世界で最もつまらない場所はコインランドリーだ。

川門巽

コインランドリーの夢

 コインランドリーが信じられないほどつまらないので、洗濯機が立てる音に合わせて踊ってみたことがある。三十三歳のときだった。

 着ているスーツの上着を脱いで、それを振り回した。

 私のぜい肉も一緒に揺れた。私は俗にいう、でぶだからだ。

 

 しかしやはり、コインランドリーはつまらない。

 大きいだけの洗濯機が、洗濯しているだけの施設。それがコインランドリーである。それ以上でもそれ以下でもなかった。


「あの、何をしているんですか?」

 シャツ姿の青年に声を掛けられたのは、洗濯機が乾燥に入ったころだった。

 夜だったから、誰にも見られていないと思って油断していた。

 

 私はスーツを着直しながら、

「コインランドリーって、本当につまらなくない?」

 と、聞いてみた。

 私は青年の同意が欲しかった。

 しかし、青年はパーカーを着ながら首を横に振る。

「僕は結構、面白いと思いますよ」

 そう言って青年は洗濯機の蓋を開け、持っていた袋に洗濯物を取り込んだ。

 

 私は椅子から立ち上がり、その蓋を勝手に閉めた。

 そして、青年の本心を聞き出す事にした。

「本当にそうかな?」

 コインランドリーが面白いなんて、あり得ないからだ。

 

 すると、青年は肩を震わせながら私に向かって、

 「表に出てくれませんか」

 と言った。

 

 寒空の下、私は青年とともにコインランドリーの外に出た。

『コインランドリーム』という、本当につまらない名前をした看板の光が駐車場を照らした。看板の光は、もちろん白色だ。


「なんで勝手に、大きい大きい蓋を閉めたんですか?」

 青年から出た言葉を聞いて、私は確信した。

 この青年はコインランドリーを、一種のアトラクションか何かだと思っているタイプだということを。

 なぜならただの蓋にわざわざ「大きい大きい」なんて形容詞を付けているからだ。

 洗濯機に入れば、宇宙にでも行けると思っているのだろう。だから彼は、蓋を勝手に閉められて怒っているのだ。面倒なことになってしまった。


「勝手に蓋を閉めてごめん。でも、宇宙には行けないよ」

 私は素直に謝った。

 コインランドリーの目の前で謝罪させられるのは屈辱だったが、青年に罪はない。

 

 それを聞いた青年は、しばらく考え込むように下を向いた。私の処遇を考えているのだろう。コインランドリーの目の前で、殴られるのだけは勘弁だ。

 なぜならそれだと、コインランドリーが面白くなってしまうからだ。

 コインランドリーで事件なんて記事が出ると、箔が付いてしまう。コインランドリーには、その身の程を弁えてほしい。


 青年はしばらく考えた後、ポケットからスマートフォンを取り出した。

「連絡先……教えてくれませんか?」



 ──その後、私は洗濯機の中で死体となって発見された。

 などという、『船田区の殺人』みたいなことは何も無かった。


 ──その後、私は白い光の中で青年とバトルを繰り広げた。

 などという『戦いの宣託』みたいなことも何もなかった。


 ただ、私は青年と連絡先を交換しただけだった。

 コインランドリーは、ただのコインランドリーだったのだ。


 

 コインランドリーを心から楽しみたかったので、洗濯機が立てる音に合わせて踊ってみたことがある。二十三歳のときだった。

 着ているパーカーを脱いで、それを振り回した。

 彼女の背中は美しかった。彼女は俗にいう、ぽっちゃりだった。


 しかしやはり、コインランドリーは最高だ。

 大きい大きい洗濯機が、誰もをアゲアゲにする施設。それがコインランドリーである。それ以上でもそれ以下でもなかった。


「あの、何をしているんですか?」

 ワイシャツ姿の彼女に声を掛けたのは、洗濯機が間奏に入ったころだった。

 夜だったから、熱くなりすぎ忘我していた。


 彼女はスーツを着直しながら、

「コインランドリーって、本当につまらなくない?」

 と、言った。

 僕は彼女の同意が欲しかった。

 首を横に振って、

「僕は結構、面白いと思いますよ」

 そう言って僕は、大きい大きい洗濯機の大きい大きい蓋を開け、持っていた袋に洗濯物を取り込んだ。


 彼女は椅子から立ち上がり、その蓋を勝手に閉めた。

 そして、彼女は信じられないことを言った。

「本当にそうかな?」

 コインランドリーが面白くないなんて、あり得ないからだ。

 

 僕は気持ちを抑えながら彼女に向かって、

 「表に出てくれませんか」

 と言った。

 

 満月の下、僕は彼女とともにコインランドリーの外に出た。

『コインランドリーム』という、本当に素敵な名前をした看板の光が駐車場を照らした。看板の光は、まるで銀幕だ。


「なんで勝手に、大きい大きい蓋を閉めたんですか?」

 僕は思っていることを、そのまま口にしてしまった。

 僕がコインランドリーを、一種のアトラクションか何かだと思っているタイプだということがばれてしまう。

 なぜならただの蓋にわざわざ「大きい大きい」なんて形容詞を付けてしまったからだ。

 洗濯機に入れば、宇宙にでも行けると思っている。だから僕は、心が勝手に晒されたみたいで恥ずかしかった。顔が真っ赤になってしまった。


「勝手に蓋を閉めてごめん。でも、宇宙には行けないよ」

 彼女は僕の心を読んでいた。

 コインランドリーの目の前で読心されるとは不甲斐無かったが、彼女に罪はない。

 

 僕は、しばらく考え込んだ。僕の気持ちはどうしよう。コインランドリーの目の前で、振られるのは勘弁だ。

 なぜならそれだと、コインランドリーが面白くなくなってしまうからだ。

 コインランドリーで失恋なんて記憶があると、箔が落ちてしまう。コインランドリーには、その身の丈を超えてほしい。


 僕はしばらく考えた後、ポケットからスマートフォンを取り出した。

「連絡先……教えてくれませんか?」



 ──その後、僕は洗濯機の中でタイムトラベルした。

 などという、『千択の旅人』みたいなことは何も無かった。


 ──その後、僕は銀幕の中で彼女と愛を繰り広げた。

 などという『慕いの選択』みたいなことも何もなかった。


 ただ、僕は彼女と連絡先が交換できた。

 コインランドリーは、やっぱりコインランドリーだったのだ。

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世界で最もつまらない場所はコインランドリーだ。 川門巽 @akihiro312

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