弟が連れてきた恋人が男の子だった話
PURIN
第1話
なんでこんな冷たいの持ってきちゃったんだろう。
口の中に広がるオレンジの味に、ぼんやりとそう思った。
大学に入って一人暮らしを始めた弟から、「会ってほしい人がいる」という連絡をもらったのは先週のこと。
具体的なことは何も聞いていなかったが「これは恋人だ!」と直感した。
色々あって…… 本当に色々あって、実際はとんでもない寂しがり屋なのに人との関わりを避けがちな弟にもやっとそういう人ができたんだと、勝手に喜んだ。
で、今日。
外のとんでもない寒さも気にならないくらいワクワクしながら、待ち合わせ場所のファミレスに約束よりもだいぶ早く到着して待っていたら、弟が連れてきたのは確かに恋人だった。
恋人だったけれど。
「初めまして。お姉さん。僕はですね……」
男の子だった。
彼女だと思い込んでいたら、彼氏だった。
目の前に座る二人はニコニコしていて、ただただ幸せそうだった。
「そうなんだね。おめでとう」
弟の彼氏の自己紹介を聞き終えてから、とりあえずそう言った笑顔は、引きつっていなかっただろうか。
「それで、
ドリンクバーから持ってきた、やけに冷たいオレンジジュースを口に含んでからそう尋ねた。
心臓がずっとバクバクしている。
「まだ言ってないんだ。まずは
私の内心には気付いていないらしく、笑顔で答える弟。
そうだ、弟は昔から上の姉である未来ちゃんよりも両親よりも、何故か私に懐いていた。何かあった時は真っ先に相談してくれる程度には。
ずっと私を一番に信頼してくれているんだ。
オレンジジュースをもう一度口に含む。
まだ心臓が早鐘のように鳴っている。
寒いのか暑いのか分からない。
どうやって言い訳をしたのか覚えていないが、気が付いたらトイレの個室にいた。
何をするでもなく突っ立って、ぼんやりしていた。
お互いが愛し合っていて幸せならそれでいいと思うから、同性愛は変なことでもなんでもないと思っていたつもりだった。
だからこれまでも、ネット上で同性パートナーシップや同性婚に賛成の署名をしたり、動画サイトで同性愛者であることをカミングアウトしてる人の動画を見たりしてきた。
なのに、身近な弟の恋人が男の子だっただけで動揺した。
弟をどこか遠くに感じてしまった。
そんな自分に驚きと嫌悪を覚えた。
おかしいと思っていないつもりだった。応援しているつもりだった。
でももしかして、自己満足に過ぎなかったのか?
結局、他人事としか思ってなかったのか?
オレンジジュースの冷たさがまだ喉に残っていて、脳が熱を持っている。
どうしたらいいのか分からなくて、弟達の前でどんな顔をしたらいいんだろうって。
怖くて、そんな風に感じる自分が腹立たしくてって、ぐちゃぐちゃになりそうで。
でも、ずっとトイレにいるわけになんていかないから、私はそっと個室のドアを開いた。
何の答えも出せないまま、固まった表情の自分の顔を眺めながら手を洗う。
自分の鼓動をうるさく感じつつ、ドアを押し開けてホールに出た。
顔を上げたら、弟と彼氏が会話をしている様子が見えた。
何を話しているかは分からなかったけれど、二人共笑顔で、ただただ幸せそうだった。
目が潤んだ。
何の問題があるんだ。
弟も彼氏も今あんなに幸せそうなんだ。
あんなに色々あって恋人を作るのを諦めていた弟が、あんな風に笑ってくれる人と出会えたんだ。
めでたいじゃないか。普通にお祝いすればいいじゃないか。
なんで最初から心から祝えなかったんだ。最低の姉だ。
そもそも、「いつか必ず、大切な人に出会えるから。だから諦めないで」とか弟に言い聞かせてたのは私なんだから。
弟が、真っ先に信じて話してくれたのは私なんだから。
「あのさ」
早足で席に戻り、弟達に話しかけた。
「ん?」
笑顔のまま私を見る弟。
私は息を吸い込んで、言った。
「おめでとう」
「え? さっき言ってくれたじゃん」
「違うの、もう一度言わなきゃいけなかったの」
「何だ、それ」
笑う弟。何の屈託もない笑い方で。
「あと、今日は私が全部奢るから」
「え?」
「お祝いだから。ほら、君も私が破産するぐらい食べていいから」
「い、いやいやそんな」
「お祝いさせて。お願いだから」
向かいに座る二人は顔を見合わせて…… 私の気のせいでなければ、ほっと安堵したように。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
オレンジジュースの最後の一口は、最初ほど冷たくなかった。
弟が連れてきた恋人が男の子だった話 PURIN @PURIN1125
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