オッサンは女子高生になりたい

お小遣い月3万

オッサンは女子高生になりたい

 生涯に一度だけ彼女というものが出来たことがある。二十二歳の時のことだ。当時、同じ会社に勤めていた恵子という二つ上の女性だ。彼女は上唇にホクロがあり、困った時に後ろ髪を掻き上げる癖をもっていた。容姿は中の下ぐらいのレベルだったが、俺は彼女のことを愛していた。彼女の魅力は容姿などではなく、もっと心の奥にある温かい物だった。俺はこれ以上の女はいないと思ったし、今後、彼女と結婚したいとすら思っていた。そのため生涯で女は一人だけと決め込んでいた。


 だけど彼女は俺から離れて行った。


 俺には変な性癖というか、変な趣味があって、よく彼女にコスプレをさせていた。どんなコスプレかというと、様々あるのだが、その中でも好きなのがナースや女子高生の格好だった。


 別れる切っ掛けもコスプレが原因だった。

 彼女にコスプレをさせている時、かならずと言っていいほど、俺は彼女に演技を求めた。ナースの格好をしている時はナースの演技を求めたし、女子高生の格好をしている時は女子高生の演技を求めた。

 そんなことをやっているうちに、マンネリというか、それだけじゃあ物足りなくなって、外でナースの服を着て、偶然出合った患者とセッ○スに到るまでの演技をしてくれと頼んだことがあった。

 だけど彼女は後ろ髪を掻き分けながら「あなたは少し、変な性癖があるみたいね。私はそんなことはできないわ」と言って断わられた。

 断わられると、やってみたいという気持ちが強くなり、彼女にコスプレをさせている時……たしか女子高生の制服だったと思う。嫌がる彼女をむりやり外に連れ出し、飲み帰りのサラリーマン達に彼女の姿を見せた後、野外でセッ○スをしようとして、彼女に殴られたあげく、「頭がおかしい」と言われ、そのまま彼女はどこかに行ってしまった。


 それ以来、彼女は会社を辞め、俺達は別れることになった。

 六十二歳になった現在、彼女は三人の孫がいるお婆ちゃんらしいということを風の噂で聞いた。

 だけど、どこに住んでいるのかということは知らない。それに知ったところで会いにはいかないだろう。


 彼女と別れてからの俺は、彼女を憎んで生活をしていた。逃げる必要はなかっただろうが! というのが俺の気持だった。

 だけど俺は彼女のことを憎しみながらも、いなくなかった彼女を心の中で追いかけ続けた。それほど俺は彼女のことを愛していた。愛というのは執着という意味なのかもしれない。


 彼女がいなくなった俺は、彼女に着せたいコスプレに強く性を感じるようになった。彼女に着てほしい服、それは俺にとって性の塊で、彼女のことを思って、服とセッ◯スをしたことも何度もあった。

 だけど、それだけでは物足りず、俺は自分でコスプレをするようになったのだ。


 家でコスプレをするだけでは俺の性欲は納まらなかった。だから車の中でコスプレをして、街を走りながらマスターベーションをしたこともあった。


 しだいに俺の性癖は強くなり、コスプレをして外に出て、女として過してみたいという気持ちになった。


 変な話なのだけど、俺は彼女になりきって、彼女がイヤがることや、絶対にしないことをしたかったのだ。

 それのどこに性が隠されているのかというと、恵子(つまり俺)がこんな馬鹿なことをしているというところに性が隠されているというというわけだ。

 

 六十歳で還暦になり、会社を退職した祝いに、俺は女子高生の格好をして外に出かけることに決めた。

 家を出た時から人の目が気になっていた。感じる視線すらも俺にとって興奮材料の一部だった。


 電車に乗ろうと思い、切符を買い、ホームに立つと、近くにいた若いカップルが俺のことをジロジロと見ながら、なにやら喋っていた。

 もちろん他にも人がいて、俺のことをジロジロ見ながら噂話をしていたのだが、なぜかこのカップルだけが気にくわなかった。

 

