第5話 天使の輪
僕は山本先輩と学校の近くの公園に行った。その公園は、僕が幼稚園の頃よく遊んだ公園だった。
僕と山本先輩は公園にある、黄色いベンチに座った。黄色いペンキはペリペリとはがれていて、ズボンに付きそうだった。
公園までの道のりは、僕は無言だった。何という言葉を掛ければいいのかわからなかったのだ。その間、山本先輩は鼻を鳴らし、グシュグシュと泣いていた。
公園のベンチに座った僕たちは、シーンとしていた。お互い無言でしんみりといった具合だ。いつもは饒舌でハキハキとしている山本先輩も、今は人が変わったように落ち込んでいる。
僕は唐突に言った。
「山本先輩、悲しいですか?」
「当たり前やろっ」
山本先輩は乱雑に切られた前髪をかきあげ、キッとこちらを睨んで言った。僕はたじろいだ。
「あんたなぁ、もしあたしと立場が逆やったとしたら、あんたどう思う?嫌とかいうレベル通り越して、屈辱やろ?恥や恥っ。あたしのこと、可哀想やと思わへん?何が、山本先輩、悲しいですか、やっ!」
山本先輩は残されたエネルギーを振り絞るように、己の感情をぶちまけた。僕の発言にも配慮が足りていなかったかもしれない。
「山本先輩、今何がしたいですか?」
「泣きたいわ。号泣したい。そんでお母さんに、頭撫でられて、あたしを労ってほしい」
山本先輩は拳をギュッと握りしめて言った。拳は山本先輩の心をあらわすようにブルブルと震えていた。
「お母さんに頭撫でてほしいとか言うあたしのこと、子どもやと思ったやろ?せや、あたしは子どもや、学校では生徒会長でハキハキやっとるけど、まだまだ子どもやっ」
「別に子どもや、とか思ってません」
僕は言った。
「……なぁ、頭撫でてって言ったら引く?」
山本先輩は上目遣いで言った。乱雑に切られた前髪が彼女の心の乱れをあらわしていた。
「僕でいいんですか?お母さんじゃなくて?」
「ええよ…撫でて…」
山本先輩は僕に向って頭を向けてきた。その動作は可愛らしく、場の雰囲気に反して、反則なほど愛嬌があった。
僕は山本先輩の頭を撫でた。
サラサラとした、シルクのような黒髪だった。その黒髪には天使の輪ができていた。
片思い 久石あまね @amane11
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