第13話:先生に辱められて、ようやく自分らしく

 吸血鬼のくせに十字を切り、両手をギュッと握ってナルなりにお祈りのポーズをとる。

 すると、思ったよりも柔らかい衝撃を感じた後に身体がボヨンと跳ねた。少女は西遊記に登場する筋斗雲のようなものに受け止められていた。


 ぷかぷか浮かんでいたその雲は高度を下げていき、少し前までいた町が臨める広場まで戻っていく。


「よお、誰かがなんとかしてくれて良かったな」

「うぅ……死ぬかと思いました……」


 助けてくれたのは狐狸だった。

 どんな術かはわからないが、乗れる雲を生み出してナルを受け止めてくれたのだ。

 狐狸がポンと触れると雲が消える。

 震えて足元の怪しいナルは、高い高ーいをされる子供のように降ろしてもらった。その手にはいまだ蝙蝠がでろーんとなっており、目覚める気配はない。


「だっせぇ、お前の従姉は落下のショックで気絶したようだな。……リンクも切れてる。さぞ本体はヒドイ顔で醜態をさらしているんだろう、ざまぁみろってトコか」

「あ……そうなんですか? それならこの子、どうしよう……」

「お前の好きにしろ。そいつは使い魔として体よく利用されただけだし、適当に離してやれば住処に戻る」

 

 それを聞いたナルはホッと一安心した。


(よかった……余計な殺生はしたくないものね)



「まあ、その太っちょ蝙蝠はいいとして……ナルお前、一気に力が補充されてハイになってたな。さすが俺の血、効果抜群だ」

「……うぅ、血を吸ったらあんな風になるなんて聞いてませんよぉ……」

 

「知らん、お前が必要以上に吸うからだ」

「はうぅ……」


 ぐぅの音も出ない。

 美味しさに負けて摂取し過ぎたのはナル自身なのだ。


「とはいえ、一時的とはいえ飛べたのはお前の能力。過剰摂取にはいい腹ごなしになったろ」

「……はい、多分。……まだちょっともたれてる感じがしますが……」

「飲みすぎだな。しばらく経てば元に戻るだ――いや、ついでに補習をしてやろう。大人しくしろよ」

「えぇ……?」


 何故いま補習を?

 そんなナルのげんなりした気持ちを構うことなく、狐狸は周囲に蛍のような光をいくつも灯すと、すかさずナルの首筋にかぶりついた。


「はうあ!? せ、先生?! 一体何、を……ッッ」


 実際に歯が肌を破り、肉を抉ったわけではない。

 言うなれば歯を立てない甘噛みである。


 ただ、抱きよせられた時と同様に、そんな行動自体がナルには衝撃的だった。付け加えると、首筋を曝け出す際に着ていた服の襟元辺りが引っ張られて胸元がちょっと剥き出しになっている。

 乙女的にはコレもよろしくない。


 ぐいぐい押し返そうにも狐狸の力は強く、巨岩のように動かない。

 あげくの果てには、


「……んぅ!?」


 年齢的に制限されているイヤーンなそっち系のような声が、ナルの口から漏れた。口を引き結んでこらえようとしても、大した時間稼ぎにすらならない。


 断続的な甘い痺れがナルの身体を奔っている。

 その根源は、狐狸が触れている首筋だ。


「やっ、ちょ……な、なにこ……ふあぁ♡」


 脈拍のような痺れは時に激しくなったり、フラットな波のごとく安定したり。困ったことに、どちらもナルの身体に危険な甘みを味あわせてきた。


「いいか、よーく聞いとけよぉ? 吸血は吸血鬼のお家芸と思われがちだが、類似する行為や術はいくつもある」

「んぅ……はうっ……ひゃい♡」


 アダルトな刺激に身悶えながら、授業は続く。


「この“吸精の術”もそうだ。触れた場所から相手の生命力や妖力なんかを奪う術だが、こうしてると吸血と大差ない」

「んああッッ♡」


 強めに吸われた事でナルの身体がビクンとはねて、一層甘い声があがった。高まった甘美な快感がはじけ、ぐったりした肢体が狐狸の方へとしなだれていく。

 片手で持っていた太っちょ蝙蝠が、ぼてっと地面に落ちた。


「この術を覚えれば、お前も苦手な血なんて吸わなくても良くなる。ただその気になれば相手にアダルトな副次的な効果をもたらすのもお前のと一緒で、それがオン・オフできないようだと後でめんど――――おい、聞いてんのか?」