 俺にとってジロジロ見ながら噂話をされるのも、もちろん興奮材料だったが、彼等は美男美女のカップルだったのでムカついた。


 俺はカップルに近づいて行った。

近づいて来た俺を二人はチラッと見て目を逸らし、『こっちに来るな』というような顔をした。


 ムカツクカップル二人組みは意味もないのに手を繋いでいた。

 俺は彼等の繋いでいる手に、自分の手を添えた。


 二人はビックリした表情で俺のことを見た。『え、なにこのオッサン。私達の手を繋いできたよ』という表情。


「ちょっと」と俺が男の方に向かって言った。


「……」


 二人は引きつった顔をしながら、困った表情まで浮かべた。なんとも多彩な顔の表情だ。突然の出来事が起きた時、人はこういう顔になるんだと感心した。


「私は遊びだったの?」と俺は男に尋ねた。


 引きつった顔と、困った表情の上に、難問を出されて悩んでいるような表情まで浮かべた。


「この人はね……」と俺は女に言った。

「私を抱いたのよ」

 もちろんウソである。

 意味のわからない言葉に、女の顔が恐怖した。


「覚えてないの?」と俺は男に尋ねた。


「……」


「そうよね。あなたは覚えてないでしょうね。あの時のあなたは酔ってたもの。だけどあまりに酷すぎるよ……ヤリ逃げなんて」


「何言ってるんだよ。オッサン」

 初めて男が言葉を口にした。


「ヤリ逃げの上に、逆ギレですか?」

 と俺が言う。


「は?」と男は怪訝そうに言った。


 俺は女を見て「この男とは別れたほうがいい」と言って、カップル達から離れた。


 俺は二人が別れることを心の底から願いながら、向いのホームに向った。行き先はどこにも決めてないから、どの電車に乗ってもよかったけど、あんなことをカップルに言い放ち、同じホームで電車を待つのが気まずかったので違うホームに行った。


 こっち側のホームでも俺のことをジロジロと見ながら噂話をする奴はいたけど、俺は気にせず電車を待ち続けた。


 着いた電車は快速電車で、すぐに都会に出る便利な電車だった。電車に乗り込むと乗客達が突然現れた異物にビックリして、俺のことを怪訝そうにチラ見した。俺は気にせず、賑やかな街に降りる予定を立てた。


 見られていることを知っている俺は、座る所が沢山あるのにも関わらず、あえて車両の中心でウンコ座りをしてみた。


 俺のことを見ている奴等にスカートの下に穿いているブリーフを見せてあげると、イヤなものを見たという表情で顔が強張り、俺から目を背けた。

 あたりまえだが、こんなこと恵子ならしないはずだ。


 同い年ぐらいのオッサンが車両に乗っていたので、俺は立ち上がり、からかうためにオッサンの横に座った。


「五万円でいいよ」とオッサンに話かけた。


 怪訝そうにオッサンが俺のことを見た。


「オジサンも好きなんでしょう。五万円で援助交際してあげてもいいよ」と言い、オッサンの太腿をイヤらしく触った。


 オッサンは怪訝そうな表情から、怒っている表情に変わった。


 太腿を触っていた手を股間に向わせた。するとオッサンは真っ赤な顔をして立ち上がり「なにをするんだ!」と怒鳴った。


「何をするって、わかっているくせに」

 俺がそう言うと、オッサンは飽きれた表情を見せて「君はいくつだね?」と俺に尋ねた。


「そんなに私に興味があるの? 十七歳よ」と還暦を迎えたばかりの俺が言う。


「馬鹿を言うな」とオッサンが言う。


 車両に乗っている乗客全員が俺達のことを見ている。


「女子高生とヤレるなんて滅多にないよ」


「いい大人が何を言っているんだ?」


「は、は~ん。女子高生とヤルと犯罪だからできませんってか? 大丈夫、私は誰にも言わないから」


 今にでも耳からタバスコが飛び出してきそうなぐらい真赤な顔をしたオッサンが俺の胸倉を掴んだ。


「なにを言ってるんだ? いい大人が! 恥かしくないのか?」


 胸倉を掴んでいるオッサンの手を見て「セクハラ」と叫んだ。


「セクハラ? だから君は何を言ってるんだね!」


「これはセクハラよ。いや、痴漢よ。暴力罪よ」


「なにを言っている!」

 とカンカンに怒鳴っているオッサンに、「次、降りる時、一緒に降りてね、痴漢で駅員さんに言うから」と俺は言った。


 オッサンは俺の胸倉を離し「馬鹿もん」と言って、イスに座った。

「やってられん。こんな奴がおるから世の中が悪くなるんだ」

 とオッサンは怒鳴ったが、俺は勝ち誇りながら快楽を感じていた。


 さすが女子高生だ。強みがあり、誰にも負けない武器を持っている。こんなこと恵子ならしないだろう。


 また車両の中心に行き、ウンコ座りをしてスカートの中のブリーフを露出した。

 だけど誰も見ようとはしなかった。みんな俺に関わらないように必死になって目を逸らしている様子だった。

 また、これも快感だ。


 次の駅に着くと、オッサンは車両から降りて行った。オッサンに続いて何人かの乗客が降りた。降りた乗客の代わりに何人かの乗客が乗ってきた。乗って来た乗客は不思議そうに俺のことを見ながらイスに座った。


