第2話 原罪の宿り
午後の授業の合間に彼女の姿を探したけれど、なぜだかその日はついぞ再会は果たせなかった。
そして翌朝。これまた不思議なことだが、九条未来が俺の自宅まで来ていた。
「おはよう」
「あら、俊くんの彼女さん? 初めまして、母です」
「初めまして」
「九条さん、そこは否定してよ」
「俊君、遅れるよ」
この年になって、母親からの呼び名を知り合って間もない女子に揶揄されるほど、心にくるものはないんじゃないかな。これからは星座占いのコーナーをじっくり見てから玄関へ向かうとしよう。
「それにしてもどうしたんだよ」
「この問題の一番の解決策は、単なる夢だったと証明すること。そのために、夢ではなかった可能性を潰す。それが私の役目」
「なるほど………じゃなくて、それがどうして俺と登校することに」
「お母さん、若くて美人だね」
「はぐらかすなよ」
北風に吹かれてなびく黒髪を抑えて、彼女はおよそ俺を迎えに来たとは思えない歩調で独りスタスタと学校へと向かう。時折、風向きの加減で、髪の下から白い紐が見え隠れする。
きっと後ろからしか見ていない人からすれば不思議でしかないだろうが、あまりにも印象的な眼帯姿は、もはや顔を見ずとも、ありありと想像を含まらせていくものだ。狐狸妖怪もしかり、見えないからこそ、人は実際以上に意味を探ろうとしてしまうのかもしれない。
校門をくぐり、薄汚れた上靴に履き替えている間に、九条さんはまたしても姿を消していた。まあ、クラスの連中にあらぬ疑いをかけられるよりはマシかもしれない反面、少し口惜しい気もする。
非現実的なのに、あまりにも感覚はリアルだったあの夢も、今朝の刺激か、あるいは自然なことなのかは判断つかないけれども、少しずつ印象がぼんやりとしてきていた。何がきっかけか、せっかく彼女は引き受けてくれたというのに。
「それで、一日中、リリーのことを考えてたと?」
「はい…………」
「猿以下」
気づけばあたりは夕焼け小焼け。みんなも不親切だ。下校時間ギリギリになって、九条さんが声をかけてくれなければ、季節外れの怪談を生み出すところだった。
「成果はあった?」
「ございません」
「ねぇ、お腹は?」
「え」
恐る恐る下腹部に目をやると、あるべき場所にお腹は…………あった。血塗られてもいない。
「何ビビってるの。はぁ、お腹空いてないの?」
「なんだかあの日以来、食欲がなくて」
「……首筋みせて」
「今度は勘違いじゃなくて、九条さんが変なこと言ってるよね?」
「念のため」
ずいぶんと強烈な免罪符をお持ちのようだ。念のため、か。
「良かったわね、リリーは吸血鬼ではないみたい」
「はぁ!?」
「ヴァンパイアのこと」
彼女は否定していたが、やっぱりそっち関連の人なんじゃないかな。
「あら、作家ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』のモデルは、串刺し公ヴラドという実在のルーマニアの英雄よ。同じく英雄という一面を持つ百年戦争のジル・ド・レエ、そしてトランシルヴァニアの名家出身で、血濡れの伯爵夫人とも言われたエリザベート・バートリー。吸血鬼は何も空想物語譚の中だけの存在じゃないのよ。それに吸血鬼伝承は各国に存在するし」
「ちょっと待ってよ」
「百合は聖母マリアの象徴ではある。でもジル・ド・レエと共に活躍したあの聖女ジャンヌ・ダルクだって、イングランドからすれば魔女そのもの。だから彼女は火炙りに処された」
「それはそうなのかもしれないけどさ」
「けど?」まるで彼女は挑発するかのような目をしていた。俺に何かを言わせて、推理を進めたいのだろう。
「現実的じゃない」
「ちっともね。それに、吸血痕らしきものは首筋には無いし、食欲不振は別の原因があるようね」
「その点には同意するよ」
校庭のどこかに居るであろうカラスの鳴き声が議論をしらけさせた。コウモリの羽音に代わる前に、今日は帰るとしよう。
「明日は待たせないでね」
「やっぱり来るんだ…………」
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