「…………はうぅ~♡」


「ま、実地体験はこのぐらいにしとくか。お前が余分に吸い取った血の分は俺に戻したからな。もうもたれたりもしないぞ、感謝しとけ」


 その一方的な押し売りに、ナルは思った。



 この人……絶対ダメな先生だ、と。




 ◇◇◇



「……お、おはようございます」

「おはようございます、ナルちゃん」


 既に教室に来ていた狐狸に、ナルが朝の挨拶をする。

 狐狸はあの夜の悪い姿ではなく、通常のちょっと地味な姿だった。身長も男性の平均ぐらいだし、眼鏡であの強い瞳は隠れている。あんな大胆な言動をする人物とは到底思えない。


「今日は少し元気がいいようですね。それに随分なイメチェンだ」

「は、はい」


 初登校――正確には日付を間違えた時と今で、ナルの服装は随分変わっていた。

 もう存在感を霞ませる地味なジャージ姿の眼鏡芋娘ではない。

 学園の女子制服に愛用の黒マント。結んでいた髪はほどかれて腰まであるロングヘアーに変わり、後頭部の赤リボンと側部に付けた蝙蝠ヘアピンが可愛らしい。メガネは無くなって、赤い瞳は何物にも隠れることなく顕わになっている。身体の横からは翼の先がちょこんと見えていた。


 日本の学園生徒としてはよく目立つ。彼女らしい姿にナルは変貌していた。

  

「ど、どうでしょう。わたし、変だったりしませんか?」

「んー、そうですねぇ」


 狐狸はしげしげとナルをチェックすると、少しだけ背中をグッと押した。


「少し猫背になってます。どうせなら胸を張るつもりで行ってみてはいかがでしょうか」

「あ……き、気をつけます」

「うんうん、せっかく良い胸をおもちなのですからね。隠すのは勿体ない」

「そういう意図は望んでなかったです……」


 朝から訴えたら勝てそうな事を平然と言ってのける狐狸に、ナルはつい呆れてしまう。きっとこの人は素がコレなのだ。隠そうなんて微塵も考えていないし、それでいいと思っているに違いない。

 ナルがそう判断するのも無理はなかった、が。


「なんだ、いきなり残念そうだな。後で特別個人授業でもして欲しいのか。お望みならしっかり身体に教え込んでやってもいいぞ」


 瓶底眼鏡の向こうからわずかに覗く黒い瞳が、一瞬だけ邪悪そうな金色に煌めく。口元には悪い笑みの一端が出始めていた。


 その言動によってあの夜のひどい授業を呼び起こされてしまい、ナルの顔がぼふんと赤林檎のように染まってしまう。


「け、結構です!」

「そうですか。では、通常の授業といたしましょう」


 あっさりと引き下がる狐狸に対して、ナルの怒りゲージがすぐさま溜まっていく。いきなりこの調子では、どこでゲージが振り切れるかわかったものではない。


 それでも、ムカつく事はあっても嫌で逃げ出したいとは思わない。

 ナルにとってそれは大きな変化だった。


「……狐狸先生」


 ナルが離れていく狐狸をハッキリとした声で呼び止める。

 自然と振り向いた狐狸とナルの視線がかちあう。


「これから、色々教えてください。……その、変なのはなるべく無しで」


 頭を大きく下げた瞬間、ナルはようやくちゃんと先生に挨拶が出来たような気がした。ついでに釘も刺せた。効果は薄いだろうが。


 ふっと、柔らかい空気があたりに広がっていく。そんな感覚がする。



「大丈夫ですよ。何があってもご期待以上の授業をすることを“お約束”します」



 垣間見えた狐狸の楽しげな顔は、嘘か真か。冗談か本気か。

 いずれにせよ、重い足取りで学園に転校してきた少女の姿は大分軽くなっている。


「……はい!」


 予想外すぎる展開も多かったが、有真ナルの新たな学園生活はこうして始まったのであった。





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