 乗車した一人の若い女に目をつけ、俺はその女の隣に座った。二十歳ぐらいの大人しそうな女で、とてもキレイだ。近くに座ると甘い香りまでした。

 女は怪訝そうな顔をして、できるかぎり俺のことを見ないように努力している様子だった。


「最近、学校どうなの?」

 と俺は若い女に尋ねた。


 この女が学校に行っているのかどうかは知らないが、今は彼女も俺の頭の中では女子高生という設定だ。


 女は俺と関わりたくないのか、完全に無視状態だ。


 コイツの心情が俺には手に取るようにわかった。『なんでこのオッサン、私に喋りかけてきたの? 最低。どっか行ってくれないかなぁ』とでも思っているのだろう。だけどそうはイカン。ここから君は俺と女子高生役を演じないといけないのだ。


 ドアが閉まり、電車が出発した。


「恋とかしてるの?」と俺は女に尋ねた。

 女は何も答えずにイヤな顔をするだけだった。


「わかった。隣のクラスのサッカー部の男子でしょう?」


「……」


「え! まさか当り! あっ、サエコの好きな人がわかちゃった~」


 勝手に喋りかけた上に、勝手に名前まで設定した俺は、完全に彼女のことをサエコと認識した。


「わかった。角田君でしょう?」

 誰だよ角田君って。と俺は思った。女もそう思っているかもしれない。


「……」


「何よ。照れてるの?」


 明らかにイヤな顔をしているだけだった。


「どこまで行ったの? まさか、もう付き合ってるの?」


「……」


「わかった。キスまでいったんでしょう」


 彼女の顔の表情がどんどん変わってきた。イヤな顔から、誰かに助けを求めているような顔になった。


「なになに、もう最後まで行ったの?」

 そう俺は言いながら、彼女の肩をトンと叩いた。

 彼女の顔は助けを求めている顔から、恐怖の顔に変わった。


「ちょっと、オッサン」

 と喋りかけてきたのは坊主頭のヤンチャそうな若い男だった。


 彼女が変な男に絡まれているところを見て、助けにきた下心丸出しのゲスな男だ。助けたらお礼に何かしてもらえるとでも思っているのだろうか。


「なによ」と俺が若者に言う。


 女が『助けに来てくれてありがとう』という安堵の表情をした。


「どうやら、ナンパみたいよ」

 と俺が女に言って、男を怪訝そうに見つめた。


「イヤね。私達、そんなに軽い女じゃないのにね」


「……」


「何を言ってるんだよ。イヤがってるじゃないか!」


「きっと新しいナンパの方法よ。何もイヤがってないのにね? こんな奴、無視しましょうよ」


「……」女の顔が強張った。


「早く、どっか行きなさいよ。サエコ狙いなら、サエコには立派な角田君という彼氏がいるんだからね。……残念でした」


 女は勢いよく立ち上がり、坊主頭の後ろに回って、助けを請うネコのような顔をした。


「なによ尻軽女。親友を置いて、男について行くの?」と俺が女に言うと、女の代わりに男が、「気持ち悪いんだよ」と言って、彼女を連れて別の車両に向った。


 後に残ったのは、取り残された俺をジロジロ見る乗客の視線だけだった。

 ……恵子の奴、色んな人から、ジロジロと変な目で見られてやがる。


 イヤな視線も、俺にとっては興奮材料だ。

 次の駅で降りると、俺は色んな人の視線を浴びながら改札口を出た。駅から出るとそこは人通りが多い都会の街だった。


 都会の街を探索して、俺はある一軒の店に入った。ギャル系の服が飾られている女性用の服屋さんだ。店の中には何人もの女の子達が服を選んでいた。


 服を選んでいた客が俺のことを見て、一緒に来た友達であろう子に俺を指さして何かしら言ってクスッと笑い、怪訝そうな顔をした。

店員も「いらしゃいませ」と連呼していたのだが、俺の顔を見て凍ったように固まり、俺のことを不信な目でチラチラと見つめていた。まさかこの店にこんなオッサンが入ってくるとは思わなかったのだろう。

 俺は買う気もないのに服を物色した。買う気もないのだから、何を選んでいいのかもわからず、不信な者を見るように俺のことを見ていたヘソ丸出しの肌黒店員に、どんな服を選んだらいいのかということを嫌がらせで尋ねた。


 店員は丸い目を大きく開けて、「娘さんの服をお選びでしょうか?」と俺に尋ねた。


 俺は不適に笑い、「私に娘がおると思いますか?」と尋ね返した。


 店員は困った顔をして、首を斜めに振り、「……いや」と呟くように言った。


「いないと思うんだったら、なんでそんなこと尋ねたの?」


 店員は引きつった顔をして、精一杯の笑顔を作ろうと努力した。


「女子高生の私が、娘なんているわけがないじゃない」と俺。


「……そうですね」


「本当に私のこと女子高生だと思ってるの?」


「……」


 店員は引きつった顔を余計に引きつらせた。


「まぁいいわ。私はどういう服を着たら似合うと思う?」


 店員の顔は一瞬でパッと明るくなった。俺のことを客とみなしたのだろう。プロの接客員のなせる技だ。


「どういうのをお探しですか?」

 そう言って、ハンガーにかけられている大量の服をペラペラと捲った。


「カワイイ系」と俺。


「カワイイ系でしたら、こういうのはどうでしょうか?」


 そう言って店員が取り出したのはフリフリのワンピースだった。

 三メートルぐらい離れたところで、お客が俺と店員のやり取りに聞き耳を立てていた。他の店員も俺達のことを興味津々に見ていた。


「フリフリとか、意外と似合うと思うんですよ。こういうのだったら、下にジーパンなんて穿いてもいいですし」と店員。


 俺は彼女からワンピースを奪い取った。

 ここで店員の機嫌を取らないといけないと思った俺は、店員が選んでくれたフリフリのワンピースを絶賛することに決めた。


「あなたが選んでくれたワンピース、よく見たらいいわ。買おうかしら」


「そうですね」


「でも、一回、試着してみたいわ」


 店員は俺みたいなオッサンに商品を試着させることに戸惑っている様子だった。


「この店は試着もできないの?」


「……いえ、……できますよ。サイズはどうなさいますか?」


「アントニオ猪木サイズで」と俺が言う。


「……アントニオ猪木サイズ」

 小さい声で店員が呟くように確認した。


 そんなサイズねぇーよ、とツッコンでほしかったが、店員はツッコマなかった。


 店員は一番大きなサイズにワンピースを取り替え、試着コーナーにシブシブ俺を案内してくれた。


 試着室に俺は生まれて初めて入った。トイレぐらいの広さしかなく、えらく窮屈だった。

 俺は女子高生のコスプレを脱ぎ、フリフリのワンピースを着た。


 こんな服、恵子は着なかった。


 試着室には全身鏡が設置されており、全身を見ることができた。フリフリのワンピースを着て、俺は自分を舐めまわすように眺めた。

 意外と恵子が着ても似合いそうだ。

 俺は試着室の扉を開けた。店員が試着室の前で俺のことを待っていてくれた。


「どう?」

 店員に感想を求めた。


『どうって、何がどうなのよ』と、そんな顔をした店員が「お似合いです」と絶賛した。


「私もそう思う。意外にこういうのを着ても似合うのよね」と俺。


「……そうですね」


「気に入った!」

 そう言って、俺は試着室の扉を閉めて、また女子高生の格好に着替え、試着室を出た。


 手に持っているワンピースを店員に渡し、「買わないわよ、バーカ」と言って店から出た。店員は赤面するぐらいムカついていた。


 店員のムカついている顔を見て、俺は充実感を感じた。

 恵子のやつ、服屋の店員にムカつかれてやがる。


 店を出て、また街を歩き出した。小腹が空いたので小洒落たイタリア料理の店に入った。

店に入ると、店員と客達が驚いていた。こういう驚きも、もう慣れたものだ。


 私は女性店員にススメられて席に座った。

「メニューの方、お決まりでしたらお聞きします」と店員が尋ねた。


「ぺペロンチーノ」と俺が言う。


「ぺペロンチーノですね。かしこまりました」


 ぺペロンチーノという言葉が言いたくて堪らなかった。別にぺペロンチーノを食べたいわけではない。ぺペロンチーノという言葉には少しだけエロリズムが入っている。恵子にエロく言わせたら、かなりイヤらしい言葉になるだろう。


「ちょっと待って、ぺペロンチーノと、ぺペロンチーノをください!」と俺が言う。


「ぺペロンチーノ、二つですか?」


「いや、一つだけでいいです」


「一つだけですね。かしこまりました」


「いや、ちょっと待った。一つだけでいいと見せかけて、ぺペロンチーノを二つ頼んだりして」


「ぺペロンチーノ、二つですね」


「っとみせかけて、一つで」


 店員が引きつった笑顔を見せた。


「ぺペロンチーノ一つですね」


「一つぺペロン」と俺が言う。


 店員は去って行った。もっとぺペロンチーノが言いたかったが、去ったのだからしかたがない。

 ぺペロンチーノを待っている間も俺は他のお客の話題の的だった。テーブルのあちこちから、「あの人を見て」と指をさされた。


 店員がぺペロンチーノを持ってくると、俺はぺペロンチーノをペロリと食べた。

 お会計を済ませ、店から出て、また街を歩き出した。


 女子高生になってしたいことを頭の中で探した。

 恵子が女子高生の時は何をしていたのだろうか? 恵子のやつが女子高生の時代、何もなかったから何もしてなかっただろう。それじゃあ今の女子高生は何をしているのだろうか?


 あるヒラメキが頭の中に浮んで、ゲームセンターに向った。今の女子高生は、なんだかんだでプリクラをよく撮る。それじゃあ俺もプリクラを撮ろうじゃないか。


 ゲームセンターに着くと、プリクラコーナーに直行し、プリクラ機の中に入った。プリクラの前にいた本物の女子高生が俺のことを見ていたらしく「今のオッサン、女子高生の格好をしてたよ。キモイんだけど」と俺にも聞える大きな声で喋っていた。


 初めて入ったプリクラ機の中は、なんだか照明がやたらとあって、宇宙人が休憩所として作ったような異空間だった。

 俺はプリクラ機に百円玉を四枚も入れた。写真をとるだけなのに、なんと高いのだろうか。……照明写真が七百円だから、高くはないか。

 お金を入れるとプリクラ機が急に喋りだした。


「どれにするか選んでね」

 俺はプリクラ機が喋りだしたことに驚き、目を丸くして「何を選ぶというんだ?」と独り言を呟き、目の前にあった画面を覗き込んだ。

 画面にはカワイイ系で撮影するか、キレイ系で撮影するかという二つの選択肢があり、俺はカワイイ系で撮影することを選択した。それから背景を決める選択肢が現れ、適当に背景を選択した。

「はい、ポーズ」

 プリクラ機が俺にポーズを取るように迫る。俺はあえてポーズをとらなかった。人の指図は受けないタイプなのだ。

 また背景の選択肢が現れて適当に選択した。それが計四回もあった。四回目の撮影が終ると、『おまけ』と題してもう一回撮るはめになった。

 撮影が終ると、画面が切り替わり、『後ろの落書きコーナーに行って落書きをしよう』と表示された。

 とりあえず、俺はプリクラ機から出て後ろに回った。後ろに回ると画面に表示されていた落書きコーナーらしき物があった。

 落書きコーナーに入ると、俺は恐る恐るペンを握り、画面に達筆な文字で落書きをした。一人ぽつんと突っ立ている俺の周りに、俺が書いた落書きが加えられた。

『恵子、今日は一人で買い物』

『恵子、今日は一人でぺペロンチーノ』

『恵子、今日は一人でプリクラ』

『恵子、一人ぼっち』

 こんな落書きを書き終え、恐る恐る完了と書かれた画面に触れた。

 完了のボタンを押すと『プリクラができるまで少し待ってね』と表示された。

 プリクラっていうのは案外簡単な物だな、と思いながらプリクラが出来上がるのを待った。

 プリクラが出来上がると、それを持ってゲームセンターから出た。


 そしてまた街を歩き出した。

 街を歩いていると、甘い香りがどこかからして、俺は匂いに誘われるミツバチのように甘い香りのする方に向った。


 甘い香りはクレープ屋さんから解き放たれている香りだった。一度は食べてみたかったんだよな、と思い、俺はクレープ屋の前に並んでいる客達の後部に並んだ。前に並んでいる奴等がクレープを買い終えて、俺の番までやってきた。


