子が奴隷の首輪をしている。

 しかしこの風習は他国にまでは広がらなかった。

 美少女として有名なのはこの国の女の子だけなので、その必要がなかったとも言える。

 奴隷首輪は実は金貨五枚はする高級品だ。

 魔法により普通の力では破壊も無効化することもできない。

 できるのは主人が奴隷化を解除して解放したときか、主人が死んだときのどちらかだった。


 賢王国の王都ビッシュバルテンに到着した。

 なるほど、さすが王都。美少女がたくさんいる。

 しかも誘拐される危険性が低く、治安が嘘みたいにいいため、女の子たちが露店販売や店員、ウェイトレスとして広く活躍していた。

 他国では治安が悪い酒場などでは娼婦はともかく生娘など危なくて雇ってはもらえない。それは露店販売でも同じだ。


「オレンジどうですか、オレンジ美味しいよ」

「ひとつください」

「ありがとうございますっ」


 俺は店員につられてオレンジを一つ買った。

 美少女の店員は商品と同じようなオレンジ髪の猫耳族のようで、元気はつらつとしていて非常にかわいらしい。

 俺たちの国ではこんな美少女が露店なんてしていたら裏路地に連れ込まれるのが落ちだ。


「うまいなこれ」

「ありがとうございますっ」


「胡椒買い取ってくれる店知らない?」

「それならアビレイシ香辛料店っていうのが普通だけど、あの、トレマリンク調味料店のほうが高くていいですよ」

「なるほど、どっちかな?」

「右へ行って、少し先を左です。少し小さい店ですが看板もあるので」

「わかった、ありがとう」


 こうして俺はトレマリンク調味料店で買い取りをしてもらった。


「確かに品質の高い胡椒じゃな。うちは品質が悪いのは買い取っていないのでな」

「ふむ」

「品質が高い分値段も高く売り買いするのがうちの流儀なんで」

「ありがとうございます」

「お互い様じゃろ。あっちの店なんて品質なんて二の次で量で勝負だそうだからな」

「ああぁさっき聞いた店ですね」

「あんたも腹壊したくなかったら、あっちの店で買うのはやめたほうがいい」

「分かりました。ありがとうございました」


 店のおばあちゃんは目利きができるようだった。

 この店は小さいながらにおばあちゃんを信頼しているやはりモノの良し悪しが分かる顧客がひっきりなしに訪れていた。

 その中には有名レストランのシェフもいるようだ。

 そして俺は思ったよりもかなり胡椒で儲かった。売るときに文句を言われたら困ると思い、いい物を買ってきたのが正解だったようだ。


 シェフに店の名前と場所を聞いて、オレンジの少女の所に報告に戻る。


「なあオレンジちゃん」

「えっ、私ですか?」

「そそ。猫耳のオレンジちゃん」


 そういうと顔を赤くして耳を少し垂らす。そのしぐさがめちゃくちゃかわいい。


「胡椒が高く売れた」

「いい胡椒お持ちでしたものね。私のところまで匂いがして、すぐ分かりましたから」

「お、そうだったか。胡椒は好き?」

「はいっ」

「ところでもうすぐお夕飯だけど、この後一緒にステーキとかどう? お礼」

「お礼だなんて。でもうれしいです。ありがとうございます」


 オレンジの少女は頭をぺこぺこ下げて俺にお礼を言った。

 お礼を言うのは俺だというのに、健気なものだ。


 俺たちはさっきのシェフの店に歩いていく。


「こっちということはバッフェルドですか? あそこいい店ですよね。ちょっと高いんですけど」

「そうなのか。胡椒の店の常連だからきっといい店だと思って名前と場所を聞いておいたのが役に立った」

「なかなか抜け目ないですね。トレマリンクの常連といえば確かにどこの店もいい店ばっかりですね、なるほど、そうやってつながってるんですねぇ」


 オレンジの少女はいたく感心してくれた。

 俺は何だか自分が褒められたように思ってうれしかった。


「ステーキ美味しいです」

