船内の客室で
船内は外観通りの広さだった。
それほど狭くもなく、広くもない。
豪華さもない素っ気ない場所。
一緒に乗る人はさほど多くはないが、それなりに居て、そこに危険はないのか確認しつつ、リュックはベロニカを連れ、迷わずその客室のドアを開けた。
「個室で……と頼んだら、ここしかなかった。二段ベッドだ、君はどちらを使う?」
二段ベッドという物を見るのが初めてでベロニカは言葉が詰まってしまった。
「ああ……初めて?」
「はい」
少し緊張気味のその声で察し、リュックはベロニカと中に入るとドアを閉め、自分の荷物とベロニカの荷物が入ったトランクを床にドサドサッと置くとふう……と息を軽く吐いた。
「良いよ、好きに決めて」
リュックはいそいそと服を脱ぎ始めた。
「ど、どうして!? 脱ぐのですか? 服を……」
「ああ……それは最近着替えていなかったから。危険はないと判断したから、シャワーを浴びたい。それにこれからは君も少しはこういうのに慣れていた方が良い。貴族と違って、普通の人達はこういう事も平気でしてくる人達がいるから。慣らす為だよ」
「それにしても、いきなりとか!! もっと言うことがあるでしょう?!」
「君は少し普通の所で生きていかなかったのかもな、お上品な所に住んでた?」
「分かりません」
ぐっとベロニカはそれを見ない為か下を向いた。
はぁ。上着を脱いだだけでこれだ……。
リュックはベロニカの思うような全裸になる気はさらさらなかったのだが、こうなってしまうとこちらが悪いように思えて来る。
「ここは空調が効いていて、厚着をしなくても良いからな……そういえば、君はこういう服を持っていたっけ?」
リュックは自分の荷物が入っている黒のトランクから極寒地で着る物を見せた。
ぶんぶんとベロニカは首を振り、持っていないと示す。
「そうか……。それは困った……失念だ」
「え?」
「これから行く所はかなりの極寒地で有名でね。その服じゃ、とてもじゃないが生きていけないかも」
「ど、どうするんですか!? それじゃあ、私!」
いきなりピンチとなったベロニカは思わず、リュックに詰め寄った。
「まあ、まだ時間はある。確か、この船には
「え? どういうことですか?」
「要するにそこに君が必要な物があれば良いなってこと。なかったら、最悪俺の服を着てくれ。俺はこの毛布でも盗んで……」
「ダメです! 私、リュックさんをそんな悪い人にしたくありません!」
「いや、だから俺、盗人だって言ったじゃん……」
「その売物屋さんを探してみせます!」
「いや、だから……」
こうなってしまうと彼女は聞く耳を持たないらしい。
それが分かったリュックはベロニカのやる気を損ねないように上手く導いてやることにした。
最悪、あの地にはその港付近に大型の売物屋が密集していたはず。
そこに行ければ問題ない。
「じゃあ、まずはロニーが困らないようにその売物屋の所に行こう。それから二段ベッドの場所を決めて、部屋のそこはシャワー室になってる。その前に夕食かな? 明日はちゃんとした時間に食事をしよう。それからシャワーをして、ぐっすり眠るんだ」
「はい!」
何故か片手を挙げたベロニカにリュックは発言を促す。
「何だ?」
「先ほどから気になってた事があります。馬車に乗る前でしょうか? リュックさんは私の兄とかって言いませんでしたか?」
「ああ、言ったな」
「それはどういう意味なのでしょう?」
「兄と妹、その方が良いだろうと思って。これからの事を考えると」
「どうしてですか?」
「それは……。こうして男女二人、それも良い年頃のだと見る人によっては変な誤解をして来るからだ。嫌だろ? そういうの」
「私は全然……」
「え?」
リュックは意表を突かれた。
「リュックさんが嫌だとおっしゃるなら、妹でも構わないのですが……」
「ああ、困る。そうじゃないと俺は――」
その後を言ってはくれなかったし、その表情をリュックはベロニカに決して読み取らせなかった。
「それで他に訊きたい事は?」
「ずっとこうして二人きりの時も私はリュックさんの妹でいなければならないのでしょうか?」
「人前だけで良い。君は俺のものじゃないんだ。だから、自由にしていてくれ」
「分かりました。人前の時だけですね! 私がリュックさんの妹でいるのは」
「ああ」
「じゃあ、こうして二人きりで居る時はどうしていましょうか?」
何だか少し面白そうに言うベロニカにリュックは少し戸惑った。
「楽しんでないか?」
「いいえ、それより! 私の服ですよ! 極寒地ってどんな所なんですか? 寒いんですか?」
「寒いなんてもんじゃない。痛いかも……」
「リュックさんはいろんな所に行っているんですか? それでお詳しいのですか? いろんな事に」
「ああ……仕事の関係でね」
「仕事……それはヒイラギの? それとも今やっている?」
「どっちもだよ。知識は経験してこそだろ? 君に合うサイズがあれば良いが……」
「そうですね……私、上が良いです!」
「突然何だ?」
「ベッドです」
「ああ……分かった。寝相は悪くないな? 落ちたら大変だ。俺は下をすすめたいが、君がそれで良いなら受け入れるよ」
「はい、そうして下さい。私、下にリュックさんが居ると思ったら、ぐっすり眠れると思うんです」
どういう意味だ、それは? ベロニカの意図が読めぬまま、リュックとベロニカは部屋を出て、その売物屋を探すことにした。
聖女は染まり行く世界に愛を教える 縁乃ゆえ @yorinoyue
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