 俺は前に出されているクレープの写真を見て少し悩み、「女子高生はイチゴクレープを食べるに決っているだろうが」という口調でイチゴクレープを注文した。

 店員からイチゴクレープを受け取ると、それを齧りながら街中を歩き回った。

 クレープは甘く、俺の舌を溶かしてくれた。クレープを食べ終えた頃にトイレに行きたくなって、大きなデパートの中に入った。

祝日に見た時はおいしいラーメン屋と同じぐらい行列ができていた女子トイレだが、平日ということもあって並んでいる人はいなかった。


 男子トイレに入るべきだろうか? 女子トイレに入るべきだろうか? 

 恵子ならきっと女子トイレに入っていたはずだ。なぜなら女だからだ。

 少し緊張しながらも、俺は生まれて初めて女子トイレの中に入った。


 鏡の前で髪をセットしていた女が、女子高生の格好をしている俺のことを鏡越しで見てから振り返った。驚いているだけで声は出さなかったが、すぐに女子トイレから出て行った。


 俺はトイレのドアを開けた。男子トイレで言えばウンコをする場所だ。

 開けて俺は驚いた。

 男子トイレとまったく違う世界がトイレの中に潜んでいたのだ。

 無限に広がるトイレの中には、アルプス山脈に来たのではないかと思う花々が咲き乱れ、青い空が天井にはあり、何匹ものチョウチョが神々しく飛び回っていたのだ。

 だけど便器はどこにもない。アルプス山脈の中を歩いて便器を探してみたけど、なかなか見つからない。

 まさか、ここで便をしろというのか?

 いや、まさか。

 いや、きっと、そうだ。

 俺はしかたなく陰部を取り出して、オシッコをした。

 こんな世界がトイレの中にあるんだから、そりゃあ女のトイレも長いはずだ。

 たしかに恵子のトイレも長かった。

 チョウチョが目の前に飛んでいたので、俺はチョウチョを追いかけた。

 なんて女子トイレはメルヘンチックなんだ。

……というのはもちろん俺の空想で、男子のウンコ用トイレとまったく同じ和式トイレだった。

 しょうもない、と思いながら用を済ませ、トイレから出ると、トイレを使用していた三十代ぐらいのOL風の女が出てきて鉢合わせになった。


 女は俺の顔と格好を見て、一瞬固まった。

 俺のことを見て、何かを言わないといけないと思ったのだろうか、彼女は大声で「変態!」と叫んだ。


「変態?」と俺は驚きながら女に尋ねた。

「どこに変態がいるの?」


 俺のことを変態と言っていることは気づいていたが、違う変態がいるのかもしれないと思って辺りを見回してみた。

 女は何も言わず、困惑気味に俺のことを見ていた。


「変態なんて、どこにもいないじゃないの」

 そう言いながら、俺は女子便所を後にした。


 女は心の中でこう思ったことだろう。「お前が変態だよ」と。


 女子便から出ると、俺は賑っている所に向った。

 賑っているこの街には、色んな店があり、色んな人が平日にも関わらず、歩いていた。

 色んな所から視線を感じながら歩き、人の多いところへ、多いところへ、と足を伸ばした。


 ……恵子よ。お前は色んな人から変な視線を向けられているのだぞ、と俺は心の中で思い、快楽を感じていた。


 通り過ぎる人、みんな俺のことを見ていた。その中に一人だけ俺の目に焼きついた人がいた。俺のことを見て髪を掻き分けた女性だ。その女性の上唇には懐かしいホクロがあり、歳は六十代ぐらいで、幼稚園にもならないぐらいの小さな三人の孫と娘らしい女性を連れて歩いていた。


 その女性は六十代になった現在の恵子の姿だった。間違えるわけがない。長い期間妄想し、一緒に生活し、今の俺は恵子そのものになっているのだから。


 その時、急に性欲が失せ、コスプレをしている自分が気持ち悪く感じた。


 俺はなぜ、こんなことをしているのだろうか? 急に切なくなり、死にたい気持ちになった。

 俺は明日までに無意味な人生を終らすことに決めた。

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