夜半のユリも論理に如かず
綾波 宗水
第1話 依頼人は言った
「そのとき僕はベッドにいたんだ」
朝方だったか、時計を見てはいないけれども、少なくとも夕方以降ではない日の高い時刻だった。不意に女性が僕の部屋へと入ってきた。
年上の美人な女性で、当然、知り合いであれば見覚えがあるはずだけど、記憶に思い当たる節はない。
「ここからが急展開なんだけど」
見知らぬ美人と俺は出逢ってすぐに恋人のようになるんだ。彼女は僕の寝転ぶベッドにもぐりこんでくる。いや、君にセクハラ発言してるわけじゃなくて!
ともかく、一緒に添い寝してるんだ。もうここらで記憶は曖昧なんだけど、彼女の名前らしきものを何かで見た気がするんだ。
「それが“リリー”?」
「そう。その字面からして、彼女は俺の部屋に置いてある百合の妖精だったんじゃないかなって思うんだ」
俺は少し興奮と恥ずかしさを誤魔化しながら、相談相手である九条
「それで?」
噂通りの冷たさだ。彼女は眼帯を年中、身に付けているところでも目立つというのに、そのドライさが噂に拍車をかけているらしい。
「それだけ」
「分からないかな。どうして私が貴重な昼休みを潰してまで、購買でメロンパンを買うのも諦めてまで君のみた夢の話を聞かされないといけないのって聞いてるの」
「メロンパン………」
左目の視線が少し歪んだ気がした。怒りで要らぬことまで漏らしたって感じかな。ちなみに男子高校生の俺からみて、彼女に“メロンパン”と形容すべきものは―――
「おい」
「ああ、ごめん!」
彼女はクールビューティに腕組みをし、平らな胸元を覆う。
「だって聞いたんだ」
気を取り直して俺は本題に移る。この機を逃せば嫌われたまま本当に夢幻のようにすべてが消え去ってしまう。
「九条未来は“視える”って! お願いだよ、もう一度ヘリリトスに合わせてくれないかな」
自身のショートボブの黒髪を緩やかに撫でると、おもむろに俺の依頼をつっぱねた。
「君は二点、誤っている」
「え?」
「第一に、夢の中で見たものだと自覚しながら、もう一度会いたいなどど非現実的なことを申し出ている点。次に、私はこういう見た目だけど、霊感があるわけでもないし、眼帯を外せば霊視できるなんていう超能力もないの」
「でも、中には君の一言で悩みが解決したって子もいるじゃん」
実際俺は二組のある女子の口コミで、ほぼ初対面の彼女に会いに来たくらいだ。
「推理」
「スイリ?」
「『推理する』の推理であって、オカルトも心霊もメンタリズムも使ってない。三段論法の応用。理解はできても納得するかはその人次第。だから君も怖いもの見たさで来たんでしょ」
今ほど彼女の眼帯が、社会への壁のように感じたことはなかった。その奥にはどんな色が隠されているんだろう。そう思うと、やはりどうしても彼女に解決してほしくなった。それに、昼休みを潰したのは俺だって一緒だ。
「それに、私には何のメリットもない」
「そこは、名探偵みたく“仕事が報酬”というわけには」
「そこまで推理狂じゃないし」
なぜか少し恥ずかしげ。分からない。学校で浮いている女子ランキングでも堂々のトップに君臨しているだけはある。全くもって本性がつかめない。
そうこうしているうちに、だんだんと校内の空気がどことなくせわしさを増していく。彼女は左手のシックな腕時計をみる。もうまもなく昼休みはタイムアップ。
「問題はリリーという言葉ね。それじゃ」
「え、ちょっと。それって」
「降霊術はできないから。それでもいいなら」
振り返ることもなく、彼女は手を振り、教室へと戻っていった。やはり彼女は“推理狂”なんじゃないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます