ホラー映画はほどほどに

三咲みき

ホラー映画はほどほどに

 私はホラー映画が大好きだ。


 ハラハラするかんじがたまらない。幽霊もの、ヒトコワもの、パニックもの、ホラーであればジャンルを問わず、なんでもウェルカムだ。


 ホラーって、ただ怖いだけじゃない。ストーリーがしっかりしていたり、登場人物の絆に感動したり、見どころはたくさんある。中には視聴者を驚かすことに全振りしているものもあるけど、それはそれで面白い。


 ただまあ………、ホラーは好きだけど、得意かと聞かれれば、そんなことはない。ちゃんとびっくりするし、怖いなと思う。それでも、その怖さを体感したい、怖いけど見てみたいという好奇心にあらがえず、観てしまう。不思議と映画を観ているときは平気で、いくらでも観られる。


 問題は、映画を観終わった後。ふとしたときに映画のワンシーンを思い出して怖くなる。


 たとえば、朝一人で身支度をしているときとか、一人で眠っているときとか。


 そして、今みたいに金縛りにあっているときとか。


   ***


 金縛りにあうのはなにも初めてではない。今日みたいに昼寝をしているときに何度も経験したことがある。金縛りのときはいつも夢見心地な気分。後で思い返すと、金縛りにあったことが、夢だったのか現実だったのか、いつもわからなくなる。


 今が夕方の6時で、部屋が真っ暗でなければ、別に怖くはなかった。いや、今だって別にめっちゃ怖いわけじゃない。うん。断じて。ちょっと焦っているだけだ。大丈夫。なにも起こらない。


 右手の指先を動かそうとする。まったく力が入らない。うん、知ってた。だって金縛りだもん。


 こういうときは、目を瞑ってじっとする。間違っても、唯一動かせる目で、あたりを見渡してはいけない。見てはいけないものを見てしまうかもしれないから。


 ガチャ!


 玄関の扉が勢いよく開いた。そしてバタバタという足音と、ガサガサとたくさんの買い物袋がぶつかり合う音が聞こえた。


「はぁー寒かった」


 母さん………と思われる声。


 私は知っている。これは母さんじゃない。こういう金縛りにあっているときに聞こえるのは、母さんの声ではない。絶対に母さんを見てはいけない。そこにはきっと、母さんの姿ではない別のモノがいるはずだから。


「ゆかり、起きてるんやろ?」


 ほら、話しかけてきた。私を起こそうとしている。でも絶対に目を開けちゃダメ。


「ねぇ、ゆかりってば」


 肩を揺さぶられる。眠りの浅い普段の私なら、これで確実に目を覚ますだろう。母さんもこのことは知っている。いつも目覚ましで起きない私を、こうやって肩を揺さぶって起こしてくれる。


「ゆかり」


 先ほどよりも強く揺さぶられる。きっと目の前には母さんではない、なにかがいるんだろう。私は知っているんだから。意地でも起きるもんか。


 揺さぶりが止まった。


「あんたいつまで昼寝してんねん!」


「痛った!」


 近くにあったクッションで顔面を殴られた。その拍子に起き上がる。あっ、金縛り解けた………。


 目の前にいるのは、いつもの母さんだった。


「休みやからって、いつまで昼寝してるん。もう夕方やで」


 そう言いながら、買い物袋からせっせと中身を取り出す母さん。


「母さん、本物?」

「何言うてんの?」

「いや、今金縛りにあってたからさ。偽物なんじゃないかって」

「あんた映画の見過ぎちゃう?」


 そう言って淡々と冷蔵庫に食品を詰めていく。


 ま、そっか。そんな映画みたいな話、そうそうないか。ちょっとつまらないなと思いながらも、どこか安心している自分がいる。


 こたつから出て、自分の部屋へ向かう。リビングを出て、少し歩いて左手にある私の部屋。そのドアに手をかけたとき、廊下の突き当りにある玄関が視界に入った。


 そういえば………母さんが帰ってきたとき、鍵を開ける音聞いたっけ?

 昼寝をするんだから、絶対に閉めていたはず。


 私、母さんが鍵開ける音、聞いてなくない?


 ドアに手をかけていた左手がじんわり汗ばんできた。いつの間にか、食品を冷蔵庫に詰める音も聞こえなくなっていて、あたりはシンとしている。


 後ろから視線を感じるけど、怖くて振り向けなかった。


 私の後ろにいるのは本当に母さん?


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ホラー映画はほどほどに 三咲みき @misakimaru

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