「ああ、うまい。さすが胡椒をケチらないだけある」


 塩と胡椒のシンプルなステーキだがそれがばつぐんにうまい。

 こんなステーキは食ったことがなかった。

 肉も高級品のようで口の中で身がほどけて溶けてしまいそうなくらいだった。


 俺も長いことあちこち行っているが、ここは大アタリだ。

 それにしても店の場所は通りを二本も入ったところで目立たない。

 最初本当にここかと疑うほどだった。


 そのためか一見さんなどがほとんどいないらしく、どこから知ったのかグルメな上客ばかりが集まる高級店という感じだ。

 しかし値段は思ったよりずっと安い。

 なにか秘密があるのだろうか。

 高級店の中にはその信頼に対する価格でぶっちゃければボッタクリでしかない店もある。

 高級食材を使ってむちゃくちゃ値段が高いという店なら入ったことはある。味は相応かちょっと微妙なくらいで肉が焦げていたので、二度と行くまいと誓った。

 ここは値段相応か少し安いくらいなのだ。


 ウェイトレスの女の子も年齢が少し低くて心配だったが、年相応の笑顔はとても気持ちがよくて素晴らしいし、なにより文句なしの美少女だしで、態度も真面目だった。

 若手の教育に力を入れているのだろう。いい店といえる。


「ありがとうございました。ごちそうさまでした」

「ああ、じゃあまた。俺は宿で寝る」

「さようなら。またいつかどこかでお会いしましょう」


 俺の国では信じられないが、もうすぐ日も沈みそうだというのにオレンジの女の子は一人で家に帰るらしい。


「これのおかげで……大丈夫なので」


 少し顔を赤くして首輪を撫でる。

 首輪はどうしても少しだけだが苦しいのだ。その存在感はいやでも装着者には分かる。

 安心感もあるのだろうけど、まぎれもなく拘束されているのは事実だ。

 店の前で別れて歩き出した。


「さようなら」


 また手を振ってくれる。

 かわいい子だった。オレンジの髪の猫耳の少女。


 一瞬、出がけにした嫁を探しにという笑い話を思い出す。

 まさか俺がオレンジの猫耳少女をそういう目で見ていたとは自分でもびっくりする。

 あの子と幸せな旅をして家庭を作り、結婚する。

 どうだろうか。悪くはない。

 いや、素晴らしい気がしてくる。


 俺は恋をしているのだろうか。あんな若い少女に。俺よりだいぶ年下だ。


 宿は普通の宿だ。

 これもオレンジの少女に教えてもらったところにした。

 獣人が多いがそれ以外に変なところはない。


 そのかわりサービスはよいのに値段が安めだ。良心的なのだろう。


「なあなんでこの宿、こんなサービスいいの?」

「獣人たちは助け合いが基本だからな。人間には分からねぇと思うが」

「人間ですまんな」

「いや、お客さんなら大歓迎。もっとこう高圧的に突っかかってくる人多いんですわ」

「そりゃ嫌だな。俺は平和主義者なんでね。偽善者と呼ばれようが平等主義の何が悪い」

「あははっ、そこまで言ってもらえるなら本望ですよ」


 奴隷差別もあれだが獣人差別もある。

 この国でも獣人は一段下に見られて辛い思いをしているのだろう。

 それで安い宿をやっていると。高くすれば人間様に向かってなんだということになってしまう。


「オレンジの子に紹介してもらってよかったよ」

「オレンジのってああぁ、あの子ね。名前は名乗らなかった?」

「いや聞いてない」

「じゃあ勝手には言えないけど、あの子もいい子でな。人を見る目があるんだ。あんた連れてくるみたいにな、がはは」


 獣人のクマ親父はいい人だった。

 そうかオレンジの少女は人を見る目があるか。俺も合格だと思うと途端にうれしくなってくる。

 俺はフライドポテトをちびちびとつまんで気持ちよく寝た。

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