第3話 出楽園

『ラジオネーム“サイクロプス”さんからのお便りです。「はじめまして。」はじめまして!

「私はものごころついた時から片目が見えません。これから生きていく中で、それは不便であり、苦痛でもあると思います。どうすれば社会に居場所をつくれるでしょうか。」

 う~ん、私自身、タバコ依存と血圧といった、よくいる中年の悩みしかほとんど経験していないので、もしかすると“サイクロプス”さんのお気持ちにしっかりと寄り添えるかどうか分かりません。

 でも今回、お便りを送ってくれて気付けたのは、私と同じように、本人もどう接するかをよく悩んでいるという事です。

 どちらかがより気遣って、相手に心配や困惑を与えないように。それは確かに大切なことです。でも、お互いに気心を明かした以上、私は“サイクロプス”さんには気遣いしてほしくないです。

 それよりも、もっと別の事を考えても良いと思うんですよね。という言葉には様々な意味合いがありますよね。

 かつては視力が悪いのも大きな障害だったけれども、眼鏡が普及して、ほとんど困ることは減りました。普段接している身近な人も、案外、コンタクトレンズだったり。

 なので、人の心や距離をとことん考えている“サイクロプス”さんには、人が見落としているような事、それをと呼ぶこともありますが、そういったモノに目を向けてほしいんですよね。

 ルドンという画家が描いた【サイクロプス】という絵には、神話に登場する一つ目の巨人が描かれています。いろいろな意味が含まれているでしょうが、たとえ多くの人と違っていても、その人なりのを深めていってほしいですね』



 寒空の下で聴いたあの日からずっと。

 その時吹いていた北風は、イヤホンのノイズキャンセリングに挑戦するかのようだった。それでも、ほんの試みで送ってみた匿名での悩みの告白は、それとなく冬の終わりに気付かせてくれたのだった。


「私の父は、瞳の大きい娘を溺愛した。それに嫉妬した母はある日、その子の片目を視えないようにしてしまった。すべては事故として、そしてまるで役者が解雇されるように、家族はバラバラに。それ以来、人は支え合って生きると皆は言うけれど、私は独り――片目で生きてきた。母は最初の他人なんだよ」

 九条さんから“リリー”の正体が分かったと言われたので、放課後、彼女を自宅へ招いたものの、彼女の口から出た秘密はあまりにも残酷で、俺は何もこたえられなかった。

「いい? 君がみたのは夢であり現実。正確には、現実に起きたことを夢見がちに捉えてしまったのよ」

「じゃあ実在するんだね」

「でも君のままの存在じゃない」

「ヴァンパイアではないんだろ?」

「でも百合の妖精でもない。ところで、お母様は?」

「母さんなら仕事だよ。といっても、もうすぐ帰るころだけど」

「お母様は何のお仕事をしているの?」

 さっきまでの話はまるで無かったかのように、彼女は質問を繰り返す。

「ドラッグストアのパートだけど」

「だから薬がリビングにいっぱいあるんだ」

「言うなよ? 廃棄みたいな感じで結構くれるんだってさ」

「君もよく飲むの?」

「食後に胃とか腸の薬を飲む」

「昼もだよね。そして夜。もしそこに少しでも多く足されてたら、食欲や睡眠に影響があってもおかしくないよね」

「まぁ…………でも」

「あの日、君のお母様は私に嫉妬のような目をしていたのを知ってる?」

「はぁ!!??」

 嫉妬とかあり得る訳ないだろ。確かに距離は近いかもしれないが、俺もマザコンじゃないし、母さんも別に。

「お父様は?」

「関係ないだろ」

「そうかな。リリーって、お母様の別名なんじゃない? そう、別のお仕事の」

 九条さんはいたって真剣で、今度は可能性をただ並べているだけではなさそうだった。だからこそ苦しい、腹が立つ。

「もうすぐ私と二人っきりだったという事実に、お母様は遭遇する。それでも君は安心してこのままでいられる? 確かにこれは賭けみたいなものだけど、しゅんの人生がかかってるかもしれないんだよ。これが私の結論。噂の『眼帯女』にはがっかりしたかな」

 17時23分。もうすぐ母さんは帰ってくる。ずるい。最初に秘密を打ち明けるなんて、やっぱりメンタリズムか何かだろ。

 あれが夢ではなかったと、最初に感じたのは他でもなく俺だった。

 そして、不審者ではなく恋人のように思えたのは、シングルマザーである母さんだったからなのか?

 推理好きな彼女にしては、どれもこれも、状況証拠ですら怪しい。けれど、説得力はあった。少し焦りのようなものすら感じさせる。修羅場を回避できるのは、起こり得るリスクを見通せる者の強味だ。

「俺たちが『嫉妬』を語るにはあまりにも若い。一緒にデータを集めよう」

 でも俺には、良くも悪くも、癖があるらしい。俺は彼女を選ぶけれど、母さんを捨てる訳じゃない。

 依頼人としてではなく、『ワトソン』として真剣に向き合ってみるんだ。

「降霊術も霊視もできないけどね」

 はにかむように彼女は首を縦に振り、裏口から俺たちは難を逃れた。

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夜半のユリも論理に如かず 綾波 宗水 @Ayanami4869

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