昨日の馬車を見つけ
近代的な部分とそうじゃない部分がない交ぜになったこの世界の主な交通手段は歩くか馬車か船だ。
時に人は気晴らしに気球に乗ったりもしている。
もっとその向こうに行こうと努力し、その大空、果てはその星空に憧れてはいるが、それはまだ当分先の話だろう。
とぼとぼと歩く焦げ茶色のトランクを片手に持つ青年と見目麗しい金髪碧眼少女は無事に晴天の隣国に入ると随分遅い朝食を軽く取り、またとぼとぼと歩き出した。
悠々自適に飛び回るドラゴンの噂をちょろっと耳にしたが、それは冒険者達が多く集う所であって、ここではそんな物は一つもない。
リュックは少し心配してベロニカに声を掛けた。
「足は大丈夫か? 疲れただろう?」
急な事にベロニカは少し驚いた。
「全然平気です!」
「そうかな? 少し足が疲れたと言っているように思えたけど」
「どうして分かるんですか?」
「少し歩く速さが落ちたからね」
「よく見てますね」
「そりゃあね、君は大切な聖女だ。変に扱えない」
「それだけですか?」
「ああ。それ以外で大事にする時は、もっと君に大変な事が起こった時だ」
「例えば?」
「考えたくもない」
そう言うとリュックは少し立ち止まり辺りを見回した。
「どうしたんですか?」
「この辺にね、貸馬車があると思うんだ。それに乗り、船を探す」
「何故?」
「船でしかそこにはいけないからだ。たぶん数日は船の中だと思ってくれ。船酔いはする?」
「分かりません。私、どうしてここに来たのかも、居るのかも分からないのに」
「そうか。なら、言葉が通じているのは奇跡だな」
「そうですね……」
ベロニカは少しリュックと距離が出来ているように感じた。
それまでのリュックの喋り方と少し違うからだろうか。
乱暴だと本人は言っていた。
それが出て来ているのだろうか。
「リュックさん!」
「ん?」
「私! その! その、喋り方も好きです……」
「へ? あ、ありがとう?」
戸惑い気味のリュックに何の告白をしているんだろう? 私は……とベロニカは少し気落ちしていた。
「まあ、ロニーがこれから変な事に遭わないようにする為にもこういう喋り方の方が良いだろう。君には少しでも強い者がいる。だから、俺みたいな口調は少しは役に立つかもしれない。それに君の兄ということにするには少しあの喋り方は都合が悪い。優し過ぎても良くないだろ?」
リュックは少し先に馬車を見つけたようでベロニカを連れ、そこに行き、あ! と声を荒げた。
「何だ? 兄さん、運が良いな。あれからどうしてそんな可愛い子ちゃんを連れて来れたんだ?」
「あんたに訊きたいことがある。俺の荷物はどうした?」
二人とも自分の言いたいことだけを言い合っている。
「あの……こちらの方は?」
おずおずとベロニカはリュックに訊いた。
「昨日、君に会う前、馬車を頼んでいた男だ。そのせいで荷物がなくなった」
「あの荷物はまだ売りに出してはないぜ? オレん所にあるよ」
「じゃあ、返せ。それに昨日の代金も。目的地まで行けてない」
「途中までは行った」
「じゃあ、その分を差し引け。その残りは荷物と一緒に返せ」
何かとてもじゃないが乱暴というより怖さがある。
リュックの引かない凄みを知った所で男は言う。
「分かったよ、あんた馬車を探してるんだろ? どこだっけ? 大きい船の所までだっけ? 乗せてやるよ。それでここからの分ももらえば良いんだ」
「何言っているんだ? 出発点が違うだろ。それに荷物はどこだ?」
「荷物? それなら、その馬車の中にある。あんたが乗ってた馬車と同じだろ?」
言われてリュックは確認の為、その男の持ち物である
確かに昨日置いていた所にそのままで置かれたままだ。
「そいつを返してほしかったら乗れってことか?」
「そうだ。その嬢ちゃんも一緒だろ?」
ウヒヒ……と気味悪く笑う前にリュックは答えた。
「そうだな、それでお前は得をすると」
「そうだ」
「そういう事か……」
少し考えた挙句、リュックは言った。
「分かった、そうしよう。それで成立だ」
「ああ、良かった。お嬢さん、いらっしゃい!」
急に気前良くなった図体の良い男は言った。
「陽気なものだ」
そんな屁理屈を言って、リュックは先にベロニカをその馬車に乗せ、自分も乗った。
「さあ、先に払ってもらおうか?」
「ああ、これで足りるだろ?」
少しのチップをはずみ、男は満足そうに頷くと馬車を走らせ、目的地まで連れて行ってくれた。
そこまで悪い人には思えなかったが、リュック的にはよろしくないようでまだ不満そうだったが馬車を降りたちょうど目の前に広がる海と、これから乗るその船を見ると目が少し輝いたようにベロニカには映った。
「これに乗るんですね……」
「ああ、思ったよりも大きい?」
「ええ、少し。あの……」
「何?」
「字が読めないのですが、何て書いてあるのですか?」
「それは目が悪くて読めないということ? それとも文字そのものが読めないと?」
「そうです。目はそれほど悪くないと思うのですが、文字が全く分かりません。私が居た所の文字というのも思い出せないのですが……」
それは困ったな……とベロニカは言われると思った。だけど、リュックは全然気にしてないようで。
「そうか、なら、少しずつ覚えて行こう。心配はいらないよ。皆、最初はそうだから」
「驚かないんですね」
リュックにベロニカは言っていた。
「ああ、だって、フローレスの聖女はそのほとんどがそうだから。記憶と引き換えに来てるのかもしれないね。勝手に呼ばれて、可哀想だと思うと人は言う。だから、ヒイラギはそれさえも受け入れて世話をする。俺もした。君が来る前の子は本当に手が掛かったが、それだけやりがいがあった」
その声には少しの達成感があり、その話をする為に思い出されるその顔は優しく思いやりが溢れていた。
そんな顔もするのかとリュックを盗み見たベロニカは少しその聖女の事を気にした。
「その聖女さんのことを、リュックさんは好きだったんですね」
「いや、そうじゃないよ。子供だった。だけどそうだな……少しは気にしていたかもしれない。今もそうだ、どうしているだろうかと思うけど、深追いはしたくない。俺はもうヒイラギではないし、君にそんな風になってほしくない一心だ。それだけは守りたい」
強い意志を感じた。
船が出る合図をする。
リュックは急いで船に乗れるように手配をし、ベロニカと一緒にその国へと赴く為、その船へとベロニカの手を引き、飛び乗った。
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